名探偵プリキュア! ~白銀の太陽は昇る~   作:nest1965

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画像生成AIで遊んでたら投稿が遅れちまったよ。

挙句の果てに一万字くらいで書けるやろ? と思ってたらまさかの一万八千字になってもうた。
何してんねん!

そんなこんなで今回もアニメ5話に行く前のオリジナル回となっております。

それではどうぞ。



第7話

 

 

 

 

 

 時刻は四時半。

 

 まことみらい市が暗闇に包まれ、多くの人々が寝静まる中、キュアット探偵事務所の探偵ソラリスは静かに瞼を開ける。

 

 ロンドンとの時差ボケにより初めの二、三日は目覚まし時計を使わなければ起床することが出来なかったが、現在は慣れて自然と目覚められるようになっている。

 

 彼はベッドから起き上がり、パジャマを脱いで乱れた布団と共に綺麗に整え、クローゼットから服を取り出し着替えていく。

 

 着替え終えると備え付けられていた机の上に置かれている、形が歪な丸い金型に何の変哲もない赤い石がはめ込まれた首飾りを付け、まだ夢の中にいる友人と後輩達を起こさないよう静かに部屋の扉を開け、事務所の外へと移動する。

 

 そして時刻が五時を過ぎた時、東の山の向こう側からゆっくりと太陽が顔を出し、世界を優しく照らし始めた。

 

 夜が明け、新しい一日が始まる。

 

 ソラリスは静かに両膝を折り、両手を胸の前に合わせる。

 

―――この美しい世界に生きる、全ての人達を明るく照らしてください。幸せと笑顔を運んでください。

 

 そして己が信仰する太陽の神に人々の幸せと笑顔を願うために、今日も祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 時刻は十時を過ぎた頃。

 

 ソラリスは現在、まことみらい駅の近辺を歩いていた。何てことはない、いつもの散歩である。

 

 ただ散歩とは言ってもみくるにまことみらい市を案内されて以降は出来るだけ様々な場所を歩くように心掛けていた。

 

 土地勘を養い、今後の仕事をスムーズに進められるようにするためでもあるが、それ以上に知らない土地、あまり赴かない場所の方がより多くの人と巡り合い、困っていたら自分の出来る範囲で助けられるからである。

 

 とは言え散歩の時間を長くするわけにはいかない。今後も純一のような突発的な依頼がやってくる可能性があるからだ。

 

 一応ソラリスがキュアット探偵事務所まことみらい市支部に派遣される前から様々な事件を解決している名探偵コンビ(あんなとみくる)が事務所に常駐しているため、最悪二人に任せることも出来る。

 

 しかし、怪盗団ファントムが絡んでくると話が変わってくるため、やはり散歩の時間を長くすることは出来ない。

 

 最もこの時点で既に三十分経っており、事務所に戻る時間も加味すると結果的に一時間経つことになるので本末転倒なのだが。

 

「……少し休むか」

 

 少々歩き疲れたソラリスは駅前にベンチがあったことを思い出し、脚を休ませるためかつての純一の事件を振り返りながらその場所を探していく。

 

 駅前ということで人の往来が激しい中、背格好が高く、顔の整った外国人のソラリスを珍しがり、多くの人々がすれ違い際にチラリと視線を向けている。

 

 そんな視線を受けながらも悠然と歩いていると、アイスクリームを提供しているキッチンカーのすぐ手前に記憶にあった青いベンチを発見した。

 

 作業員のおじさんがペンキを塗っていたが、あれから日が経っていて『ペンキぬりたて!』と書かれたカラーコーンも撤去されていることから問題なく座ることが出来るだろう。

 

 ソラリスは一息つこうとして青いベンチへと向っていった。

 

「ちょ、いきなり止まるとかまじ無理だし! 危なすぎ!」

 

「……ごめんなさい」

 

 その時、前方で少々奇抜な服装をした、いわゆるギャルがケータイを片手に怒鳴り、あんなやみくるより少し年上だと思われる左腕に紫色のキツネのような生物(・・)を抱える亜麻色のセミロングヘアの少女が謝罪しているのが見えた。

 

 今の現場を見聞きした所によると、前を歩いていた少女が急に立ち止まったせいでギャルが少女の背中にぶつかってしまったようだ。

 

 ギャルは「気をつけろし!」と言い、不機嫌な顔を作りながらその場を去っていく。

 

 少女は表情を変えることなく、その視線を地面に移していた。見ればキッチンカーで買ったであろう二段アイスが無残にアスファルトの上に落ちてしまっていた。

 

「……はぁ」

 

 小さく溜息を付く少女。一見すると表情に変化は見られないが、ほんの少しだけ眉が下がっているのが見えていた。

 

 とても悲しんでいる。

 

 それだけでソラリスが動くには十分な理由だった。

 

「君、大丈夫か?」

 

 迷うことなく少女に近付き、警戒心を出来るだけ与えないよう右膝を折り、目線を合わせる。

 

「……っ」

 

