Greyscale   作:零音霖

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EP7 前編

「髪、切ったんですね」

「それ、今言う事ですか?」

 なんてったって瞠の手は応急処置の結果被害者の血でシャツまでぐっしょり濡れていた。

「ええ。似合ってますよ。それと」

「それとなんですか?」

「昇任おめでとうございます。聖園警部」

 先ほど対応に当たっていた梛が見せていた警察手帳には、下の記章が警察庁に変わっただけでなく、階級が警部へと変わっていた。

「部下をまとめるのは大変でしょう?」

「ええ、まぁ。でもあそこでは担当した事もない業務も多いですし、支えてもらってることの方が多いですよ」

 

 瞠はしっかり手を洗い、アルコール消毒を済ませ、買ってきてもらった新しいシャツを着たところで捜査1課の面々がやってきた。

「こちらもすぐ来るでしょう」

 そう梛が言い終わると、公安部らしき独特の雰囲気を纏った人たちが3名やってくる。

「そっちの案件になるのかよぉ。聖園警部」

 やってきたのは生田班ではなかった。

「だれ?」

 梛は隣にいた瞠に疑問を投げつける。

「和田研二警部です。和田班の班長です」

「安心してください。和田さん。あくまでも合同捜査ですから」

「こいつらテメェの班員? よくそんなんで部下持てるよなぁ。大丈夫なの? あ、大丈夫じゃないか」

「僕は今出向から戻って警察庁で内勤です。そんな実働できる部下なんて……」

「は、はぁ? 警察庁つったらテメェ、あれがあるじゃないか!」

「……捜査に取り掛かったら? 案件、取られたくないんでしょ? 無論取るつもりなどございませんが。説明の通りこの人たちは僕が警視庁の公安部に連絡を取っていち早く来て貰っただけです」

「……ッチ。おい! 花山!」

「は! はい」

 和田警部は部下を引き連れて潔く捜査を開始した。

「それでは、公安部の皆さん、よろしくお願いします」

「わかりました」

 

「病院って言ってましたけど大丈夫ですか?」

 一旦は落ち着いたところで瞠が梛を労る。

「薬貰いに行ったぐらいなので、大丈夫です。それとまぁ話を聞きに行ったんです。協力者に……っといくら唯川さんでも話せるのはここまでです」

 梛はコートを羽織り、鞄を手に取る。腕時計を確認する。

「それでは、あとはお願いします。こちらからも円滑な捜査できるようにお願いはしておきますので」

「ありがとうございます。お気をつけて」

 瞠は去っていく背中を見守る。

「唯川さん。やっぱり例の取引で関わる相手方でしたよ」

「そうですか」

 先日捕まった人質の犯人らの仲間に銃火器や爆弾やらを提供するだろうと見られているこれまた国際的に根付いてしまっている密輸組織、マルスだ。これも警察や自衛隊の内部に横流ししている人間がいるのではないかと調査はしているものの、尻尾は掴みきれていない。

「これも聖園さんに頼みますか」

「えっ?」

「所属部署の目星はついていますし、もしそれが外れたとしても昔の人脈で頼んでもらう事はできるでしょう?」

「え、ええまぁそうですかね」

「さて。我々もやれることをやりましょう」

 瞠も荷物を取って颯爽と出ていく。その後を慌てて原田は追っていた。

 

「こんにちは。3日ぶりですね」

 梛は唯川グループの傘下企業である製薬会社のヒュギエイア製薬のMRとして勤務していた羽島光と会っていた。

 3日前の殺人未遂事件が起こった日、梛は偶然、光に会ったのだった。

「私は、あなたがたに協力いたします」

「それは……わかっているのですか? 私は、あなたの兄を」

「わかっています。ですが、相当危険な業務で、兄もあなたを救おうとしたことはわかっています」

「はい?」

「1ヶ月ほど前です。尋ねてこられましたよ、元上司だという方が、それで説明されました。あらかたのあの事件の内容を。まぁ、私はあくまでも一般人なので伏せている内容も多々あるでしょうけど、それでも、納得するには十分でした。赦すとか、赦さないとか、そういう話じゃなくて、兄を犠牲に今あなたは生きているのだから、上層部の方々はあなたのことを認めているのだから、どうか生きて、警察官として、この国を守ってほしいんです。だから、私はあなたに協力します」

