競馬ミリしらウマ娘ファンがウマ娘化されていないモブ(?)ウマ娘に転生したので、頑張って百合ハーレムを作ろうとする話   作:雅媛

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17 モブ(?)ウマ娘、本命チョコをもらう

 そして、巡り巡って今年もバレンタインデーがやってきた。

 

 去年の今日は、朝から晩まで愛の重力と質量に押し潰され、まさに命からがら逃げ回るような一日だった。

 だが、今年は状況が少し違う。

 ボクが以前のように「百合ハーレムを作る!」などと公言しなくなったため、学園内の周囲の反応もかなり落ち着いていたのだ。

 ボクの両脇には、常にスティルちゃんとアルヴさんという、文字通り『超重力』を放つG1ウマ娘が控えている。すっかり学園の有名人となった彼女たちの「この子に手を出したらどうなるか分かってるわよね」と言わんばかりの威圧感を見れば、他の生徒たちは「ああ……(察し)」という顔をして、スッと道を空けてくれる。

 無駄なチョコをもらうこともなくなり、ボクはついに平穏なバレンタインを手に入れた。そう思っていた。

 

 思っていたのだが……。

 

「……奈瀬さん。これは、どういうことでしょうか?」

 

 放課後のトレーナー室。

 ボクの目の前のデスクには、有名ブランドのロゴが入った、漆黒のシックな小箱が置かれていた。そこに添えられたカードには、達筆な文字で『本命』と書かれている。

 

「何がだ? 私からのささやかな気持ちだが?」

 

 奈瀬さんは、いつものようにコーヒーカップを片手に、涼しい顔で言い放った。

 

「『気持ちだが?』じゃないですよ! ボク、来年デビュー予定ですけど、奈瀬さん以外のチームに行くことなんて万に一つも考えてませんよ!? わざわざ本命チョコで囲い込まなくても……」

「別に移籍を心配しているわけじゃない。単純に、一人の人間としての私の気持ちだが?」

 

 奈瀬さんが、ドスッ、と重い一言を落とした。

 ボクの背後に立っていたスティルちゃんとアルヴさんも、その言葉を聞いて「えっ」と少し引いているじゃないか。いや、君らも同じくらい重いぞ。自分のことを少し省みてほしい。

 

 まあ奈瀬さんも奈瀬さんだ。ボクの知る奈瀬文乃という人物は、基本的に去るもの追わず、来るもの拒まず。常にデータと理論を重んじる、クールで少しドライな大人の女性のはずだ。

 なのに、なんでボクに対してだけ、こうも感情の矢印が太くて重いんだ。

 

「そりゃあ、君が私の『運命の相手』だからだね」

「……もしかして、ボクのことからかってます?」

「本気だけど?」

 

 奈瀬さんはカップをコトリと置き、じっとボクの目を見つめてきた。その切れ長の瞳には、微塵の冗談の色も混じっていない。

 

 しかし、冷静に考えてみてほしい。

 奈瀬さんから見れば、ボクなんてまだ中等部に通う、年齢半分の子供なのだ。いくらボクの中身が前世の記憶を持つオッサンだとはいえ、大人の女性がこんな幼い少女に、本当に恋愛感情を持つのだろうか。

 

「……もしかして、私みたいなおばさんは嫌かな?」

 

 奈瀬さんが、ふと自嘲するように口元を歪めた。

 

「いや! そんなことは全くないです!!」

 

 ボクは前のめりになって全力で否定した。

 

「見た目はボーイッシュで若々しいですし、何より超絶美人で頼りがいがあります! トレーナー人気投票でも殿堂入りしてるくらいの大人の魅力の塊じゃないですか!」

 

 実際、クールなスーツを着こなす彼女はボクの好みのドストライクなのだ。

 嫌なわけがない。正直なところ、ただのモブウマ娘であるボクの方が、彼女の隣に立つには不釣り合いな気がして尻込みしているだけである。

 

「そうか。お前の好みドンピシャなら、何の問題もないな」

 

 奈瀬さんは満足そうにフッと微笑むと、立ち上がってボクたちの前に歩み寄ってきた。

 

「実を言うとね。君たちが若さに任せて、間違いや暴走を起こさないか、担当として少し心配になってきたんだ」

「暴走って……」

「プイはともかく、後ろの二人は少し目を離すとすぐに発情期のような顔をするからな。だから、これからは私自身も、お前たちのプライベートにもう少し『踏み込む』ことにした」

「むぅ……っ」

「…………」

 

