「…………」
梛は機嫌が悪かった。すこぶる悪かった。やっと寝たのに10分で叩き起こされてしまったからだった。
「せめて2時間は寝かせてください」
「これ置いとくね。じゃあ明日、絶対参加しろよ。お前が今参加してる事件にも関連するから」
と言ってさっさと去って言ってしまった。
「起こす必要性isどこ」
ばたり、眠気に耐えられず半分気絶でまた寝始めた。
その後なんとか2時間で起き、午前9時から作業を再開し、午後3時までに当分の資料、報告書作成が終わり、提出したことで緊張の糸が解れ、シャキッとしていた側だった瞠も机に突っ伏して死屍累々だった。
「運転できねぇ……」
「家、来ます? 結構近いですよ」
「低層マンション……‥家賃いくらなんですか?」
本当に警視庁から近いので立地も立地だし面積もかなりあるのに部屋数が少なそう。という事は一室の広さがそれなり。高そうな建物に身震いする瞠だった。瞠だって一応おぼっちゃまだが大学卒業前に殆ど家出状態で今に至る。地方総合職の警部で年収もあるが東京で過ごすにはお金の余裕は梛に比べたらミジンコレベルだった。
「分譲です。一括で買いました」
ですよねー。としか返せない。億はいくだろう。4LDKで一部屋もかなり広いし。立地は本当にいいし。
それぞれの部屋には物が色々置いてあったが綺麗に飾られてあった。本やら美術品、おもちゃなど。趣味のものが色々だった。あんなに激務なのにちゃんと趣味を楽しめるのも若さなのかと羨ましくなる瞠だった。
「ど、どっから」
「遺産です。実家は燃えましたし自殺に放火の現場ですけど一応松濤。少々安くはなりましたがそれなりで土地は売れましたし。早く出たかったんですよ。金だけはありましたから」
「仲、悪いようには見えませんでしたけど。電話してるとこ見てる分には」
先日の事件でヘリコプターを追い払うために父親と電話していた時はタメ口で気さくに話していた。自分もそうだが金持ちの家は家族であれ上には敬語のイメージだった。敬語だからと仲が悪いということではもちろんないが。仲が悪ければ親の力ビームは撃てないだろう。
「仲、良いからですよ。元々従兄弟叔父で、仲良くしてくれる親戚のお兄さんで、僕のことを拾ってくれた恩人で、だからこそ父さんって呼ぶんですよ。実の父はパパって呼んでたのもありますが。仲がいいからこそ、ずっとお世話になりたくはないんです。食べましょう」
道中のコンビニで買った諸々をお腹に含め、瞠は譲られて梛のベッドで、梛はリビングの無駄にデカいソファーで寝ることになった。
「まだ眠い」
正直言ってあと1日は寝ておきたい所だが今日は大会議がある。刑事部も関わるらしい本当に重要な会議だった。
梛もいつものニットとパーカーでなくきっちりとピークドラペルのスーツを着てチェスターコートを羽織り革の鞄を提げていた。
「ちゃんとしたジャケット持ってたんですね」
「僕のこと、なんだと思ってるんですか? まぁ確かにこれ含めて一式は3着しかないですけど」
ロングパーカーと派手なデザインのニットで常にカジュアルなイメージはあるが梛はいつもワイシャツにネクタイ、スラックスと一応はちゃんとしている。
本当に今日は大事な日だからちゃんと着ているのだ。
「本当に人多いですねぇ」
そりゃそうだろう。警視庁で1番大きな大会議室で行われるのだから。
100人はいるだろう。刑事部も関わるとは言っていたが公安部のメンツの方が見た所少ない。6対4と言ったところか。バチバチはしないが気まずい雰囲気は漂っている。そして刺さる視線。瞠もそうだが1番は、梛に向けられていた。