 梛はずっと黙ったままだった。

「……わかりました。それでは今後ともよろしくお願いします」

 

「それで、犯人はメルクリウス運送の人間の可能性が高いと?」

 梛は瞠からの報告を受ける。

 メルクリウス運送。旧深山運送のことで、数年前に唯川に買収された、運送会社だ。

「ええ、顔は分かりませんが、アトアシマエアシを追ったところメルクリウス運送のトラックに乗り込むところが映ってましたよ。それと、被害者目が覚めました。聴取はこちらでやっておきます」

「そうですか、分かりました。ではお願いします」

 なんだかんだで、1ヶ月前の口論があったことなど、2人とも忘れて、普通に会話をするようになっていた。

「にしてもまたここで唯川グループか……」

 メルクリウス運送、ヒュギエイア製薬、そして大元の唯川工業。なんだかんだいって怪しいのは唯川工業だ。唯川工業はこの国で5つもない銃火器を生産をしている会社だ。まぁ大体は猟銃やクレー射撃用、自衛官が使う小銃など、ライフル銃と今現在、徐々に警察官の制式拳銃へと代替わりされていっているピストル、Y-0918JPNだその名の通り9㎜パラベラム弾が18発装弾できる日本警察専用モデルだ。

 梛の持っていた同じ9㎜パラベラム弾が装填できるpx4は元々枢が持っていたものだった。色々はあったが一時期は2丁持ちをしていた。ただ、現在は結局世には知られなかった枢の死の真相の結果、警察葬が行われず、遺品も十分に遺族に渡されないまま、今も警視庁で未解決事件の名目で保管されている。

 しかし今回の取引の噂は違法改造された拳銃らしい。まぁ素体が何かわからないが。

 疑ったほうがいいのは確実なので梛は報告書をまとめ始めた。

「唯川次長、難しい事とは思いますが協力して欲しい事が」

 翌日、梛は次長室に居た。

「できる限りのことはやるつもりだ」

「先日起きた殺人事件ですが、知っての通り被害者はマルスの人間。容疑者はまだ捕まってはいませんがメルクリウス運送の人間の可能性が高いです。そして、ヒュギエイア製薬の方でも怪しい動きが。急に例の取引の日に大きな予定が出来たようで。私は唯川工業も怪しんでいます」

「唯川グループが提供源の可能性が高い、と……そうか……」

「……ええ」

 芺威は俯いて表情はわからないが深く落ち込んでいるような、そういった声色だった。

「そうか……出来ることはやる。あの人から何か引き出せれば良いのだが……」

「無理はなさらないでください」

「……」

 

「犯人に目星、ついたんですか」

 捜査一課の部屋の中、瞠と原田に呼び出された梛はストレートティー片手に進捗を聞いていた。

「ええ、目星どころか決定的な証拠を挙げまして。まぁこれはSSBCの皆さんのおかげなんですが、アトアシを追い続けたところ自動販売機を使っているところが写っていたんです。それでそこについていた防カメから犯人の顔がガッツリ映っていたんですよ」

「へぇ」

「こちらです」

 原田が一枚の資料を差し出す。

「市川か……大企業をよく騙したな、それとも……」

 資料にはかなり大柄の女性の写真と藤宮悠とあったが、梛は別の名前を出した。

「市川……?」

 当然、原田は疑問を表す。

「市川由衣。ヴァルキリーの技術部門の人間だった。まだ捕まえられていなかった重要指名手配犯の1人だったんですけどね。まぁバイトならその辺緩かったりするのか……? とにかく結構整形はしているけどもこれは市川だ。被害者はマルスの田辺、取引前にこんな殺人未遂が起こったとなればまた事態が二転三転する可能性もある。とにかく、唯川さんたちは市川に話を聞いてください。それでは!」

