EP1 御為ごかし 前編
「閑院さん」
1拍遅れて梛は振り返る。2029年6月。梛は再び誕生日を迎え、30歳になっていた。
「はい、なんでしょうか」
午後7時。関東管区警察学校。正式にカムバック採用されてやってくるのは次期からなのでこの場で階級が高いのは教官らの次に梛だった。そのためもあってクラス代表である教場長に選ばれている。もちろん卒業の際には総代として前に立つことが既に決まっていた。まぁこの生活が終わっても梛には警察大学校で教官養成科1ヶ月が決まっている。これは交換条件の一つだったが、このせいで梛自身周が何をしたいのかはわかっていない。
「あの、明日の事で教官室にと、呼んでます」
明日はテレビが入る。警察学校に入るのはまぁよくある事だが管区警察学校や警察大学校に入るのは今まで殆ど無かった。それもこれも梛のおかげなのだが。
「わかりました。ありがとうございます」
あれから1年が経った。事はほぼ梛の思うままに進んだ。結局のところ、嵯峨周に一応勝った、のだ。
梛は聖園類と正式に離縁、特別養子縁組を解消し、閑院に戻った。それから予定通り試験に合格し、警察庁に再入庁、4月に関東管区警察学校に入校した。今回は国家一般職試験を受けて最初からスペシャリスト候補採用、準キャリア、つまりは警察庁警察官だ。前は警視庁に入って警察学校で、才能を見込まれ推薦組として警察庁に入っていたので最初は地方公務員だった。
「それで、明日の事だが5時に東世テレビが来る……それと、閑院。明日は公安委員長もいらっしゃるそうだ」
「そう、ですか。承知いたしました。それでは失礼します」
梛は教官室を後にし、自室へと戻っていった。最近は個室のところも増えた。まぁ狭いっちゃ狭いがあるだけ充分である。梛が東京警察学校にいた時はまだ4人部屋だった。それでもマシな方だとは聞かされてはいた。
この度取材にやって来たのは東世テレビの昼の報道バラエティーである「ランチタイム!!」だった。レポーターは最近刺傷事件から復帰したアイドル、俳優、バラエティーと大活躍中の神庭慈雨だった。
日本において最大の汚職と言っていいヴァルキリー関連事件及び唯川事件だが、その影響は未だ続いている。総従業員数30万人規模の大企業のトップが犯罪組織と繋がり、警察からも支援する形となっていたとなれば国民の信用を落とすに決まっている。それで今回のテレビ取材も親しみを持ってもらおうという試みなのだが、一般人が最も接するノンキャリアの地方警察学校でも、将来の長官が生まれるキャリアの警察大学校でもなく真ん中の準キャリアの管区警察学校に入るのは少しセンスがないのではと梛は思っているが仕方がない。これも梛がそこに入ったから、なのだから。
テレビが入るということで、最初に見せる一連の動きのためにいつもはこの時間ジャージのことが多いが皆、制服を着ていた。もちろん梛の制服の胸元には警察勲功章と日本において最高位の勲章である大勲位菊花章頸飾の略綬が付いていた。本当ならば卒業後の授与だったが、上はかなり急いでいた。これも諸々の事情によるものなのだろうと梛は結論づけた。
それから他の人と違うのは制服の種類だった。今期の他の人はまだ旧式の制服だった。他は卒業後、正式配属時に切り替わるらしい。梛は新式で色味自体はあまり変わらないが切り替え2色になり、丈がより長くなり、サムブラウンベルトが復活した。それに拳銃だったり手錠だったりを吊り下げる形となる。制服一新は警察だけでなく、自衛隊や消防なども一斉にデザイン変更となった。
つまりは目立つ。声は出るがまだ足は本調子ではない。とはいえ一定の速度で杖無しで走れるようになった。梛はそもそもの運と回復力が人より強い上に努力が出来るためのにここまで回復したのだった。しかし、体力の無さは他の人よりも顕著なために、それを隠すのに必死になっていた。
準キャリアは現場指揮官を目的に採用されるので、もちろん体力育成、柔道剣道、射撃訓練、近年の治安悪化に合わせ銃術やその他警察官としての一般業務に加え法律の勉強と幹部警察官としての勉強がある。見せれない部分も多いが、今回は射撃訓練と座学、通報対応の訓練、体力育成を見るとのことだった。
教室の空気は張り詰めていた。テレビ局が来ているから、というのもあるが1番はあの
若いがオーラのすごい人物、人たらし、それがこの教場の皆の感想だった。まぁ若いといえど梛以外ほぼ大卒すぐなので10以上離れているが。
常にニコニコして梛を見つめる周だったが、結局撮影隊が去るまでお互いに自発的に話しかけるといったことは無かった。しかし、いざ周が去る時には梛が一言放った。
「たった2ヶ月ですか。いささか我慢が足らないのでは?」
「……ふふ。また来るよ。梛くん」
そう言って周は蘭と共に去っていった。
「お忙しいでしょう。来ないで結構です」
梛はその背に辛辣に投げかけた。
時は早い。まだまだ暑いが9月。あと1ヶ月もすれば卒校だ。卒校式は制服で耐えられるのかと心配になるが、6月もなんとかなったからなんとかするしかない。伝統、というか決まりではあるし。
配属先も発表されたが、やはり皆とは大きく離れることになる。カムバック制度はまだ行われていないとはいえ、経験者であるために、ここから区別がはじまる。卒校後の研修期間というものは時になく、そのまま10月に教官養成科で警察大学校に1ヶ月入校することになる。
とはいえ、準キャリアは20人も採用されないことが多い。そもそも国家公務員なのだから全国転勤があり、現場指揮を求められる。皆ここを出たらバラバラだ。警視庁警察学校では不祥事もあった中で、ここ10年で最大の850人を採用した。それほどいればたまにでも顔を合わせる事はできるだろう。
梛は寂しさを感じつつも1日1日を過ごしていた。
「……そうですか」
梛の想像通りのことが教官から伝えられた。卒校式の前日と当日でも東世テレビが入るらしい。
今度は昼の報道バラエティーではなく、ゴールデンの密着バラエティー。密着も2日間ということで長くなる。これも一連の警察の汚名返上プロジェクトのひとつだった。つくづく政まつりごとというものは大変だと出かけるため息を抑える梛だった。