 少女はソラリスをその紫の瞳で捉えると、瞳孔が僅かに揺れた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました~。またお越しくださいませ~」

 

 キッチンカーの女性店員からバニラとチョコレートの二段アイスを受け取ると、るるかはゆっくりと歩き出す。

 

 今日のるるかは機嫌が良かった。ウソノワールはどう言うわけかここ数日、本拠地に顔を出していない。ゴウエモンやアゲセーヌはどら焼きを買うだのショッピングに行くだのと言って外出中。ニジーは事前に未來自由(ミラージュ)の書に出たマコトジュエルを手に入れるため放浪している。

 

 そのため今日はマシュタンと二人だけで外出し、大好物のアイスを静かに食べることが出来た。表情には出していないものの上機嫌だった。

 

「るるか……流石に食べ過ぎじゃない?」

 

「大丈夫、まだ食べられる」

 

「そういうことを言っているんじゃないのよ……?」

 

 るるかのアイス好きは良く知っているが、今日は機嫌が良いため本当に良く食べている。

 

 もう二桁は食べているかもしれないるるかに、腕に抱かれているマシュタンも少々呆れていた。

 

「まあ、それは良いとして……どうやってソラリスを追いましょうね?」

 

「……」

 

 マシュタンの言葉に、るるかは静かに例の男を思い浮かべた。

 

 ソラリス。調査対象にしてウソノワールが警戒している男。

 

 現時点で判明しているのは、キュアット探偵事務所所属の探偵で推理力に優れていること。そしてプリキュアでないにも関わらず、そのプリキュアをも凌駕しうる力を有していること。

 

 これまでのハンニンダーとの戦闘を観察して、彼の動きは洗練されていてかなりの場数を踏んで来ていることが良く分かる。

 

 そしてあの赤い光弾。プリキュアの力とも、ウソノワールの持つ力とも違う、るるかをもってしても理解の埒外な力。

 

 ただ理解出来ることもある。それは彼がウソノワールを倒せる、最も可能性のある人物であるということ。

 

 るるかの見立てでは力や速さはウソノワールに僅かだが軍配が上がるが、それらを覆せる程の技術を彼は持っている。総合的に見ると自分が本気を出しても敵わない、誰もがウソと思う程強いウソノワールとほぼ互角と見ていた。

 

(そう言えば聞いたことがあった……)

 

 ロンドンのキュアット探偵事務所に、恐ろしく強い期待の新人が入って来たと。

 

 ただ名探偵プリキュアではないと言う話だったので、当時は強いと言っても自分達には劣っているだろうと。所詮は噂話だろうと聞き流していた。しかし、今になってそれがソラリスだったのかと思い気付いた。

 

 正直、あれほどの強さだとは思いもしなかった。もっと早く彼に出会いたかった。

 

 そうすれば怪盗団ファントムに入ることも無かったかもしれない。

 

 彼女だって―――。

 

(……いいえ、これ以上はやめましょう)

 

 今更過去を嘆いたところで今が変わるわけではない。無意味な振り返りはやめ、今後どのようにしてソラリスに接触するか考える。

 

 キュアット探偵事務所に常駐しているのは分かっているので直接乗り込む?

 

 否、プリキュアの二人に自分の存在を知られるのはまずいのでそれは出来ない。

 

 マコトジュエルを餌にしてみる?

 

 それも否。そもそもマコトジュエルのありかを示す未來自由(ミラージュ)の書を持つウソノワールがいないのでこちらも不可能。

 

(……やっぱり、ちょっと気が引ける)

 

 どうするか策を練る中で、以前ゴウエモンに連れられてマコトジュエルを奪取する時に何度か見たソラリスの姿が脳裏にチラつく。

 

 他者を護り、想い、慈しむあの姿。誰に対しても平等に、隔たりなく接する慈悲深さ。そしてあれほどの力を持ちながら決して驕らない謙虚な姿勢は、るるかやマシュタンから見ても好感が持てた。

 

 特にるるかにいたっては敵であるにも関わらず、あの心優しさを自分にも少しだけで良いから向けて欲しいとさえ思ってしまう程だった。

 

 だからこそ自分を隠し、情報を得るためにソラリスを騙さなければならないことに後ろめたさを感じていた。

 

(……ダメ、今はどうやって彼に接触するか考えないと)

 

 このままだと個人的感情に流されて本来の目的を果たせなくなる。そうなる前にと頭を小さく横に振り、再びどのようにしてソラリスの情報を得るか考える。

 

 改めて策を練るため立ち止まり、右手に持つ二段アイスにその小さな口を近付けようとした。

 

 その時、ドンッと何かが接触したような感覚が背中を伝い、転ばないよう咄嗟に左脚が前に出る。

 

「あっ……」

 

 その結果、衝撃に耐えられなかった二段アイスがるるかの手から零れ落ち、ベチャッという音と共にアスファルトに散らばってしまった。

 

「ちょ、いきなり止まるとかまじ無理だし! 危なすぎ!」

 

