ちょっと書いてみようかなと思った次第。
もう少し推敲すべき短編。すみません。
「総参謀長閣下。これで進めさせていただきますぞ」
従兄殿、と呼ぶには些か差し障りのある立場にある男から、慇懃無礼な、それでいて眼底に蠢く好色の視線を浴びせられる。
階級も血統も地位も私の方が上位。ただしこの体に流れる血の半分は同じ男から浴びせられて、気分がよかろうはずがない。記憶に残る『年上の敵共』から浴びせられた同じような視線の方がはるかにましだ。彼らは自らを知っていた。この従兄殿は自らを知らない。
そう。記憶。誤解を招くので父母にも告げたことはないが、私には『別の人生の記憶』と言うものが存在する。
記憶の中の私は、今と同じ『一国の王の娘』だった。緩やかに癖の付いた金髪も同じ。顔のつくりもほぼ同じ。つまり私は私。王国第一王女にして王国近衛歩兵軍団(名誉)総参謀長ペルレ・レ・ランティーエル准将と、サンテネリ王国第一王女メリアにして国家親衛軍近衛連隊司令官メアリ・アンヌ・エン・ルロワ准将の、二つの魂が混在している。
人が神より与えられし魂は一つ。幼き頃にはどちらが『本当の自分』か、わからなかった。誰かに聞くこともできない。何しろ記憶と、住まう世界が余りにも異なるがゆえに。
この世界には魔法がある。『魔力』が認められた過去の世界のようなものでもない。はっきりと物理力を有する『力』だ。岩でできた木偶がその威を揮う。杖を使い人が炎や水を放つ。細胞を活性化させ傷や病を治癒する。そういう『力』が存在する世界。
この世界には妖魔がいる。豚や犬のような面をした知性体。腕が二本・足が二足・指は一〇本・頭は一つの人類社会に敵対している。社会的組織を作りうる存在として。そのうちアングランのように産業革命を起こして、人類に敵対してくるかもしれないが、今のところ魔王のような強大な統一国家組織を構築するには至っていない。いずれはそんな王が現れるかもしれないが、それはあくまでも想像の中にしておきたい。
この世界には限りがない。そもそもまともな地図が存在しない。あるのは人類の支配圏のみ。それもあまり出来の良いものでもない。測量技術も度量衡も算術も存在していながら! つまりこの世界の人類は今だ『文芸復興(ルネサンス)』に至っていない。
ただし記憶があることで、私は幾つか得をしている。一番は算術。次に政治処世術。第三に剣術。第四に用兵術。指が一〇本であることを、私は神に感謝している。
そしてこの世界は過去の記憶よりも男女における権利の差が少ないという僥倖。王位継承権には明確な差はあることに変わりはないが、この世界では女性も剣を振るい、魔術を駆使し、戦うことができる。社会に対する貢献に差がなければ、性差による権利に差をつける謂れもない。『明確なる悪』が最高権威である以上、大して変わらないという話ではあるが。
ともかく算術に対する理解の速さが、この世界における王朝内部にささやかな風を巻き起こしたことは、慎重に欠けた行為であっただろう。この世界には記憶の世界とは違い、実の『兄』が存在した。記憶にあるのは『弟』であった。そして『魔力』に明確な差がある記憶の世界とこの世界は違う。私には『魔力』があった。つまり私は戦える女であり、国王の血と権威を引き継ぐことのできる子供であった。
だからこの世界の兄が幼い頃、無邪気に記憶にある形で剣を振るう私に「ペルレは王になりたいのかい?」と問われた時は、記憶の中の私の背筋が震えた。明確な人類以外の外敵が存在する世界において、国家の崩壊を招きうる騒乱の要因に自分がなっていること。地上唯一の王国にあった私としては……ゆえに私は、記憶の中の私と同じ道でありつつも、別の道を選んだ。
「よろしいのですか?」
従兄殿が消えた扉に視線を向けた武装侍女……外見はゾフィ姉さんで、中身が記憶の中の母という、実に話しやすく話しにくい幼馴染の乳『姉妹』の問いを、私は紅茶を傾けつつ聞き流す。
決してよろしくはない。年上とはいえ、あの従兄殿のような男は山ほど知っている。だが従兄殿の父、つまり叔父殿は摂政であり、万事隙のない聡明な兄が成人するまでは国家の最上級権力者だ。手に入れた権力を手放したくないのは、理解できる。それでこのような冒険的な試みを息子にやらせようというのだろう。それも理解できる。理解できるだけだが。
