「何してんのミカちゃん?!」 作:天ちゃん
トリニティ総合学園、ティーパーティー専用庭園。
そこは選ばれた者のみが足を踏み入れることを許される、静寂と気品に満ちた聖域──のはずだった。
「……よし。完璧」
私は、満開の桜の下で一人、満足げに頷いた。
今日のために用意したのは、最高級のシルクを思わせる手触りのレジャーシート。その上には、磨き抜かれた純銀のティーセットが春の柔らかな日差しを浴びてキラキラと輝いている。
何故テーブルではないのかという質問に対しては、こっちの方が「風情がある」と答えるほかない。それに、こういう場でしか崩した姿になれない人たちの集まりだから、せっかくならいつもと違う状態で楽しんでほしかったのだ。
微風が吹くたびに髪が揺れる。鏡で何度もチェックした。寝癖はない。制服の着こなしも完璧。今日の私は、どこからどう見てもトリニティの誇る淑女そのものだ。近頃は泥にまみれたり、夜更かしでゾンビになったりと、淑女とはかけ離れた姿をしていたのだ。やっと戻ってこれた。
……そう。今日はお花見。
ティーパーティーのリーダー三人からのお誘いをうけて、こうしてここにいる。一足早く来て、準備でもしてようと思ったわけだ。流石にお嬢様方に準備をさせるわけにいかないでしょ。
爆発も、不法侵入も、泥だらけのタケノコ掘りも、パジャマのボタンが弾け飛ぶような惨劇もない。ただ桜を愛で、紅茶の香りに身を委ねる、女子高生らしい、平穏で、優雅で、キラキラした休日を今日こそは実現させる。
それを、セイアさんとナギちゃんにも体験してもらうっ!
これこそが、私が今日ここにいる理由なのだ!!
「……ふふっ。準備万端。あとはナギちゃんたちが来るのを待つだけ……」
ポットの中で踊る茶葉を見つめながら、私は自分に言い聞かせるように呟いた。
ベルガモットの香りが鼻腔をくすぐり、肺の奥まで浄化されていく感覚。この静寂こそが、今日に必要な──
「おっはよー☆ エルちゃ──ーん!!」
その声が聞こえた瞬間、私の全身は反射的に強張った。
視線の先、庭園の優美な門を、まるで障害物競争のハードルのように飛び越えてくる桃色の影。
綺麗な両足着地……じゃなくて!
「ちょっと! 正門から入りなよ! この爆走機関車ぁ!!」
私の絶叫が、満開の桜を震わせた。
同時に、その後ろから苦笑いを浮かべたセイアさんと、どこか諦めたような表情のナギちゃんが姿を見せる。
「おはようございます、エルさん。……相変わらず、ですね」
「エル、落ち着きたまえ。彼女に正門という概念を期待するのは、タケノコに空を飛べと言うようなものだよ」
「二人とも、助けてくれないならせめて煽らないでくれるかなぁ!?」
セイアさんに関しては、タケノコの話題はワザとでしかないでしょうに!
私の魂の叫びを、春の風が無情にさらっていく。
こうして、私の完璧な休日作戦は、開始一分でカオスの予感に包み込まれたのだった。
◆ ◆ ◆
嵐のような登場を遂げたミカちゃんを、ナギちゃんとセイアさんが手慣れた様子でいなし、ようやく四人がレジャーシートに腰を下ろした。
桜吹雪が舞い散る中、広げられた光景は、端から見れば絵画のように美しい最高級のお茶会。
この三人がほんとのお嬢様すぎて、眩しい。ここだけ絵画みたいな神聖さがある。……ミカちゃんに関しては、見た目だけはいっちょ前なお嬢様だからな……。
「さあ、始めましょうか。今日のために、手作りした特別なロールケーキを用意させました」
ナギちゃんが、自信に満ちた手つきで箱を開ける。
現れたのは、雪のように白いクリームを黄金色の生地が優しく包み込んだ、完璧な円を描くロールケーキ。断面の美しさは、定規で測ったかのように正確。几帳面が出ているという以上に、狂いのない円。ここまで来ると食べるのがもったいなく感じるほどだった。
「……またロールケーキ? ナギちゃん、それ以外のレパートリーないの?」
「ミカさん? これは以前のものとは卵の配合からして違うのです。……あとでゆっくり、その舌に叩き込んで差し上げますわ」
「あはは、ナギちゃんのロールケーキ愛は不変だね☆」
ミカちゃんがけらけらと笑いながら、自分のカバンをごそごそと探り始めた。
セイアさんはといえば、賢者のような佇まいで、小ぶりな重箱を差し出す。
「私はこれを持ってきた。和の趣……桜の塩漬けを使った干菓子だ。春の儚さを噛みしめるには丁度いいだろう?」
「流石セイアさん、チョイスにセンスを感じるね。……あ、私はこれ。朝焼いたばかりのスコーン。クロテッドクリームも自家製だから、もちろん紅茶に合うはず」
私が差し出したスコーンに、ナギちゃんが「あら、香ばしくて良い香りですわ」と目を細める。気に入ってもらえればいいけど。
そして、そう。これだ。この、互いの嗜好を尊重し合い、穏やかに語らう時間。これこそが女子高生らしい休日なはず……!