 甲高い若い声が背後から聞こえて来る。振り返ると携帯電話を片手にアゲセーヌのようなギャルの成人女性がるるかに対して顔を歪め、怒りを表していた。

 

「……ごめんなさい」

 

「気をつけろし!」

 

 るるかは表情を変えることなく、小さく頭を下げて謝罪する。ギャルはそれでも怒りが収まらなかったのか不機嫌な顔を隠さずるるかを睨み付けながらその場を去って行った。

 

「何よあの女。感じ悪いわね!」

 

「良いのマシュタン。私が悪かったから……」

 

「るるかは何も悪くないのよ? 悪いのはケータイを見ながら歩いていたあの女なんだから!」

 

「それは……そうかもしれないけど……」

 

 やや過保護気味のマシュタンはるるかを全面的に擁護しつつ、フシャー! と遠のいて行くギャルを敵視するようにその背中を威嚇する。確かにギャルも悪いだろうが、そもそも急に立ち止まらなければぶつかることもなかったので結局自分が悪かったとるるかは思っていた。

 

 ただ、まさかアイスを落としてしまうとは思わなかった。

 

「……はぁ」

 

 無惨に落ちた二つのアイスに視線を向け、思わず溜息が漏れる。せっかく上機嫌だったのに、頭から冷水をかけられたように一気に気分が沈んでしまった。

 

 悲しみに暮れ落ち込むが、それでも口が寂しいるるかはアイスが食べたかった。

 

 また買えば良いと気持ちを切り替え、再びアイスを購入するためキッチンカーに向かおうとした。

 

「君、大丈夫か?」

 

 ゆったりと余裕のある白いズボンが視界に入ってくる。突然聞こえて来た平坦だがこちらを気遣うような優しい男性の声色。その声に聞き覚えがあった。

 

 るるかは視線を上げ、マシュタンは咄嗟にぬいぐるみの振りをしながらその人物を捉えると、顔には出さなかったものの心の中では酷く動揺した。

 

(えっ……?)

 

(ウ、ウソでしょ!?)

 

 黒髪黒目。赤い石を金具にはめ込んだだけの首飾りを身に付けた男―――ソラリスがるるかの瞳を見つめていた。

 

 どうしてここにいるの?

 

 視線が交差する中、るるかの思考が止まる。自分でもうるさいと感じる程心臓が強く脈打ち、緊張から体温も上がっていく。

 

 不意に訪れた接触の機会。望まぬ形で邂逅を果たしたるるかは冷静な判断を奪われ、ソラリスの簡単な問いにも答えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵。ウソノワールを倒せる可能性。調査対象。

 

 様々な言葉が脳内を駆け巡る。唇が震えるばかりで言葉が上手く出てこず、ソラリスの瞳を見つめ返すことしか出来ずにいた。

 

「……少し待っていてくれ」

 

 一瞬落としたアイスに視線が移ると、ソラリスはそう言うや否や立ち上がり、るるかとマシュタンの横を通り過ぎる。

 

 ハッと我に帰り、思考が纏まらないままそれでもその姿を追うように振り向く。先程アイスを買ったキッチンカーの前にソラリスが立ち、女性店員と何かやり取りしているのが見えた。

 

 それからお金を渡すと程なくして女性店員からバニラ、チョコレート、ストロベリーの三段アイスを受け取り、再びるるかに近付いて。

 

「これを」

 

 迷うことなく渡して来た。

 

「ぁっ……えぇっ……?」

 

 突然差し出された三段アイス。強制でも押し付けでもない、優しく手渡して来たそれに目を丸くし、るるかは思わず受け取ってしまった。

 

「次は落とさないように気を付けて」

 

 それだけ言ってまたるるかとマシュタンの横を通り過ぎると、彼はそのまま青いベンチにゆっくり腰をかけた。

 

(な、なんで……?)

 

 意味が分からない。どうして二段ではなく三段なの? どうしてアイスを渡して来たの? どうして声を掛けて来たの? そもそも何故ここにいるの?

 

 何も理解出来ないるるかは受け取った三段アイスとベンチに姿勢を正し、静かに正面を向いて座るソラリスを交互に見るしかなかった。

 

(るるか、これはチャンスよ!)

 

(マシュタン……?)

 

(理由はどうあれ、あっちから近付いて来たんだから利用しない手はないわ。話す口実も出来てるわけだし、ね?)