 奈瀬さんの言葉に、スティルちゃんとアルヴさんが気まずそうにスッと目線を逸らした。

 おい、二人ともどんな顔してるんだ。ちょっとは言い訳しろ。図星を突かれて頬を赤らめて沈黙するんじゃない。ボクの貞操の危機じゃないか。

 そもそも健全なウマ娘のコンテンツで、そんな倫理規定に引っかかるような真似は(ギリギリ)していないはずだ。

 

 だがそんな迷いも、奈瀬さんの次の発言ですべて吹っ飛んだ。

 

「手続きはすでに済ませてある。今週末、私の用意した家に引っ越してもらうぞ」

「…………はい?」

 

 

 

 数日後。

 ボクたちは、トレセン学園の敷地外にある、閑静な高級住宅街の一角に立っていた。

 目の前にあるのは、高い塀に囲まれた、どう見ても『豪邸』としか言いようのない立派な一軒家だった。

 

「……あの、奈瀬さん。これは?」

「私の家だ。セキュリティも万全、防音室付きのトレーニングルームに、広大な庭もある。今日からお前たち三人は、ここで私と暮らす」

「そんなこと、許されるんですか!?」

「私のコネクションを使えば、これくらいの融通は利く。お前の実家にも話は通してある」

 

 まあ、日本一と言っても過言ではない人気トレーナーだ。これくらいの横車を押すのは可能なのだろう。

 職権濫用、そして資本主義の暴力である。

 かくして、ボクたち三人は奈瀬さんの豪邸で同棲生活をスタートさせることになってしまった。将来を見据えた同棲。いや、これは完全に囲い込みである。ヤバい、もう一生この鳥籠から逃げられる気がしない。

 

 そして、この豪邸での生活が始まってから、ボクの貞操の危機はさらに一段階上のステージへと突入した。

 

「プイ。今日のコンディションはどうだ?」

「ひゃんっ!? な、奈瀬さん、どこ触って……!」

 

 広いリビングでくつろいでいると、息をするように奈瀬さんのコンディションチェックが始まる。

 ちなみにボクだけではなく、ほかの二人に対しても当然行われる。トレーナーによるプロのマッサージに抗えるはずもなく、二人は顔を真っ赤にして大人しく撫でられている。ウマ娘はトレーナーに勝てないことを、骨の髄まで分からせられた。

 

 さらに恐ろしいのは、夜だった。

 豪邸にはそれぞれの個室が用意されているにもかかわらず、夜になると当然のようにスティルちゃんとアルヴさんが、ボクの部屋(一番広い主寝室があてがわれた)のキングサイズベッドに潜り込んでくる。そこまでは寮時代と同じなのだが――。

 

「少し詰めてもらえるかな」

「な、奈瀬さん!?」

 

 カチャリとドアを開けて、シルクのネグリジェ姿の奈瀬さんが、当たり前のようにボクの隣に潜り込んできたのだ。

 

「担当として、お前たちの睡眠の質を管理するのも仕事の一部だからな」

「だからって、なんでボクに密着するんですか!?」

「私がこうして間に入らないと、この二人がお前を朝まで寝かさないだろう?」

「うっ……」

「それは……」

 

 図星を突かれたのか、ボクの腕に抱きついていた二人が、気まずそうに黙り込んでしまった。

 おい、二人とも本当にボクを朝まで寝かさないつもりだったのか。心当たりがありすぎるのか、大人しくシュンとして反論すらできていない。

 

 その隙に、奈瀬さんはボクの背中にピッタリとくっついて、その腕をボクの腰に回してきた。

 背中から伝わる、柔らかくて豊かな大人の感触。そして、コーヒーと高級な香水、それにウマ娘特有のフェロモンが混ざり合った、頭が真っ白になるほど甘くて良い匂い。

 

「おやすみ、プイ。いい夢を」

「ふぇぇ……」

 

 右に少し気まずそうなスティルちゃん、左に同じくバツが悪そうなアルヴさん、そして背後に余裕たっぷりの奈瀬トレーナー。

 超絶美人のG1ウマ娘たちと、大人の魅力溢れるクールビューティーなトレーナーに四方八方を完全にロックされ、逃げ場はどこにもない。

 大人のフェロモンに理性がおかしくなりそうになりながら、ボクは毎晩、鼻血を出さないように必死で羊を数える羽目になった。

 

 百合ハーレムを夢見ていた自称モブのボクは、こうして絶対包囲網という名の甘い地獄の底へと、どこまでも沈んでいくのであった。




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