Greyscale   作:零音霖

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EP8後編

「唯川さんには唯川工業に知り合いは?」

 それは公安の協力者になれる人物は居ないか? と聞いていたのと同じだった。

「いえ……何かありましたか?」

「いや、何も」

 何もない。そう言った直後、梛に着信がかかる。類からだった。

 

「父さん? こんな時間に珍しいじゃん。ごめんだけどあと1週間は……」

「いや、捜査に役立つ情報が来た」

「は?」

 梛は類の発言に驚く。

「唯川芺雅……唯川芺威の次男だけど……」

「ああ、父さん達と同じマンションに住んでるって言ってたね。それで?」

「何らかの資料を渡されてしまったようで。それが唯川グループの存続に関わる重要なものみたいで……とにかく困っているようなんだ、対応してもらえるかな?」

「……わかった。すぐ行く……」

 

「……大丈夫ですか?」

 瞠は恐る恐る梛に声を掛ける。

「車、回せますか?」

「え……? あ、はい」

「決定的な資料、入手できるかもしれません」

 

 梛と瞠は東京の暗い街を車で走っていた。

「それで、芺雅に渡された、と」

 瞠は苦い顔をする。

「はい、そうみたいです。ああ、ここです、ここ。タワーオブ麻布」

 タワーオブ麻布、55階建超高層マンションだ。

「来客用に父が契約している場所があるので案内します」

 地下駐車場のエレベーターホールにごく近い場所にそこはあった。

「じゃあ行きましょうか」

 

 瞠はかなりビビっていた。いや、唯川家も十分お金持ちの家系だ。実家だって超高層マンションだったし、コンシェルジュぐらいいた。だからこそ逃げたのだが。

 祖父の眩夜が唯川工業を創業し、巨額の富を得たのは確固たる事実だが、そもそも眩夜が創業のきっかけとなった興味や、海外留学や、コネや、金は唯川家がそもそも上流階級だったところにある。自分は小学校までだが祖父も父も弟達もあの修習院高校を卒業している。

 対して、聖園家は京都発祥の300年の歴史のある老舗食品会社だ。皇室御用達に選ばれたぐらいだ。今は本社を東京に移し、販売種を増やし全国展開。それもあってか閑院と繋がった。

 閑院は言わずもがな高貴なる血筋だ。梛が修習院でなく啓央幼稚舎組なのが少々瞠にとっては謎だった。実父である閑院榧は修習院高校卒で帝都大に行ったのでは無かったか。まぁ啓央幼稚舎組も十分上流階級の証だが。

 

「唯川さん、行きますよー?」

「ああ、はい」

 扉が開いたようで、梛は瞠を呼んだ。

 2人はエレベーターに乗り、梛は55階のボタンを押す。瞠は知ってましたよ、といった顔をした。聖園も閑院も規格外の金持ちで上流階級なのは十分分かっていた。どっかの貸しビルもやってたよな、と思考を外にやる。55階分はかなり長いがそんな事を考えているうちにすぐに着いた。55階ホールは当たり前のようにかなり広いが2部屋分の扉しかない。その一方、5501号室が聖園夫婦の自宅であり、梛の第二の実家だ。

 

「ただいま、父さん母さん」

「お帰りなさい」

 聖園夫婦が梛と瞠を出迎える。

「あ、この人は唯川瞠さん。警視庁の時の上司だよ」

「お邪魔します」

 

 芺雅は広いリビングの大きなソファに縮こまっていた。

「芺雅……」

 瞠はそっと呼びかける。

「兄さん!?」

 芺雅はその声で、ようやく頭を上げる。瞠の存在を視認すると、再び目を背けた。

「そっか、兄さんも警察だもんね」

「芺雅、大学院ではどうですか? ちゃんとやれていますか?」

「大丈夫ですよ。真面目ないい子ですから」

 そう答えたのは、類の妻、愛渼(あいみ)だった。彼女は帝都大学理工学部の准教授として有名だった。

 

「それで、資料と言うのがこれですか? 唯川芺雅さん」

 梛の視線は机の上の分厚い茶色封筒に目をやる。

「は、はい。そう言われて、渡されました。まだ開けてないです」

 

