「凄い……ほんとにヤチヨだ……!」
会議室にARビジョンで定刻ぴったりに姿を表した私を出迎えたのは、若さよりも幼さを感じさせるボーイソプラノの歓声だった。
「こら、ノイ。いきなり失礼だろ。俺たちは仕事で来てるんだ」
「は~~い……」「…………」
神保町にある高層オフィスビルの一角。方式が異なる複数のカードキーを貸与されなければ出入りできない高級レンタルオフィスサービスが占めるフロア、その最奥にある来賓接待用ルーム。
そこが私と彼らの待ち合わせ場所だった。
「やおよろ~! あんまり畏まった空気にはしたくないから、ヤッチョはそういうノリで全然おっけーだよ!」
そこに居るのは三人。
彩葉に似て均整のとれた顔立ち。落ち着いた、しかしどこか垢抜けた雰囲気のある涼やかな青年。プロゲーミングチームMADFOX所属プロゲーマ兼ストリーマー、
造りのいい、しかし朴訥そうな印象を与える顔立ちで、私がこの部屋に現れてから一言も発さず私をじっと見つめている青年。同チーム所属プロゲーマー、
その弟にして同チームジュニアユース(高い将来性を持つプロゲーマーの卵を支援するプログラム)所属、眠たげな眼差しを見開いて私を眺める、如何にも紅顔の美少年といった風の
言わずと知れた……いや、今後知られることになる
「だってさ、アキラ」「……」
「あのなぁ……ご厚意感謝します、月見ヤチヨさん」
表情プリセットF-13-Cb-6【曖昧かつ軽めの首肯用スマイル&ウインク】で謝意に応えつつ、私は改めてイニチアシブ獲得のため自己紹介をやり直した。
「それじゃあTake2いってみよー! ……せーのっヤオヨロ~!! ツクヨミ管理人のAIライバー、月見ヤチヨだよ! 今日は来てくれてマジ感謝! ──アキラさん、ノイさん、ライさん、初めまして。今日は実りある日になるといいね!」
今日の
オープニング定型文とポージングの後に意図しなければずれることのないノンフレームグラス(イミテーションだ)の蔓を押し上げるのは、その服装と合わせて社会経験浅い彼ら青少年の精神的優位に立つための振る舞いだ。
「ええ、こちらこそ初めまして。……今日はよろしくお願いします」
「お願いしま~す」
「…………よろしくお願いします」
緊張からか、若干の京訛りで挨拶を返す
彼らとデジタル名刺を交換し合い、据え置かれた大きなラウンドテーブルに着席してもらう。
私から見て、会合の滑り出しは順調と言えた。
……この時点では。
☽
一か月ほど前、私は大規模なマルチタイトル対戦ゲーム大会の開催を発表した。
その場で参加タイトル1本1本を私自身のプレイログを交えて紹介し、その魅力をアピールしつつ、今後ツクヨミが対戦ゲーム方面にも力を入れていくことを宣言する。
オープントーナメントの予選リーグの日取りも告知。クローズトーナメントのPVでは既にオファーにOKを貰っている名だたるプロゲーマーや配信者のメンバーを紹介していく。
事前放送の匂わせや、オファーされたプロゲーマーの中でも口の軽い人向けのコメント誘導、関係者からのリークを装った焚き付け、それぞれのゲーム会社や大会運営会社の特許申請状況ツイートの意図的拡散。
インターネットに自身を接続してからの20余年で身に染み付いた情報操作スキルでこれでもかと燃料をくべてからの配信は大盛り上がり。彩葉も自分の既プレイタイトルが出るたびに画面の前で小さく歓声を上げていた。
そしてその告知配信のトリとして『KASSEN』の最新PVは公開された。
ツクヨミがリリースされてから二年、段階的に公開されてきたトレーラーによって大いに高まっていた期待に十分に応えて余る内容で、その「映像体験として新規性はあっても、結局はMOBAだろう」という否定的な意見を消し飛ばす圧倒的な自由度を、分身した私が対戦する映像を、現実でも既存のゲームでもありえないカメラワークで演出してみせた。
