「ふっ……は……」
梛は荒い息を吐きながらリハビリを行なっていた。立つだけで一苦労で足がぷるぷると震える。なんとか手すりをつかむが、また車椅子に座ってしまう。
「はぁ……はぁ……」
「では一旦休憩しましょうか」
理学療法士が梛にそう声をかけ、水筒を差し出す。梛は受け取ってお茶を飲む。
「まだ、いけます」
梛はゆっくり深呼吸をし、前を向く。
「はい。ゆっくり行きましょうね」
3人は病院を出て署に戻るために駐車場に戻って来た。
「前のように遭遇しませんかね」
運転席に座った瞠がそう言う。
「ですねぇ」
「そんな運の良い事そうそう起こりませんよ」と未莉みりは笑う。
「車両ナンバーなんでしたっけ?」
しばらく走った後で信号待ちで瞠がそう聞く。助手席に座っていた太一が資料を捲って、指でなぞりながら答える。
「新宿へ011です。車種は黒の軽バン」
右手にある花屋の小さな駐車場にそれは停まっていた。
「マジであった」
瞠は駐車場に車を停め、エンジンを切る。
「私は店の中を確認してきます」
瞠は拳銃を取り出し、半分スライドを引く…‥チャンバーチェックをする。元のホルスターに戻し、内ポケットの警察手帳を取り出さず確認する。
「御堂さんと碇さんはここで待機を。出て来たら対応お願いします。それと応援を呼んでおいてください」
「はい」
「いらっしゃいませ」
狭い花屋の中、居るのは店員であろう女性と橋爪優。
瞠は適当に花を見ながら橋爪を確認する。
橋爪は大きな箱を持って出口へと向かうが瞠は早足でそれに追いつき、肩を叩く。
「なんですか?」
「橋爪さんですか?」
「はぁ?何、急に。お前誰」
橋爪は瞠を振り解き、帰ろうとする。
「警視庁捜査一課の唯川と申します。少しお話、良いですかね?」
瞠は警察手帳を見せる。橋爪は手帳をまじまじと見てこう言った。
「警部さんが俺に話ってなんですか?」
「聖冬人さんを刺して逃げましたよね。サクラグラントーキョーで」
瞠は単刀直入に事件のことを話す。
「だーかーらー!なんで俺が刺す必要があるんですか?と言うか……」
「証拠は残ってますよ。防犯カメラにバッチリ映ってます。車種もナンバーも貴方の顔も。だから……ご同行願えますか?」
しかし、橋爪はそれに答えず、走って外に出る。しかし、店の外には既に3台のパトカーが到着しており、制服警官が待ち構えていた。
「逃げても無駄ですよ」
橋爪はパトカーに乗せられ連行された。それから3人は現場に残っていた。
「それで、橋爪さんはここで配達担当だった、と」
「はい……」
いきなりの事に店長である女性、小笠原はビクビクと怯えていた。
「普段の様子で変わった事はありませんでしたか?」
「い、いえ。特には」
「勤務状況のわかる物や配達のルートなどのわかる物の写しを貰っても?」
「わ、かりました」
小笠原は小走りで裏に戻っていく。10分後、紙の束を持って戻ってくる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「聖冬人は目覚めたそうです」
警察署、取調室の中をガラス越しに見つめる瞠に榴輝は声を掛ける。
「そうですか、よかったです」
「それと、梛さん……」
「梛さん?」
いつの間に下の名前で呼んでるんだ、自分もまだ本人の前で呼んでないぞという感情が瞠を襲う。
「別に良いじゃないですか。俺ら聖園家と結構関わりありますし、区別ですよ区別。それに唯川係長もどうせ聖園類さんの前では梛さんと呼ぶでしょ?」
「まぁ、そうですけどね……はは」
「飽きないですねぇ。唯川さんも」
海聖病院、VIPフロア、梛の病室。梛は小説を読みながら瞠の相手をしていた。
「警察戻るって本気で言ってるんですか?」
「上が殺してくれないなら死地に何度でも舞い戻るだけです」
そう言って梛は小説を閉じてベッド脇に置く。
「まだ仕事残ってますよね?早く戻って終わらせて来たらどうですか」
梛は新しい別の小説を取り出して読み始める。
「皇籍に戻る気は無いのですか?」
「急にどうかしたんですか?」
「ニュースになっているでしょう」