 

(……そう、ね)

 

 誰にも悟られないよう、二人にしか聞こえない声量で会話をするるるかとマシュタン。

 

 マシュタンの言う通り、ソラリスの方から自分達に接触して来た。しかもどうしてアイスを渡して来たのかなど、それを聞くための口実もあちらから与えて来た。

 

 るるかは火照る身体を冷ますように、冷静さを取り戻すように一番上のストロベリーアイスを口に含む。

 

 ひんやりとしたアイスの冷たさが舌を駆け抜け全身へと広がり、体温が下がっていくのが感じる。甘酸っぱいいちごの風味を口全体で味わい、ゆっくりと時間を掛けて堪能すると頭の中がクリアになり、冷静さを取り戻して辺りを見渡す。

 

 周囲にプリキュアもおとも妖精も、あの金髪の少年もいない。完全にソラリス一人。

 

 またとないチャンス。接触するなら今しかない。

 

(大丈夫……落ち着いて。少しでも関係を築ければそれで良いから)

 

 今回はあくまで繋がりを持つだけに止め、深く介入するのは時間をかけてゆっくりやっていけば良い。

 

 るるかは再びストロベリーアイスを口に含めると、静かにソラリスへと近付いた。

 

 

 

 

 

 

「あの……さっきはありがとうございます……」

 

「君は……さっきの……」

 

 ベンチに座り脚を休めているソラリスにるるかが声を掛ける。既に平常心を取り戻しているので焦りや緊張はなく、いつも通り会話をすることが出来た。

 

 そして警戒心や不信感を与えないよう、普通の少女として振る舞い、当たり障りのない謝意から入る。

 

「……迷惑ではなかったか?」

 

「迷惑だとは……思って、ないです」

 

「そうか。なら良かった」

 

 ソラリスはるるかへと顔を向け、その瞳をしっかりと見ながら答える。表現に変化はないものの、声色は安堵と共に優しさと暖かさが含まれていた。

 

「隣、座って良いですか……?」

 

「あぁ、構わない」

 

 そう短く答えるソラリス。了承を得たるるかは最後に残ったストロベリーアイスを口に含み、舌で転がし熱で溶かしながら喉を鳴らすとソラリスのすぐ左隣に座った。

 

「……どうして、アイスを……くれたんですか?」

 

 二段目のチョコレートアイスを食べ始め、口に広がるチョコの甘みを感じた後、ソラリスに視線を移してるるかは質問する。自分達は初対面であるため、ここまで親切にされる覚えはない。だからこそ、何故アイスを奢ったのか気になっていた。

 

 そんなるるかの問いにソラリスは正面を向き続けながら答えた。

 

「君が悲しそうな顔をしていたから」

 

「……えっ、それだけ?」

 

 当然のように答えたソラリスにるるかは目を丸くした。確かにアイスを落とした時、少し悲しい表情を作ったかもしれない。しかし、たったそれだけの理由で親切にしてくれたとは思いもしなかった。

 

「私は……誰かが悲しんでる姿を見たくない」

 

 るるかを見ず、目の前で流れている人々を瞳で捉えながらソラリスは答えた。

 

 雰囲気や声色からその言葉に嘘偽りがないことは容易に分かった。

 

 彼は本気で言っている。悲しみに暮れている姿を見て、関わりも接点もないはずの自分に手を差し伸べた。普通なら見て見ぬ振りをしても良いのに、悲しむ姿を見たくないからと進んで助けてくれた。

 

 優しい人だと言うのは何度か見て分かっていたが、それはあくまで身内や依頼人に対してだけだと思っていた。それがまさか赤の他人に対してもそうだとは思いもしなかった。

 

 そしてあんなやみくる達に対して向けられていた、ソラリスの無償の優しさが今、自分にも向けられている。

 

「……ふふっ」

 

 個人的感情に流されてはいけないと分かっているのに、それでもるるかは少しだけほくそ笑んでしまった。

 

 望んでいたソラリスの優しさが今、自分だけに向けられている。

 

 あぁ、これは癖になりそうだ。心が温かくなっていく。沈んでいた気持ちが晴れやかになっていく。

 

 敵だと分かっていると言うのに、もっとその優しさを感じていたいと欲が出てしまう。

 

 ……同時にソラリスの温もりを毎日受け取っているあんなやみくるを羨ましがり、少しだけ嫉妬を覚えた。

 

「……」

 

「……」

 

 チョコレートアイスを食べ終え、最後のバニラアイスに口を付けたるるかはソラリスの横顔を覗き見る。

 

 駅前が喧騒に包まれる中、ソラリスの周囲はまるで別世界のように静かで雑音があまり聞こえない。

 

 るるかは喧騒より静寂を好むが、ゴウエモンと言う暑苦しい者や顔を合わせれば口喧嘩が絶えないニジーとアゲセーヌがいるため、ここ最近は静かだと思えた時はあまり無い。

 

 対してソラリスの隣はこんなにも静か。あまりに居心地が良くて、目を瞑ってその静寂を堪能する程だった。

 

 そんな時、ふと柔らかな視線を肌で感じた。瞼を開け、その視線の先を見るとるるかが抱えているマシュタンをソラリスが凝視していた。

 

(も、もしかして……)

 

(バレた!?)

