競馬ミリしらウマ娘ファンがウマ娘化されていないモブ(?)ウマ娘に転生したので、頑張って百合ハーレムを作ろうとする話 作:雅媛
バレンタインデー。
それは、日頃の感謝や好意を込めてチョコを贈る、乙女たちが最も熱くなる日である。
前世の記憶を持つボクとしては、学生時代のバレンタインといえば、下駄箱や机の中を無駄に探ったり、女子がそわそわしているのを横目で見ては一喜一憂したりする、甘酸っぱくもほろ苦いイベントという認識だった。
だからこそ、百合ハーレムを目指すボクも一応、チームのメンバーや友人たちに配るためのチョコを準備していた。もちろん、デパ地下で評判の「ちょっと良いやつ」を市販で揃えた、あくまで「義理」というか「友チョコ」のつもりだったのだが……。
事態は、目覚めた瞬間に詰んでいた。
「おはようございます、プイちゃん。はい、チョコです。……『本命』ですよ?」
「おはよう、プイちゃん。私からも、はい。……当然、『本命』チョコよ」
「…………朝から、重い」
ボクが瞼を開けると、そこには至近距離でボクを見下ろすスティルちゃんとアルヴさんの姿があった。
差し出されたのは、可愛らしくラッピングされているが、明らかに「市販の箱」の数倍はあろうかという巨大な箱だった。スティルちゃんの方は高級な宝石箱のような三段重、アルヴさんの方は有名ショコラティエに特注したであろう巨大なハート型のボックスだ。
ずっしりと腕に響くその重さは、彼女たちの執念……もとい、込められた愛情の質量そのものだった。朝イチの寝起きに浴びるには、あまりにもカロリーが高すぎる。
「あの、ボクからはこれ、普通の市販のやつなんだけど……」
「構いませんよ。チョコはチョコとして、後で『別のもの』をたっぷりいただきますから」
「そうね。プイちゃん自身も、チョコと一緒に美味しくいただきましょうか。ねえ?」
「貞操の危機!!」
二人の瞳が、獲物を狙う肉食獣のそれに変わったのを見て、ボクはパジャマのままベッドから転がり落ち、文字通り部屋を飛び出した。
「ああっ、逃げないでプイちゃん!」という声が背後から聞こえたが、振り返る余裕などない。
百合ハーレムはボクの夢だが、朝イチから物理的かつ性的な意味で食べられそうになるのは想定外だ。安寧の場所を求め、ボクは全速力で廊下を駆け抜け、命からがら姉さんの部屋へと逃げ込んだ。
「はぁっ、はぁっ……開けて、姉さん!」
バンッとドアを開けて転がり込むと、そこには朝練の準備をしていた姉さんと、同室のカメちゃんの姿があった。
「おっ、プイ、朝から元気だな。どうした、そんなパジャマ姿で」
「お姉ちゃん、助けて……悪いウマ娘に食べられる……」
「ははぁ、なるほど。モテるトレーナーは辛いな。ほら、まずはこれ。姉ちゃんからのチョコだ!」
「私からも。……はい、プイ」
「……助かった。ひとまず、チョコ交換しよう」
ボクは息を整えながら、持ってきた友チョコを二人に渡し、お返しを受け取る。
姉さんからは手作りのスコーン風チョコ。少し形は不揃いだが、姉さんらしい温かみがあって美味しそうだ。カメちゃんからは、栄養バランスが完璧に計算されたプロテインバー風味のナッツチョコ。アスリートとしてストイックな彼女らしいが、リボンが不器用に結ばれているのが可愛い。
この二人といる時が、一番精神的に安定する気がする。これが本来の、正しい「友チョコ」のやり取りというものだ。
「……にしても、モテモテだな、プイ。さっきから廊下まで、お前の部屋の方向から凄まじい殺気と覇気が漏れてたぞ」
カメちゃんが、ボクが抱え込んできた巨大な二つの箱を見て苦笑する。
「もう、お姉ちゃん心配だよ。プイは無駄に可愛いから、悪いウマ娘に騙されて食べられちゃわないか……」
「食べようとしてるのはボクの担当ウマ娘たちなんだけどね。……お願い、ひとまず授業ギリギリまでは、ここに隠れさせて……」
ボクは姉さんの腰に抱き着いて懇願した。二人のぬくもりに甘えつつ、ボクはどうにか午前中の「捕食タイム」を回避することに成功した。
しかし、試練は終わっていなかった。
放課後。学園の敷地内を、スネークのように周囲を警戒しながら練習コースへ向かうと、そこで自主練をしていたクロフネさんに背後から捕まった。
「あ、プイちゃん見ーっけ。ふふっ、捕まえた♡」
「ひゃっ!?」
背中から、あの圧倒的なムチムチの暴力が押し付けられる。振り返ると、とろけるような笑みを浮かべたクロフネさんがいた。
「はい、これお姉さんからの『本命』。プイちゃんのために、特別に甘く作ってあげたから、しっかり味わってね?」
「…………なんでだよぉ」
渡されたのは、またしても「本命」と書かれた、気合の入りすぎた特大チョコの詰め合わせだった。
量も気持ちも重すぎる。というか、クロフネさんはもうすぐ卒業する年齢で、ボクはまだ中等部の十一歳だ。前世の基準なら立派な犯罪である。年齢差を考えれば、これはもう健全な百合を通り越して事案ではないだろうか。
