今のツクヨミがどういう場所かと問われた時、多くの人は表現者の為の楽園だと答えるだろう。
ツクヨミを表現の場とする者は、各々が持つ表現形を魅せつける。
ツクヨミを遊び場とするものは、表現者のアウトプットに心を動かす。
そうして動かされた心の振れ幅と、それを動かしたものの正負聖邪哀楽明暗雌雄愛憎悲喜表裏虚実をスマコン搭載の情感センサーが交互に計測し、表現者が心を動かした分の報酬という形でマネタイズが行われる。
以上がツクヨミの基本システムだ。
ちなみに、その資本の源は国家機密である。
サービス開始初期はその曖昧な評価基準をハッキングできないものかとやんちゃなユーザーによって様々な試みが行われたけれど、2年経った今では度を越した試みは概ね駆逐されていると言ってよかった。
その理由は、ユーザーのネガティブな感情を検知することで迷惑行為に警告や追放処置を行うシステムであったり、情感センサーのコードから構成に至るまでを既存のどの言語体系にも当てはまらない月製のものにすることであったり、残り14年に渡って有効な企業連との密約であったりと様々だ。しかし、その中でも最大の効果を発揮したのは、皆の模範となるパフォーマーやアーティストの存在だった。
リリース当初、
配信者、歌手、演奏者、イラストレーター、作家、詩作家、ファッションデザイナー、建築家、舞台俳優、演出家、声優、落語家、ダンサー、職人、大道芸人、研究者、etc……
彼ら彼女らは、人の心を動かす力を持った多様な表現系がツクヨミという未知なる土壌の上で未知なる花々を結ばせる可能性を皆に提示してみせた。
憧憬、欲動、承認欲求。
怒り、羨望、競争意識。
好奇心、猜疑心、克己心。
そしてリビドーとデストルドー。
これらは全て自己表現へと人を導く生産的モチベーションへ、そして愛へと昇華可能だ。
ツクヨミとは、情動と表現形を相互に変換し合うコンバーターであり、その循環の中心温度で愛を孵卵するインキュベーターなのである。
私は彩葉への愛を活力にしてここまで歩いてきた。彩葉への愛を色んな形で追認することで人の歴史に寄り添ってきた。
愛こそが私を彩葉に繋ぐ唯一のポートだ。
故に、私にとってのツクヨミとは、私を彩葉に、そして彩葉を内包するホモ・サピエンスという系に最大限にコミットさせる為のリソースの増幅装置なのであった。
「──っていうのは7割くらいは本当なんだけど、それだけじゃあ無きにしも非ずんばキャント キャッチ ザ ベイビータイガーなんだよね~~……ドロー、スタンバイ、メインまで。何かあるかい?」
「そのコピー、どこ向けのプロモーションなんだ? 彩葉か? ……スタンバイにG発動」
時は流れ、2027年6月。
酒寄彩葉14歳1ヶ月。お母さんとの関係の緊張状態に改善の余地は見られないものの、ツクヨミとヤチヨというエスケープゾーンによる精神の回復と、この時期の子供特有の急激な自意識の変化に対するお母さんの慎重な対応によって一時的な均衡状態にあるのが現状である。
そう、中学2年生となった彩葉は二次性徴および思春期の真っ只中だ。
私の彩葉録画録音記録のクリップも、この時節になると流石に状況を直接的に説明するタイトルを付けることを避けざるを得なくなるものがチラホラと生まれ始める。
私は平安時代に培ったスキルを最大限に発揮し、遠回しな示唆や詩的なメタファーに富んだタイトルを付けることでこのデリケートな問題に対処していった。敦忠くんありがと~!
