「何してんのミカちゃん?!」 作:天ちゃん
まだ薄暗い時間に目を覚まし、まずは大きな欠伸を噛み殺してシーツを整える。鏡の前で髪を梳かし、寝癖一つない状態に仕上げる。
……今日わたくしが選んだ茶葉は、アールグレイですわ。お湯を沸かす間に、キッチンで手際よくスコーンを焼きまして、季節のフルーツを添えたプレートを準備いたします。ふふっ、素晴らしい朝食。……こほん。
ポットの中で踊る茶葉。ベルガモットの華やかな香りが湯気と共に立ち上り、私の肺を満たしていく。
これだ。この、誰にも邪魔されない静寂と芳醇な香りの調和こそが、私の魂を浄化してくれる。
お気に入りのティーカップに黄金色の液体を注ぎ、焼き立てのスコーンをテーブルへ。
優雅な小鳥のさえずりをBGMに、私は椅子に腰を下ろす。爽やかな朝の風がカーテンを揺らし、私の頬を優しく撫で──
ドガシャァアアン!!
「おっはよー☆」
「何してんのぉ???!!!」
爆煙と共に現れたのは、トリニティが誇る「ティーパーティー」の一員、聖園ミカ。キラキラの桃色の髪をなびかせ、背中の羽をパタパタさせながら眩しいほどの笑顔を振りまいている。
「わーお、朝から元気だねぇ」
「なんで!? 何して──ドア?! ドア壊れてるよ?! てかまた?! なんでここにいるのぉ?!」
鍵は? 鍵どこいった? 仕事しないと! なんのためにつけてると思ってんねん! でもドアも爆発されるなんて思ってなかったよきっと!!
そもそもこんな早朝から他人の部屋に不法侵入(物理)する奴がいるか!? いたわ! ここにいたわ! トリニティの火薬庫が目の前にいたわ! 朝来るのはやめて欲しいって前も言ったのに!
「とりあえずお帰りください?!」
「淑女ならもっと落ち着かないとだよ? エルちゃん☆」
「帰れぇぇぇ!!!」
叫びながら、ベッド脇に立てかけていた愛銃をぶっぱなした。
◆ ◇ ◇
天坂エル。
トリニティ総合学園3年生。趣味は読書と、この「優雅な朝のティータイム」を死守すること。
成績は中の上。素行は……まあ、隣にいる桃色の爆弾さえいなければ、シスターフッドひれ伏すレベルで
今日だって、穏やかな朝になる予定だった。
予定だったのに。
「……あ、アイライン、ミスった……っ!」
鏡の中、私の目尻には予定外の茶色のラインが引かれている。
さっきから穏やかじゃない心のせいでまともにメイクすらできないんだよねぇ……?
そもそも、私のトリニティ生活はいつだってこうだ。
ティーパーティー? エデン条約? そんなの知ったこっちゃない。私はただ、この学園で、優雅にのんびりと、適度に友人と笑って過ごしたいだけなのに。
……思えば、昔からそうだった。
ミカちゃんと出会ったあの日から、私の「安穏」はすべて彼女という名の嵐に呑み込まれてきたのだ。
泥遊びをすれば、いつの間にか泥団子で城を築かされ。おままごとをすれば、いつの間にか王国を揺るがす政変劇に巻き込まれ。今では頻繁に朝から部屋を訪れ。今日に至ってはドアを爆破された。
……いや、最後だけレベル違くない? 普通に犯罪では? ……まあ、一旦置いておこう。
幼なじみ、なんて綺麗な言葉で片付けてはいけない。
彼女は私の平穏を奪う天敵であり、私の世界をその圧倒的な光で焼き尽くしてきた存在でもある。
どうして私の幼なじみは、こんな歩くたびに火柱が上がるような女の子なんだろう。
「ねぇ、エルちゃーん? まだー? お腹空いちゃったんだけど☆」
ひょこっ、と。
さっき
「あーもう! 今直してるから、大人しく椅子に座ってて! それにミカちゃんに用意する飯なんかねぇ!」
「ひっどーい! 泣いちゃうよ?」
今にも飛んでいきそうな拳を何とか開く。その手で、アイラインを修正しながら、私は深いため息をついた。
鏡越しに視界に入ったのは、私の椅子に優雅に腰掛け、私がさっきまで飲んでいた紅茶を、ごく自然な動作で口に運ぶミカちゃんの姿。
「……それ、私の紅茶なんだけど」
「知ってるよ? わー! おいしいね! これ」
「自分で入れて飲めば──はぁ、もういいや……」
朝からため息が止まらない。ああ……幸せが逃げてくよ……。まってぇ。私を置いて行かないでぇ。
……私が何をしたって言うんだよ。
メイクをいつのも倍近いスピードで終わらせて、新しいカップとソーサーを持ってミカちゃんの対面に腰を下ろす。
「それで? ドアを壊してまで、わざわざ私の部屋に不法侵入したご用件は? ……今日は何しに来たの、ミカちゃん」
誰がどう聞いたって不機嫌にしか聞こえない声でも、彼女の前では意味をなさない。やっと話しかけてくれたことに目を輝かせて身を乗り出したミカちゃんは、ここに来た要件を告げた。
「あのね、エルちゃん! 今日はね……『トリニティの裏山で、一番大きなタケノコを掘る会』を開催しようと思って☆」