 

 一気に警戒心が上昇していく。まさかこのタイミングでマシュタンが妖精だと気付かれたのか。二人は体が硬直し、背筋に冷や汗が流れる。

 

「……あぁ、すまない。随分と可愛らしいぬいぐるみ(・・・・・)だと思って思わず見てしまった。許してくれ」

 

「あっ、はい。大丈夫……です」

 

(よ、良かった……)

 

(いくらアタシが可愛いからって見過ぎよ! バレたかと思ったわ……)

 

 るるかの視線に気付いたソラリスは小さく謝罪する。

 

 もし悟られたら即刻逃げなければならなかったが、マシュタンをぬいぐるみだと思ったようで何とかバレずに済んだ。

 

 るるか自身も、もう少しだけソラリスの隣に居たいと思っていたので心の中で安堵していた。

 

「そのぬいぐるみ、名前とかあるのか?」

 

「この子は……マシュタン。私の大切な友達」

 

「マシュタン……見た目だけじゃなく、名前も可愛いんだな」

 

「っ! そう、マシュタンはとても可愛いの」

 

(アタシが可愛いだなんて、見る目あるじゃない♪)

 

 通常、るるかのような歳の子がぬいぐるみを抱えて外を出歩くと好奇の目で見られるのだが、ソラリスはそう言った目で見ることは一切なかった。

 

 それどころか大切な親友をお世辞ではなく純粋に褒めてくれて、るるかは嬉しくて小さく笑顔を作った。マシュタンもぬいぐるみの振りをしているので表情には出さないものの、自分が可愛いのは分かってはいるがそれでも内心歓喜していた。

 

「紫色の毛も良い。大切に手入れしてるんだな」

 

「うん、マシュタンは毛並みも綺麗で触り心地も良いの」

 

 それからるるかとソラリスは何気ない会話を続けていく。

 

 るるかは基本的に寡黙で、必要最低限しか発言しない。発言しても断片的な単語や短文が殆どのため、会話はマシュタンが代弁している。

 

 しかし、今のるるかは饒舌だった。普段はキザで派手で暑苦しい者達を相手にしているが、ソラリスは彼らと違って素朴で物静か。

 

 とても話し易く、静かに聞いてくれる。それがるるかにとって心地良くて、自然と口数が増えていた。

 

「それにしても、君は本当に美味しそうにアイスを食べるな」

 

「ん……んぅっ……そう、ですか?」

 

 会話が進む中でソラリスがバニラアイスを口に含めたるるかへと視線を移す。

 

確かにバニラアイスは濃厚で美味しいのだが、まさか顔に出ていたとは思わなかった。表情はあまり変わっていなかったはずなのにと、るるかは少々顔を赤くしながらソラリスから顔を背ける。

 

 そして熱を帯びた身体を冷ますため、再びアイスを口にしようとした。

 

「……私はアイスを食べたことが一度もない」

 

「―――は?」

 

 正面に顔を向き直したソラリスだが、その何気ない発言にるるかの身体は氷のように固まった。

 

 そして信じられないと言わんばかりに目を大きく見開き、全力でソラリスに顔を向ける。

 

 アイスを食べたことがない? こんなに美味しいのに一度も? そんな馬鹿な。

 

「冷たいことと甘いことは分かっているが、それ以上が想像出来ない」

 

 しかし、ソラリスは嘘を付いているように見えない。

 

「機会は何度かあったが……結局食べることはなかった」

 

 まさか……本当に?

 

「だから美味しそうに食べてる君が羨ましい」

 

 それを最後にソラリスは口を閉じる。

 

 あり得ない。アイスを食べたことが無いなんてあってはならない。そんなことは許さない。

 

 心が燃えに燃えまくり、静かに目を細める。そして分からせてやろうと誓った。アイスの素晴らしさを。

 

(……シュワット!?)

 

 るるかの表情を見て、この後の展開を占う必要がない程簡単に予想してしまったマシュタンはダラダラと冷や汗を流す。

 

「……すまない、もう行かないと」

 

 ソラリスは駅前に設置された時計を見て時間を確認する。るるかとの会話は楽しかったが、流石に休憩し過ぎたと反省した。

 

 今日もジェットが怒るだろう。機嫌を取るため、パティスリーチュチュで店長やくれあに頼んでオススメの洋菓子を買わなくてはと決断した。

 

「君との会話は楽しかった。またどこかで会おう」

 

 そう言って立ち上がり、ソラリスはパティスリーチュチュへ向かうため右足を前へ踏み出そうとした。

 

 その時、不意に左腕の袖が引っ張られる感覚に襲われる。咄嗟に立ち止まり、振り返ると先程まで食べていたアイスは消え失せ、代わりに口をもごもごと高速で動かしながら右手でソラリスの袖を掴むるるかがいた。

 

 そしてゴクンと喉を鳴らすとベンチから立ち上がり、ソラリスを逃がさないと言わんばかりの鋭い目つきで詰め寄った。

 

「アイスを食べたことが無いなんて勿体ない。人生の半分……いいえ、九割は損してる」

 

「えっ?」

 

 年下の少女とは思えない、あまりの気迫にソラリスは珍しくたじろぎ、目を丸くする。

 

「私が美味しいアイスを教えてあげる。さあ、来て」

 

「いや……」

 

「来て」

 

「あっ、はい」

 

 普段ならやんわりと断ったり適当な理由を付けて逃れるソラリスであったが、るるかの勢いと迫力に根負けしてしまい、素直に従うしかなかった。

 

(や、やめなさいるるか!? 落ち着いてェェェッ!?)

