「あぁ!? なんだってんだよ? 俺が怪しいって!? 上司呼べよ!」
病院立てこもり事件解決から数日、太一と未莉は新たに発生した事件の聞き込み捜査をしていたところ、変に絡まれてしまったのだった。
「申し訳ございません。ですが……」
「あぁ?」
「初めまして」
2人の後ろの立っていたのは瞠だった。
「誰だお前。こいつの上司か?」
「……ええ」
「唯川係長……」
「ええ、丁度よかったですよ。私は唯川瞠と申します。警視庁刑事部殺人捜査5係の係長をやっています」
瞠は警察手帳を提示し、名刺を差し出す。
「……」
男は瞠の名刺を受け取った。
「よろしければ、事件について何かあれば教えてくれませんか?」
「……わかったよ」
「で、どこで起こったんだっけか。最初から教えてくれよ」
「は、はい」
太一はメモ帳を数ページ戻し、説明を始める。
「事件が起こったのはこのマンションの10階1024号室、この部屋の斜め上の部屋です。被害者はそこに住んでいた中学1年生の
「8時……8時なぁ。近くの公園でジョギングしようと出て行ったとこだろうが……見てないよ。ああ……」
男は考え込み、足元を見ていたが思い出したかのように顔を上げる。
「でもなぁ。あそこ、たまに叫び声が聞こえてたんだよ。もちろん全員の顔をちゃんと見た事は無いけどな。多分暴力を振るわれてたんだろうさ。女か若い男の声しか聞こえなかったから」
「DV……お話された事はありますか? あの家族と」
未莉は間髪入れずに質問する。
「うるさいから一回文句言いに行ったさ、優男て感じの50くらいの男が出て来て、んで流石に暴力はダメだろって言ったけど。そしたら綺麗にあしらわれた。有無を言わさず帰らされてしまって。でもそれからは聞いてないな、叫び声」
「それは、いつの事ですか?」
瞠は続けて質問する。
「丁度1週間前だったか。その辺りが特にうるさかったから。つい、な」
「父親……ですか……しかし……」
「父親はアリバイがありますね」
「アリバイ?」
アリバイという言葉に男が反応する。
「父親は現在勾留中なんです。1週間前の病院人質事件で逮捕されていまして」
「ふぅん。まぁなんか思い出したらここにかければいいって事か?」
男は名刺をクルクルと手遊びしながら聞いた。
「ええ。お気軽に。今日はありがとうございました。お気をつけて」
3人は事件が起きたマンションを離れた。
「DVねぇ……あの子が殺された理由がますますわからない……暴力振るって来る奴が消えたら嬉しいじゃないですか……逆ならわかりますけど」
太一はうんうん唸るが考え込んでも糸口は見つからない。
「父親に話、聞きますか」
未莉はそう呟いた。
「そうしましょうか」
東京拘置所、面会室。
「鵜野さん。今日は大切なお話があって来ました」
「……」
しかし、鵜野は顔をあげようとせず、俯いたままだった。
「……息子さんが、何者かに刺されて亡くなられました。今日の8時のことです。それで……」
「俺は大河を殺すことなんか出来ないさ。それはわかってるだろ。それともなんだ? 俺がDVしてるって? なら俺の親父に聞いたほうがいい。アイツは俺並みにドクズなんだから」
鵜野は貧困に苦しみ、特に父親の存在が大きく影響していたらしい。鵜野は病院事務員として犯人に協力したことで逮捕、起訴された。
「とにかく、金が欲しかったんだよ。逃げてたけど、最近見つけて乗り込んできて……殴ってきたんだよ。しかも俺じゃなく、家族を。早くどっかいって欲しくて、それで……100万くれたら出て行ってやると言われたから……何処から嗅ぎつけたのか、アイツらに100万欲しけりゃ手伝えって言われたんだよ」
「わかりました。ご協力感謝します」
「と、いう事は鵜野光は鵜野政也のお陰で例のグループに目をつけられていた、という事でしょうね」
渋谷署までの車中で3人は情報整理をしていた。
危ないグループ……ヴァルキリーと関わっていたり、その元構成員が組織したグループやその他の組織に何かやらかし、色々調べられていた中で海聖病院に勤務する鵜野光を見つけ、利用された、というところと見ていた。
「鵜野政也を重要参考人として任同かけろ」
「承知しました。それでは」
瞠は報告の後、再び覆面に乗り込んだ。
未だ現場となったマンションには数台の警察車両が止まっており、対応中だった。
「お疲れ様です。皆さん」
別行動中となっていた5係の面々と少しばかりの挨拶をした後、鵜野政也の元に近づく。
「この度はご愁傷様でございます……」
「恐れ入ります……刑事さん、ですよね? 何かわかった事があったのですか?」
なるほど、外面が良いとはこの事だ、と5係は思った。
「署までご同行願えますか? 少々詳しく聞きたい事がありまして……」
「お久しぶりです。橘さん。どうされました?」
警察庁、警備企画課長の橘が梛の病室へとやって来たのだった。
「遂に逮捕ですか? それに踏み切れたのなら良かった……」
しかし、橘は無言で梛に透明のファイルに挟んだ書類を差し出す。その書類は警察庁中途採用のものだった。
「……死地に戻る気ではいたので、良いでしょう。受けますよ。しかし……」
「そもそもヴァルキリーの幹部には事前に射撃許可が出ていたんだよ。もちろん、一般構成員にも出した、だからあのタイミングで突入した」
「殺したことには変わりありません。それで、僕は次も警備ですか?」
「それ以外が君に出来るというのかい?」
「……そうですね。しかしまだまだ満足に動けません。色だって、結局わからないまま」
「それは2年前だって同じだよ。我々は君を信頼しているんだよ」
「それは、どういった意味で、ですか?」
「……」
しかし、橘は梛の質問に答えようとしなかった。ふぅと少し息を吐くと、「すまないな。じゃあもう帰らせてもらうよ」と言って病室を去っていった。
梛はファイルを手に取ると、その上からそっと書類を撫でた。
病院占拠事件がきっかけか、皇籍復帰問題は今まででは考えられないスピードで進んでいた。
「すみませんが、僕にはその立場に座る器も、能力も資格もございませんので」
退院日、結局病院前にはそれなりの数の記者らが集まっていた。それは梛と冬人の退院日が重なった結果でもあった。梛はまだ完全に歩けるようになった訳ではないために、類が車椅子を押していた。
「私も、急を要する事だとは理解していますが……もう少しの間考えさせて頂きたいです」
冬人も復帰についてあまり積極的ではないようだ。
2人はそれぞれ護衛と共に家へと帰っていった。
「急を要する皇族復帰問題ですが、1番重要なのは当事者の意思です。しかし、最重視される閑院家、聖家の二家はどちらも皇籍復帰について消極的で、特に大型国際犯罪組織ヴァルキリーや唯川事件の解決に多大な貢献をした、現在は聖園食品次期社長とみられる聖園類氏と特別養子縁組を結んでいる聖園梛氏は閑院の……」
太一のスマホからは動画サイトの公式ニュース切り抜きが流れていた。
未莉はスマホを覗き込む。
「使います?」
太一はウェットティッシュでワイヤレスイヤホンを拭くと未莉に差し出す。
「いや、良いです」
現在、瞠が鵜野政也を取り調べ中で、5係は署でしばらくの休息を取っていたのだった。