「何してんのミカちゃん?!」   作:天ちゃん

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一章 
「まあ……大丈夫でしょ」


 天坂エルの放課後は静かだ。

 少なくとも、ミカちゃんがいない日に限っては。

 

 今日はその貴重な「ミカちゃんがいない日」だった。

 

 どのくらい貴重かというと、ここ二週間で三回しかなかった。週に平均一・五日。土日は基本的にカウント外として、平日だけで言えば十日間で三回だ。つまり、七日のうち三日は何らかのミカちゃん案件が発生している計算になる。

 ……はぁ。考えたくなる。なんでこんな巻き込まれてるのかな……。

 

 ──とにかく。

 今日はその貴重な三日のうちの一日。大切にしなければならない。午後の講義を終えてまっすぐ寮に戻り、制服のリボンをほどき、上着を脱いでハンガーに吊るす。アームチェアを窓の向きに三センチ調整した。日差しが斜めから差し込む角度に、ちょうど合わせる。よし。完璧。

 無駄なこだわりとか言わないでほしい。こういうルーティンが大切なの。多分。

 

 窓を少し開けると、春夜の冷たい風がカーテンの裾をゆっくりと靡かせた。外の空は、オレンジと薄紫が溶け合った夕暮れ色をしている。

 キッチンの方へとおもむろに歩いていき、棚から茶缶を取り出す。気分が良かったので、今日選んだのはCéleste-Souverain(セレスト・スヴラン)の『ルヒュージュ・ド・ランジュ』。私が最も愛してやまないブランドの逸品だ。

 蓋を開けた瞬間に広がる、とろけるようなバニラビーンズの甘い香り。その奥に微かに潜む、焦がしキャラメルのほんのすこしのビターな余韻。一口目から最後の一滴まで、疲れた体をやわらかく包んでくれる。最早、私専用に作られたと勘違いするほどの一缶。

 

 ポットに火を入れながら、お気に入りのカップとソーサーを出した。

 カップは白磁。縁に細い金の線が一本。ソーサーとの組み合わせで、置いたとき僅かに右に傾く癖がある。分かっている。それを見越して、ソーサーをほんの少し左に傾けて置く。カップを置いたとき、金の線が水平に近くなる。うーん……よし。完璧。ふふっ。

 ──いけない、頬が緩んでしまった。

 

 お気に入りの茶漉しを出す。銀製の、小ぶりなやつだ。取っ手が少し曲がっているが、これが使いやすい角度なので直さない。ティーポットをあたためるために一度湯を注いで、捨てた。

 沸いたお湯をポットに注ぎ、砂時計をひっくり返した。三分。

 砂が落ち始めた。

 

 砂が落ちるのを待っているその間、窓の外を眺めた。

 空の端が、ほとんど紫に変わり終わっていた。春なので、夕暮れの色が長い時間かけて変わる。それに、今日みたいに天気がいいと、夕焼けの色が順番に変わっていく様子がよく見える。

 

 椅子に座りながらほんの微かな西日に照らされる。

 ……静かだ。

 

 ミカちゃんがいないと、こんなに静かなんだ、と思うたびに、少し驚く。当然なんだけどさ。

 

 聖園ミカという人間は、存在しているだけで一定量の騒音を生産している。爆発物の音や、「エルちゃんエルちゃん!」という声や、羽がはためく音や……何かを引きずる音や。

 そういうものが完全にゼロの状態を、私はたまに「本当の静寂」と感じる。いや、ミカちゃんの騒音に適応してきた私にとっては大方の音は静寂に感じている可能性が高い。

 

 耳を摩りながら労わっていると、砂時計の砂が落ちきった。

 

 ポットをそっと傾けた。黄金色の液体がカップに注がれ、湯気がゆっくりと立ち上る。バニラとキャラメルの香りが室内にやわらかく満ちていく。茶漉しを通った液体は、澄んでいる。濁りがない。完璧な三分だった。ありがとう砂時計さん。

