「警察庁はユグドラシルビルにも脅迫文が送られたことを発表しました。次はお前らなどといった内容を受け、警察庁は東京都全体を緊急配備するとのことです」
流れてくるニュースは不穏なものだった。浅沼というただ競馬好きな男はパソコンを起動し、ネット掲示板にアクセスする。1番に目に入ったのはもちろん話題になっている脅迫事件、それと【もしかして……】の題とロサシレンティウムの画像。思わず浅沼はクリックする。そうすると、1スレ目にこう書かれていた。
[犯人はロサシレンティウムを狙ってるんじゃないか?ロサはユグドラシルの馬だろ?ユグドラシルのオーナーはあの閑院梛、しかも明日の秋天に出るし]
[ロサのためにエグい人数押し寄せるもんな。もしかしたら無観客か最悪中止なるか?これぐらいなら警察も勘付くだろ]
ロサシレンティウムが出場するレースには平均して15万人が詰めかける。海外レースだが2度目の凱旋門賞で優勝した際にはわざわざ日本から見にきた人と海外ファンで満員になったりもした。
[おい、閑院オーナー東京駅に居るって]
SNSのURLと共に添付された画像には梛と大柄のスーツの男数名が写っていた。大柄の男達の腕には京都府警のマークとSPの文字の腕章と京都府警のマークに捜一の文字が書かれた腕章がついていた。
[京都に先乗りしたんじゃなかった?]
[オーナー本業であんま顔出さない+京都異動が決まってた、それで事件あって前乗り?したのに戻ってきたってことは、だよな」
「ふぅん……?マジかよ……ロサ見に行きたいがなぁ……」
浅沼はチャットアプリで競馬仲間に連絡を入れる。
〈明日どうするよ?お前ロサ買うだろ?〉
すぐに既読と返信がつく。
〈なんかあった?〉
〈閑院オーナーが東京戻ってきてる。多分警察は明日の秋天になんかあると見てるって話題になってる〉
〈マジ?尚更行きたい〉
ああ、コイツは元々閑院オーナーをイケメンオーナーだと言ってたな、と浅沼は呆れる。
〈死んだら元も子もねぇぞ〉
〈それはそうだけど禁止されない限り行きてぇよ〉
翌日、東京競馬場。人が多いのは変わらないが、異様な雰囲気が漂っていた。それもそのはず。制服で警察官らが何十人も張っていた。おそらくは私服の捜査員も同等かそれ以上いるだろう。荷物検査も行われた。
「おー結局かなり人来てんな」
警察がたくさん居る以外は何も変わらない。
レース自体は何事もなく終わった。ロサシレンティウムはいつも通り、いつの間にか前に出てグングン引き伸ばして勝った。1着。
直後に行われた口取り式では、ロサが梛をペロペロ舐めていて歓声が上がる。
しかし、大方の予想通り事は起こった。その最中、爆発した。大きな音に驚いて、ロサは一瞬暴れるが、宥められて落ち着く。
「羽島枢!!出て来なさい!居るのは分かってる!」
梛は客席に向かって叫ぶ。揺れを見たのか、梛は駆けていく。
黒いジャケットの男が去ろうとするが目立つ。警察官に囲まれて呆気なく捕まった。その顔は確かに羽島枢だった。ケラケラと笑って、取り押さえた警察官は怯える。
追いついてきた梛をその目で捉えると、「ああ……生きてて良かったよ。梛さん」と恍惚とする。
梛はそれを見て顔を歪める。
「……羽島枢。特別犯罪対策法違反で緊急逮捕します」
爆発自体は外れの場所かつ、京都の威力よりも控えめ、人がいなかったのはよかった事だが、また爆発は防げなかった。現場近くには手紙も残されており、〈お待たせ、大野さん〉との文言が書かれていた。大野というのは同じく天皇賞秋に出馬し、2着だったオーノーラッキーの馬主で、大野製菓という会社の社長だった。また食品系とのことで、恐怖が広がる。何のために爆破をしまくっているのか、見当がつかない。
元公安警察官の逮捕、しかも例の事件で死んだと思われていた男が実行犯の1人だということで世間は騒ぐ。
「それで?理由はそれだけですか?羽島枢」
府中警察署、枢は未だ全て梛のためだとしか言わなかった。しかし、梛はそれに納得しない。もう1日の取り調べ制限時間が迫っていた。
「……今日のところは終わりです。お疲れ様でした」
その言葉に枢はニタニタと笑っている。
梛が珍しく雑に取り調べ室から出てくると外にいた
「道玄さん、居たんですね」
「居たんですねってなんですか」
御咲は冗談ぽくため息をつく。
「アイツ、ウチからのエスだったんですよね?」
「僕が連絡役を担当してた。緊急SOSをキャッチしたから回収して完全に戸籍をこの国から消して新しく作り直すってのがあの日の僕の任務でした。結局、助け出されたのは僕でしたが」
「ああ、元ゼロでしたね」
会議室の1番後ろに2人が座る。御咲は持っていたコップを梛に手渡す。中身は紅茶だった。
「ありがとうございます」
「この後の担当者誰か知らないけどまぁ後はよろしくね。僕もう京都戻りますから。どうせ仲間も向こうにも居るでしょうし」
「お疲れ様でしたー」
スマホを操作してさっさと新幹線の予約を終わらせ、東京駅へと去っていった。
「梛は?」
「閑院警部は元の職務に戻られました。本日からは私、道玄が担当させて頂きます」
翌日、再び枢の取り調べが開始したが、梛が居ないことに不満げだった。
「ふぅん……まぁいいや。君は梛とはどういう関係?元部下とか?なら教えてあげる。あのね……」
それからはあっさりとペラペラ話し出した。昨日梛が苦労した数時間は何だったのだろうかというぐらいに。