「…………は?」
タケノコ。にょっき。
あまりに予想外、かつ平和すぎる単語に、私の脳内はタケノコだらけになった。
「え、何。タケノコ? ……わざわざドアを爆破してまで、私をタケノコ掘りに誘いに来たの?」
「そうだよ! ほら、最近雨が降ったでしょ? きっとすっごく大きいのがニョキニョキ生えてるはずなんだ。それをね、二人で掘って、お昼に焼いて食べようかなって!」
アホだ。本物のアホがいた。タケノコ掘りをやるお嬢様がいてたまるか。そんなアグレッシブなのはあなたくらいですよ。
それにタケノコとかいう、よりにもよって下処理がめんどくさいものを選びやがって。なんのモチベも湧かんよ。
「……あのね、ミカちゃん。カレンダー見なさい。……今日、月曜日。一限からしっかり講義があるんですけど?」
「えー? 授業なんて、サボっちゃえばいいじゃん! 別に一回サボったってなんも言われないよ!」
「言われるに決まってんでしょ! ティーパーティーの一員が授業サボってタケノコ掘りなんて、リーダー交代だよ!」
ツッコミを入れながら、私は自分のバッグに目を落とす。
教科書、筆記用具、その他の道具たち。
普通なら、講義だから仕方ないかー、と言ってあきらまるだろう。けれど、私の隣にいるのは一度言い出したら止まらない暴走機関車だ。
「……ねぇ、エルちゃん。行こうよぉ。二人で遊ぶの、久しぶりじゃない?」
ミカちゃんが、少しだけ声を落として私の袖を引く。
その、ずるいくらいに寂しそうな表情。
……あぁ、もう。
「……わかったわよ。わかったから、そんな顔しないで」
「本当!? やったぁ☆」
「散々行くって言ってることには、準備はできてるんでしょうね?」
「あったりまえじゃーん!」
ルンルン気分のミカちゃんを見て、少し頬が緩んだ。
私はアールグレイの最後の一口を飲み干すと、乱暴にバッグのジッパーを閉めた。
◇ ◆ ◇
「……よし。準備完了」
もはや枠しか残っていない玄関口に、お気に入りの花柄のシーツをガムテープで強引に貼り付けた。風が吹くたびにパタパタと虚しくなびくそれは、トリニティの淑女の部屋としてはあまりに無残だが、背に腹は代えられない。
「ミカちゃん。弁償ね?」
「えー! ……ま、いっか☆ エルちゃんが一緒に行ってくれるなら!」
鼻歌交じりに私の後をついてくる桃色の影。
私はその無邪気な背中を追い越し、ずんずんと「裏山」とは正反対の方向へ足を向けた。
「えっ、ちょっとエルちゃん? 裏山はあっちだよ?」
「こっちで合ってるよ。……ほーら、着いたよ☆」
たどり着いたのは、重厚な白を基調とした校舎。
朝日に照らされた「校舎」の入り口を見て、ミカちゃんが鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
「なんでぇぇぇ!!???」
「何って、講義に決まってるでしょ。ほら、一限は数学だよ。脱走しようとしたら……言いつけるからね?」
「嘘つきー! エルちゃんの嘘つきぃい! 人でなしぃ! タケノコは!? 私のタケノコ掘り作戦はどうなっちゃうのぉ!?」
「なんとでも言え! ほら、さっさと席につくんだよ!」
廊下中に響き渡る
──それから数時間。
アリの組体操のような数学の講義と、その後の退屈な一般教養を終え、ようやく解放の時が訪れた。
隣の席で、魂が抜けたような顔で机に突っ伏しているミカちゃんを放置して、私は一人、勝利の余韻に浸る。
「……ふぅ。これでようやく、私の『本当の』ティータイムね」
頭の中はすでに、予約していたカフェの新作シフォンケーキでいっぱいだ。
鞄を肩にかけ、私は足早に校舎を出る。今から行けば、ちょうど焼き立ての時間に間に合うはず。
ベルガモットの香りと、ふわふわのスポンジ……あぁ、これこそが、幸せ。いかん、ヨダレが。
今日は幸せな一日になる──はずだった。
「……見ーっけ☆」
背後から伸びてきた、
それが私の首にガッシリと絡みついた瞬間、私の幸せな妄想はガラス細工のように粉々に砕け散った。
「…………え、あ、ミカちゃん? 寝てたんじゃ……」
「ひっどいよねぇエルちゃん。私をあんな退屈な場所に閉じ込めるなんて。……でも、もう逃がさないよ?」
耳元で囁かれる、逃げ場を完全に塞ぐ「捕食者」の声。
ミカちゃんの瞳は、朝よりもいっそう爛々と、獲物を狙う猛獣のように輝いていた。
「んじゃ、行こっか。……タ・ケ・ノ・コ・掘・り!」
「離せぇ! 離してぇええ! 私のシフォンケーキィイイ!!」
ずるずると、優雅なティータイムとは真逆の「裏山」へ引きずられていく。
周囲の生徒たちが「あらあら、またあの二人は仲良く……」なんて無慈悲な視線を送ってくる。これ拉致(物理)だから!! 人の心とかないの?!