 

 るるかはソラリスの袖を引っ張り、手始めにとすぐ近くのキッチンカーに強制連行する。

 

 ウソノワールの命令をデデーンッ!! と跡形もなく脳内で爆散させ、私利私欲に走ってしまったるるか。

 

 ぬいぐるみの振りをするしかないマシュタンはどうすることも出来ず、腕に抱かれながら心の中で嘆くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「はい、これがバニラアイス」

 

「……ありがとう」

 

 キッチンカーで女性店員からバニラアイスを受け取るとそのままソラリスへ横流しする。

 

 雑談で多少は仲良くなれた気はするが、それでも先程出会ったばかりとは思えない程距離感が近い。ソラリスはグイッと身を乗り出しバニラアイスを手渡してくるるるかに気圧されながらも受け取った。

 

「食べて。絶対に美味しいから」

 

 早く早くと瞳を輝かせながら急かするるか。さっきと同じ子か? と豹変した少女に戸惑いながらもソラリスは一度バニラアイスを見つめる。

 

 23年の人生において、ただの一度も口にしたことが無い、未知の食べ物。それを意図せず食べることになり、興味と緊張が心を支配する。

 

 そしてソラリスは意を決して人生で初めて、バニラアイスを口にした。

 

 その瞬間、僅かに瞼が見開くのがるるかとマシュタンには見えた。そしてまたアイスをぱくり、今度は小さく瞳が揺れた。

 

 その後もアイスを食べては小さく頭を上下させ、味を堪能するように息を吐く。

 

 無言で色々な表情を見せながら食べるソラリスは、あまりにも可愛らしくて見ていて飽きることはなかった。

 

 同時にアイスを食べたことがないと言う話も、ソラリスの初々しい表情を見て事実だったと納得するしかなかった。

 

「美味しかったでしょ?」

 

 あっという間にシュガーコーンまでも食べ終えたソラリスにるるかは感想を聞く。

 

「……あぁ、本当に美味しかった」

 

 人生初のアイスは、ソラリスに衝撃と感動を与えた。甘くて冷たい、そして濃厚で口の中で溶けていく感覚はかなり面白かった。

 

 確かにこれならるるかが美味しそうに食べるのも納得だった。

 

 アイスを堪能し、しばし感傷に浸かっているとるるかは再びソラリスの左袖を掴む。

 

「美味しいアイスはまだまだいっぱいあるの。だからもっと色んなアイスを教えてあげる」

 

 そう言ってソラリスの袖を引っ張りながら次のアイスを求めてるるかは歩き出す。

 

 ソラリスはるるかに見られないようプリキットボイスメモを取り出し、パティスリーチュチュに寄るからちょっと帰るのが遅れるとジェットに連絡を入れた後、アイス巡りへと連れて行かれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 それからるるかはソラリスを連れてアイスを食べ歩いた。

 

 スーパーやコンビニ、専門店や露店など。まだ何も知らないソラリスに自分が好きなアイスの世界を知って欲しくて。味や種類は関係なく、とにかく様々なアイスを食べ歩いていった。

 

 そしてお腹が膨れてきた現在、ソラリスと小さな公園のベンチに座り、最後にガ〇ガ〇君ソーダ味を一緒に頬張っていた。

 

(……何してるんだろう……私)

 

 先にアイスを食べ終えたるるかは今になって冷静になり、自身の行動を恥じていた。

 

 繋がりを築くだけで良かったはずなのに、気付いたら一緒に歩いてこうしてベンチに座ってアイスを食べている。

 

 敵であるはずなのに普通に楽しんで、子供のようにはしゃいでしまって。

 

「〜〜〜っ!」

 

 思い返すだけで恥ずかしくなったるるかは顔を俯け、頬を赤くして身悶えするしかなかった。

 

「これは……”当たり”と書いてあるが?」

 

 アイスを食べ切ったソラリスはアイススティックに書かれた”当たり”の意味が分からず、るるかに見せて聞いてみる。

 

 るるかは悶絶しながらも何とか顔を上げ、ソラリスのアイススティックを見る。

 

「それは……当たり棒。それが書いてあるともう一本無料でもらえるの」

 

「そうか」

 

 短く答えるとソラリスはポケットからハンカチを取り出し、アイススティックを綺麗に拭き取りるるかに渡した。

 

「えっ?」

 

「君はアイスが好きみたいだから、これでもう一本食べてくれ」

 

「で、でも……」

 

 るるかは躊躇った。その当たり棒はソラリスが自らの手で当てたもの。自分が貰って良い道理はない。いくら怪盗団ファントムに入っているとはいえ、ことアイスに関してその辺りは弁えているつもりだった。

 

 躊躇するるるかに対して、ソラリスは表情を変えることなく、しかし純粋な想いを彼女に零した。

 

