「なんで……」
梛の頭の中は感情が洪水となって溢れていた。
「なんで離れていくの。そんなの、僕が閑院の血を引いてるってだけで……」
「離縁しても、俺らの関係は変わらないよ。そもそも、俺たちは……」
「親子だよ!法律上でも親子だ!それに血だって遠いけどちゃんと繋がってる。父さんは父さんなんだよ、なんで否定するんだ。じゃあなんで父さんは僕なんかと特別養子縁組を結んだんだ!?そんなことしなきゃよかっただけじゃん!この20年を否定するの!?」
「梛くんが皇族復帰しても法律上親子関係は破棄することになる。でも、そうしたら20年前と同じ関係に戻ろう。俺は梛くんに何処まででも着いていくよ」
「それとこれとは違う!それに僕はそんなこと望んでない!」
梛は怒りとストレスからか腕を掻きむしり始めた。ちゃんと爪のケアはしているとはいえかなり強い力なのと、古くなった自傷の痕や銃で撃たれた痕が取っ掛かりとなって、赤くなり、そして血が滲み始めていた。
「梛くん、痛いでしょ?それに俺が悲しいからやめて欲しい」
「全部僕のせいなのに、中途半端に救おうとなんかしないでよ!突き放すなら最後まで突き放してよ!」
「梛くんのせいなんかじゃ、梛くんのせいなんかじゃない!梛くんは羽島くんを撃ってないよ」
そう言ってから類は自分が何を言ったか気付いた。言うなと言われていたことを、機を見て告げるはずだったことを、口走ってしまった。類は今手元に証拠も無いのに。
類は恐る恐る顔を上げた。梛は口をパクパクさせて何も言えないでいる様だった。しかし、小さく息を吸うとこれまでより激しくなった。
「そんなわけ、そんなわけだって僕は、僕がこの手で……」
梛の呼吸が早くなる。梛は胸を抑えて苦しそうにする。ハッと気付いた類は梛に駆け寄る。
「梛くん、ほら座って?」
類は梛を床に座らせてシャツのボタンを緩めて前屈みにさせる。
「ゆっくり、吐いて、吐いて、うん。吸って、吐いて、吐いて」
背中をさすりながらちゃんと呼吸が出来るようにとリズムをつける。
次第に呼吸も情緒も落ち着いた梛は倒れ込んでしまった。
「申し訳ございません」
ベッドに梛を運んだ後、類は聖夜に電話をしていた。
「いえ、いつかは言わなければならない事でしたから。しかし、やはりでしたか」
「はい。私が性急すぎたんです。少々説明は省きますが嵯峨周は梛を天皇にしたいのですが、それを断るのならば、離縁して閑院として為すべきことを為せば嵯峨周は納得するのでは、と言ったのです。ただ、それで怒らせてしまって。皇族復帰するなら同じだとも言ったのですが、それとこれとは違う、それにそんな事望んでいない、と」
「そうでしたか」
「いまだに、いまだ慣れないんですよ。あの子に父さんだなんて呼ばれるの。もう20年も経っているのに」
20年という月日は短くて、長い。
一度落ち着いていた梛の精神状態もここ4年ほどの出来事で悪化した。総入れ替えとなった警察幹部や嵯峨周にとっては梛は英雄であろうし、プロパガンダに使いたいだろう。だが、側で見守ってきた類からしてみれば一切認められなかった。
「ん……」
「あ、梛くん、起きた?」
「……ごめん、なさい。取り乱しすぎた」
「いや、俺も悪かった。俺が勢いであんな事言わなきゃ梛くんは……」
梛は類の袖を掴んでその先を制止した。
「夢、夢を見たんだ」
「夢?」
「羽島さんが出てきた。ヴァルキリーの人間も。4年前のあの事件の夢。僕がヴァルキリーの全員を撃って、倒れた後、羽島さんは這ってまで僕のところに来て僕の撃たれたお腹を押さえてくれていた。自分も危ないのに。でも、多分これは本当の、正しいあの日の……」
「うん。記録はちゃんと残っているらしい。今度一緒に見に行こう?」
「……うん、墓参り、ヴァルキリーの、あの日殺した人たちの墓参りも行かなきゃ。いくら命令だったとしても、正当防衛でも殺したのには変わりない」
「うん、行こう。でも今日はゆっくり寝て、元気に明日を迎えよう」
「梛、元気そうでよかった。復帰するんだって?生まれながらのFIREなのによくやるよ。俺ならそもそも働いて無いね」
3日後、梛は警視庁公安部の会議室に居た。
「生きることに目的は必要でしょう?」
「……そうだね」
聖夜は昔のことを考える。しかし今は関係ない。今は梛があの日の事件資料を見るための時間なのだ。
「谷町係長、小川課長がお呼びです。例のカルトの件で」
例のカルト、梛にも何を指しているのかは察した。梛も捜査にほんの少しだけ関わったことがある。
「ああ、今行く。では、ほんの少し席を外します。道玄、ここに残れ」
「分かりました」
道玄と呼ばれた男と聖夜は入れ替わりになった。
「お久しぶりです。聖園さん」
「あ、うん。道玄さんはどうですか?」
「元気ですよ……会いにいけなくてすみませんね。春の大異動もあって……ですがこれを持って警部補になりました。ちゃんと報告できて良かったです」
「おめでとうございます」