「……‥あーなるほどね」
特別教育やゼロ時代に何度も見て色覚に問題さえ無ければ説明書など無くとも組み立て・解除が出来てしまう爆弾の設計図が数種類。
「わかってたけども……‥結局当たりか」
幼稚舎からの啓央ボーイ、法学部法律学科卒のド文系で学生時代はオーケストラ部、運動は小中高スイミングスクールに通っていて選手コースまで行っていたぐらいなので元々体力はあったがアレはそれだけで簡単に耐えれるほどのものでなかったし、あの時吐きそうになりながらアレ-ゼロたりえる為の「全て」を叩き込まれた。幾ら指揮する側とはいえ知識も能力も体力も必要だ。自分は文系のはずなのになぜこんな事をしているのだろうと極限の状態で機械に向き合っていたあの日々を思い出す。
上は自分の何を見て適正があるとみたのだろうか、と。記憶力か射撃能力か。結局のところ成果は出せてしまって適正はあった。
そしてすぐに材料や工具も見つかった。
「……」
「何か、気になる事があります?」
梛はじっと壁を見つめていた。
「この壁、他より分厚いですね。それにやけに軽い。こっちが持ってきた工具あります?」
コンコンと壁をノックするが確かに音が軽かった。
「えっ? 確認します」
しばらくして藤田はハンマーを持ってきた。乗り込む時に脅しに使っていたものだった。証拠品となる現地で発見したものは使えないからだった
それを受け取ると梛は勢いよく壁を殴る。すると簡単に穴は空き、確かに大きな隙間があった。目測、人が入れるぐらいには。
それなりに穴が開くと梛は壁を掴んでベリベリと剥き始める。この間、梛は無言だ。思ったより力が強いのを見て周りは何も言えずにいた。
梛は穴を覗き込む。
「逃亡、ご苦労様です、新田さん」
新田という男も本事件に関わっているとされ、京都および関西圏に潜んでいる可能性が高いとされていた。
この場において警部の梛が1番上で指揮権がある。
「はい、11月5日11時半新田直、特別組織対策法違反、公務執行妨害、器物破損、傷害罪の容疑で逮捕状を緊急執行します。ひとまず署に……僕も同乗します、藤田さん運転の方お願いします。あともう1人……‥ではお願いします」
近くにいた吉野という警察官と梛で新田を挟んで後部座席に座る。
「新田逮捕しました。ユグドラシルには依然アレから脅しはありません。ええ、これから話を……」
梛は瞠に結果を報告する。そうこうしているとすぐに下京警察署に着いた。新田は大人しく中に入って行った。
「帰っていいです? 僕、向こうに仕事押し付けてきてるんですよ……」
「しかしですね、あいつスパイがどうこう話し出して……」
藤田は帰ろうとする梛を引き留める。そして、その情報は、梛が留まるには十分な情報だった。
「入れます? 取り調べ室」
「手配します」
男は梛が入って来たと思うと、顔色を変える。まぁ、知っているだろう、この国の警察、及び公安において重要人物だと。それと壁をぶち壊して穴から覗いてきたのがよほど恐怖だったか。
「それで、スパイの話、してくれます?」
梛がそう促すと、話し出した。取り調べ……‥尋問は梛自身は不得手だと感じているために、常にあまり乗り気ではない。だからさっさと話してくれる人は嬉しかった。これは梛だけの話ではないが。誰にしろ仕事が早く終わることに越したことはない。
「警察内部のエスの話? あぁーうん、でもあんたなら目星ぐらいついてるだろ」
「どうでしょうか。わざわざ貴方にお話しを聞いているのですから、知らない可能性だってあるでしょう?」
「まさか、公安のあんたが?」
「今は京都府警警察学校教官の閑院梛です。今は、関係ありませんよ」
「本当か?」
「ええ。どちらにせよ、答えた方が貴方の身のためだと思うのですが……」
「浜中?」
「ああ」
新田に協力していたのは浜中という男らしいが梛はそんな名前の男、記憶になかった。
「じゃあ、ここから見覚えのある男、教えてください」
