「元気ですか?」
3日前、瞠には梛からその様なメッセージが届いていた、が返信する気力は瞠にはいまだなかった。
「家、行っていいですか?今日日曜日なんで」
新しくメッセージが届いた。
「割と緩いんですよね、管区学校って」
「久しぶりに会いませんか?」
「ケーキ持って行きますよ。もちろん弟さんの分も。真威まいさんはまだ海外でしたよね?」
「僕の分も入れていいですか?」
「誕生日、でしょ」
ピコピコと次々と来るメッセージの中の誕生日という言葉が目に入った。9月9日、そういえば今日は、と瞠は今更思い出した。
「僕が貴方に会いたいんです」
そのメッセージが届いた途端、インターホンが鳴った。まさか、と思いつつも瞠は確認しに行った。カメラの先には梛が居た。シャツに黒いカーディガン、黒いベルトレススラックス、ビジネスバッグにケーキ屋の紙袋。
いくら9月とはいえまだまだ暑さは残っている。相変わらず梛は寒がりなのだなと瞠は後でエアコンの調整をしようと思った。
「すみません、来ちゃいました。ケーキ、だけでも受け取ってくれませんか?ここのケーキ、好きって言ってたでしょう?」
3年前、捜査中にその様な話をしていた様な、と瞠は思い出し、そんな些細な事も覚えていたのか、と驚く。
「……どうぞ」
瞠は結局ロックを解除した。
それから急いで瞠は着替えた。今まで、着替える気力すらなかったが、客人が来るとなれば別だった。瞠と弟の芺雅おうがが住んでいる階は中層階にあたるとはいえ着替えるだけの時間はあった。それから、エアコンの温度を調節し、ティーセットと茶葉を取り出したところで、もう一度インターホンが鳴った。
もう一度確認したところで、扉を開けて梛を招き入れた。
「お久しぶりです。唯川さん」
リビングでは、静寂の中に、瞠が用意している音とニュース番組の音がしているだけだった。ニュース番組は迫る衆議院選挙の話をしていた。
「どうぞ」
梛はケーキを5つ違う味買ってきていた。一つは自分のもの、梛もそう言っていたので皿に載せて出した。
「お元気でしたか?心配になって……。返信してくれないから。丁度お誕生日でしたし……」
「ええ、まぁ……」
全候補者が出、地域によりどうだだとかが話題になっているが1番は
「閑院さんは、お元気でしたか?もうすぐ卒校式でしょう?写真、送ってくださいね」
「……はい、あの……」
梛の続きの言葉は扉が開く音で遮られた。
「おかえり、芺雅」
「兄さん、ただいま。梛さん来てたんだ!」
「お久しぶりです。お兄さんがお誕生日ということでケーキ持ってきてたんです。僕の分含めて5つ買ってきてるのでお二人は2回食べれますよ」
「えー嬉しい!ありがとうございます!」
そう言って芺雅は手を洗いにいった。
「心配されてるのにこの人もアレだから……」
「ふふ、ですよねぇ。いつもなら1日ぐらいで返信もくれるのに全然だから、心配になって……何か、あったのかって」
「ああ、兄さん、処分喰らってるんですよ。次やったら懲戒免職、クビ確定って脅されてるみたいで」
「え……は?停職?」
「はい。1ヶ月半。越境捜査とか、その他諸々が問題になっちゃって。あと前の裁判所の件も合わさって」
裁判所の件。一足先に判決の出た2人の“父親”の件だ。唯川芺威自体は閑院榧に罪を押し付け、自身の祖父である眩夜の罪を黙っていたこと、新組織法ぐらいだった。その犯人隠避罪も時効と親族特例で無罪、その他の罪も無罪となったが、それは瞠の逆鱗に触れた。その件はなんとかお咎めなしになったものの、結局、といったところだった。
梛は管区警察学校で寮暮らし。いくら緩いとはいえ制限はもちろんあるし、ニュースも流れてこなかった。
「あと1年待ってくれれば……」
「いちねん?」
驚いたのか瞠はたどたどしく聞き返す。
「管区学校を卒校したら警察大学校で教官科が決まってるんですよ。それで、1年、どこかの警察学校に。どこかはまだ知らされてませんけどね」
「それは関東以外の可能性も?」
「もちろん。身分は国家公務員なので。全国転勤ですよ。今までは公安のヴァルキリー担当だったので東京で色々やってましたけど」
梛が去った後の唯川家に再び静寂が訪れる。正直言って芺雅はまだ歳の離れた兄との接し方を図りかねていた。
「梛さん、撮りましょ!唯川さんに送るんでしょ!」
卒校式当日、式典が終わり、集合写真を撮った後、声を掛けてきたのは。席が隣、部屋も隣、伊於に色々あったので年齢的にも1番近いので梛からの心理的距離も比較的近く、梛のことを1番慕ってくれていたのだった。
「ありがとう」
交互に立て看板の前で写真を撮る。
「あ、」
シャッター音が鳴った次の瞬間、梛は思わず声が出た。その声に釣られ、伊於は後ろを振り返った。そこには瞠が立っていた。
「あ、はじめまして!俺、真田伊於って言います!梛さんはいっちばんよくしてくれてて!唯川瞠さんですよね!梛さんからはいっぱいお話し聞いてて……」
伊於は瞠の方に駆け寄る。「ほら、これとか、これとか」と写真を見せているようだった。写真を見て瞠はニコニコ笑っていた。
「それで、わざわざ来てくださったんですか?ここまで?」
「似合ってますよ、新しい儀礼服」
話を逸らしたことに苛立ちを覚えた梛は一瞬顔を逸らし、顔を歪めた。
「ありがとうございます」
しかし、笑顔を浮かべた。そのほうがいいと思ったからだった。
「まぁわざわざ来たのは正しいですよ。ただこの近くで事件が」
「事件……?復帰おめでとうございます」
「ありがとうございます。ええ、もちろん言えることは少ないですが、唯川事件関連で」
未だ、例の事件は尾を引いている。
「あ、さっさと逃げたほうが良いですよ。テレビ局来てるんで。今はこうごちゃごちゃーとなってるからまだ良いですけど、人は少ないですし、ほら」
梛は奥の方で撮影を続けている撮影隊を目で指す。
「ま、東世テレビなので事前によく言ってもらってますけど」
梛の目は笑っていなかった。東世テレビはキー局の一つであるのはもちろん、聖園食品や関連企業のユグドラシルビルは大口スポンサーである。法律上親子関係が切れたとはいえ、縁が切れた訳ではない。粗相をすれば切られるかもしれない、そういう感覚はあるのだろう。かなりしっかりしたスタッフで固められていた。
「ではそろそろお暇しましょうかね。真田さん、連絡先交換良いですか?閑院さんのお写真、貰っても?」
「は、いや、なんでですか!?」
「貴方、聖園類さんにお写真送ってないでしょう?だからですよ。私が代わりに」
「良いですよ!」
慌てる梛を横目にさっと交換すると、瞠は本当に帰って行った。