「君がアイスを食べていた時、とても嬉しそうだった。君にはもっと嬉しそうな顔でいて欲しい。だから受け取ってくれ」

 

 そう言って右手を手に取り、当たり棒を手の平に置くと両手で優しく包むようにるるかの手を握った。

 

「――ぁ、――っ」

 

 喉から掠れた声が出る。

 

 思えばアイス巡りのため連れ回した際も、ソラリスは一言も文句や屁理屈を言わなかった。

 

 それどころかアイスに関して良く話しかけてくれたし、代金だって全額支払ってくれた。食べ過ぎてお腹は大丈夫かと心配すらしてくれた。

 

 あまりにも心が綺麗すぎる。あまりにも優しすぎる。

 

 そしてその優しさは今、自分だけが独占している。その事実がるるかの心を大きく高揚させた。

 

(あぁっ……!)

 

 普段からは想像がつかない程気分が高ぶり、落ち着きがなくなる。それを隠すようにソラリスから顔を背けるが、その表情は完全に緩みきっていた。

 

「……流石にもう帰らないといけないな」

 

「ぁっ……」

 

 両手が離れると名残惜しそうにか細い声が口から洩れる。もっとソラリスの温もりを感じていたかったるるかは露骨に残念がった。

 

「どうせなら昼食も一緒にどうだろうか?」 

 

 公園に設置された時計がもうすぐ十二時を回ろうとしていた。

 

 事務所には昼食を待っている友人や後輩達がいる。折角の縁だからるるかも誘って昼食を振舞おうとソラリスは思っていた。

 

「……ううん、大丈夫」

 

 しかしるるかは首を横に振る。本当はソラリスと一緒に食べたかったが、プリキュアの二人と接触するわけにはいかない。

 

 るるかは断腸の思いで断るしかなかった。

 

「そうか。なら仕方ない。……それじゃ、また」

 

 るるかにも用事があるのだろうと意志を尊重し、それ以上は何も言わない。ソラリスはベンチから立ち上がり、パティスリーチュチュに向かってから事務所に戻ろうとした。

 

 しかし、五歩程歩いてから立ち止まり、るるかへと振り返る。

 

 どうしたのだろうと思っていると、ソラリスは徐に口を開いた。

 

「すまない、まだ名乗っていなかった。私はソラリスと言う」

 

 色々と衝撃的過ぎて名乗るタイミングを逃していたが、ここに来てようやくソラリスは自身の名を伝えることが出来た。

 

 しかし、るるかは初めから知っていた。ウソノワールから聞いていたから。名前を聞かされた時は何も思わなかったが、ソラリスの優しさを感じ取ってしまった今では、本人から直接聞きたかったと思ってしまう。しかし、それはもうしょうがないと割り切る。

 

 そして自分はどう名乗るべきか考える。

 

 本名の森亜るるかとも、キュアアルカナ・シャドウとも名乗ることは出来ない。ならせめてと―――。

 

「……森亜。それが私の名前」

 

 名字だけを教えた。

 

「森亜……さん。森亜さん、また会おう。その時はもっとアイスのことを教えてくれ」

 

「っ! うん、必ず……またね」

 

 るるかは当たり棒を手に持ちながらで小さく手を振る。それに応えるようにソラリスも小さく手を振った。

 

 そして身体を前に向き直すとソラリスはゆっくり歩き出す。

 

 遠のいていくその背中は以前見た時よりも強く温もりと優しさを感じられた。

 

 るるかは小さくなっていく背中を愛おしそうに指でなぞり、見えなくなるまで一心に見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 ソラリスの姿が完全に見えなくなるまで見届けたるるかは、先程貰った当たり棒を空に掲げ、まじまじと見つめながら今日の出来事を振り返った。

 

 思いもしなかった遭遇。初めてアイスを食べた時の初々しい顔。連れ回したのに文句を言わず、逆にアイスについて何度も聞いてくれて。最後に当たり棒をくれた。

 

 美味しいアイスを食べてる時よりずっと嬉しかった。嬉しすぎて身体が震えた。

 

 当たり棒自体は何の変哲もないはずなのに、ソラリスから貰ったと言うだけで好意と温もりが感じられ、特別に見えてしまう。

 

 これを交換するなんて出来ない。今日の思い出として大切に保管しようとるるかは決めた。

 

「るるかぁ~?」

 

「っ!?」

 

 ジップロックに入れるか、はたまたどこかに飾るかと考えているとるるかの膝の上に乗るマシュタンがニンマリと笑顔を作りながら見上げてきた。

 

「な、なに?」

 

「いいえ、ただ随分嬉しそうだな~って思っただけよ?」

 

「そ、そんな……嬉しいだなんて思ってない……」

 

「そんなに顔がにやけてるのにぃ~?」

 

「……っ!」

 

 マシュタンに指摘されてるるかは思わず自分の顔を触る。確かに口角が上がっていて頬が緩んでいる。

 

 あまり感情を表に出さない自分が、にやついてしまっている。

 