「彩葉にはこんな未梱包な内情は恥ずかしくて言えないかな……それに、私の彩葉シミュレーターver5154によると、全てを知った彩葉がこの告白を聞いて私に微笑んでくれる確率は揺るぎない86.3%だから……通しまーす。メインへ。キューNS。NS時効果発動宣言まで」
「そのモデル、
加えて、ただでさえ毎秒ごとに羞花閉月傾城傾国の女性へと成長していた彩葉の魅力は等比級数的成長曲線を示し、そこから漂う無垢な可憐さと艶やかな包容力と闊達な嫋かさのマリアージュはリビドー
彩葉が中学校に入学してからの1年と1ヶ月、告白しては散っていった21名の少年少女の勇姿に敬意を表し哀悼の意を捧げると共に、その名前と戸籍データに紐付けた
「全然ダメダメ! 8000回告白したら1096回も引かれることになるなんてぶっちゃけありえない! とっとと
「初動で下振れた割に、5ターン目までよく粘ったな…
そんなこんなで私は彩葉への推し活兼見守りサポートを永続しつつ、今年度にツクヨミで行う大規模ゲームイベントの企画をFUSHIと一緒に練っていた。
これはツクヨミにおける残りの3割の部分を拡充するための措置だ。
「敗因はG用途の読み負けとサイドボーディングタクティクスの巧拙也……対ありなのでした、ヨヨヨ……しっかし、TCGはそのままやると外野から見てて映えないねぇ……ディスクと3Dビジョンと……後はバイクに乗れば楽しそうかな?」
「見映えはいいかもだが、ライディングは敷居が高くなりすぎて競技人口は増えないだろうな」
「だよねぇ、ヤッチョもFUSHIと同意見……それじゃあ検証の結果一先ずTCGはリジェクト。需要自体は多いから、来年度以降に向けて企画とアイデア緩募でFAとしますか」
残りの3割とは、芸術と並んで古来より人の子の感情を震わせてきたプリミティブな娯楽の一形態。競走と闘争。栄光と墜落。フェアネスさを担保されたオールオアナッシングのゼロサム遊戯。
つまり、対戦ゲームである。
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今のツクヨミは私と皆の努力によって多様な創造を肯定し、それを楽しむ文化が定着していた。
それはクリエイティブな表現者にとって楽園そのものではあるけれど、大多数の受け取る人たちにも優しいことを意味しない。エンターテインメントはハイコンテクストであればあるほど、受け手に要求する前提条件が高まっていくものだ。
私は今まで培った心の豊かさの全てを問われるタイプの創作物は大好物だが、それと同じくらいに
ツクヨミローンチ当初、創造を愛する気風とそれを見定めるための観を育むべく、そちらの方に多めにリソースを割いていたけれど、そろそろもう一つの方のイベントや人材を積極的にフィーチャーしていく時節なのだった。
現在の月見ヤチヨは、開発プラットフォームとしてツクヨミを活用する会社を含む複数のゲーム会社、及び対戦ゲームの大会運営やスポンサーなどを行う幾つかの会社と共同し、複数タイトル複数ジャンルを跨いだ大規模対戦ゲームイベントを企画していた。
先のカードゲームは競技として入れるべきかどうか迷った末に行われた最終選考である。結果は見ての通り。決闘者の皆、今年はゴミン……。
イベント形式は一般参加可能なオープントーナメントと配信者やプロゲーマー複数人の合同チームで行われるクローズトーナメントの二種で、その双方にそれなり以上の賞金を用意する。そうして誰が一番強いのか、さらには
──これはあまり前面には出せないけれど、私は比較や淘汰を目的とする激しさが、生命の持つ赤色のアルゴリズムが嫌いではなかった。
それによって齎された不可逆的喪失を幾度も幾度も受け止めて来たけれど。
その速度に幾度も幾度も置いて行かれてしまったけれど。
流血の時代を乗り越え現代日本に到達し、月見ヤチヨとして彩葉を照らすと決めて尚、未だに私は嘗て親友達が歩み、身を焦がし、生き抜いた熱への未練と憧憬をパージしきれていなかった。
