「それで……? 梛は未だ目覚めませんし……無理、かと」
海聖病院、VIP病室。ここに梛は眠っている。
聖園類は変わらず多忙だった。無茶振りをする父と未だ目覚めぬ息子。そしてその息子もまた自らの手の内から離れようとしている事は不安でしか無かった。お互い良い年で、そもそも実の息子では無かったとしても22年間見守ってきた、最悪というしか無い出来事ばかりで精神的にも肉体的にもガタガタだというのにそれ以上に世間の目に晒されるというのは類には認められなかった。
閑院を宮家として復活させる、そういう話だった。わかっている。現在この国の皇族に若い男性はいない。東宮は現在70歳。2つある宮家はどちらも子供は望めず、このまま断絶見込み。
類もギリギリなのは理解していた。しかし、梛には難しい。
だが、向こうもかなり焦っていた。ここ最近、今上陛下は体調を崩しがちである。年齢的にも、そろそろといったところだった。代替わりしたとしてもまた直ぐに、といったところだ。となれば血を引いて若い男性。梛が候補に上がって来るのだった。
一応伏見家にも当主から見て次男の子とはいえ、若い男系男子がいたが2年前の事件で殺されてしまった。他の旧皇族もほぼ断絶済みか今世代で断絶か。
現在若い男系男子のいる旧宮家は閑院か聖しかいない。保険はあった方がいいのでどちらも復帰させた方が良いのだろうし、聖家ははいというだろう。
正化39年、2028年5月。この国において最大ともいえる難事件は果たしていつ解決するのだろうか。
「ふ……かは……ぁ」
掠れた空気音しか鳴らないが、確かに類はその声を聞いた。振り返ると梛の目が開いていた。
「梛? 梛! 梛くん?」
類は梛の手をぎゅっと握る。それに応える様に僅かであるが指が動いた。
「よかった、よかった……」
類はぐちゃぐちゃになった感情の中、ナースコールを押した。
「ねぇ、母さんは?」
瞠が病室に入ろうとしたとき、中からそんな声が聞こえた。医者らがそれなりに出入りしていたからか、扉が開いていたことも相まって、しっかりと聞こえてきた。瞠がノックしようと上げた右腕が止まる。空気に耐えられなくなって逃げようとするが、焦っているのもあって、無駄に足音を立ててしまった。
「唯川さん?」
瞠は気づかれてしまった。結局、病室に招かれてしまう。しかし、どう説明したら良いものか。
中々梛の養母である愛渼の話をしない事に梛は勘付いたのかおずおずと「何かあったの」と聞いた。
「……‥1ヶ月前、殺されたんだよ」
殺された、それだけを類は呟いた。
「誰に……」
「天野刃だよ」
「深山運送の元CTO」
「……退院したら一緒にお墓参りに行こうか。喜んでくれるよ」
「うん……」
梛の目には涙が溜まっていた。そりゃそうだ。大切の人が知らぬ間に亡くなったのは辛い事だろう。瞠はなんと声をかけていいかわからなかった。
「わざわざ来てくれなくても」
梛は落ち着き、類も一度家に戻った。2時間程でまた戻ってくるらしい。瞠はベッド脇の椅子に座って話をしていた。
「1週間に1回は来てたんですよ。行くに決まってるでしょう?」
「……」
1週間に1回というかなりの頻度で見舞いに来ている事に驚いて梛は何も言えなかった。
「本当に、本当に心配して……あんな体張る必要なんか……」
「それ、唯川さんが言う事ですか? 僕、生田さんに唯川さんの面倒なとこ、こんこんと聞かされてたんですよ」
ふふっと笑いながら話すそんな姿に瞠もホッと安心する。
「僕の罪は消えないし、多分地獄に堕ちるんでしょうけど、神様も、上も本当に死ぬという罰を与えないのなら、僕は生き続けて、死ぬ様な目に何度も合う様な事をしなければならないのだと感じました」
「え」
「警察に復帰する、という意味です」
「み、宮家復帰?」
前々から囁かれていた事ではあったが、いざそう聞くと驚くものだ、と瞠みはるは思った。
今、瞠は類と院内カフェにいた。
今上陛下は95歳、皇太子殿下は70歳そして息子はいない。
「しかし、若いといえど梛さんももう28ですし……それに本人がはいと言いますかね」
「そこは分かっていて、断るつもりであるけれど……」
「他が
「ねぇ……」
「にしても、警察に復帰するとか言い出すとは……」
類と解散し、車に乗り込む。
「急ぎますか」
「3Dデータの配布している人に話を聞き、ここ最近でダウンロードしたのは以下の40名。サイトに紐づけられていたSNSの動向から前にも見せた日野湊と深山鞠の交際を載せたアカウントもヒットしました。3Dデータのダウンロードサイトに現在、開示請求をしました」
3回目の捜査会議、進展はしたがまた被害者が出る可能性は高い。より緊迫した空気が漂っていた。
よかった事は先方は国内企業な事もあり、警察だとしっかり確認出来るとすんなり情報を渡してくれた事だった。ここは瞠自身、過去の事件で苦労した事もあり大きな前進となった。
そして、懸命な捜索により駅構内のロッカーで靴が見つかった。シークレットシューズでサイズは27cm。これも大きな前進だった。
「
太一は堂々と説明する。
「怪我?」
前に座った課長らの1人がそれに答える。
「はい。階段から落ちたそうで。後遺症も残ったそうです。おそらくは犯人が被害者の中に居ると踏んだか……逆恨みの可能性があります。神庭慈雨しんていじうの話によれば、番組最終回の生放送終了後、階段近くで揉めている声を聞いたらしいです。そして神庭は福井から嫌われていた、と言っていました。相性が悪かったそうで、SNSにも放送当時の感想でその様なことが散見されました」
「おはようございます。警視庁の唯川と申します。福井純矢さんですね? 少しの間だけで構いませんのでお話しを……」
翌日早朝、瞠らは福井の自宅前にいた。福井はボサボサの髪で寝起きだとわかる。しかし、瞠らが警察手帳を見せると目つきが変わる。
「ちょっと待っててくれます?」
不機嫌な様だった。
「ええ。いくらでも待ちますよ」
それから数分後、再び扉が開く。しかし、福井は刺身包丁を持っていた。瞠は咄嗟に一歩前に出て取り押さえようと福井の腕を掴む。
「碇さん。応援要請を」
「わかってます」
太一はPⅢを取り出し、緊急発信をする。
「いっ」
瞠は足をかなり深く切りつけられるが気にすることなくそのまま手の力を入れ、取り押さえる。
「福井純矢、公務執行妨害で現行犯逮捕」
「唯川さん、足!」
瞠の足からは血がだらだらと流れていた。辺りに血痕がボタボタと出来ていたのだった。雪乃は後ろの方に居たのでよりびっくりする。
「結構出てますよ。救急車呼びますから大人しくしといてください」
はぁ、と呆れながら榴輝は携帯を操作して救急車を呼んだ。
「馬鹿なんですか?」
瞠が運び込まれたのは梛が入院している海聖病院。梛がリハビリに向かう途中で偶然出くわして梛からさっきの言葉が出た。
「もっと気をつけてくださいよ」
瞠は貴方に言われたく無いという言葉をグッと堪えた。