「ああ……」

 梛は思わず声が出た。決定的な証拠がざくざくと出てきたからだった。契約書、会談に使ったであろう場所等の領収書、30年前から今までのものが入っていた。

「残りの検討はついていますか? どうせこれだけの筈がありません」

「妹……真威です。それと実家。あとは本社ぐらいでしょうか?」

 芺雅は思いつく残りの資料のありかを並べる。

「でもこれじゃ、20年前のあの事件の立証には……!」

 瞠は焦りながら資料を捲り続ける。唯川グループがヴァルキリーやマルスといった国際犯罪組織と繋がっていたのは証拠が今たくさんある。汚職なすりつけの件は芺威が証拠を纏めて渡してくれた。しかし、眩夜が殺人を唆した事については、証拠がここから見つからない。いくらやったと言ったって証拠がなければ信用されない。

 そもそも、20年前の事件は色々訳がわからないことが多すぎる。当時権力で証拠も消し去ったのだろう。ガサ入れで追加資料の中にある事を願うしかないといったところだった。

「兄さん?」

 息を荒くして資料を読み込み、何周もする瞠の行動と20年前の事件、と言う事について芺雅はさっぱりだった。

「唯川さん。大丈夫です。唯川眩夜を牢屋にぶち込むことさえ出来れば、それで」

「でも! あなたの両親は!」

「いいんです。どうせ獄中死ですから」

「閑院の名に泥が被ったままでいいんですか!?」

 どんどんヒートアップしていく瞠と対照的に梛は落ち着いていた。

「もう、閑院は断絶しましたし、それに、1番泥を塗っているのは僕ですから」

 

 その言葉に瞠は次の言葉を紡げなかった。

「それは……!」

「とにかく、警視庁に戻りましょう。父さん達も、ありがとう」

 梛は振り返って類達に感謝を告げた。

「3人ともご飯、食べていかないの? 私も類も運良く退勤出来たし明日の分含めて多めに作ってたし……あと1時間で良いからゆっくり……」

 愛渼はキッチンから顔を出す。

「……えと……そうする」

 梛はあっけなく引き下がった。正直言ってここ数日はまともな物を食べて無かったのもある。

「いや、あのこれ以上は……」

「そうですよ」

 芺雅も瞠も断ろうとする。しかし、愛渼あいみの圧は凄かった。

「ね?」

 と言われれば、はいとしか返せなかった。結局3人とも夕食を食べて聖園家を去った。

 

「とりあえず、証言を元に令状請求ですね」

 梛は瞠の車に乗り込みながら投げかける。

「……ええ」

 瞠の顔はずっと暗かった。

「弟さん、なんか良い人そうですね」

「子供同士は、悪い感情はなかったと思いますよ。ただ、実父にも継母にも避けられてただけで。実は、会うの6年ぶりだったんです。あの子が大学入る前に会ったきりで。初めてですよ。兄さんなんて呼ばれたのは」

「そうですか」

 警視庁へと戻る車の中はどんよりとした空気が流れていた。

 

「すげぇなここまでザックザクとは」

 思わず春樹の声が漏れる。

「ちゃんと残してるもんなんですね。こういうのって」

 宮下は証拠となる書類を仕分けながら呟く。

「まぁ全部口約束でうまくいくわけないですからね……ま、父に話聞かれてて唯川さんの弟さんが裏の取引的なのが苦手だったからこうやって今僕たちの手にあるわけで」

 梛はそう返す。

「それで、罪状はどうなるんですか?」

 三河は警部3人に向かって聞く。

「本当は、殺人教唆で捕まえたいんですけれど。ここには何もその証拠はない。あったとしても、情報が足りない。何が証拠足り得るのかも……」

 

「ちょっと待て。殺人教唆? 暴対法辺りじゃないのか?」

 

「20年前、渋谷松濤。600坪超の大豪邸、閑院別邸にて火災が発生。半焼となった現場からは首をつった夫婦の遺体が発見された。被害者の一人、閑院榧かんいんかやは当時キャリア警察官で、汚職の疑いが掛けられていた」

 梛はタブレットを操作し、ニュースを見せ、そこに書かれていることを淡々と説明する。

「閑院夫婦心中火災事件、ですか」

 三河が続ける。当時4、5歳といえどこの事件は何度かテレビで特集されたことが会ったために、ほとんどの人が知っている。

「で、ご存知の通り僕は聖園は聖園でも養子。それで、どこから連れられてきたか……閑院だよ。僕は元々閑院梛だった。唯川さんと生田さん、原田さんには例の人質事件で話しましたけど」