 ポットをテーブルに下ろし、カップを両手で包んだ。

 

 一口。

 

 ……うん。美味しい。疲れが、肩から足の先まで溶けていくようだ。

 今日の午後の講義の、後半から意識が飛びかけたあの時間も、追加課題として渡された問題集の重さも、今はすべてがどうってことない。

 これのために私は生きている。大袈裟でも何でもない。本当のことだ。

 

 もう一度言う。本当のことだ。

 

 しばらく、黒に染まる空を見つめながらただぼんやりと飲んでいた。

 

 カーテンが揺れる。遠くで誰かの声がしたが、すぐ遠ざかった。また静かになった。

 こういう時間を、私はいつだって望んでいるのだ。誰にも邪魔されない、自分だけの静かな夕方。今日の夕方の予定は、茶葉をチェックし、紅茶を飲みながら積読になっていた茶葉の専門誌を読み、それが終わったら気になっていた茶器のカタログを見る。完璧な夕方。誰も呼んでいない。誰も来ない。私と紅茶だけの時間。

 

 ……幸せ、これが幸せだよ。

 

 

 ◆ ◇ ◇

 

 

 暫くのんびりと何も考えずに過ごしていた。

 一杯飲み終えたところで、カップをソーサーに置きゆっくりとスマホを手に取った。

 

 茶葉の新作情報や限定品のチェックは、私の日課となっていた。

 この習慣を一度怠ったせいで、新作茶葉である『エトワール・ド・トリエテ』の先行予約枠を逃したことがある。しかも気づかせてくれたのがミカちゃんだった、という屈辱込みで。あの失態は二度と繰り返したくない。未だに夢に見るほどの恐怖だったのだ……。

 

 まずは公式サイトの新作情報から確認するが。新しい投稿はなし。次に限定品のオークション速報サイトも観てみるが、特になし。その後も茶葉専門誌のデジタル版やお茶好きな人のブログも流し読みする。

 

 スクロールしながら、ブログの内容を確認していた。

 品評会の感想。希少茶葉の保存方法についての質問。限定茶缶のデザインを比較している長い投稿。どれも見慣れた話題だ。ほぼ最後まで流し読んで、そろそろスマホを閉じようとしたとき。

 

 その投稿は、あった。

 

Lumière Céleste廃番品を販売します。品目:Fleur d'Oubli(未開封缶・複数)。ご購入希望の方はご連絡ください』

 私の指が、止まった。

 

 止まった、というより、石になった。

 

 もう一度、読んだ。

 ……念のために、もう一度、読んだ。

 

 スマホを両手で持ち、食い入るように見る。

 

 ……Lumière Céleste(リュミエール・セレスト)

 

 今から約八十年前に廃業した、伝説的な茶葉ブランド。現在私が愛して愛してやまないCéleste-Souverain(セレスト・スヴラン)の前身に当たる。名前に共通する「Céleste」の文字もその表れだ。

 

 そのLumière Céleste(リュミエール・セレスト)の代表作のひとつが。

Fleur d'Oubli──忘却の花(フルール・ドゥブリ)

 

 山海経産の茶葉をベースに、当時の職人が独自に開発した花の蒸留製法で仕上げた、唯一無二のブレンド。名前の通り、花畑の真ん中に立っているような甘さと、どこか夢を見ているような、ふんわりとした後味が特徴だったらしい。廃業後、複数のブランドが再現を試みたが失敗……。ほかにも様々な話題があり、話せばきりがないほどの逸話が残っているブランドである。

 

 その忘却の花(フルール・ドゥブリ)が。

 未開封缶で。

 複数。

 

 私はカップをソーサーに置いたまま、画面を凝視した。

 

 ──怪しい。

 

