資料の確認は順調に進んだ。
「本当に復帰するんですか?」
「だめ?なんだかんだ歓迎してくれると思ってました」
「別にそういうんじゃないですけど」
「ね、道玄しゅ、に、ん。あの人はどう?めんどくさいですよね」
あの人、聖夜の事だ。
「ええ、まぁ。公安の癖にチャラチャラしてますよ。パブリックイメージ通りの谷町聖夜って感じで」
「でも、あの人は優秀です。」
「ええ。異動してきてまだ2ヶ月ですが羨ましいですよ。うちの玉井なんか……となりの係なので会うことは多いしこうやって手が空いてたからと呼び出しに駆られるし……まぁこうやってサボれるので良いですけど」
「ふっあはは。あの
口を押さえて梛が笑い出した。それに御咲はふくれる。
「そんな笑わなくて良くないですか?」
「いやぁ、ねぇ。だって道玄さんの別記事項、なんて書いてあったと思います?問題児。ですよ。まぁ唯川さんには叶わないかも」
「何してんすか、あの人」
「んー想像つくでしょ。あ、麻布中央のボヤ騒ぎ、覚えてます?あれ、唯川さんと捜査一課の生田警部も関わってたそうですよ」
「あの伝説の焼肉パーティーですか……」
そう言うと御咲の顔はずぅんと重くなる。気まずそうな顔だ。そう言えば、と梛が口を開いた。
「道玄も麻布中央だっけ……ん?ここ最近で有名な騒動って在籍中じゃ……」
麻布中央学園のすぐ近くには大使館がたくさんある。ペットボトルロケットやら爆竹やらボールが飛んで窓ガラス割ったやら、稀に良くある。それでここ最近であのボヤ騒ぎ焼肉に変わって伝説となったのがこの騒動で、燃やしたテニスボールで窓ガラスが割れてちょっとしたボヤ騒ぎになった事件だった。まぁ良かったのは火球をぶち込んだのが大使館ではなく学校の敷地内で済んだ事だった。う
「……まぁいいです。この話は。それで、皇族復帰はするんですか?聖園さんがどう思っていようと聖園さんの功績と閑院自体世襲親王家で天皇を輩出しています。その血は現在の皇室にも受け継がれています。それに断絶危機に陥った事は無かったんですよ。ここ20年は」
「父とこの3日間たくさん話しました。けれども、全て嵯峨周の思い通りにはしたくない。そもそも、僕は天皇にはなってはいけないと思う。血に塗れすぎているし、僕はロワーマネジメントやってる方が性に合ってますし」
「……自分はまた聖園さんに上司やって欲しいですけど」
「本当ですか?」
「本当です」
しかし、御咲は梛から目線を逸らした。恥ずかしかったのだ。梛は優しく笑っていた。
「先生!お時間ですよ?買いに行くんでしょ!?……」
嵯峨周は執務机で椅子に深く腰掛けぐっすり眠っていた。
「はぁ‥…先生!!お時間です」
「ん……ああ、おはよー」
周は腕を伸ばすと起こした女性秘書、の顎に手を伸ばし、そのまま口付けた。2人はそういう関係だった。
「一応仕事中ですよ、先生。次やったら張り倒すから」
「はーい」
周はそう言いながら立ち上がりスーツを整えた。
馬酔木蘭の母も祖母も政治家だった。父親もそういうことで女だからどうこうという人では無かった。本来ならば蘭も政治家になっていただろうし、もしかすれば周の席に座っていたのは蘭かもしれない。蘭自身も祖母と母を尊敬し、自分もなりたいと本気で思っていた。それほどまでに蘭は勤勉で、人たらしと言う政治家向きの性質を持っていた。しかしそうはならず秘書をやっているのは蘭が極度のあがり症というところにある。少人数ならまだ大丈夫だが、大勢の前でとなると話は変わった。
周と蘭は元々幼馴染だった。小学校から仲が良く、梛とも交流があった。20年前、周から次の衆議院選に出馬するという時は蘭は驚いた。それでもその固い意志を聞いた蘭は全力で支えることにして当時勤めていた会社を辞めた。そんな動向を掴んだマスコミはやはり出馬するのではと報道したが、結局出馬したのは嵯峨周であり、馬酔木蘭は秘書だった。
「梛くん、喜んでくれると良いなぁ」
定時退勤……という言い方は正しくないかも知れないが、久しぶりにお店がちゃんと開いている時間に余裕が出来たので今のうちに梛の誕生日プレゼントを2人で買いに行こうとしていた。