 春樹の部下たちは驚きが隠せないでいた。あの閑院? と。

 

「でも、死因は僕が覚えている限り首吊りなんかじゃない」

「じゃあ、なんなんだ?」

 春樹は前のめりになって聞く。元々大きな事件ではあったが、より大きくなって来る予感で、刑事としての本能が激しくなってきていた。

「惨殺です。ぐちゃぐちゃに殺されていました。僕たちが……当時、僕のお世話係として働いていた聖園類、現在の僕の父と一緒に家に帰ってきた時にはすでにもう助からない状態だと、当時、7歳前後の自分でもよく覚えています」

「惨殺……じゃあなんとしてでも俺たちで!」

 三河は寄り添おうとするが、やはり、梛は突っぱねる。

「良いんです。唯川眩夜はもう良い年でしょう。捕まって、裁判して、ムショにぶち込んで数年もすれば死ぬでしょ。本当にいいんです」

「警察官として、俺はこの事件を捜査する。なぁ、瞠」

 春樹は瞠にそう問いかける。警察官として、正義を追い求める。

「ええ」

「勝手にどうぞ。僕は一度警察庁に。朝には戻りますので」

 梛は焦りと共に部屋を後にした。

 

「聖園係長。お手柄ですねぇ。これで詰めることができる! それで、逮捕は当日朝ですか?」

 道玄が目の前のモニターから目を離さずに聞く。

「はい……明後日、取引が9時。首脳らが日本に到着するのが10時。なので取引直前の逮捕を」

「聖園係長はどちらに?」

「取引現場に向かいます。唯川のガサ入れに関しては全て向こうに任せます」

 

「おい、生田」

 人相の悪い男が春樹に話しかける。

「ああ、高智(たかち)さん。お久しぶりです」

 高智警部。捜一強行犯7係の高智班長。数年先輩で6係の春樹と瞠は元だが5係と別だったがそれなりに交流はあった。3係の和田もそうだったか。

「どうだ、捜査の方は」

 高智らはこの度の取引関連の捜査には関わっていなかった。

「まぁまぁってとこですねぇ」

「ふぅん。まぁ頑張れよな」

「わかってますよ」

「そういえば……聖園って言ったか。あのハーフアップのボンボン」

 高智は腕を組み、梛を思い浮かべる。

「ああ、はい。そうですけど。あの子が何か?」

「閑院だろ? 例の」

「聞こえてました?」

「……ああ」

 高智はあっさり認める。対して春樹は少し不機嫌になった。梛に対してちょっとした兄心的なものが芽生えていたからだった。

「気をつけて見とけって言いたいだけだ。唯川と同じく、な」

 途端に2人の頭に浮かび上がる瞠の今までの行動。

「はぁ、わかってますよ」

「それと、何かあったら言え。手伝えることならやる」

「……ありがとうございます」

 

「おはようございます。さて今日も逮捕に向けて大詰めですね」

 捜査一課中会議室に再び集まる生田班と瞠、梛。

「詳細情報。行動班が頑張ってくれたお陰ですね。我々はあくまでも管理側なので」

 ばさり。梛はまたまた分厚い書類を机の上に載せる。

「にしても……よく渡してくれるよな。公安なのに」

 春樹はパラパラと捲りながら呟く。

「ま、流すのに時間かかってるだけですけど」

「だろうな」

 

「今回、取引するのは銃火器や大規模な爆弾の材料を密輸入、作成、流通させている国際犯罪組織、マルス。偽の貨幣を使った詐欺事件を起こしているヴァルキリーの残党で主に構成されているミダス」

 梛はホワイトボードに書いていく。

「マルスのトップは稲瀬という男だとわかっている。構成人数は約2000から3000。対してミダスは佐藤洋司をトップとし、構成員は人質事件の時に逮捕された6人と市川含め20人前後と見ている。ミダスの目的は国家転覆。明日からの国際サミットで各国の首脳が来日するがそれに合わせて大混乱を引き起こそうとしている。ミダスはヴァルキリー崩壊前に市川が引き出した5億円の提供と唯川グループの援助を受けて現在の資産は20億超にまで膨らんでいると予想される」