そう言って梛は、京都警察学校の職員一覧の顔写真を見せる。
「結局、目星はついてたんじゃないか」
「どうでしょうか? で? どれですか」
新田はペラペラとめくる。その一つに手が止まる。
「コイツ」
新田は指差す。それを確認すると梛はファイルを閉じて、席を立つ。
「それでは、今日のところは」
「帰るんですか? 送りますよ」
取り調べ室から出て来た梛を見て藤田が声をかける。
「では、お願いします」
日本はより良い治安の為の整備をしようとしている。今までも警察には様々な権限を与えてきた。警察官の職務時間内の銃の常時携帯許可が1番大きいだろう。
そもそも梛が今生きて受け入れられている状況なこと自体もそうだろう。
東京、警視庁 刑事部大会議室
最上階にある大会議室よりは当たり前に小さいがそれでも刑事部の中では1番広い会議室。もっぱら本事件の捜査員はここにいた。
「全員から聴取って馬鹿げてますよ! 関西圏の食品会社の全関係者って一体何万人‥……何十万人何百万人居るとお思いですか!?」
正社員だけではなく、アルバイト、取引先……いくら時間があっても現実的でないことを言い出す上司に瞠のストレスはマックスだった。
「警察官の数を考えてくださいよ! 言いたかないですけどこんなことが起こっている間に他の事件もバンバン起こってるんですよ? それが現実なんです。そんなことに時間と人員を割く暇があれば……」
「情報は何も降って来ないんだよ。公安は何か掴んでいるようだが共有されない。ならばこちらも出来ることをすべきだ。だが、刑事部は刑事部だ。公安部とは違うしあちらが出来ることはこちらは出来ないのは君も理解しているだろう」
瞠は言い返せなかった。秘密主義な公安部は一時期瞠も居たが情報はさほど変わらなかった。それはおそらく「お客さん」だったからだろう。現に瞠は梛との圧倒的な情報差をわかっていた。聞き込みをするしか無い、張り込みをするしか無い、監視カメラを見続けるしか無い。京阪神大都市圏、それから東京都市圏を合わせれば6000万人超になる。日本国民の半分だ。何十人何百人何千人体制でローラー作戦しか無い。
「お久しぶりです。閑院さん。教えて欲しいことがございまして」
「なんでしょうか」
瞠は電話していた。薄々気づいていた。梛は知っている、と。
「昨今の関西圏食品会社関連事件の……」
「教えることが出来ることは持ってないです。そもそも僕はもうただの警察学校教官で……」
「本当ですか?」
「ええ」
「ではなぜビルに乗り込むのを手伝ったのですか? 新田からスパイを聞き出したのですか」
「……藤田さんが話したのですか? ……こちらにお越しいただければ話せることは話します。ただし、最小限です。お話し出来るのはあなただけ、上に伝えるのも無し、他に伝えるのも無し。これも全て貴方が唯川事件に貢献し、かつ真っ白であると確証がついているからです。これを破れば、僕を裏切るということになれば、警察を、国を裏切るということです。分かっていますね」
破れば適正な処分をする。梛はそう言っていた。
「わかりました。即そちらに向かわせて頂きます」
京都府警察本部。会議室。
瞠が案内され、通されると梛は既にそこにいた。
旧制服より一段階濃紺の制服に身を包んだ梛は背筋を伸ばし、そこに座っていた。
「お久しぶりです」
「はい。そこにどうぞ」
梛は手のひらで梛の目の前の席を指し示す。それに倣って瞠は座った。
「どうぞ。お見せできるのは3分。それが終われば回収します。わかっているでしょうが、これは僕一個人の判断ではございません」
その態度はもうただの警察学校の教官では無いと言っているようなものだった。
「閑院さん……私は……」
「余計な私語は疑われるだけですよ。唯川警部」
「唯川警部、貴方が僕を今でも公安の捜査員であると思うのは貴方の自由ですが、それであれば僕は貴方の望むまま振る舞うだけです」