再び、車は走り出す。
「あの車、危ないですね」
瞠は後ろに着いている車を指してつぶやく。確かに安全運転とは言えず、緊張感が漂う。
「赤灯出します?」
未莉は後部座席から提案をする。
「もう少し様子見を……」
瞠がそう言った途端、後ろの黒い車は急に加速をする。避け切れるはずもなく、そのままぶつかった。前の車に当たるギリギリでブレーキを踏み、止まることが出来たが、後ろは潰れてしまった。
「覆面と事故するバカって居たんですね。御堂さんは大丈夫?」
「うっ大丈夫……です。意識は」
「かなり衝撃はあるでしょうし病院は行った方が良いですね。歩けますか?無線機は……」
瞠は外に出ながらアンテナの確認をするが、後ろに着いていたアンテナは潰れていた。
「まぁPⅢで……」
そう言いながら緊急発信をする。
「はい、唯川です。後ろから追突されまして……。はい、他に巻き込まれはございません。交通専務を……はい。アンテナが……」
瞠が通報している間に、未莉は誘導を、太一は追突した運転手の様子を見に行く。
太一は窓をノックし、声をかける。運転手はかなり焦っているのか息が荒い。
「こんにちは。降りることは出来ますかね……」
しかし、運転手は降りようとも、ハンドルから手を離そうともしない。
後ろからサイレンが聞こえてくると、目の色を変え、ハンドルを握り直し、そして逃げた。どうやら既に追われていたらしい。
「それでは……危ない!」
瞠は危険を察知し、未莉の腕を引き、歩道側に倒れ込む。
間一髪で未莉は轢かれるところだった。
「すみません。大丈夫ですか?」
「い、いえ。こちらこそ。助けて頂いて」
「逃げました!ナンバーは足立へ526です」
瞠は直ぐに報告する。
一台目のパトカーはそのまま黒い車を追い、その後直ぐに2台目にやって来たパトカーから交通専務の警察官2人がやってくる。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。今のところは特に。既に緊急発信を……」
瞠はPⅢの砂を払う。
「同業者の方でしたか!」
交通専務らは敬礼をした。
5係の3人は敬礼を返すと、交通専務の1人と話し合いを始めた。もう1人は未莉に変わって交通整理を担当した。
「我々は捜査中でして、取り調べがひと段落着きましたので一度署から本部に戻る予定でした。現在取り調べ中のマル被には前歴の疑いがありまして、証拠を集めるためにもマル被の実家に家宅捜索を、と。その為の準備に」
「あれ、盗難車の上に既に轢き逃げをしているんですよ。運がなかったですね」
「ええ……」
「とりあえず、三河主任に連絡して迎えに来てくれるそうです」
太一は携帯を切りながら報告する。
「それはよかった。レッカーに報告書案件ですけど……」
「お疲れ様です」
30分後、自車で迎えに来た榴輝は全員を乗せて出発した。
「それで、廃車ですか?」
「おそらくは。無線関連はアンテナがイカれただけで前方にあるものははほぼ大丈夫でしょうけど結局費用は……まぁ私が払うわけではないのでね。そこは気にするところでは無いですけど捜査車両もギリギリの運用ですし……」
「ですよねー」
捜査車両もそこまで数がある訳ではない。一つ欠けると新しいものが入るまでには時間がかかる。つまりは負担がかかる。
「本部に戻って報告書書きましょう。今日も徹夜ですかね……」
様々な書類を頭に浮かべ、ここに来て捜査をこの形で妨害される事に瞠は憂鬱な気持ちで窓の外を眺めていた。
「やっっと終わった……」
午後3時。結局のところ犯人は捕まったが関係各所を周り、報告書を書き、被害届を書き、そうこうしているともう3時だった。
「あ、取れてますよ。尾上の実家の令状」
少し前に裁判所から許可が出た通知と令状が送られてきていた。
「おはようですね。今のうちにシャワー浴びてきます」
榴輝はググッと伸びをするとタオルや服を入れているカバンを掴んで立ち上がる。
「いってらっしゃい。私もそのうち。他の皆さんも……」
瞠が促すと、皆着替えとタオルを持ってシャワー室の方へと去っていった。
覆面が後ろから追突された事故はもちろん大々的にニュースになった。運転手が22年前の例の事件に関わっていた事も。
「唯川係長、そろそろ……」
瞠はハッとして勢いよく顔を上げる。既に1時間が経ってもう4時を回っていた。榴輝が心配そうに顔を覗き込んできていた。
「あ、ああ。ありがとうございます。それでは」
瞠はパソコンをスリープ状態にすると、シャワー室に向かっていった。
「あ……」
数時間ぶりに瞠がスマホを開くと梛からチャットが来ていた。
ほどほどにしてくださいね。との事だった。気づかれていたのか、と瞠は焦った。梛は以前から22年前の両親の事件について真相究明には興味がないどころか蓋をしておいて欲しそうだったからだ。
するとちょうど新しいメッセージが届く。既読したのを見られたか。瞠はなんでこんな時間まで起きているのだと思いつつ、中身に目を通す。
「何もいい事なんてありませんよ」
その言葉に瞠が返す言葉は一つだけだった。善処します。素早くそう打ち込むと送信ボタンを押す。帰ってきた言葉は「そうですか」それだけだった。
梛は準備を終えて最終確認をしていた。始発の飛行機で北海道に行く予定だった。
準備、とはいえ泊まる予定はなく荷物は普段とほとんど変わらない。瞠からのメッセージを確認し終えると小さく口に出しながら確認していく。杖、予備の遮光メガネ、財布、スマホ……などなど。それからカバンを移し替えたから忘れがちなICカードやヘルプマーク。
梛の視力は悪くないが、全く色が分からないと不便な場面も多々あり、そして今も杖が無くては少々不安な為、念には念を、との事で類からどうしてもと言われ着けていた。
「……いってきます」
梛はそう呟くと、部屋を出て鍵を閉める。
その後は特に何も無く、北海道の地に降り立った。
梛は別に観光をしに北海道に来た訳ではなかった。電車とバスを乗り継いで約1時間。ある町に用があったのだ。
空港から快速に乗り、途中から普通列車に乗り換える。列車は混んではいないがギリギリ座れないといったところで、梛は扉近くのシートの壁に少し体重を預ける形で立っていた。
「あの、ここどうぞ」
若い男性が優先座席から立って示す。
「あ、でも……」
「いえ。大丈夫ですよ。立ってるのしんどいですよね?」
ヘルプマークと杖を見て付け加える。
「ありがとうございます」
梛はシートに座って、目的地まで揺られていた。