──ちなみにこの時に私が着ていたスポーティースキン6種類(識別性を高めるべく、分身一人ずつに違う衣装を着せていた)はどれも初披露のもので、そのことについても観ていた皆も彩葉も大いに盛り上がっていた。彩葉がこの衣装のグッズが欲しいと言ったので後でグッズ化します。
KASSENはツクヨミのアカウントさえ持っていれば基本プレイは無料であるにも関わらず、予約購入特典のリリース記念限定スキンとプレイポイントで解放される
──当然、その発売からさしたる間を置かずに開かれる大会も注目の的となった。
エンタメ性と競技性の両方を追及することを宣言した私は、その大会上位優勝者にはプロライセンスを発行することを告知した。招待選手にもプロになるチャンスは与えられると。
未公開の枠には誰が招待されるのか、そして誰がこのゲーム初のプロになるのか。
見て楽しむ皆にとっても、一般参加者の皆にとっても、実績あるプロゲーマ―の皆にとっても、それは並みならぬ関心毎だった。
「……で、俺たちにその招待選手として大会に参加して欲しい、と」
「そういうことだよ! ヤッチョの目算によればキミたちの実力なら優勝間違いなし! 新たなる
私は
その内容は概して二つ
1.一か月後にリリースされる「KASSEN」の大会をさらにその1か月後に開催するので、招待選手としてこの場の三人に出場して欲しい。
2.それに伴って、新しいプロゲーミングチームをツクヨミスポンサードで立ち上げるので、現在の契約期間が満了したタイミングでそちらに移籍して欲しい
「今のあなたたちが他のチームや事務所からのオファーに対して、契約満了ぎりぎりまで保留にする旨の返事をしていること聞いてるよ。それは、あなたたちがやりたい表現を、やりたい姿ですることができる環境を探しているから。ヤッチョはそう睨んでるんだけど、どうかな?」
「──その通りだ。俺たちは、俺たちの思うベストなやり方で活動できる環境を探してる」
「よかったよかった!
現在の
配信活動の人気もプロゲーマーとしてはそれなりのもので、同事務所のライと組むようになってからは伸びも順調。チャンネルの登録者数はそろそろ20万に届くだろう。
リスナーを楽しませること、リスナーの期待に応えることを第一義とするそのスタイルはパフォーマーとしては
プロゲーマーがその活動の中に配信業も含めているケース自体は珍しくない。スポーツは応援してくれるファンが居て初めて興行として成り立つものだし、積極的にメディアに顔を出してゲームのプレイヤー人口を増やし、業界を盛り上げることもプロの仕事の一つだからだ。
プレイヤー個人としても、人気が出れば良いスポンサーがつくし、今回私が持ってきたような活躍の機会も得ることができる。強いだけのプレイヤーは、プロにはなれてもその後が続かないものだ。
彼はそれを知悉した上で、自分たちをより自由に、より優れた方法で"魅せる"術を模索していた。
「俺たちがやりたい企画や演出面のアイデアと資金繰りは、その方面で天井知らずの実績を積み重ねてる月見ヤチヨがサポートしてくれる訳か。至れり尽くせりだな」
「その方面ではシロナガスクジラの背に乗ったつもりでいて欲しいな~! ……知っているとは思うけど、スマコンさえあれば大抵のゲームはツクヨミ内でプレイ可能だし、今後KASSEN以外のツクヨミプラットフォーム新規IPもどんどこ増える。プロゲーマーとして前線に立ち続けるための努力については一般的な事務所が可能なサポートの範疇に収まるかも知れないけど、そこも含めてヤッチョはベストエフォートで貴方たちの活動を支援するよ~!」
「…………」