 どう見ても怪しい。

 どれくらいかと言えば、ミカちゃんがお淑やかになったって言われている気分だ。

 八十年前のブランドの廃番品が「未開封缶で複数」存在すること自体がまずおかしいのだ。仮に存在するとしても、保管状態によっては品質はとっくに劣化しているはず。

 そんな品物を、なぜ今手放す? 取引相手は何者だ? どこで入手した? 「複数」とは何缶を指している? 受け渡しの方法は? 名前も出していない。

 全部真っ黒だ。正直、詐欺の教科書に載っているような案件だ。誰がこんなものにひっかかるのかってくらいわかりやすい罠だ。

 私はスマホをテーブルに置いた。なんか馬鹿馬鹿しくなったからだ。

 

 

 

 そして窓の外を三秒間眺めて、もう一度スマホを手に取った。

 

 ……忘却の花(フルール・ドゥブリ)。ねぇ。

 

 ……流石に、詐欺なのは確定だけど。

 ……その缶が、手が届く距離にあるかもしれない。

 ……詐欺だけどね?

 

 ……ワンチャン──いやいや。流石にない。

 ……ほんとだったら──

 ……美味しいのかな、絶対美味しいよね……

 ……休日にゆっくりしながら──

 

……っあぁもうっ!! 

 

 思わず声に出た。一人の部屋でよかった。

 アームチェアから立ち上がって、部屋の中を歩き回った。三歩進み、壁にぶつかりそうなところで戻る。さらに進んで、窓までたどり着いては戻る。

 落ち着け。落ち着け天坂エル。紅茶愛という名の猛毒が、今この瞬間、私の判断力を全方位から侵食しにきてるんだ。冷静に。合理的に。一歩引いて考えよう。私ならできる。

 

 アームチェアに戻った。カップを手に取った。もう一口飲んだ。甘い香りが、かろうじて私の正気を引き留める。

 

 ……そうだ。今の私にはこの美味しい紅茶がある。ちゃんとある。それで十分だ。ミカちゃんからも『エトワール・ド・トリエテ(最上級)』もらうし。忘却の花(フルール・ドゥブリ)を飲まなくたって、私の人生は十分に豊かだ。Céleste-Souverain(セレスト・スヴラン)がある。最愛のブランドがある。十分足りている。

 

 スマホを伏せた。

 

 ……伏せた。

 伏せたんだけど。

 

 伏せたまま、ちょっと待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待って、また手に取った。

 

 メッセージの入力画面を開いた。

 

 開くこと自体は別に問題ないよね。問い合わせるだけ。問い合わせて、取引内容を確認して、怪しければ即座に終わりにする。それだけ。私は紅茶の専門知識を持ってすれば、偽物かどうかある程度見抜ける。専門知識を活かした調査、と思えばいい。そう、それだけだ。あとは……値段とかが法外じゃないかどうかをしっかりと見極めよう。うん。そうしよう。

 

 文字を入力し始めた。

『はじめまして。ご投稿を拝見し、大変興味を持ちました。Fleur d'Oubliを』→全消し。

Fleur d'Oubli」を一行目に書かない方がいい気がしてきた。向こうに「この人は確実に興味がある」と分かっちゃうからなぁ。

 

『本物の証拠はありますか』

 向こうが警戒するような内容は良くない気がする。消した。

 

Lumière Célesteの缶は現在どのくらい現存していますか。廃業後の経緯についてご存知でしょうか。保管場所はどのようなところでしたか。入手ルートは』

 ……尋問か。消した。

 

 溜息をついた。とっても深く。

 ……なんで消すんだよ私。どうせ送るんでしょ。結局何も進んでないじゃん。でもここまで来たら、送るということは確定しているんだし。

 

『はじめまして。投稿を拝見しました。取引の詳細について、お聞かせいただけますか』

 結局シンプルな文面に落ち着かせて、送信。

 

 ……あぁ。

 送ってしまった。

 送ってから後悔し始めるなんて愚行……ほんと何してんだろうか。

 じぶんで送ることを判断したくせにさぁ……。

 

 忘却の花(フルール・ドゥブリ)のためなら何でもするかもしれない、という自分の業の深さを、このとき私は痛烈に思い知った。

 暫くテーブルに突っ伏すこととなった。

 突っ伏して数分のこと。

 返信は、予想より早く来た。

 