先日の大暴れと1年半前の大暴れが公になった以上、ヤバめな人ではあるからだ。それに分っている情報を統合して考えてみると元ゼロの可能性はかなり高い。それに聖園と閑院の子。ふと見せる情緒不安定さ。SNSでも色々騒がれてはいるが大多数はヤベェ奴ではあるがヴァルキリー壊滅には貢献した人、もとい時代が違えば国の英雄、特殊部隊員になった方がいい。とも言われていた。
5年前と1年前にも2人ずつ射殺されているのも少しばかり肯定的に捉えられる一因だった。そもそもヴァルキリーにいい感情を持つ人間などその筋の人間以外いない。長年民間人の命を危険に晒し続けた組織であり、梛自身も腹と脚に弾を喰らい、殴られ、最後の反撃で撃ち殺したという経緯もあって、仕方がない、そのような空気感になっていた。そもそも警察官の銃規制が緩まることにもあまり忌避感はなかった。身をもって治安の悪化を感じる人ばかりだったからだ。まぁしかしそのような空気こそ梛はより病んでいっているのだが。梛はそれに外れた梛を度を越した誹謗中傷するコメントばかりを見て安心するフェーズに入っている事を皆は知らない。
「それでは開始する」
前に座っているのはそれぞれの課長だった。まぁ色んな捜査係の係長、つまり警部が出席している以上、それ以上の警視、警視正が仕切ることになる。
通貨偽造詐欺事件については件の立てこもり犯6名が関わっていたことと口封じで伏見湊警部補を殺して海に遺棄したことを吐き、現在も捜査を進めている。かなり規模の大きな事件のためにまだバックがいるだろう、そして公安側が察知した新たな事件の匂いも関連する。
まぁそれは爆弾物と銃火器の違法取引の匂いだ。
まず通貨偽造による詐欺事件はこうだ。
手口は様々あるがとにかく対象に詐欺行為を働き、少しの金を引っ張り出す。それから手渡しで偽札を渡し、代わりに入金すると言って暗証番号等を聞き出し、別の人物がその金を持っていくがもちろん入金など出来ない。偽札だったから罰金と本物の金に変えてあげるからそのための金がいると言って銀行の金と手元の金全てむしり取るといった内容だ。
それでその立てこもり犯は偽札詐欺犯でもあったみたいだがもちろんまだまだお仲間はいる。その利益と偽札で新たな銃火器と爆発物の購入をする予定だった。6名が捕まったが犯人らも把握していないがおそらくまだ10人ほどいて、取引が行われる予定らしい。我々の仕事はこういった取引ルートも潰していかないとまたあのような組織されてしまう。それで、こんな大事になっているのは近々各国のトップが集まる国際サミットが日本で予定されているからだった。
ここでの大きな取引とあればサミットが狙われるだろう。というわけで公安部と刑事部が協力することになった。
瞠はもちろん春樹もかなり燃えていた。春樹はあからさまに、瞠は冷静沈着だが目はメラメラ燃えていた。友人が殺されたのだ、仕方がない。どうしてもこの事件を解決したい、そんな意志が見えていた。
「おい、聖園」
ひと通りの会議が終わり、皆それぞれの捜査をしに散り散りなる中で春樹は梛に声を掛けた。
「聖園!」
肩を掴まれ、ビクッとして振り返る。
「ど、どうかしました?」
聞こえていなかったようだった。
「来ないのか? 一緒に」
瞠は先に車を回しにいった。まぁ公安らしい捜査は基本できないのでそうするしかないのだが。
「すみません、用事があるんです。これからもあまりこの捜査には参加できないかと……唯川さんをよろしくお願いします」
そう言って梛は足早に去っていった。
「それで、なんの用事でしょうか? 唯川次長。やっと手錠をかけてくれるのですか? 首に縄をかけてくれるのですか?」
警察庁、次長室。重苦しい雰囲気が2人の間を漂っていた。芺威は無言で紙を差し出す。
「厚かましいお願いだ。許せないのはわかる。しかし手伝って、くれないか? 告発を。これが終わったら私は自首する。怖いのだ、あの人が」
梛は震える手で紙を握り、そこに書かれた衝撃的な事実を見つめる。