だが、本人は至って楽しそうにボクの頭を撫で、「じゃ、後で感想聞かせてね」とウインクを残して去っていった。芦毛のムチムチお姉さんの愛情、破壊力が強すぎる。心臓が持たない。
これ以上外にいるのは危険だと判断し、這う這うの体で逃げ出したボクは、最終防衛ラインであるトレーナー室へ駆け込んだ。
そこには、奈瀬さんがいつものようにコーヒーを飲みながら書類を整理していた。
「……来たか。お前宛にチョコが山積みに届いているぞ、プイ」
「あはは……もう見たくないです……」
奈瀬さんが指差した先にあるボクのデスクには、ファンや後輩のウマ娘たちからのチョコがタワーのように積まれていた。最年少の天才トレーナーという肩書きと、そこそこ整ったルックスのせいで、学園内でも変にファンが多いのだ。
「そう言うな。……ほら、私からもだ。受け取れ」
奈瀬さんから手渡されたのは、シックな紺色のベルベット生地の小箱だった。
これまでの巨大な箱に比べれば量は控えめで上品だが、添えられたカードにはしっかりと『本命』の二文字が美しい万年筆の字で記されていた。
「……奈瀬さん。これ、気持ちが重いんですけど」
「指導教官としての、深い慈しみだと思え」
「奈瀬さんって、三十ぴー歳ですよね? ボクの半分の年齢にも満たない子に本命って、やばくないですか?」
「…………黙って食え。見た目だけなら、お前の好みドンピシャなのは知っているんだぞ」
図星である。クールなスーツ姿で、ショートヘアの似合う奈瀬さんは、ボクのストライクゾーンのど真ん中なのだ。
年齢差とか指導者としての倫理観とかが仕事をしそうになるが、彼女から漂うコーヒーと大人の女性の甘い香りの混ざった匂いに、ボクはついフラフラと毒気を抜かれてしまう。本当に、この世界はボクをどうしたいのだろうか。
結局、丸一日「本命」という名の重圧と甘いフェロモンに晒され続け、精神的にクタクタになったボクは、その夜、自室への帰還を断念した。
スマホを開けば、スティルちゃんとアルヴさんから「どこですか?」「お部屋で待ってますよ」「逃がしませんからね」というホラー映画のようなメッセージが数十件も届いている。今帰ったら、間違いなく『チョコの続き』として美味しくいただかれてしまう。
「姉さん、ごめん……今日はここに泊まらせて……」
「いいよいいよ、プイは姉ちゃんが守ってあげるからね! よし、ちょっと私がプイの部屋に行って、あの二人を落ち着かせてきてやる!」
姉さんは腕まくりをして、ボクの代わりに、ボクの部屋にいる二人の猛獣を説得しに行ってくれることになった。いざという時の姉さんは本当に頼りになる。
嵐のような一日の終わりに、ボクはカメちゃんと二人きりで姉さんの部屋に残された。
「……大変だったね、プイ」
カメちゃんが、温かいココアを淹れてボクに手渡してくれた。
「うん、ありがとう……。百合ハーレムって、もっとこう、キャッキャウフフな軽いものだと思ってたんだけど……現実は、引力というか重力との戦いだったよ。みんな、愛が重すぎるんだ」
ボクがベッドに倒れ込んで深くため息をつくと、隣に座ったカメちゃんが、静かにボクの横顔を見つめていた。
普段は言葉少なで、レースのことばかり考えている生真面目な彼女の瞳が、今はひどく柔らかく、熱を帯びているように見えた。
「……私も、プイのこと。好きなんだけどな」
ぽつりと、夜の静寂に溶けるような小さな声。
「うん、ボクもカメちゃんのこと好きだよ。一緒に温泉掘った仲だし、最高の友達だよね」
ボクがいつもの「友人としての好き」で返すと、カメちゃんは少しだけ寂しそうに目を伏せた。だが、すぐに愛おしそうに笑って、ボクの頭を優しく撫でた。
「……そうだね。今は、それでいいよ。おやすみ、プイ」
窓の外では、冬の澄んだ夜空に月が静かに輝いている。
同世代の覇王の、静かで、けれど誰よりも深く確かな想いに気づくことなく。
こうして、甘くて重くて、少しだけ切ないボクのバレンタインデーは、更けていくのだった。
追加ヒロイン
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ラインクラフト
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シーザリオ
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デアリングハート
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エアメサイア
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クロフネ
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奈瀬トレーナー
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キングカメハメハ
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カネヒキリ