 梛はバタバタと部屋から出ていった。

「では我々も逮捕現場にご一緒しますかね」

「良いんですか? これの担当は……」

「良いんですよ、私はそもそもまだ公安部の人間ですし、あなたの事を連れ回しているだけですから。さあ行きましょう」

「あ、はい!」

 少し遅れて2人も部屋を後にした。

 

「藤宮……悠さんですね? 警視庁捜査一課、和田です。殺人未遂の容疑で逮捕します」

 和田が藤宮……もとい市川に逮捕状を見せる。

「は、はぁ? なんで私がそんなことしなきゃなんねーんだよ」

「証拠は上がってる。言い訳は署で聞く。2025年11月25日3時24分藤宮悠、田辺誠殺人未遂の容疑で逮捕、おい、花山! 連れてけ」

 和田は部下の花山に指示して、市川を連れて行く。その途中、後ろの方で見ていた瞠と原田に気づいた。

「おい! そこで何をしている!」

「別に良いじゃないですか、私たちも捜査員として認められているんですから。ところで、重要な情報を仕入れましたよ、和田さん」

 瞠は和田たちの方へと一歩ずつ踏み出す。

「はぁ? 情報? 何だってんだよ」

「その人は藤宮悠ではありません」

「何言ってるんだ! 急に!」

「市川由衣です。元ヴァルキリーの技術者で現在は重要指名手配者。聖園さんに見せたら気づいてくれましたよ」

「聖園に見せた? そいつは捜査員じゃねぇじゃねえか」

「でも貴方、以前に聖園さんの所属部署をあそこだと疑ったことがあったじゃないですか。そうだとすればこの事件を含めた一連の事件の情報を集めて提供してくれているのは聖園さんですよ」

「……わかった。とにかく、こいつを署に送る。聖園も連れてこい」

「ありがとうございます」

 

「今から? ……わかりました。ちょうどいいし行きますよ。それでは後ほど」

 瞠からの電話を切った梛は少しぐちゃぐちゃになっていたデスクを片付けて、準備を始めた。

「聖園係長、お出かけですか?」

 現在の梛の直属の部下の1人、道玄が話しかける。

「はい。例の殺人事件、犯人が逮捕されたそうなので。一応現場に居合わせてしまいましたから」

「顔出し、良いんですか?」

「知りません。そもそもニュースで大々的に僕が聖園の子だってバレてますし……それに……良いんじゃないですか? 次長様の直々の辞令だし」

「ま、使えないわけではないから、部下としてはどうでも良いですよ」

 遠回しの褒め言葉のようなものに、梛は珍しく少し照れていた。

「ありがとうございます。では、もう行きますね」

 梛は、荷物とコートを手に取る。

「行ってらっしゃい」

 係員の5名が見送りの言葉をかける。

「行ってきます。また戻ってきますので」

「働きすぎですよ〜聖園係長」

 梛が部屋を後にした後、道玄がぼそっと呟く。

 

「それで、市川は認めてないと?」

「そもそも話そうともしない。完全黙秘だ」

 和田警部の顔には疲れが出ていた。どうやってこいつからやったと言わせれば良いんだ、と。

「そもそも顔ばっちり映ってますよね」

「そうなんだがなぁ……」

 和田警部は一応捜査一課の今のエースだ。取り調べも数をこなしていて上手い。ただしかし、市川はかなり強情だった。一切、何も話そうとしないのであれば何も進展しない。

「証拠、見せてるんですよね?」

「ああ」

 項垂れる和田だった。

「唯川さんは?」

「原田と共にコンビニに行った」

 梛は時計を確認する。現在時刻18時。まぁ、お腹もすくっちゃすく時間だ。コンビニはすぐそこ、どうせすぐ帰ってくる。

「っち、お前、入れ」

「はぁ?」

 