「動員規模に比して兵站が足りないな。わざわざ王都から兵力を動かすにしても、近衛の兵站部隊の能力では純粋に力が足りないだろう……どこかの軍団に『お願い』することになるのだろうな」
どこの軍団かはわからないが、『お願い』された軍団にとってはいい迷惑だろう。分派される兵站部隊の指揮官は苦労が絶えないに違いない。このあたりが由緒血統正しき『名誉』参謀長の仕事の為所であろう。好んで付いていく近衛高級将校はともかく、巻き添えになる別軍団の兵站部隊に被害が出ては軍事組織の秩序に関わる。
「アナリース。兄上陛下に奏上の議ありと、お伝えしてくれ。なるべく早く、できれば従兄殿が『死ぬ』前に」
信頼の厚い武装侍女の名前を、これまで何度変えようと思ったことか。心の中で溜息をこぼしてそう告げた。
★
それから数週間もしないうちに『結果』は出た。近衛大隊の一つがほぼ壊滅。従兄殿は勇戦振るわずではなく、尻尾をまいて前線から逃げ帰った。生きて帰った将校達の一部は、言い訳がましく派遣された第二軍団の兵站部隊が足を引っ張ったような話を直接私に吹き込んでくる。勿論、従兄殿も、そして目の前に座る摂政殿下も。
「それで死んでいった近衛将兵が、そしてその遺族が納得するとお思いですか? 叔父上様」
第二軍団司令部から直接私に提出された派遣部隊将校の査問記録。軍団上層部が近衛からこの『敗戦』について責任を押し付けられることを一丸となって『断固拒否』するという意思表明。それをこれ見よがしに机の上において指で叩く。第弐軍団果断な行動は過去の教訓からだろう。近衛が着実にお飾り部隊へとなり下がっていくのは、記憶の中とは別の歩みで国軍の統一化を歩んでいるのかもしれないが。
「しかし、な」
「生き残った近衛将兵すべてに査問をかけてもよろしいのでしたら一考いたしますが、それをお選びになりますか?」
「……軍制改革は進めなければならない。王女殿下にはお分かりいただけないかもしれないが」
「実行する人間を慎重に検討すべきでしたね。」
それが強烈な皮肉だと、叔父上もわかったようだ。苦虫をかみしめるとはこういう表情なのだな、と心の中で嘲笑する。
もはや兄上陛下が即位された後も摂政として地位を維持することは難しいだろう。今回の失態は隠しきれるものではない。今まで頭を押さえられていた兄上派の貴族から、今までの仕返しと言わんばかりに叩きつぶしにくる。だがそれもまた内戦の危険性を生み出すだけだ。ここは上手くやらなければならない。
「何も中央におらずとも、軍制改革の試行はできるでしょう。そうですね、ランバールなどではいかがですか?」
「……それは国王陛下のご判断か?」
「わたくしの名前で奏上させていただきます」
私の答えで兄上陛下がもっと危険な指示……名誉軍団長職よりも酷い地位への左遷と従弟殿の『処分』を検討していると察したのだろう。叔父上の思考の時間はそれほど長くはなかった。受け入れる旨私に告げると、数週間前に息子が消えた扉の向こうにその親が消えていく。
「王族の名誉職も、このようにたまには有効に働いてくれる」
「よろしかったのですか?」
「よろしい」
兄上陛下は摂政職の解任はするものの、叔父上を中央に置いたままと考えていた。それで叔父上が暴発してくれれば、これ幸いと一族もろとも処分しようと目論んでもいた。悪い考えではないが、上手いやり方ではない。仮に第一軍団をもって反逆してくるようであれば……
「それよりも例の独立混成大隊の話はどうなっているのか」
「第二軍団から指揮官が出るようです。例の輜重小隊も、これに含まれるとのこと」
「『銀剣勲章持ちの兵站将校』か」
面白い。実に面白い。編制記念式典ついでに、作戦案を承認した近衛歩兵軍団総参謀長として謝罪に行ってもいいかもしれない。何しろ私は『お飾り』で『兄上陛下に忠実で』『作戦の事などわからない』武術好きの王女殿下なのだから、また愚かな真似をしていると思ってくれるだろう。
まぁそれでもあの従兄殿が、自ら目の前から消えてくれた事は感謝したいとは思うけれど。
2026.03.29 投稿
なんか、投稿してほんとにいいのかよくわからないです……