『ご連絡ありがとうございます。品物は確かに本物です』

 

 その後には、金額、受け取り場所、日時の希望についてなど。大分先走った内容が数件送られてきた。……まあ、悪くない条件だということは分かった。分かったけど、わからない。……うん。怪しさが勝つなぁ。

 品物は確かに本物ですってどういうことだろうか。疑っていることは伝わってしまっているようだけども……「確かに本物です」で安心できるなら、世の中に詐欺は存在しない。

 ただ、ここまで自信満々に言い切れる根拠が気になって仕方ない。

 更にメッセージを送信した。

 

『証拠となる写真を送っていただくことは可能ですか』

 

 ……送られてくれば、流石に本物かどうかくらいはわかるだろう。

 相手の動き次第と言ったところである。正直、送られてくる前にメッセージが途切れそうな予感がしている。

 こういうタイプの詐欺って、深く聞いてこられたらすぐに逃げるイメージが。

 とまあ、こんな予想をしていたわけだが。

 

 数枚の写真と共に、メッセージが送信された。

 

『こちらが写真になります』

『残りはこの缶の身となりました。お取引は続けられますか?』

 

 まさかの、まさかだ。焦らせてきた。

 こちらが疑っている中、証拠となる写真を送りつけると同時に、残り一缶という情報を出してくる。

 随分とうるさくなった心臓を落ち着かせながら、とにかく写真を観察する。

 茶葉の缶を撮ったものというのはわかるが、画質が粗く、細部が判然としない。

 ……細部が判然としないが、判然とさせるために頑張るしかない。

 二本指でピンチアウトした。缶の上半部を拡大した。蓋の形状。縁の処理。金具の位置。専門誌で見たことのあるデザインと、一致している。

 次に側面。縦にスクロールした。文字のレイアウト。ロゴの位置。

 ……合っている。

 

 画像を縮小して、全体の比率を確認した。縦と横の比率。高さに対する蓋の割合。これは専門誌の別の写真と比較できる。即座に本棚から雑誌を取り出し、比較した。

 ……合っている。

 

 合っているが、精巧な偽物の可能性も捨てられない。いや、この画質でここまで確認できる情報は限られている。でも合っているものは合っている。私の知識の範囲では、矛盾点は見つからない。

 3回ピンチアウトして、画像の右下端を見た。背景に、ぼんやりとした棚のようなものが写っている。棚の素材は判別できないが、年代感がある。これが保管場所の一部だとすれば、長期保管に適した環境に見える。

 

 ……本物かもしれない。

 深呼吸した。鑑定士でもないし、画像一枚で断言はできない。でも、これだけじっくり眺めても否定する根拠もない。

 

『取引させていただきたいです。こちらの購入を希望します』

 

 返信はまた早かった。

 残り一缶。

 その言葉に、どうしてもメッセージを打つ手を止められなかった。

 

『ありがとうございます』

『日時については後日ご連絡します。場所については、トリニティ総合学園北側の古い石垣沿いを奥まで進んだ先に、古い白い扉がございます。その前でお待ちください』

 

 そんなメッセージが送られてくる。

 だがしかし。

 私は画面を見つめたまま、固まった。

 

 ……トリニティの学園内?

 それに、北側の石垣沿い。

 

 その場所に、心当たりがなかった。

 

 地図アプリを開いた。北側の施設から順に確認していく。管理棟の裏手。資材置き場の横。古い温室の脇。……石垣がある。確かに北側の端に石垣が見える。でも、その先の記載が、ない。地図アプリでは、石垣の向こうは何の変哲もない山だと表示されていた。

 石垣を進んだ奥に扉があるなどの情報は、地図になかったのだ。

 別のアプローチとして、学園の施設案内のPDFを開いた。北側の施設一覧を確認する。管理棟、倉庫棟、温室、資材置き場。石垣の先の記載は、やはりない。施設利用規則の欄をスクロールした。