「ねぇねぇ! 私も持ってきたよ! じゃじゃーん☆」
幸福感に浸っていた私の視界に、ミカちゃんが勢いよく突き出してきたのは、可愛らしいピンクリボンでラッピングされた4つの小袋だった。
「ミカちゃん……それ、何かな? 嫌な予感しかしないんだけど」
「えー、失礼だなぁエルちゃん! 私特製の友情を深める運命のロシアンクッキーだよ☆」
ミカちゃんが満面の笑みで提示したその言葉に、その場の空気がわずかに凍りついた。
ナギちゃんの動きが止まり、セイアさんの耳がピクリと動く。
「……ミカ。その『友情を深める』という言葉の後に、不穏な影が見えるのは私の気のせいかな?」
「セイアちゃん、考えすぎだよー! 4つの袋のうち、1つだけが『超美味しいアタリ』で、残りの3つは……ちょっとだけ、パンチの効いた味にしてあるだけ!」
ミカちゃんの瞳が、悪戯っぽくキラキラと輝く。
私、知ってる。この爆走機関車がちょっとだけと言う時、それは大抵、物理法則か味覚の限界を突破しているということを。騙されてはいけない。
「さあさあ! 誰から選ぶ? せっかくのお花見なんだから、盛り上がらなきゃ損だよ!」
「選ばない。その危険物は後回しね」
「……大トリってこと?!」
「もうそれでいいから! 少しくらいのんびりさせろ!!」
ミカちゃんの持ってきた不穏な袋は、一旦テーブルの隅へ
まずは、やらなければいけない儀式がある。これをなくして、お茶会とは呼べない。
「……こほん。じゃあ、紅茶の方を淹れさせてもらおうかな」
私は背筋を伸ばし、ティーポットからカップへ最高級のアールグレイを注ぎ込む。
本日の花見には、勿論のこと『
一滴の無駄もなく、白磁のカップへと液体が満たされていく。立ち上るベルガモットと微かなラベンダーの華やかな香りが、桜の甘い匂いと混じり合い、庭園はまるで楽園のようになった。
トングでそっと、ナギちゃんのロールケーキ、セイアさんの干菓子、自家製スコーンを皆の皿に添える。クロテッドクリームの白と、苺ジャムの赤が、春の日差しに映えて実に美しい。
「……完璧。どう? 私の魂を込めた渾身の──」
「あーっ! 見て見て! 私のカップに桜の花びらが入っちゃった☆」
私が陶酔に浸りかけた瞬間、ミカちゃんが身を乗り出して叫んだ。
見れば、繊細な陶磁器のカップの中で、一枚の花びらが優雅に浮いている。
「あら、風流ですね。水色が映えてより綺麗に──」
「隠し味だね! よーし、いただきまーす!」
ナギサちゃんが微笑んだ直後だった。
ミカちゃんは、お嬢様が紅茶を嗜む際のスィー……という音ではなく、ゴクンッ!! という、掃除機もびっくりな速度で飲み込んだ。
「ぷはぁー! 美味しい! 桜の味がする気がする!」
「ちょっとぉぉぉ!? 味わいなさい?! 秒で飲み干すんじゃなよ、私の紅茶が!!」
「えー? だって喉乾いてたんだもん! あ、お代わりちょーだい?」
私の完璧な作品は、ミカちゃんの圧倒的勢いの前に、一瞬で塵となって消え去った。……言葉にできない喪失感です。
隣では、セイアさんが目を細め、舞い散る桜の一片を指先で受け止めていた。
「……エル、落ち着きたまえ。こうなることは容易に想像できただろう?」
「…………」
「そうだよ? 折角のお花見なんだから楽しまなきゃ損だって!」
一秒。
セイアさんの深遠な哲学は、ミカちゃんの女子高生全開な一言によって、この上なくシンプルに要約された。
セイアさんは口を開きかけたまま固まり、やがて力なく肩を落とした。
「……あぁ。……そうだね。君の言う通りだよ、ミカ。だけど、君の言うことじゃない」
「あ! セイアちゃんの和菓子も美味しい! ナギちゃんのロールケーキも、なんか今日いつもよりフワフワしてない?」
「……当然です。メレンゲの泡立て時間をコンマ数秒単位で調整しましたからね」
「エルちゃんのスコーンも最高! 料理上手だねー、エルちゃんは!」
ミカちゃんが私の焼いたスコーンを、大きな口を開けて頬張る。
……いずれは、なくなる。気にするな……気にするな……。もったいぶってる方がよくない。こういうときくらいパーッとやってしまおう!
