Greyscale   作:零音霖

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EP5 後編

「また、物騒ね」

 当たり前が当たり前じゃなくなる。悪い方に使うことが多いがいい方にも使う。今日の日本という国においても。

 現状の日本という国はかなり治安が悪い。じわじわとその気配はしていた。ヴァルキリーという犯罪組織が暗躍していたのだから。しかし、表立って発砲騒ぎやら立て篭もりやら爆発騒ぎが頻発するようになったのはここ2年ぐらいのことだった。それも、ヴァルキリーの幹部が逮捕……いやほぼ全員死亡することによって組織の規模が縮小を重ね、崩壊していくことにより、少しずつ改善していた。もちろん、元構成員による立て直しを図ったものや、ただ単に恨みを晴らすため、被害者の反撃等々あるが警察もそこまで無能ではない。あちこちで起こる犯罪が頭を悩ませるが、目に見えてヴァルキリー関連犯罪の件数は減っていた。そこにやってきた警察官人質立てこもり事件。一年半前の事件を彷彿とさせる嫌な事件だった。

 

〈犯人達は、唯川グループ会長、唯川眩夜の孫であり、警察庁次長唯川芺威の息子である唯川瞠警部36歳と聖園食品代表取締役社長聖園創の孫である聖園梛警部補26歳を人質に取っています。2人は警視庁公安部公安総務課第6公安捜査第11係所属とのことです。

 犯人は当初、ヴァルキリー上級幹部全員の解放を要求していましたが、先ほど警察庁が表明した1名を除き、ボスを含めた上級幹部全員の死亡が確認されていること、その1名は司法取引済みであることを知り、ヴァルキリーの構成員全員の解放を要求しています。犯人達は期日を明後日の同時刻、16時34分としています〉

 大型ビジョンを緊急ニュースで埋め尽くされる。都会の喧騒はより激しくなり、混乱に包まれる。

 不安、心配、恐怖が東京という街を、日本という国を包み込む。これが成功すれば、また、よくなってきていた治安が悪化する。巻き込まれて死亡する一般人が増える。警察官の殉職者は増える。皆、そのような気持ちでスマホの画面やら大型ビジョン、テレビ、目の前の画面を見つめていた。

 

 警視庁の大会議室。皆そこに集まっていた。

 結論は一つしかない。構成員の解放など馬鹿なことは出来ない。しかし、下手な手を打って警察官が殺されたとあれば警察という権威がまた落ちてしまう。ここまで立て直してきていたのに、だ。一年半前のようなことは起こさせない、そう誓ったばかりなのに。会議室は重く澱んだ空気が流れていた。

 ひとつだけ、良いことといえば盗聴器が気づかれていないことによって向こうの状況が音声だけでもわかるということだった。犯人の人数も、名前も把握した。データベースを参照して特定も出来た。後は、どうやって犯人らの確保と人質になった2人を保護するかだった。

 父は自分のことを大事になど思っていない。その言葉が深く、深く芺威の心を突き刺した。全てを後悔した。今までの人生全てを。

 

 どちらにせよ血祭りになる未来しか見えない。メンツは全員ヤバい奴なのだから。

 そもそも頭が良く、自己肯定感が低めなのか最適解を自分の負傷とかを考えずに突き進む瞠に生まれる時代が違えば英雄になれたであろう敵と認識した人物に自動的にエイムが合うとかいう能力持ちで情緒の上下が激しい梛。こっちで色々考えたとてその通りに動いてくれるとは思えない。それにこんなことを起こす犯人達。まぁ2人にビビってこんなことを辞めてくれたら良いのだけれど、そうは行かない。突入するにしろ人数が多すぎる。頭を悩ませる皆であった。

 

トツ、トツ、トツ。リズム良く何かを打ち付ける音が聞こえてくる。朝を迎えてすぐの事だった。

任せる。

おそらく少ない時間を見計らって送ったであろうモールス信号。変換してみるとおそらくこうなった。

この情報はすぐさま本部へと送られていった。

警察という組織を信用してくれたのはありがたいが正直言って最適解の道筋が見えていなかった。しかし、信用してくれたのだから、こちらとしても信用するしかない。解放を偽装するための会議を特殊部隊とともに立て始めた。

 

犯人達は、かなり焦っていた。正直言って選択を間違えたと思っていた。目の前のこの男は情緒不安定で撃ったことを狂気的に自己を責め立てたかと思えばけろりと仕方ないですよね、といった顔をするのだ。とはいえここで捕まれば2度と塀の外には出られないだろう。もうどうにかして解放された仲間達と共に逃げる算段を皆脳内で立てていた。しかしまぁ、こんな事を仕出かす人間だ。同じ犯罪者、テロ犯とはいえ自己の未来を考えて司法取引したあの幹部とは違う。短期決戦には向いているが長期は向いていない。一般人1人を人質に取り、警察と大企業を相手取って大騒動を起こせても次の一手は最悪手。一気に形成逆転される。

 

タカギはイライラしていた。皆、逃げることばかり考えているようだったからだ。どうしてだ、警察はうんと言ったぞ。そうだろう?

