「……はぁ」
梛は公安委員長との約束を取り付けられてしまった。ここで行けば皇族へ、ひいては天皇へと担ぎ上げられることなど梛にでも十分わかってはいたが、もう断ることはできない。離陸直前、疲れが滲んだため息だった。
「これで、一歩近づいた」
しかし、これだけでは惨殺事件は証明されない。証明されたのは放火犯と唯川眩夜が繋がっていたという事だけ。
瞠はスマホの画面を見つめる。電話をかける前の画面だ。相手は、聖園類。当時、梛以外の当事者だ。目の前には当時の資料が広げられていた。お粗末としか言いようがない、いやそうせざるを得なかった資料だった。
当時、26歳だった聖園類は従兄弟の息子、従甥である梛の専属家庭教師として働いていた。勉強だけではなく、身の回りの世話や一部の家事も担当していた。事件の4年前、2003年に聖園食品食中毒事件が発生した。事件自体は捜査の結果、1人の従業員による故意的なものだったことが判明し、逮捕に至っている。しかし、その影響で類のあるはずだった次期社長としてのコネ入社は無くなった。類の父である創が類のことを心配した結果でもある。今息子を入社させれば要らぬ心労を掛けさせるということで類は人手の足りなかった従兄弟夫婦の下で働くことになった。
2006年4月28日金曜日。ゴールデンウィーク前日、この日は参観日兼引き渡し訓練というのもあり、類が梛の通っていた小学校である啓央学園幼稚舎に行っていた。この時、閑院夫妻は2人とも休みであったが、用事があるからと類に任されたそうだ。
引き渡し訓練は給食と掃除が終わった1時半ごろ。3、40分かかり、そこから渋谷松濤にある自宅まで徒歩と車で20分程度。つまり2時半ごろに自宅に到着し、2人は遺体を発見。そして火災。焼け跡からは幾つか物が無くなっていたために、心中と強盗が重なったのだろうと判断された。何より凶器は見つかっていないし、公式発表は首を吊ったことによる自殺だったからだった。当時33歳だった閑院夫妻はそうして殺された。
閑院夫妻は今で言うパワーカップルだ。夫である榧はキャリア組警察官、妻である
事件現場は渋谷区松濤にある約650坪、4階建ての超大豪邸。とはいえ別邸として建てられている。本邸は京都にあり、息子家族の居住地や当主であった閑院楸が上京して来た時に泊まる別荘として運用されていた。
当たり前だがいくら松濤という高級住宅地だろうとそこまでの土地を持った個人は閑院ぐらいだった。閑院家は戦後皇籍離脱後、不動産業務で成功を収めていた。それから数世代前からは警察一家として名を上げていた。梛の祖父、楸は京都府警本部長。父、榧も同世代において1番の出世株だった。だからこそ芺威に嫉妬され、陥れられたのだが。
瞠は深呼吸をして通話ボタンを押した。数コールして類は出た。
「はい。聖園です。唯川さん。どうかされました?」
「お忙しいところすみません。今度お会いする事は出来ませんか?」
「いえいえ……‥でしたらこの後本社で会いませんか? 丁度予定ありませんので。そうですね。18時に受付に来て貰えれば」
「ありがとうございます。それではまた後ほど」
「聖園類にアポが取れました。18時に聖園食品本社です」
今は16時。瞠が伸びをするとポキポキと節々が鳴る。
「三河さんと御堂さんは私について来てください。皆さんは引き続き細部まで確認を」
「わかりました」
45階建てのビル。これが聖園食品東京本社。受付で名前を告げるとすぐに通された。
44階にある類の執務室へと案内される途中、5係は梛と鉢合わせた。
「あの、事件は……?」
「ご安心ください。ちゃんと逮捕されましたよ。それと、貴方にも関係する事ですので一緒に話がしたいのですが……お時間は……?」
「大丈夫ですよ、暇ですので」
44階は秘書部と総務部の一部があるフロアだ。そのうち秘書部長室と書かれた部屋に案内される。
「お待ちしておりました。あれ、梛、帰ったんじゃ」
類は執務机から立ち上がり、こちらへと歩いてくる。
「僕にも話があるって言われたから」
「……そっか。それではこちらに」
類はソファへと案内する。
「それで、話というのは」
「22年前の事件の事で……」
「何か、わかった事でもありましたか?」
「当時の、放火犯とされた男が今回殺害未遂事件で逮捕されました。そして、その男が古い携帯電話の中に記録が残っているかもしれないと証言し、私どもはその携帯を回収することを成功し、メール等が残っていることを確認しました。ですので、我々からお願いです。当時のことを詳しく教えてくれませんか」
類は数秒考え込んで、黙った後、口を開いた。梛は俯いたままだった。
「当時、2人の遺体を発見するまでは警察に残っている資料と同じでしょう。ただ、2人は……首吊りなどでは無く、惨殺だったという事です。傷は10はあったでしょうね。あらゆる場所から血が出ていて、もう息もしていませんでした。
それから、異変を感じました。異臭です。焼け焦げる匂いがして、部屋の奥の廊下に繋がるもう一つの扉をあけたんです。そうすれば一面燃えていましたので急いで鞄と梛を抱き抱えて家の外に逃げ、それから通報しました。しかし、かなり広い家という事で2階まで燃えるまで消火に時間が掛かってしまい、2人の遺体も燃えてしまって……ただ、分かるはずなんですが警察の調べでも検死解剖でも
縊死、首吊りの事だ。公式発表では堂々と首吊り自殺とされた。
「すみません。私もかなり衝撃的な事でしたので忘れていることも多く……」
「いえ、それは防衛本能として正しい事ですよ。忘れた事を責めないでください」
「では、何か思い出したことがあればこちらから連絡いたします」
5係は礼を言って梛と共に類の執務室を後にした。
「一つだけ、思い出したことがあったんです」
帰る途中、梛はボソリと口に出した。
「両親を見つけてから、放火まではかなり時間が経っていた、と思う。火元は裏口近くだったからもあると思いますけど」
「それは……‥どれほど?」
「20分か、30分。その間父は……‥類さんは居なかった。記憶がここだけ混濁しているのもあります。僕は記憶力がとにかく良い方ですが、ここだけは両親が惨殺死体となって倒れていたところ以外は殆ど朧げで……」
「それで、梛さんは何故こちらに? 話があったんですか?」
榴輝が話を変えた。
「……偉い人と会食をセッティングされたんです。恐らくは皇族復帰の話でしょうね。父には先に話しておきたかったんです。散々迷惑掛けていますから」
「偉い人?」
未莉は疑問を持った。梛は再び少し黙ったが、深呼吸をしてその名を口に出した。
「国家公安委員会委員長、