ナギちゃんとセイレーンに行った時とはまた違ったお茶会。
ナギサちゃんが嬉しそうに紅茶を注ぎ足し、セイアさんが諦めたように干菓子を口に運ぶ。
お互いのお菓子を褒め合い、髪の手入れや新作のオイルの話、次のテストの絶望感について、笑いながら語らう時間。
柔らかい日差しが四人を包んでいた。
「溶けていくんじゃ~」
「だねぇ~」
「ですね~」
「こういうのも、悪くないね」
各々が体勢を崩し、楽な姿勢で桜を見つめていた。風が吹くごとに桜が揺れ、花弁が舞い散る。
「……ふふっ。お腹も膨れてきたし、そろそろ『本番』に行こうか☆」
穏やかな時間はいつまでも続かないのが世の摂理。だとしても、私はそれをいつまでも許せない。許してはいけないと思っている。
ミカちゃんが、さっき隔離したはずの4つの袋を再び手元に引き寄せた。
その瞳に宿る、
私の背筋に、再び冷たい汗が伝った。
……そうだった。
この桃色の爆弾が、何もせずにこのまま「穏やか」に終わらせてくれるはずがなかったのだ。
差し出された4つの袋。桜の木の下、優雅なティータイムは、一瞬にして生存を賭けたギャンブルへと変貌を遂げた。
私は隣に置いたショットガンの感触を確かめる。……撃っていいかな。今ここで、この桃色の爆弾を制圧してもいいかな。
「じゃあ、誰からいく? ──ナギちゃんとかどう? ナギちゃんなら一発で当たりを引けるでしょ? 余裕だよね?」
「……わかりました。そこまで言うのなら、お受けしましょう。ティーパーティーのホストとして、逃げるわけにはいきませんから」
ナギサちゃんは、ティーカップをそっとソーサーに戻すと、戦場に赴く騎士のような決然とした面持ちで手を伸ばした。
選ばれたのは、一番右端にある、ピンクのリボンが丁寧に結ばれた袋。見た目だけなら高級菓子の詰め合わせにしか見えない。
そう、見た目だけならである。そのお菓子たちはなんらミカちゃんと変わりない。
「ミカさん。あなたが何を仕込もうと、私の誇りまでは汚せません!」
「ナギちゃん、かっこいい! ささ、召し上がれ!」
ミカちゃんが、ワクワクを隠しきれない様子で身を乗り出す。
ナギサちゃんは指先でクッキーを袋からつまみ上げると、一切の淀みない動作で、その小さな塊を口へと運んだ。サクッ、と。小気味よい音が、静かな庭園に響く。
一秒。二秒。
ナギサちゃんの咀嚼が、ぴたりと止まった。
「……ナギサ?」
セイアさんが、怪訝そうに顔を覗き込む。
ナギサちゃんの白い頬が、まるで茹で上がった海老のように、みるみるうちに鮮やかな朱色に染まっていく。異常な赤さ。額からは大粒の汗が噴き出し、その綺麗な羽が、バサバサと激しく戦慄いた。
「…………~~~~~ッ!!??!??」
声にならない叫び。ナギサちゃんは喉を掻きむしるようにして、手近にあったカップをひっ掴んだ。……これは。
「ゴボォッ!? げほっ、ごほっ!! ……み、水っ……! 氷を! 誰か氷を持ってきなさい!!」
あの、常に冷静沈着を地で行くティーパーティーのホストが、椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。その瞳には涙が溜まり、喉の奥が焼けるような熱さに、もがき苦しんでいる。
「ミ、ミカさ──ミカ……ッ! あなた、これに何を……! 舌が、私の舌が!!」
「えー? ちょっとだけ、デスソースとハバネロを生地に練り込んで、中心に唐辛子の種を詰めただけだよ?」
「殺意しかないじゃないですかぁぁぁ!!」