曰く、別に人や動物を壊したいわけではない。曰く、確かにMM事件を意識はしている。曰く、自分はただの実行犯。他にも仲間は沢山いて制御は出来ない。自分が居なくても進むし、これからの計画は知らない。曰く、上手く抜けられて良かった。
「司法取引はしない。言うべきことは全部言うけどね。それが梛のためになるでしょ?それに自分の身の安全を考えたら檻の中の方が良いよ」
「そうですか」
「どーげんくん!久しぶりぃ」
御咲にウザ絡みをする谷町聖夜だった。
「お久しぶりです」
「見た?天皇賞秋、すんごい大差勝ち。けど2着3着が大荒れ。けっこー勝っちゃった!ロサはガチ永遠に語り継がれる名馬でしょ」
「御用件はそれだけですか?」
御咲のその質問に聖夜の顔が真剣になる。
「俺らが追ってた新興宗教団体と羽島枢の関係性が見えてきた」
「ああ、いや。ただ、この事件自体に関わってるかといったら可能性は低い。羽島を保護した、それぐらいだとみてる」
「なるほど、証言得られたんですね」
「まぁ故意でないってことで解散まではならんだろうね」
「じゃあ、その団体と今回の主犯組織は違うと」
「こっちはこっちで動きが見えてきてる。警察への恨みってとこだな。連中も飽きないなぁ」
「羽島枢はとりあえず全部ゲロりましたよ」
「わざわざ京都までご苦労様です。嵯峨外務大臣」
此度の選挙で難なく勝った
京都警察学校近くのカフェで2人はお茶をしていた。
「休みだったからねぇ」
「
「良くぞ聞いてくれた!1週間後にプロポーズしようと思っていてね。その日は付き合ってもう20年の記念日だから」
「まぁ、なんだかんだで成功するでしょうね」
「そう言ってくれて助かる。苗字変えるつもりで……」
「貴方が?そんな人だとは。何がなんでも変えさせるような人かと」
「どんな人だって?別に政治家としては旧姓が使えるし、それにが変えてないからね、嵯峨に括りはない。
祈は周の妹である。
「それはそうでした」
「ネクタイとネクタイピン。似合ってるよ」
黒い生地に銀色の花の刺繍が入ったネクタイとシルバー925のネクタイピンは周が梛に贈ったものだったが、とにかく似合っていた。
「ありがとうございます。ところで、本題は?ただ駄弁りにきたわけでは無いでしょう」
梛は持っていたティーカップを置くと、ティーポットから新しく注ぐ。
「今度各国の警察官を交流研修として日本に迎える事になっている。そこで君にはくだんの事件の立役者として、日本の代表として閑院の人間としてプロジェクトに参加してほしい。閑院梛警部」
「……」
「君は言語は問題無いはずだ。まぁまだまだ調整が必要だからね、半年はかかる。その頃には君もここでの任務は終わる。わかっているね、君の最初の目的を」
「貴方も、越権行為だと認識していますか」
梛は周を刺しにいく。
「それは最初からだ」
「それも、そうですね」
目的、それは警察内部のSを探る事。表向き京都府警警察学校の出向しているが梛の所属は警察庁警備部警備企画課。例外中の例外で再び現場に駆り出されている。前回の例外とは羽島枢救出作戦の時だった。
結局のところ、羽島枢はそのSだった。しかし、1人だけではないのは当然分かっている。
梛が京都警察学校に乗り込んだのもそれが理由だった。梛の行動はあまりにも大胆な行動だが、そこでSが尻尾を巻こうとすれば格好の餌食だ。Sがすべき行動は次の異動まで大人しくするか、危険を顧みず行動を起こすか。梛の教官着任は牽制の意味も込めていた。
「皆さん、おはようございます。起立、礼、着席。それでは本日は……」
梛が担当していたのは法学。本来ならば、梛の専門である警備になるのだが、警備に人は足りているというのが主な理由だった。
梛の授業は分かりやすいと評判だった。授業外でも質問されれば丁寧に返した。その為に様々な本を自ら買って読んだり、分かりやすいように工夫を重ねていたが、それほど苦にはしていなかった。彼にとって1番苦しかったのはゼロとしての「特別教育」だったであろうから。
とにかく、梛自身の真の目的は後進育成ではなかったが、しっかりと向き合いつつ内部のSに目を光らせていた。
「閑院さん、警視庁の唯川警部からお電話です」
梛は受理する。
「はい、もしもし。どうかしましたか?」
「どうやら京都に怪しい建物があるようで、貴方に確認をお願いしたく」
「それは本当に僕の仕事ですか?こっちは生徒抱えてるんですよ?」
はぁ、とため息混じりに返す。
「とにかく、貴方に頼みたいんですよ。良いですか?羽島枢は自分の他にも仲間がいるから制御は出来ないと吐きましたし……」
「わかりました。僕も被害者です。で、どこですか」
「既に迎えは呼んでいます」
梛は再びため息を吐いた。
「と、いう事ですみませんが後はよろしくお願いします」
やや強引に仕事を引き継ぎ、門の前に既についていた覆面パトカーに乗り込む。運転手は藤田だった。
「お久しぶりです。閑院さん。すごくお似合いですよ」
以前梛が藤田に会った時はスーツだった。今回は制服だった。
「ありがとうございます。それで、今日は何処に」
「近いですよ。20分も掛かりません」
「街中、ですか」
「ええ」
ついた先は一般的な5階建のビル。
「既に他の警察官も居ますが……」
その言葉の通り規制線も貼られていた。
「確かに、ここはヴァルキリーの根倉があったビルですが…‥フロアは違います」
以前ヴァルキリーが根倉としていたのは5階、今回は3階にあるらしく、階段で登る。