 あった。一行だけ、こう書かれていた。

 

『北東区画(石垣北側)への立入は固く禁じます』

 

 ……立入禁止区域のようだ。

 

 地図アプリに戻って、もう一度その灰色の空白を見た。入学してから三年近くになるが、その空白の存在を気にしたことなどなかった。地図に何も書かれていない場所として、ただ横目で流していた。……でも考えてみれば、施設案内にも先生からの説明にも、その区域について詳しい話が一度もなかった。規則に「禁止」とだけ書かれており、理由は書かれていない。

 なぜ、そこで取引を行うのだろうか。そもそも、そんな場所を知っているあたり、トリニティ生でなければおかしな話になる……が、であれば立ち入り禁止区域での取引を行う理由が分からない。

 考えれば考えるほど、おかしい。学園の立入禁止区域での取引を望む相手。やけにスムーズに進んだ取引。

 怪しい予感しかなかったが、写真は紛れもない本物だと思う。

 

 ……どうしたものか。

 

 私はゆっくりとスマホを持ち直し、返信を打った。

 

『分かりました。日時の連絡をお待ちしています』

 

 送信。我ながら、流石に諦めが悪いと思った。でも正直に言うと、この取引に引っかかる可能性と、Fleur d'Oubliを手に入れられる可能性を天秤にかけたら、後者が完全に圧勝してしまった。紅茶愛というのは業が深い。

 学園内だし、相当なことがない限り安全ではあるだろう。

 最悪取引せずに逃げてくればいいわけだし。

 安全第一……ではない状況だけど、なるべくこれからは気を付けよう。

 

 取引の連絡も一息つき、スマホを置いて紅茶を飲もうとした。

 カップを持つと、もう冷めていた。

 

 ……。

 

 仕方なく、ポットに残りを戻して弱火で温め直した。普段は絶対にやらないことだけど、今日だけは許してほしいと思った。

 完璧な夕方の紅茶タイムは、いつの間にか終わっていた。窓の外はすでに暗くなっている。オレンジも薄紫もなく、ただ藍色の空だ。

 

 今日の夕方の予定だった専門誌を読む、茶器カタログを見るといったことは果たされず、雑誌たちはそのまま机の脇に積まれている。何もできていない。

 まあ、忘却の花(フルール・ドゥブリ)が手に入ると思えば安いものか。

 

 その後は、紅茶情報集めにも身が入らずじまいだった。

 早めに支度をして寝ることにした。

 

 

 翌朝。いつもより少し遅い時間に目が覚めた。体を起こすのも少し億劫で、疲れが残っている目覚めだ。時間を確認するために、枕元に置いてあるスマートフォンを手に取れば、目に映る新着メッセージが、一件。

 

『明後日の放課後においでください。お待ちしています』

 

 取引相手……名前は未設定の相手からだった。

 私はスマホを胸の上に置いたまま、天井を見た。外はまだ薄暗い。カーテンの端から、白っぽい朝の光が入ってきている。

 明後日の放課後、行こう。

 そう思ってすぐ、もう一度夢の中に潜りかけそうになる。が、二度寝する気分にもなれなかった。

 

 緩慢な足取りで部屋をうろつく。紅茶を沸かしては、飲む。朝食をとって、準備をしたりしても、どこかシャキッとしなかった。

 バッグを開ける。教科書、ノート。弾薬のポーチを開けて、残弾を見た。問題ない数だったが、念のためポーチを1つ多めに入れた。

 

 日が幾分か上がってきた頃には、寝起きより気持ちはすっきりしていた。

 ……冷たい水を何度か顔面にぶつけたおかげだろうか。

 

 

 その日の講義は、随分と酷かった気がした。教師が、とかではなく、私自身なにか身が入らない状態だった。

 眠かった。非常に眠かった。ぼーっとするし……モヤモヤが収まらなかった。

 

 あの取引が、心のどこかで突っかかっているようなのだ。

 

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