しかし、タカギの想いとは裏腹に逃げる、よりも投降する、事を考え始めた者もいて崩壊していた。

「無理だよ……」

隣に座っていたミサトにしか聞こえないような小さな声でレイカは呟いた。ミサトはレイカの顔を覗き込んだ。レイカの顔はかなり青く、辛そうだったが他の犯人の男達は気づいていないようだった。

ミサトは一瞬目を閉じて、息を吸い込み、吐く。

「立って」

ミサトはレイカを支えて立つ。

「おい!タカギ。レイカがもうダメそうだ。ゴメンだけどあたしらはもう投降するから。とゆーかさぁ!期限2日ってバカじゃねぇの?」

男達は騒然とする。梛と瞠の2人も、瞠に付けられた盗聴器から聞いている警察の面々も。

「あたしは本気だ。もう懲り懲りだ。ヴァルキリーに所属した時点で間違いなんだよ、もうあたしらに平穏な日々なんかねぇよ。大人しくムショで暮らした方が幸せだろ。衣食住あるんだしさ」

タカギは、俯いて震えていた。

「うるせぇ、うるせえ、うるせえ!ざけんじゃねーよここまできて投降?バッカじゃねーの?」

タカギは梛から奪ったM8045をレイカとミサトに向ける。

あ、これで撃たれたら普通にキャリア終わるな。と既にほぼ終わりかけのキャリアを心配する梛だった。

梛はゆらりと立ち上がる。拘束をとっくに自分で解いていたのだ。梛はスラックスの裾を捲り、取り出す。犯人らに差し出したベレッタ2丁よりも小型のピストルだった。

「唯川さん、動かないで、出来るだけ伏せて」

梛は瞠に、いや瞠の縛られた結び目に照準を合わせ、発砲する。その弾はそのまま紐の結び目に当たり、紐が外れた。

「タカギ、手を挙げて武器を捨てろ。今僕が撃てば確実に弾はお前の心臓に直撃する」

その異次元の射撃能力に思わずタカギは腰を抜かしてその場に座り込んだ。しかし、依然震える手で銃を構え続けた。

「お前、撃てるもんか!あの精神状態でまた人殺したら今度こそお前全部終わるだろ」

梛は銃を握り直し、しっかりとタカギに照準を合わせた。

「残念だけどどんな銃であろうと拳銃である限り僕の命中確率はほぼ100%。こんな当たらないって言われてるような制式ピストルでも、ご覧の通り縄を撃ち抜いた。それが事実だ」

「こ、今度こそテメェは殺人犯で死刑ものだぞ!?」

「別にどうでもいい。クソみたいな人生は。お前たちを、ヴァルキリーを止められるなら、何でも」

「聖園さん……落ち着いて……お願いします」

瞠のお願いします。その言葉で外にいた突入部隊が扉に手を掛ける。

「3、2、1……」

梛は大きな声で数を数えだす。

「ゼロ」

その瞬間、部隊が突入し、犯人らを拘束し始める。

男たちは、暴れに暴れ、女たちは大人しく手錠を掛けられて連れ出されていった。

「はぁ、疲れました」

瞠はその場に座り込んだ。

「ありがとうございました。土井さん」

「おう」

梛は土井隊長に小型ピストルを渡す。元々部隊の制式のものだった。

戻ってきた拳銃をホルスターにしまい、瞠の元へと歩く。

「唯川さん、行きましょう。報告書とか報告書とか報告書。あと報告書と偽装通貨使用詐欺事件の諸々、うちらも関わる必要性ありそうです。思ったよりデカそうで」

いくら警察官の拳銃使用が緩くなったからと書く報告書や始末書の量は変わらない。これから犯人らに色々聞くこともあるしまたしばらく缶詰だなぁと気が遠くなるのだった。

 

「ううううう!!!」

流石のエリートおぼっちゃま破天荒人間聖園梛でも流石に経験したことのない人質事件の資料と報告書と新たな担当事件の資料の山に埋もれて精神がぶちぶち切れていた。

しかし、それを咎めるほど瞠にも余裕はなかった。寝たほうがいいのぐらい2人ともわかっていたが締切がそれを許さない。デッドラインは迫っている。寝たい、早く終わらせたい、頭は回らない。

「唯川さん、もう寝ます。言い訳お願いします」

「え、あーあーはい。寝てください」

 

梛は床に寝袋を広げて中で寝てしまった。仮眠室は一応あるがそこまで動けない。結構遠いのだ。正直言って食べてないのも問題すぎるな、と思った瞠はシャワーついでにふらふらと食料を調達しに会議室から出ていった。

「おーい」

ドンドンと勢いよく扉を叩いて開けて入ってきたのは公安総務課第4公安捜査第7係の谷町聖夜警部だった。クリスマスに生まれたから聖夜、なんとも安直で音は問題ないが漢字がキラキラしているためちょっと気にしている。聖夜は梛と同じく準キャリア。梛が研修の時の先輩だった。本当に研修は短い間だったが、相性はよく、またどこかで一緒になれたらと思っていた。聖夜も本庁勤務になり、色々な部署に行ったが公安部で係長をやっていた。

今回は大ごとの情報が入ってきたために大会議が入った。そのための事前資料を渡しにきたのだがごらんの有り様だった。

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