ナギサちゃんは、先ほど自分が自慢していたロールケーキを、まるで消火剤のように口の中へ押し込み始めた。優雅なカットなど知ったことか。それはもはや、生存のための捕食だった。
「……ナギサ、君の犠牲は忘れないよ。……だが、これで一つ分かった。これはお遊びではない。生きるか死ぬかの生存競争だ」
セイアさんの声が、一段と低くなる。
私は、ナギサちゃんのあまりの変わり果てた姿に、背筋を凍らせた。
……まじで? あのナギちゃんが、ロールケーキを丸呑みしてるんだけど。デスソースにハバネロ? 外したら死ぬ……。この三分の1を? え、まじで死にたくないんだけど。ほんとに無理。辛いの無理。
「さ、次は誰かなー? セイアちゃんかな? それともエルちゃん?」
ミカちゃんが、無邪気な死神のような笑顔で、残された三つの袋を差し出してきた。
セイアさんが、冷や汗を流しながらも努めて冷静に分析をするような視線だった。その耳が、警戒心でピンと垂直に立っている。
「セイアさん、見てる場合じゃないよ?! これ、どれかがアタリで、残りが地獄なんだよ……!」
「ふふ、エル。案ずるな。これにはどう対処のしようもない。こういう時こそ、『勘』だよ」
「あきらめてるだけじゃんかそれ」
目を伏せていたセイアさんは震える手で左の袋を手に取った。ならば……私は右だ。中央の一つが残り、私たちは視線を交わし、同時にクッキーを口に放り込んだ。
「…………っ!?」
まず、セイアさんに異変が起きた。
その瞳から、すうっ、とハイライトが消えた。咀嚼する顎がガチガチと音を立てて震え、支えられなくなった上半身がシートに沈む。
「……苦い。……いや、これは苦いという概念を通り越している……」
「あはは! それね、センブリと高麗人参のエキスを十倍濃縮して、さらに苦瓜の粉末でコーティングした『健康増進クッキー』だよ☆」
「……健康に……なる前に、私の精神が……解脱してしまいそうだ……」
「そもそも、エキスの濃縮はどうやったのですか……」
ナギちゃんの突っ込みを聞いたのち、セイアさんが白目を剥いた。だが、彼女を介抱する余裕なんて私にはなかった。
私の口内では今、宇宙爆誕以来の「ビッグバン」が起きていた。
「~~~~~~ッッ!!??!??」
酸っぱい。
なんて言葉じゃ到底足りない。口に入れた瞬間、頬の裏側の筋肉が強引に収縮し、顔面中のパーツが中心に集まっていくような感覚。唾液腺が悲鳴を上げ、奥歯がキシキシと軋む。舌の痺れが止まらないほどの酸味。
「……ミカ、ちゃん……っ! これ……っ!」
「あ、エルちゃんのはね、クエン酸の結晶を核にして、周りを特濃レモン果汁で固めてみたんだ! 疲れが取れるでしょ☆」
「取れるかぁぁぁ!! というかさっきから結晶とか濃縮とか、その技術はどうしたんだよ?!?!」
私は反射的にショットガンを掴み、安全装置を解除しかけた。
酸っぱすぎて涙が止まらない。視界が滲む。せっかく手入れした髪が、脂汗で額に張り付いていく。
「あーあ、みんなそんなに喜んでくれるなんて。一生懸命作った甲斐があったよ☆」
ミカちゃんは、阿鼻叫喚の図となったレジャーシートの上で、一人だけ春の陽気のような笑顔を振りまいている。
ナギちゃんはロールケーキを喉に詰まらせて咽せ返り、セイアさんは虚空を見つめて静止し、私は酸味の余波で顔を歪ませたまま固まっている。
だが、ふと気づいた。
袋は4つ。私たちは3人。
──残っているのは、ミカちゃんの手元にある、最後の一袋だけだ。
「じゃあ、私は当たりを食べちゃおっと☆」
「なんで一人だけいい思いを……」