「それで、買うものは決まってるの?私たちとは違うじゃない、住む世界が」
嵯峨も馬酔木も金持ちは金持ちだが当たり前にレベルが違う。
「それとなーく聞いておいたよ。今日はネクタイとネクタイピンを見ようと思ってるよ。あの子が復帰するならスーツがいるけどそれはプレゼントするなら類さんが買うだろうしね」
結局選んだのは花の意匠が彫られたシルバー925のネクタイピンだった。それに合わせて黒地に同じ花の刺繍が入ったネクタイも買った。
「いやぁ。とりあえず買えて良かった。あとは渡すだけ」
「喜んでくれる保証は無いけど」
「受け取って貰えればそれで良いんだよ」
帰りの車の中で蘭のちょっとした嫌味を言い返す。
「それに梛くんはそんな突き返すような人間じゃないでしょ」
「それはそう」
「聖園……?」
翌日、梛は試験対策のための本を買いに大型の本屋に来ていた。ここ数年で色々な事が変わったのもあるが第一に試験が終わった後殆どは売ってしまっていたからだった。
「……?ああ、久しぶり佐野」
変わりっぷりに梛は少々混乱したものの変わらない点はあるので気付いた。佐野は梛の大学時代の同級生だがこのようなスーツ、メガネ、七三分けといったTHE真面目人間の風貌ではなかった。金髪、ぴちぴちTシャツにスキニー。いわゆるギャル男的なちゃらちゃらした人間だった。流石に就職期間は黒髪だったが。
「この後ヒマ?お茶でもしねぇ?」
「良いけど、ちょっと待っててよ。これだけ買うから」
「俺も買うからじゃあ並ぼっか」
「じゃあ僕はミルクティー、アイスでお願いします」
「アイスコーヒー、全部つけてください」
注文を終えるとそれで、と梛が切り出した。
「話したいこと、あるんでしょ?何、マルチ?」
マルチかと聞いた瞬間、焦り出した。
「まさか!そんなわけ。ただ、転職するんだ。職場はもうやめた」
「良いとこ行ったんじゃなかった?ホワイトで高級取りだって自慢してたじゃん」
「あの大学で全然就職できなくて焦ってたんだよ。最終的にできたところは中小だった。ただの虚言だったんだよ。
「休みなんかほぼ無いのに給料もキツかった、それでも辞めたらダメだって6年頑張ったけど、なんかぷっつり切れちゃった。それで辞めてきた。最初は受け取ってくれなかったけど色々弁護士とかも入れて、今は有休消化中。今日は弁護士と会ってたからスーツなんだ」
「そっか、頑張ったんだね」
「うん」
「お待たせしました。アイスミルクティーとアイスコーヒーです。シュガーとミルクはこちらからどうぞ」
店員がやってきて2人の前にグラスとガムシロップとミルクパックが入ったのポッドを置く。
佐野は2つずつ入れた。それを見て梛は「相変わらず甘いの好きだね」と言いながらガムシロップを追加した。
「それはお前もだろ」
佐野はそう言って笑った。
「で、転職先はどうするの?決まった?」
「いや、まだ。でも警察官になろうと思う。来てるだろ?中途採用」
それを聞いた梛はグラスを置いて話し出した。
「ノンキャリにしろ準キャリにしろキャリアにしろ大変だよ。警察学校はだいぶ緩くなったとはいえ携帯とか髪型だとかその辺だけだからしごきはエグいし理不尽な教官だっている。終わって配属されても変な上司だっているし、疲れてるならもうちょっと休んだ方がいい」
「元々憧れてたけど自分には無理かなって思ってたけどこれはチャンスかなって、だからもう応募した。ノンキャリだよ」
「そ、っか……ならとりあえず6ヶ月頑張りなよ」
「誕生日おめでとう。これは叔父さんたちからのプレゼント。ネクタイとネクタイピンだよ。梛くんに似合うと思ってね」
6月19日、夜。周の用意した個室料理店で梛の誕生日パーティーと称した囲い込みが行われていた。
「ありがとう」
梛は受け取ると自身の横にそれを置いた。
「早速だけど……」
「勝負、しませんか」
梛は周の言葉を遮って切り出した。
「勝負……?」
「ええ、ちょっとした勝負です。目隠しチェスはどうですか?白番は譲ります」
「いいよ。引き分けも君の勝ちとみなそう。知ってると思うけど黒番は白番よりも勝ちの比率は少なく引き分けが多い」
「もちろん、充分に知っています。しかし勝ちは勝ちのみです」
「……わかったよ」