二週間後、告知通りにツクヨミはオープンした。
同日公開されたふじゅ~Payと連動したエモーショナルアセスメントシステムを基幹に据えたインフラも正常に稼働し、合わせてツクヨミをプラットフォームに据えた幾つかのゲームタイトルもリリース。
長い時間を費やし根回しに根回しを重ねて世界とインターネットの形を整えた甲斐あって、国内におけるツクヨミは半年も経った頃には情報インフラ兼コミュニケーションツール兼エンタメ発信の場兼遊び場として申し分ないポジションにあった。
ふじゅ~Payを使った現実での決済も世間に浸透していき、来年度初めには公共交通機関や税金の支払いもここから行えるようになる。
ツクヨミ内部でも使えるメッセージアプリ兼ボイスチャットツールの浸透も順調で、このペースならば二年後には国内トップシェアになるだろう。
ちなみに国営プラットフォームのUIアップデートがお役所仕事との相性の悪さから遅々として進まない問題は、私が発注から納品、保守に至るまでを一手に担うことで解決した。
もはやヤチヨとこの国のネットワークはネットネトに癒着していて、私なしには多くのシステムが機能不全になること間違いなしである。
現在進行形で彼らの世界は何者かに侵略されている訳だけど、これはフィクションでもリハーサルでもなく、全て彩葉のための措置だ。
私の価値が高まるほどに、彩葉の周辺は不可侵の聖域に変わっていく。万が一、億が一に起こりうる事故は、私が機能不全を起こす事態を憂慮し気を回した人たちが防いでくれるという寸法である。
数年前から酒寄家の周辺は公安とCIAの皆さんがばっちり固めていて、酒寄家の人物の何れかの外出時にはSP二組がこっそりついていく。小数点以下で発生するトラブルはもはや連続する0の彼方に消えて行って久しい。
これが彩葉のお父さんに起こった出来事への、私なりの贖罪だった。
しかし、そんな裏事情は今の彩葉には無関係だ。
彩葉はすくすくと育ちながら、お母さんとの緊張を高めていた。
諍いは平行線を維持している。女性であるが故の圧力を力ずくでねじ伏せてきた経験が、十分すぎるくらいある万事への才能に反比例して競争意識に欠ける彩葉に、誰にも搾取されることのないための反骨精神を引き出そうとしているのはわかる
わかるのだけれど、己の望む儘に他者を変えようとするその圧力にだけ反発し、他者を気遣い、あるがままを受け止めようとする彩葉にはあんまり有効ではなさそうだった。
結果、ただ摩擦だけが増えていっているというのが私が分析した酒寄家の現状である。
彩葉が示すべきなのは、お母さんを含む他者を押しのける自主性、或いは欲望の発露なのだろう。
だけど、私はそういう穢れとは遠い場所にある彩葉が好きだった。
憂いも、苦患も、終わりですらも抱きしめる覚悟を湛えた瞳の、花翠青のイノセンス。
幼いかぐやは、その彩の美しさを見て恋に落ちたのだ。
見解の相違、彩葉性の違いによって酒寄紅葉とのバンドは結成前に解散。
私は彩葉の優しさを配信企画で、ヤチヨchatで、新曲で、とにかく様々な手段でデロデロに甘やかし、肯定した。
北風と太陽。良い警官悪い警官。本来なら異性の親がやるべきポジションに滑り込んだ私に、彩葉はますますのめり込んでいった。
私は夜道を照らす灯だ。
それは歩き出す時の頼りの一つであり、恐れを和らげる温かさ。手を引いて導くような力は無いし、あったとしてもその資格は投げ捨ててしまった。
とはいえ有資格者到来の日は近く、彩葉もそこまで弱くない。
私にできることは、その日が来るまで彩葉を光の淵に引き留めつつ。彩葉に寄り添える日々を彩葉と一緒に楽しむことだけだった。
☽
-2025年1月
二年分のお年玉+おじいちゃんからのカンパ+お母さんの許しによってついにスマコンの購入に成功した彩葉が意気揚々とツクヨミに初ログインしたときも、私は出しゃばるような真似はせず、灯であることを選んだ。
セキュリティを司るFUSHIを調伏し、いきなりツクヨミの中央に居を構える
控えめに出待ちし、控えめに同じ初期ウィンドウをのぞき込みながらアバタークリエイトの方法を手取り足取り教える……ふりをしながら、控えめに肩や腰や手首にボディタッチして彩葉が奇声を堪える様を控えめに観察し、出来上がったアバターの狐耳に控えめに指を這わせ、最後に控えめに頬にキスをしてから送り出すのに留めたのだ。
まさに鋼の理性の為せる業であり、ファルスなきデジタルプシュケーの慎ましさをを褒め称えるべき振る舞いであった。
ちなみにツクヨミログイン時のチュートリアルでヤチヨ本人が応対するサービスはプライバシーの観点から未実装で、今後も実装予定はない。
どんな自分になるのかを選択する機会に、他者の目線があっては落ち着かないだろういう配慮によるものである。
そうして彩葉がツクヨミの雰囲気にある程度親しんだことを確認してから、私は彩葉が参加しやすいタイミングでミニライブを敢行する。
私は見ていた。
ゲリラ的な告知を受け取って歓声をあげる彩葉の姿を。
超高倍率の前席を偶然にも確保することができて、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜ぶ彩葉の可愛らしさを。
私は見ていた。
テンションが上がり過ぎて、待機列に並ぶ特に知り合いという訳でもない一般参加ヤチヨ推し女性ツクヨミユーザーに話しかけて喜びを共有する姿を。(その人が彩葉に特別な感情を抱いていないかどうか、その後2週間にわたって観察していた)
────斯くして、約束の時は訪れた。
藤色のペンライトを両手に握り、会場におわす神々の皆と一緒にゼロカウントを叫んだタイミングに合わせて、中天の太陽を沈め、月とミラーボールを顕す。
私はお立ち台である鳥居の上に、小魚の群れのエフェクトを散らしながら現れた。
小道具のクラゲ和笠を傾けつつ、季節に合わせたやや厚手の打掛け風ドレスの袖を棚引かせながらくるりと回転。
全周囲に目線を送りつつ、自然な所作で彩葉の席へと顔の角度を調整した。
「神々の皆────!!! 今日のツクヨミどうでした────?!!?」
────最高──────!!!!