私の低い、地を這うような声に、ナギサちゃんとセイアさんの射殺さんばかりの視線が重なる。
三者三様の地獄──激辛、激苦、激酸──を味わわされた私たちが、一縷の望みを懸けて見つめるのは、ミカちゃんの手元に残った最後の一袋。
「まあまあ、今度美味しいやつ作ってあげるからさ! 今日は私の勝ちってことで!」
ミカちゃんは笑顔で袋を開け、中から可愛らしい星型のクッキーを取り出した。そして、私たちが凝視する中、観念したようにそれを口に放り込んだ。
数秒の沈黙。
ミカちゃんの顔が、土色を通り越して、見たこともないような「無」の色に染まった。
「…………まずい」
「……え?」
「なにこれ、まずい! 味がしないっていうか、砂? 消しゴム? ……あ、思い出した。 これ、隠し味にこの前のタケノコの皮を乾燥させて粉末にしたやつ、袋いっぱいに入れたんだった」
「──いつの間に持って帰ってたの?」
ミカちゃんは、情けない声を上げながらその場に突っ伏した。
どうやら彼女は「アタリ」を作ったつもりで、その実、食べ物ですらない「謎の物体」を錬成してしまっていたらしい。
「あ、あはは……。おかしいなぁ、計算だとこれが一番美味しいはずなんだけど…………残していい?」
「……計算? ミカ、君の計算が正しかった例しがあったかな?」
「セイアさんの言う通りですわ。さあ、ミカさん。責任を取って、それを召し上がれ。……アタリ、なのでしょう?」
ナギサちゃんが、涙目のまま、逃げ場を塞ぐようにミカちゃんの背後に回る。
ミカちゃんは暴れまわり、まだ動けそうにないセイアさんが鬱陶しそうにしていた。
……あぁ、もう。まじでなんなの、このお花見。
私は深く、今日一番の溜息を吐き出した。溜息だけで雲ができそう、そのまま酸性雨でも振りそうだよ。……口が痛い。
「……とりあえず、みんな飲み物を飲もうよ……。リセットしないと」
私は半ばヤケクソでバッグを漁り、予備として持ってきていた魔法瓶──中身はまだ熱い、最高級のアールグレイ──を力技で全員のカップに注いで回った。
それと、スコーン用に持ってきていたジャムをスプーンに取り、皆の口に突っ込む。
「むぐ」
「ん」
「ばくっ」
「ほら、それで飲みなさい! ロシアンティー! その地獄みたいな味覚を上書きして!」
四人で一斉に、熱い紅茶を啜る。
喉を通るベルガモットの香りと苺の風味が、ハバネロとセンブリとクエン酸とタケノコの皮に汚染された口内を、少しずつ、強引に浄化していく。
「……ぷはぁ。……生き返りましたわ」
「……地獄から、現世に戻ってきた気分だよ」
「あはは! やっぱりエルちゃんの淹れるお茶が一番だね☆」
「それにしてもロシアンティーなんて久しぶりでしたね」
「ああ。ロシアンティーにこれほど感謝した日は、私も初めてだ」
「それならよかった」
私が呆れ顔で言うと、ナギサちゃんも、セイアさんも、ふっと表情を緩めた。
舞い散る桜の花びらが、台無しになったはずのティーセットの上に静かに降り積もる。
「次、ミカさんがクッキーを作るときは私が監修します。……これ以上兵器を作らせてはいけないので」
「賛成だ。私の命がいくつあっても足りないからね」
「えー! 厳しいなぁ! 次はもっと美味しく作れるよ……たぶん!」
「私も監視するから。覚悟してね?」
「そんなぁ……」
春の陽気の中、四人の笑い声が庭園に響き渡る。
私の完璧な休日は、結局いつも通りの騒がしい日常に上書きされてしまったけれど。
……まぁ、いいでしょ。
私たちの間を、春の風が優雅に──そして少しだけ騒がしく、吹き抜けていった。