「もし打診が来たとて、僕が返す言葉は一つですよ。いくら警察だからと、上が認めたからと、僕の手は血に塗れすぎてます。それだけじゃなく僕はその立場になる器にありませんから。それに僕は警察以外の生き方を知りません。それに冬人がいるじゃ無いですか」
沈黙が続く。それを破るようにPⅢに通知が入る。
「ほら、早く帰ったほうがいいんじゃ無いですか?唯川係長」
「…‥はいはい分かりましたよ。帰って差し上げます」
「ふっ……あはは、はい。さよーなら」
「そのうち会いに来ますよ」
「…‥待ってます」
梛の待っている、という言葉を聞いて瞠は優しい笑顔で帰っていった。
「唯川係長!か、海聖病院で立て籠り事案です!」
通知の相手は榴輝だった。
「今、その病院に居ます」
「今の場所は?」
「エレベーターの中です。このまま一直線に1階……」
そう言いながら瞠は途中で急いで3階のボタンを押す。
「3階で一度降ります」
「わかりました」
「状況は?分かりますか?」
エレベーターは3階に着き、瞠は降りる。
「1階の受付でVIPフロアに連れて行け、さもなければ殺すと」
「はい。110番警視庁です。事件ですか?事故ですか?」
通信司令センターの木野は新たに来た電話を取る。
「た、立て籠りです!VIPフロアに行かせないと殺すって!」
「立て籠りですね。現場はどちらですか?」
木野はタブレットにたてこもりと書きながら次を聞き出す。
「海聖病院です!」
「海聖病院ですね?犯人は何名ほど居ますか?」
「10人くらいです。もっといるかも……目出し帽って言うんですか?それ被ってます」
「武器は何か持ってますか?」
「銃と、包丁です」
焦っているのを落ち着かせながら確実に情報を聞き出す。
「警視庁から各局。海聖病院にて立て籠り事案発生。犯人は10名程度、目出し帽を被っている。要求はVIPフロアに通せとのこと。武器は拳銃と包丁所持」
この病院は8階建で、7階が特殊な配慮が必要なVIP用のフロアとなっている。梛や冬人のような貴人の他、芸能人や政治家等の騒ぎになってはいけないような人物が対象となったフロアで、よくイメージするような大きな個室だけでなく普通の広さの個室もある。
VIPフロアにはそれだけの警備が頑丈で、普通の4機のエレベーターでは7階には着かず、奥にあり、見えない場所にあるもう1機のエレベーターを使うことになっている。
「海聖病院で立て籠り?」
道玄は2年の内に警部補に昇進し、警視庁公安総務課第7係に異動、主任として働いていた。
「聖園さんが……」
「ああ、それで俺らも臨場することになったから準備だ」
玉井係長は係員に指揮する。
「了解」
30分後、海聖病院の駐車場には大勢の警察官、警察車両が停まっていた。
入り口は何ヶ所もあるがいずれも施錠、シャッターが下ろされ中を伺う事はできない。唯一の救急出入り口も塞がれている。
「公安の奴らも来てるって事はやっぱり聖、閑院の皇籍復帰問題ですかねぇ?」
太一は隣にいる圭一に話しかける。
「かもしれないっすよね。しかも聖冬人が刺されたばかりと考えると……」
「どうにせよこの病院には1000床と外来、医者、看護師、スタッフらでかなりの人物が閉じ込められている事になる。しかも相手は銃を持っているらしい」
榴輝は5係を指揮する事になる。もちろん警部補として今までも現場の責任者として活動していたが、全ての指揮をする事はない。それは係長の仕事だからだ。他部署他係との情報共有、逐一入ってくる情報の整理、適切な指示。榴輝はお腹が痛くなりはじめていた。
「外来の患者と面会に来た客は全員解放するとの事です!」
その報が入ってくると同時に正玄関のシャッターは上げられ、沢山の人が一斉に出てくる。
それをSatが迎えて安全な場所に移動される。解放された人の中から聞いた事は、
外来の医者、看護師ら、そして病棟の患者らで意識があり動けるものは3階に集められた。との事だった。
「3階?じゃあ唯川係長は?」
途端に心配になる。瞠は梛の面会に行っていたが、冬人に話を聞くためでもあったし、そもそも勤務時間中だった。拳銃は所持してるだろうが、それでもだった。
「唯川さん?」
瞠は梛の病室に走って入室する。
「この病院が占拠されました。おそらく、狙いは聖園さんと聖さんです。」
「せ、占拠?」
突然の事に読んでいた本を落とす梛だった。