「あっ出てきました!」
倉庫から人質を連れて出てきた男2人に皆注目する。
「俺らはヴァルキリーの完全復活が目的だ! この際無能な幹部どもはもうどうでもいい! 全員だ! 全員解放しろ! それを決めるのは2日待ってやる。それまでその警察官とこいつを交換だ!」
要求がさらに悪化した犯人達に頭を悩ませるが、一般人の命には変えられない。スムーズに人質交換は行われた。
「拳銃は捨てろ、いますぐな」
警戒心はそれなりにあるようだった。梛は懐からberetta M8045とpx4 9mmパラベラムを取り出す。全員の顔が2丁持ちなのかよ、こいつ。と微妙な顔になる。
「なんで2丁も持ってんだよ」
犯人の1人も思わず声に出す。
「護身用です。普通に。あれから業務中は逆に持ってないとパニック発作が。休日は別に持ってるわけないじゃないですか。安心してくださいよ」
えぇ……と引きながら瞠も拳銃を取り出す。普通の制式リボルバー、サクラだ。
「ほら、渡せ」
勢いよく拳銃を奪われ、後ろ手に拘束される。
「お前ら、しっかり人質として過ごせよ」
倉庫内に入ると2人ずつ男女がいた。梛と瞠を連れてきた2人と合わせて犯人は6人となった。
「おい、2人も連れてくるとか本当に良かったのかよ。ロン毛の方は1人で6キルだろ? こんなのあたしらが言うことじゃないかもだけどさ、こんなヤベェやつホントにあたしらで人質として管理できるのかよ」
赤髪長髪の女がさっきのうちの1人、大柄な方に疑問を投げかける。
「7です。7キル。助けに来てくれた仲間まで撃ってしまったので。疑われてた人いたでしょう? 羽島枢。敵だと思って撃ってしまったんです。怖いんですよ、本当に弾が確実に心臓や頭に命中するって」
犯人達にとってこれほどまで恐怖する告白はあるだろうか。いくら自分たちがヤクザやマフィアと形容できないほどの悪辣な国際的大型犯罪組織の人間で、警察官をぶん殴っていて、殺そうとしたとして、逆に全滅させられたとして情状酌量だとか咄嗟の防衛だとか、あるだろう。それだとしてもこいつが裁判にもならずに野放しで警察官をやっていると言う恐怖が今になって込み上げてきた。自分たちが国際的大型犯罪組織の人間で銃火器の密輸入、違法薬物の密輸入、詐欺、爆破、当たり前のように殺人、衛星傍聴等々をしている普通に結局死刑ものの犯罪者だということを棚に上げて。
「……。そいつを人質化することで……」
「はぁ? 6人も、しかも幹部が4人もいてあのザマなのに?」
「今回は銃も奪って、手も縛ってるだろ」
「こんなガリガリに6人がかりで負けてること自体がダメなんだよ!」
喧嘩し始めた。これじゃあダメだなぁと他5人は思うのだった。さて、残り1人は。
「ガリガリはそうだけど……ここで言う!?」
ガリガリと言われたことに不満げだった。顔からしてモデルや俳優、アイドルなど芸能人ならぴったりなのだろうがあくまで彼は警察官なのだから気にするのもやむなしなのかもしれない。配属されてまだ1ヶ月も経ってないとはいえ隣の瞠は細マッチョ体型なのもあるかもしれない。
「太れないの! 筋肉つかないの! どうしようもないんですよー!」
どうすんだよこいつ。めんどくせぇ。と言う空気が流れる。
「ああ、もう! うるせー!! テメェは人質なんだから人質らしくいろよ」
拘束されて1時間が経った。わかった事といえば犯人達の名前くらいだった。
梛と瞠、2人を連れてきた男2人のうちよりデカい方がナナセ、小さい方がマシマ。赤髪長髪の女がミサト、黒髪ショートの女がレイカ、かなり小柄の男がハヤテ、普通ぐらいの体格の男がタカギ。
「警察は、政府は、国は、私たちを守ると思いますか?」
ピリピリとした空気の中、瞠が口を開く。
「はぁ?」
「聖園さんはまぁ防衛手段だったとしても警察官として不都合な事をしました。それは置いておいて。私の身の上話を聞いて貰えませんか。上流階級の子が何言ってるんだと思うかも知れませんが、食えてるだけマシだろと思うかも知れませんが、まぁ聞いてくださいよ」
それから、瞠は過去を語り出した。
「私は、前妻の子です。だからですかね、異母弟妹と明らかに差がありました。本来だったら受けれていたはずの後継としての教育も何もかも、あの子達にはあって、私にはないものばかりだった。本当に羨ましかった。私を置いて4人で遊びに行ってしまいますしね。本当に。嫌だった、あの家が。それでもあの人たちに頼るしかないんですよ、未成年だったから。いくら嫌でも、羨ましさで壊れそうでも、未成年は保護者の許可がなきゃ何も出来ないんですから。そりゃ与えられていたものは大きかったでしょうけどね。比べちゃうんですよ、どうしても」