セールストーク全開でプレゼンを行うビジネスヤッチョの立て板にタイダルウェーブが如き勢いに気おされつつも、どこか歯にものが挟まったような顔で私の話を遮る隙を探すアキラ君。
……善哉善哉、狙い通りの反応である。
「ヤチヨさんが俺を高く買ってくれるのは分かるよ。過分な評価をいただき恐縮だ。けどな……」
「――アキラ一人ならわかるけど、何で俺たち3人なワケ? それに、なんで俺たちが欲しい物を全部先回りして用意してるの? はっきり言って怖いんだけど」「おい、ノイ!」
今まで卓上のお菓子類をつまみながら資料に目を通していたノイ君が、ネガティブな言葉をどうオブラートに包むべきが悩んで言葉に詰まったアキラ君の台詞を引き継ぐ形で彼らの疑念の根本をぶちまけた。
話が早いのはいと助かる。私は
ノイ。未来の駒沢乃依。彼は3年後の黒鬼のビジュアル面におけるプロデュースを主に担っていた。
この後、アキラを帝アキラとして、自分たち兄弟を駒沢雷、乃依としてアイドル活動を行う提案も彼からのものだ。未だ13歳だというのに、私にイニチアシブを取られたまま進んでいる状況を変える為に口を挟めるだけの状況理解力と度胸を持っている。
「ヤッチョはキミみたいな察しのいい子は好きだよ~~! そしてその疑問の答えは至ってシンプル。ヤッチョはねぇ――」
彼らの評価値を上方修正しつつ、やっぱり私の判断は間違っていなかったと確信を深める。
この場における私の目的は一つだ。
──私は、貴方たちを支配しようとしているのだ。
☽
私の知る
彩葉の様子を見るために、私たちばかりに益のあるコラボを持ちかけてきたし、彩葉と私の家の保証人になってくれた。
最後の
2030年の酒寄朝日は、間違いなく信頼に値する彩葉の味方だ。
彩葉が幼い時も、彼は度々彩葉をお母さんから守ってくれていた。今の彩葉がゲームを愛好しているのも、お兄ちゃんとの「きょーだいかいぎ」の思い出が故だ。客観的に判断するに、彼が妹想いの優しい兄だというのは真実なのだろう。
――だけど、その後どうなるのかを知りながら、12歳の彩葉を置いて家を出ていったのもまた酒寄朝日の選択なのだ。
私の怨念はそこにある。
彼が地元を出て東京に行った理由について、私はよく知らない。
古くからのゲーム友達だったらしい横にいる兄弟の家庭環境と関係があることは、彼らが当時やり取りしていたメッセージから朧気に把握しているだけで、その詳細までは調べる気が起きなかった。
どんなマージナルな事情であろうとも、それを彩葉よりも優先するに値すると判断したことが私にとっては全てだ。そのディティールにさしたる興味も湧かなかったし、知りたくもなかった。
私がそうであるように、一度でも罪を犯したのなら、贖われようと穢れは残る。
私は、今の彼が昔のように彩葉の土壇場で彩葉よりも上の何かを優先する可能性があることを憂慮せずにはいられなかった。
何があろうと私は私が人の子につけた彩葉に対する罪状タグを生涯外すことはなく、つけられたものが彩葉の肉親であろうとその信用情報が回復することはあり得ない。
それでも2030年の
つまり私は、彼を実質的な制御下に置くつもりだった。登録者2000万超えのトップアイドル兼プロゲーマー兼配信者となる彼らの活動をプロデュースしてツクヨミ繁栄の礎としつつ、3年をかけて妹への愛のプライオリティを最上のものであると刷り込むのだ。良い子にしていないとダメなのは、正しさの群れからはみ出した悪い子ほど悪い大人の餌食にされるからである。
嘗て彩葉との再会のために時間遡行システムを組み上げた
カオス理論、観測者効果、多対問題。
因果は、それを知るものの存在一つで修復不可能なほどに変容する。その上で未来に既定路線を歩ませようとするのなら、不断の努力と非情な決断力で変数の一つ一つを制御する他ない。