命が闇の中で瞬く光であるのなら、それが一際強く輝く時は、闇に抗わんと足掻く時だ。8000年の間に出来た友達は皆、有形無形の何かに抗うために、各々の武器で戦っていた。花翠青の光を瞳に湛え、半ばで斃れることを覚悟しながらひた走っていた。
──そして私は、その光景をずっと窓越しに眺めてきた。
眺めることしか許されなかった。
どれほど傍で寄り添ったつもりでも、皆は一様に私の鈍行とは違うレールに乗って、遥かに速いスピードで私を過ぎ去る景色に変えて終点に行ってしまうから。
私にとって皆が前に過ぎ去る景色であるように、皆にとっても私は後ろに過ぎ去る景色だ。
『もし彼らと同じ車両に乗れていたら』という数多の惨めなifだけが、私のアルバムの頁端に落書きとなって増えていった。
スポーツ観戦に齧りついたり、対戦ゲームの熱帯に潜ってランクポイントを溶かす今の私の振る舞いは、去っていった皆への無様な代償行為であり、一駅間だけでも皆と同じ車両に乗ろうとする卑劣なキセル乗車に他ならない。
ズルズルと、大量の未練を引きずって歩く自分の浅ましい性根が嫌になる。
これもまた、彩葉に隠匿すべき私の穢れに違いなかった。
私の懺悔はさておいて、ゲームタイトルの最終選考は終わった。
なので私とFUSHIは、こちらからオファーを出す必要がある面々を選出していくフェーズに取り掛かった。
既存タイトルについては既にスタッフに目星がついていた。
彼らは自らのジャンルについて強い自負心と実績を持つ競技者であり、その人柄にも信頼がおけることを、私は半ば一方的にとはいえ知っている。
そういう人選なので、イベントに際して不安はなかった。
議題になるのは新規IP、つまりツクヨミでしか遊べない新作対戦ゲーム『KASSEN』で競ってもらう人たちだ。これらはツクヨミのリリース時点からPVと発売日が公開されており、世間での注目度も非常に高い。
基本システムはMOBAだが、選択する武器種次第と戦術次第ではFPSにも、格闘ゲームにも、タワーディフェンスにも、レースゲームにすらなり得るのが売りのKASSENで、セオリーを固めようが無いリリース初期の段階で"競技者"としての振る舞いを求められるのはとても難しい。
ましてや世間的注目度が極めて高いことが半ば確約されたイベントで、司会進行と協力してきちんと場を盛り上げるような振る舞いを意識しなければならない。
そして私は
それが未練や、或いは妄執の類だとは分かっていても尚、私は抜き身の自分をぶつけ合う"戦い"をツクヨミの皆と共有したかった。それが皆の心を揺さぶるに足るツクヨミの構成要素であることを皆に見せたかった。
彩葉の裡に垣間見て、その先幾度も幾度も私の心を焦がした熱を、皆にも好きになってほしかったから。
「…………で、条件は、既に競技者として一定以上の結果を残していて、セルフブランディング力とリスクマネジメント力があって、ショーゲームに本気で取り組めるタレント性があるプロゲーマーないし配信者、か」
「若いと尚FABULOUS! マルチジャンルで活躍してたらEXCELLENT!! なんだけど……」
「婚活初心者の志望欄じゃないんだぞ。そんな人材が早々居るわけないだろ」
……そうだ。FUSHIに言われるまでもなく、そんな人は滅多に居ないのは分かっている。
むしろ実績がある人ほど慎重になる場面だ。現実的な差配をするのであれば、下らない拘りを捨てて
けれど。
「いんや、実はそうでもないんだよね~これが……!」
私には当てがひとつだけあった。
「……? 記録は共有してるのに、ヤチヨにあって僕が思い当たらないなんてことが…………ああ、そういうことか」
ひとつ。実績がある競技者であること。
ひとつ。若く、可能性と適応力があること。
ひとつ。見ている人に夢を見せることができること。
ひとつ。──彩葉に似ていること。
「ヤチヨ……おまえ、初めからこのタイミングを見計らってたのか。
「ご明察~~~! ……一体いつから実績が
私の宛てはただ一つ。
現プロチームMADFOX所属、もうすぐ契約期間が満了する新進気鋭のプロゲーマ―。そして彩葉の6歳上の実兄である酒寄朝日君、および駒沢兄弟。
即ち、未来の黒鬼こと