「取り調べとかほとんどしたことないんだけど……」

 例のゲロった幹部も梛の傷は治り切ってないわ精神状態は今より不安定だわの事件2週間後に捕まった際に梛自身の聴取を兼ねた取り調べで、特別に外出許可をもらって行ったものだった。

「良いからやれ、そのためにも呼ばせたんだよ」

「……はいはい」

 

「花山、代われ」

 取調室の扉を開け、市川に話しかけ続けていた花山を呼ぶ。

「は、はい。わかりました和田班長」

 花山と入れ替わりで梛が取調室へと入っていく。

 

 梛は取調室のパイプ椅子に座る。が、落ち着かず、足先を組んだり、解いたり、上下を入れ替えたり。大きくは組んでいないので、わかりずらいが、革靴が床に擦れる音と布が僅かに擦れる音だけが取調室の中にあった。

「市川さんですよね? お世話になりましたよ。枢が。あ、羽島枢です。例の事件で僕が一緒に撃ったせいで死んでしまいましたけどもね。まぁこれは全部僕の責任なので気にしないでくださいよ。それよりも、枢が公安のスパイだって気づいたの、貴方でしょ? 直前で教えてくれたんですよね。そして、足止めしたのも貴方、上に報告したのも貴方、全部見捨ててヴァルキリーの資産の一部である5億円を盗み出して逃亡したのも貴方。相当信用されてたんですよねぇ。上級幹部でもないのに、お金の管理を任されていたのは。でもほとんどがその整形費用に消えましたか? 残念ですけど、僕はとっても記憶力がいいんですよ。忘れたほうがいいような記憶も、人間が防衛本能で消すような酷い記憶も全部、全部、全部覚えてるんです。それに、人間の整形も、メイクも限界がある。本人だとわかるパーツはいくらでもある。それにね、市川さん。貴方の指紋はもうこちらがデータとして持っています。さっさと指紋鑑定しましょうよねぇ市川さん。嘘なら嘘ですぐ釈放されますよ。それともなんですか? 脅されたんですか? 新しい雇い主ができましたか? どれほどのお金が残ってるか知りませんが、偽札作って詐欺働いてるグループに資金提供してますよね?」

 梛は淡々と市川に話しかける。

「ねぇ? そうでしょう?」

 梛は俯いてばっかりの市川の顔を覗き込む。市川の顔は汗でびっしょりで、何かに怯えた顔をしていた。

「さっさとゲロれば楽になりますよ。怖い人から追われずに比較的ゆっくり眠れるでしょうし」

「わ」

 ついに市川が口を開いた。

「私がやりました。資金提供の件も本当です……」

 

 それから市川はあっさりと全てを話をした。

 自分が市川だということも認め、ヴァルキリーで技術職をしていたことも、田辺誠を殺そうとしたことも。

 殺そうとしたのは市川がヴァルキリーに所属していた時に、マルスを騙して銃火器を仕入れたところから恨まれ、身を隠していたが、ついにバレたから殺そうとしたとのことだった。

「警察官が東京湾で見つかった事件、知っていますよね? それも貴方が?」

「違う! 他のやつだ、佐藤だよ、佐藤洋司。その詐欺グループのリーダーだったやつだ。そいつに今まで匿ってもらってた。殺そうとした自分がいうのもアレだけど、本当に沈めたのが怖かったのもあって離れようとしたんだよ、まぁそれもあってあいつらにバレたんだけど……」

 

「ただいま戻りました〜」

 瞠たちが戻ってきた。

「どうぞ」

 原田がコーヒーを和田に渡す。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

「どうですか? 吐きました?」

「ああ、もう全部吐いてくれてる。でもまぁここらで今日のところは終わりだ。時間も時間だしちゃんと吐いたしな」

 

「疲れた〜」

 署の会議室のテーブルに突っ伏す梛だった。

 瞠が買ってきたホットティーをペットボトルを手に、休憩をしていた。

「お疲れ様です。聖園さん」

「本当に疲れましたよ……あと少ししたら戻りますので……」

「送りますよ」

「いいんですか?」

 梛が顔をあげる。

「もちろん」

 

 

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