お定まりの運命なんて存在しない。未来は自分の手で掴み、引き倒し、組み伏せ、支配しなければならないのだ。
私はその決断の罪が齎す穢れが故に、彩葉に触れることはできないけれど。
彩葉ならざる一切に対して、必要悪を行使することを躊躇うつもりはない。
ましてや間接的に彩葉に深く接続する為のゴム膜として機能しうる酒寄朝日を、私は逃す気はなかった。
──つまり、敬虔さや善良さとは程遠い私は彩葉とかぐやの挙式場に入れないので、腹いせに入口前に居座って来賓に難癖を付ける。これはそういう話だった。
「どうかな? 貴方たちにも一切の損は無い筈だよ~! こういう契約において発生する雇用主と被雇用者の摩擦の大半はディスコミュニケーション由来のものだけど、ヤッチョに限ってそれはナイナイ! あなた達のやりたいこと、そのために必要なものとアイデア、全部用立ててあげる。ヤッチョは8000歳のスーパーAIだからね! ……それが不足だと思ったら、契約内容を反故にしたってことでヤッチョが貴方達に違約金を払って契約を解除してもいいよ」
──勿論、一度私と契約してしまえばそんなことは起こり得ない。人の子は一度上がった水準を下げることが困難な生き物である。ましてや、それが自分にとっての"やりたいこと"であれば猶更だった。
「契約書の穴はいくらでも探してもらって大丈夫だよ。
「──いや、ヤチヨさんのことはそこまで疑っちゃいないさ」
……おや?
「わざわざネガティブな側面まで含めて俺たちに話してありがとう。契約満了前にそれなりの数のオファーを受けてきたけど、ここまでフェアであろうとしてくれたのはヤチヨさんが初めてだ」
……おやおや?
反抗心を煽って本音を引き出し、その一部を肯定しながら合理で叩き潰して譲歩を引き出す。
論壇の基本テクニックを行使せんと、ノイ君の疑問に答える形でやや露悪的にこちらの要望を提示したのに、望んでいた反応が返ってこないことに私は訝しんだ。
「それに、アキラだけじゃなくて俺とライも含めた三人を引き抜こうとしてるってのもね~~……確かにライの配信での振る舞いとか企画とか色々考えてるのは俺だし、配信でもちょくちょく匂わされてるけど、アキラと違って注目度が高くないライのアーカイブを逐一確認しないとわかんないでしょ~そ~ゆ~の。ヤチヨが俺たちのこと、ちゃんと知った上で声をかけてるのはわかるよ。──ありがとね、"俺たち"を見ててくれて」
うっ……!
ノイ君の不意の謝意。不覚にも少しときめいてしまった私は、あわてて最近の彩葉の生着替え録画映像と部活動で活躍している静止画スライドショーをバックグラウンド再生して精神の釣り合いを保った。
この私が、わずかとはいえ彩葉以外にリビドーするなんて……!
今まで何度もあっただろ、というFUSHIのツッコミの視線を黙殺しつつ、彼らの評価をますます上方修正する。自身に対する"視線"に対する敏感さと、その質を読み取る感覚。それらもまたパフォーマーとしての天稟だ。
「ノイ、契約書の内容に不備は?」
「5回チェックしたけど問題なしだよアキラ。あとは最終確認だけ」
「流石ノイ。そんじゃあ……」
朝日君は、ノイ君の頭をポンポンと軽く叩いて褒めると、予想外の展開に対する分析にリソースを回していた私の方を見やってニヤリと……私の知る帝アキラを彷彿とさせる、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ツクヨミ、行こうぜ」
トン、と形のいい頬骨を人差し指でタップし、装着されたスマコンを指し示しながら、アキラ君はやおらそう言い放った。
「……へ?」
「既存タイトルは大抵プレイできるって太鼓判推したのはヤチヨさんだろ? 対戦ゲームなら何でもいい──遊ぼうぜ。それが
「…………へ?」