結局、私はタケノコ総本山(裏山)で、放課後の全てを捧げることになった。
視界を遮る藪をショットガンで薙ぎ払い、ミカちゃんが「えいっ☆」と素手で地面からタケノコを引っこ抜く。タケノコ掘りというよりは……うん。なんか別の競技みたいな。スピード感が違うや。しゅごい。
泥にまみれ、甘い香りの代わりに土の匂いを全身に纏い、腕に抱いたタケノコとともに私たちはようやく寮へと帰り着いた。
「……疲れた。もう無理。一歩も動けない」
寮の自室の前。私は文字通り、その場に崩れ落ちた。
スカートの裾はボロボロ、お気に入りのローファーは泥で変色している。私の優雅なティータイムを返してくれんか。まじで。予約が……。お金……。
「あはは! エルちゃんお疲れ様! ほら見て、大漁だよ☆」
隣でピンピンしているミカちゃんが、ずっしりと重い袋を掲げて見せた。
中には、ミカちゃんの怪力によって文字通り「引っこ抜かれた」立派なタケノコが8本。どれもこれも、一般人が一生で掘る分を一日で消費したようなサイズ感だ。
「……8本もどうすんのさ、それ。観賞用にでもする?」
「何言ってんの? 食べるに決まってるじゃん! エルちゃんの部屋でタケノコパーティーだよ☆タケパー!」
「タコパみたいに言うなし。却下。……と言いたいところだけど、この泥だらけのままミカちゃんを野に放つ方が怖いわ」
「私ってペットか何かなの?」
ミカちゃんの言葉を無視し、私は溜息をつきながらガムテープで補強された「元・ドア」の花柄シーツを捲り上げる。
部屋に入れば、朝の惨劇の跡がそのまま。けれど、不思議と怒りはもう湧いてこなかった。──ほんとに。根に持ってない。ただただ、腸が煮えくり返るような憎悪と、内臓が裏返るような疲労感と、それ以上に……。
「……あはっ」
「んー? どしたの? エルちゃん」
「……いや。ミカちゃんの顔、泥でひっどいことになってるなーって。綺麗な顔が台無しー!」
「えっ!? ちょっと、鏡貸して! 嘘、これじゃナギちゃんに笑われちゃう!」
慌てて鏡に駆け寄るミカちゃんの背中を見ながら、私はようやく、今日初めてほんとの一息をついた。
シフォンケーキは食べ損ねたし、ドアは壊れたままだし、明日もきっと筋肉痛。
……あぁ、本当に。
私の「普通」を壊す天才が隣にいる限り、私の朝は、明日もまた騒がしいんだろうな。
「エルちゃん! お風呂貸してぇ?」
「自分とこで入れや!」
「おねがぁい! ほら、エルちゃんも泥だらけだし、一緒に入っちゃえば時短だよ☆」
「……はぁあああ、もう! 脱ぎ散らかさないでよ! タケノコを風呂場に持ち込むなぁぁぁぁ!?」
「洗わないと汚いよ?」
「風呂場が汚れる?! やめて! お願い! ほんとにぃ!」
ドタバタと浴室へ消えていく桃色の背中。
……騒がしいどころじゃないだろうなぁ。
いつか、私の人生に本当の意味で「優雅なティータイム」が訪れる日は来るのだろうか。
少なくとも、明日……いや。一週間くらいは来ないのは確かだ。
何せ、脱衣所には立派なタケノコが8本、我が物顔で鎮座しているのだから。
……
「だからタケノコ持ってくなってぇ!!!」