半年を経て定型化しつつあるオープニングコールの中から、初の現地参加の彩葉もノリやすく、この場所への帰属意識を感じさせてくれるものをチョイス。
「予告なしの突発ライブに参加してくれてありがと~~~~!!! いきなりすぎてびっくりさせちゃったらごめんなさい! 今日はねぇ……」
そうして舞台の上の私は、彩葉とはっきり目を合わせた。
現実の彩葉と変わらないように設定した、花翠青に琥珀を反射させた眼差しを。
……このあたりで強烈なファンサを一発撃ちこんでやろうと作った溜めは、その彩を見た時に儚く霧散した
スマコンのエモーションセンサーを通してフィードバックされる限界値まで興奮と緊張と感激を湛え、まだ始まってすらいないのにうっすらと涙すら浮かべた彩葉の瞳。
そこに映る私の姿を見て、なにも言葉が出なくなってしまったのだ。
今まで経験した舞台の中で、その一瞬ほど緊張したことも無いだろう。年季8000年のパフォーマーの風上にもおけない醜態である
しかし、そうなってしまうのも致し方ないことだった。
今までのようなピーピングではありえざる、彩葉と私の双方向性の眼差しの交換。
それはどんな回線よりも強力な情報量を伴って、私の裡に言葉にできない万感の想いを溢れさせてしまったのだから。
「──今日は」
彩葉が、私の造った世界で、私との時間を共有してくれる。
それはかぐやとしていたことと変わらない、楽しい事をシェアする行い。
されど、彩葉が居るのは客席であって私の隣ではない。今の彩葉は、ヤチヨの隣で演奏しようなんてことは考えたことも無いだろうし、ましてやヤチヨを助けようなんて発想も出るはずがない。私の選択の結果がそこにあった。
その距離を実感と共に理解したとき、きっと私は泣いてしまうだろう。だとしてもこれは彩葉の為の舞台だ。私の抱える些細な翳りを、彩葉の笑顔で清算できる。
────そういう風に思っていたのに、表情プリセットで出力する感情を選択するまでもなく、私も自然な笑顔を浮かべていた。
「……今日は!! 今日はとっっっっても素敵な日だから!!! やっちょの幸せを神々の皆にもお裾分けしたいんだ~~!!!」
隣に居る人とは目を合わせられないものだ。
だけど、ヤチヨがここで歌う限り、ヤチヨは彩葉の目線を釘付けにすることができる。彩葉を照らす月光であり続けることができる。
「それじゃあ行くよ~!!! せ~のっ!!!」
それは、考えるまでもなく、月見ヤチヨにとってのハッピーエンドだった。
「「「「「Let's go on a trip!!!!!」」」」」
彩葉がそこに居るだけで、私の人生のハイライトは次々と更新されていく。私のアルバムを幸福なスナップショットが次々と埋めて行く。
そういう気持ちを皆で共有して、皆で幸福な場所を作って、そこが大切な人にとってのハッピーエンドになればいい。
私は彩葉に向けて渾身のキメ顔でウインクを叩きこんでから、一曲目を歌い始めた。
その日のミニライブのセットリストは前半5曲。長めのMCを挟んで後半5曲。アンコール3曲の計13曲。
彩葉の笑顔と歓声と涙を見るたびに次から次へと湧いてくる創造性に任せ、今のツクヨミで可能な舞台演出表現の限界を超えた光景は、参加した全員に未知なる地平を見せつけ、現地参加が叶わなかった人たちに血涙を流させる伝説のライブになった。
安全マージンを大幅超過したサーバー負荷により保守スタッフとFUSHIには負担を掛けたことに後から気付いて平謝りすることになったけど、いつもは口うるさいFUSHIも含め、誰にも苦言を呈されることはなかったのが新鮮だったことを記録している。
かぐやが落ちてくるまであと5年。
それまで、私は精一杯の喜びと笑顔を胸に、私の役割を果たそう。
それが私のハッピーエンドだ。
誰にも文句を付けさせない。
────その時は、そう思っていた。