「え?大丈夫ですか!?」
電話先の声が思ったより驚かれていて、殴られたのは自分だというのに御咲は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「はい。これであの人とは離れられるので一安心と言ったところで……」
梛は新幹線に乗る寸前だった。電話先から漏れてくる喧騒と発着の音はより御咲の心を掻き立てた。
「でも良かったです。これからはより頑張れますね」
「はい」
「そうだ。谷町さんとは既にお話したことではあるのですが、道玄さんにも伝えておかねばと思いまして」
「なんでしょうか」
「3日後、事は動きます」
「は、はい?それは、例の事件が?しかし既に……」
「まだ構成員は居ます。それぐらい、わかっているでしょう。もう一度大きなことが起こる。情報は掴んだ。それだけの事です。それでは、もう新幹線の時間ですので」
「あ……」
電話は切れてしまった。
「道玄、これからも聞き取りはあると思うが……」
「はい、分かりました」
「うちの係、他より人数いないだろ?」
「はい」
「だから、道玄含め3人くらいこっちに異動したらどうかとか話が上がっていて」
「本当ですか!?」
御咲は思わず声を上げた。嬉しかったのだ。
「なら、こっちから強めに進言しておくよ。疲れただろう?今日はもう帰って良いから」
一度は仕事は溜まってると言っても、自身の係長にまで帰れと言われれば帰るしかなかった。こういう時には気が利くのか、と御咲は初めて感心した。
結局、次の日御咲が登庁するとデスクは聖夜の係の場所に移動されていた。
「おはようございます。谷町係長」
「ああ、よろしく。道玄主任」
事は起こるとは、何だったのだろうか。御咲はやけにピリピリしている聖夜を見て、それからパソコンの時間表示に目をやる。梛が言っていたその当日、もう直ぐ正午だった。
カチリ、カチリ。静寂が漂う京都府警察学校の教官室には壁掛け時計秒針の音と紙が擦れる音、ペンを走らす音、キーボードの音のみだった。
正午まであと5分、この時間授業を持っていない教官たちしか居ないというのもあってより静かなのだ。
梛は席を立った。革靴の音が響く。そして教官室を後にした。
「何をしているのですか?」
男は戻ってきた梛に動揺して持ち去ろうとした物を落とした。
「やはり、貴方が。泳がせたかいがありました。しかし、僕が席どころかこの場所から離れた時は何度もあったのに、なぜその時に奪わなかったのですか?」
「……」
「しかし、もうここには無いですよ。貴方のデータは既に警視庁に渡しました。それに、今日しかないのでしょう?今日は事が起こる日なのだから」
冬は便利だ。何を仕込んでいようとコートとマフラー、帽子でほとんど隠せてしまうし違和感もない。
拳銃であろうと、マイクであろうと、カメラであろうと、インカムであろうと。
オフィス街に行き交う人々の一定数はこの警察官達だった。ゼロから要請を受けた警察官達はその時を待っていた。
カチリ、時計は12時を告げた。しかし、それだけではなかった。暴動だった。ガラスを割り、火を放つ。
誰かが叫んだ。警察官達は拳銃を抜き、音のしたへと向ける。
犯人の手にはユイカワピストル。以前の制式拳銃もあった。未だ回収しきれていなかったものの一つだろう。
暴動が起きたのは東京だけではなかった。京都、大阪、兵庫でも12時を告げるように起こった。しかしいずれも他の一般人に被弾する事はなく、次々と捕らえられた。
再び、京都警察学校。
男はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「公安警察の役目はなんだ?事が起こる前に処理するのが公安だろう?ならなんだ?事は起こってしまったじゃないか。俺が情報を盗めなかったからってなんだ?事は起こったんだ、我々は成功したんだ。まだまだ構成員はいるぞ、捕まえなくてはいけない奴らはもっとたくさんだ」
「より良い結果の為、ですかね。1よりも10、10よりも100です。わかったら手を上に上げて膝をついて」
男は大人しくそうした。手錠をかける瞬間、暴れかけたが、あっけなく制圧され、そして他の警察官もゾロゾロ入ってきたのを見て諦めた。結局、大人しく外に連れ出され、そして警察署へ向かった。
梛はその車列をしばらく眺めていたが、踵を返し、教官室のデスクから鞄を取って生徒らが待つ教室へと戻った。あともうしばらく、梛のこの日常は続くだろう。