 

「それと……今回の主な取引だけどピストルだ。素体は警察拳銃のY-0918 JPN。警察内部もギリギリまで調べたけど真っ白だったから唯川工業が流している」

「流してるっていう確固たる証拠が……?」

 晴季が聞く。

「はい。唯川工業は数値偽装をしていました。ピストルを作るのに必要な材料の入荷数を。徹底的に調べたところ数百丁分誤差がある事が判明しました」

「数百丁も……」

 瞠は落胆しているようで、俯いていた。

「大量の人員が必要ですが当日は僕は取引現場に貴方方とご一緒します」

「え? 来るんですか?」

 宮下は純粋に驚いているようだった。

「ええ。ダメですか? あっ。もうそろそろ最終捜査会議ですよ。急がないとエレベーター混むので早く行きましょう」

 梛は腕時計を見てそう言う。確かに、捜査会議まで後30分もない。皆机の上を片付けて部屋を後にした。

 

「それでは、捜査会議を始める」

 梛はこれが2回目となる関連事件の捜査会議だった。警察庁での業務に追われていた事もあり、参加できなかったが今まではあまり順調でないことは聞いていた。IS班然り警察庁警備局……管理側が情報統制していたのもあった。

「それでは、生田班」

「ここは聖園警部に」

「は……!?」

 梛は急に振られ、思わず大きな声を出す。しかし、立ち上がる。

「どうも……警察庁警備局聖園です。今回はサポートメンバーとして配属されました。現在本所属の部署での業務もあり、捜査会議には初回のみの参加となっておりましたが、決定的な証拠を掴んだことそして、前日というのもあり参加させて頂きました。それでは……」

「警備局の何処からなのかなぁ? 聖園け、い、ぶ?」

 嘲笑の声が後方でする。

「向田さんですか。気にしなくていいですよ。前からああ言う人でみんなから嫌われてますから。それに階級も一個下ですし、ノンキャリですから威張ってればいいですよ」

 しかし、瞠が大きめの声で付け足す。

「警備企画課の聖園です。私からは……」

 梛は先ほど瞠らに説明した事と同じ事を説明する。

「……以上です」

 

 唯川グループの語に皆ざわざわ反応する。そもそも唯川は次長でストップが掛かるのではと心配しているのだ。

「安心して下さい。唯川次長には話は回してません。回させません」

 梛は大嘘をついた。ここ1番の大嘘だった。この唯川に踏み込んだのは全て芺威の命令である。思わず横に座っていた瞠は2度見どころか5度見くらいした。

「何言ってるんですか!?」

 瞠は囁きながらも驚きを隠せない声で聞く。

「これぐらい言っておかないと。まぁどうせあの人は自首しますよ」

「それは、そうですが……」

 その後は、明日の割り振りと増員等で捜査会議は終了した。

 

 生田班及び梛と瞠は一足先に大会議室から抜け出した。一歩先を歩く生田班の後ろで梛と瞠は歩調を合わせて歩いていた。

「本当に20年前の事件を話さなくてよろしいのですか?」

「……はい。証拠、明日出て来たら話しますけどね」

 そういうと梛は歩くスピードを上げて生田班に追いついた。

 

「続きまして、こちらのコーナーです……」

 翌日、朝8時50分。東世テレビの情報番組が次のコーナー、今日来日する首相らについてに移ろうとしたその時だった。アナウンサーやタレントらは急にバタつくスタッフらに困惑の表情を浮かべる。アナウンサーの日野は渡された紙を見て驚いた。しかし、日野は職務を全うする。

「速報です。警視庁公安部、刑事部は唯川グループ本社である唯川スカイハイタワー、唯川グループ会長、唯川眩夜氏の自宅等に捜索差押に入りました。そして唯川眩夜氏を特別組織犯罪対策法違反、ヴァルキリー関連犯罪対策法違反等の容疑、公務執行妨害で現行犯逮捕しました。そして唯川眩夜氏の側近と思われる長谷川忠信氏を公務執行妨害で現行犯逮捕したとの事です。また唯川グループの幹部らにも聴取を続けているとのことです……続報が入りました。公安調査庁も共に立入検査に入ったとのことです」

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