「それで、何が言いたい」
タカギが続きを催促する。
「あの人たちは私を重要だと認識してない。故に人質としての価値は無いに等しい。どうせ要らない子でしょうから」
どうして、そこまで自分を卑下するのか。梛は心配でたまらなかった。梛自身、幼い頃から悲惨だが、保護者という存在には愛されていた。聖園食品は現在でこそ同族経営状態だが2世代後にはそれを破る手筈だった。類が社長になればそこで終わり。次の社長は聖園家以外から出す、そう決めていた。梛に弟妹が居ないのもあって、後継の重圧や後継に選ばれなかった恨みだとかそういうものはなかった。だからこそ心配なのだが、なんと声をかけていいか分からず、口をぱくぱくさせるしか無かった。
「ゆ、唯川さん……」
重苦しい空気が流れる。いや、これが正しい人質立て篭もりの事件現場というものか。
「唯川さん。さっきも言いましたけど、僕たちはその血が流れているだけでこういう奴らにとって価値があるんですよ。ま、死なないことだけを願いましょ」
梛はそう呟いた。
分が悪すぎる。梛はそう頭に思い浮かべた。いくら一年半前にたった1人きりで対抗できたとしてもほぼ病み上がりで日光を浴びるのも少し前まではあまりないことだったからだ。銃の腕が落ちていないことだけはわかっている。梛も一応は研修を受けているからだ。とはいえ、全弾ワンホールショットという結果だったのだが。敵と見做さなければわざと外して撃つこともできる。皮一枚レベルで。しかし、なんの闘争本能か才能か、梛には敵と見做した人物へエイムが自動的に急所に合うのだった。その咄嗟に撃った弾が仲間に当たって死んでしまえばどうにもならないが。
何時間経ったのだろうか、流石に腹が空く。タカギが食料を催促しに行ったらしい。犯人らは思ったよりも丁重に2人を扱っていた。一年半前は殴る蹴る腹に弾ぶち込むと散々だったのに、と思う梛だった。
「あなた達は、僕達を殴ったりしないんですね。意外です、幹部でもああだったのに」
「はぁ? テメェの狂いっぷり見てて迂闊に攻撃できるかよ。それに人質は人質なんだから死ぬような出血させてもダメだろ、あの4人は上級幹部は上級幹部でも狂っぷりがヤベェやつだったんだよ。よく考えたらテメェが始末してくれて嬉しいぐらいで」
ミサトがそう吐き捨てる。
「じゃあなんでこうやって人質取ってるんですか? 組織立て直しなんか図らず、警察から一生逃げ続ければムショに入らなくてよくて、その狂った上級幹部に指図されなくなる」
「おい、食料だ。俺らが先に食べる。お前らは後だ。逃げられたら困るからな」
タカギが戻ってきて、犯人らは食事が始められた。警察が提供したのは普通のパンとお茶だった。
「は、さむ……」
夜になり、かなり冷え込んできた。雨も降っているのかざあざあと音が響いている。
最近は冷え込んできたとはいえ瞠はスーツのみ、梛も一応ロングパーカーだが中に来ているのが長袖のセーターでなくベストだったせいで震えていた。予備のコート類は全部行きに乗ってきたパトカーの中だった。
2人と打って変わって犯人らはしっかりと防寒具を準備していたらしい。交代で睡眠をとっているらしく、絶対に3人以上は起きているようにローテーションが組まれているらしい。梛はとっくに寝てしまったが、瞠は眠れなかった。修羅場が多すぎて逆に落ち着けるのだろうか、と梛の寝顔を見て思うのだった。
朝が来る。警察側はまだ対応を決めあぐねていた。しかし、まだ1日ある。それでもいち早く行動を起こさねばならない。テロ組織に対して警察が負けてはならない。唯川芺威警察庁次長も会議の場に居た。身内が事件に関わっている、というのはもう関係なく、こんな大きな事件が起これば関わるしかないのだ。
芺威はずっと青い顔をしていた。部下達も、警視総監も、警察庁の面々も長官も、皆そのような顔を見たことがなかった。唯川芺威という人物はいつもその名の通り厳格で、人嫌いで、笑顔も、動揺も、何の感情を見せることのない、何を考えているか全く分からない人物として通っていた。それがここまで苦悶に満ちて、歪んだ顔を皆に見せていた。
芺威の脳内には葛藤が渦巻いていた。日本という国の安全、状況打破の最善策、地位。芺雅、真威の安全。何よりも瞠のこと、そして父親、唯川眩夜への反抗。