 その事実を正しく理解したるるかは穴があったら入りたい程恥ずかしくなった。

 

「るるかったら可愛いわね~♪」

 

「うぅ……マシュタン……揶揄わないで」

 

 茶化すマシュタンにせめてもの抵抗として、るるかは頭を少し強めに撫でる。

 

 ただ、るるかがそうなるのも無理はないと撫でられながらマシュタンは思っていた。

 

 るるかはおおよそ人並みの人生を送っては来なかった。波乱万丈と言っても良い。人の黒い部分も多く見てきた。そんな中で現れたソラリスの心は純粋で潔白そのもの。 

 

 打算や思惑のない優しさに惹かれるのも良く分かる。実際、今回の一件でマシュタンもソラリスに対する好感度はうなぎ上りだった。

 

 だからこそ、不安もあった。

 

「……ねぇ、るるか。これからソラリスと戦えそう?」

 

 撫でられる中でマシュタンが問う。

 

 強さはウソノワールと同等。その上であの性格だ。るるかも心優しいから躊躇うかもしれない。戦うことを放棄するかもしれない。

 

 そんな一抹の不安があった。

 

「……大丈夫」

 

 るるかはマシュタンを撫でることを辞め、当たり棒を大事そうにポケットにしまうとベンチから立ち上がり、静かに歩き出す。

 

「私には……やらないといけないことがあるから」

 

「……そうね」

 

 先程のにやけた表情から一変、確固たる意志を感じさせる、鋭い顔つきに変わったるるか。

 

 ウソノワールと同じくらい強かろうと、陽だまりのように優しかろうと、戦う覚悟は出来ている。

 

 だからどうか、私の邪魔をしないで。

 

 既に探偵事務所に帰っていったソラリスを思い浮かべながら、るるかは静かに願った。

 

 

 

 

 

 

 時刻は一二時過ぎ。

 

 事務所に戻ったソラリスはパティスリーチュチュの洋菓子が入った袋とコンビニのビニール袋を両手に持ちながら扉を開ける。

 

「ふぁ? ふぉらりふ(ソラリス)もろっらか(戻ったか)

 

「ジェット先輩……食べながら喋らないでよ」

 

「汚い……」

 

「ポチ……」

 

「んぐっ!? わ、悪かったな!」

 

 視界に入ってきたのはテーブルの上にピザや寿司、ラーメンや蕎麦が広げられ、それらを食べているジェット達。

 

 どうやら出前を取っていたようだった。

 

「すまない、遅れてしまった。食事も作れなくて申し訳ない」

 

「あぁ、気にするな。どうせ経費で落ちるからな」

 

 ピザを頬張るジェット。「これも旨いけどやっぱりソラリスが作る料理の方が良いな」と言い、それにあんなとみくるも同調するように首を上下に振る。

 

 そう言ってもらえてソラリスは嬉しくなったが、同時に疑問を抱いた。

 

 現在のキュアット探偵事務所まことみらい市支部には依頼が殆ど来てないため、売上はほぼない。即ち金もない。

 

 つまり経費で落ちると言っていたが、そもそも金がないのにどうやって出前の代金を支払ったんですかねぇ? 

 

 ソラリスは訝しんだ。

 

 まあ必要な時は自分の金を使って良いと言っていたので全く気にはしていないが。

 

「ささっ、ソラリス先輩」

 

「まだまだありますから、一緒に食べましょ!」

 

「あぁ、そうだな。いただこう」

 

 あんなとみくるに誘われて、ソラリスは両手の袋をテーブルの端に置いて椅子に座り、昼食を取り始める。

 

「……あれ? これって」

 

「アイス……?」

 

 いつも買っているパティスリーチュチュの袋とは違うコンビニのビニール袋が目に入り、興味を示したあんなとみくるが手を中に入れる。

 

 ひんやりとした感覚が指先を伝い、取り出してみると様々な種類のアイスが出てきた。

 

「珍しいな、お前がアイスを買うなんて」

 

 たまごの握り寿司にフォークを刺し、口に運ぶジェットが意外と言った表情を作る。

 

 実際ソラリスはロンドンにいた時から食材とジェットが食べる菓子を良く買いに行っていたが、それ以外の物は買うことは一度も無かった。

 

 ましてアイスはジェットの好物ではないので、絶対に買うことはないと思っていた。そのため表情とは裏腹に内心ではかなり驚いていた。

 

「まぁ……単なる気まぐれだと思ってくれ」

 

「それにしても凄い量……これが大人買い……!」

 

 アイスキャンディーやカップアイス、同じ商品でも味が違うなど、とにかく種類が豊富。

 

 そのあまりの量に大人の財力を見せつけられたみくるは目を見張るしかなかった。

 

「……ソラリス先輩……何か良いことありました?」

 

 みくるが手にするガ〇ガ〇君ソーダ味を見つめるソラリスにあんなが質問を投げかけた。

 

 何でかは分からない。表情も雰囲気も変わっていない。

 

 ただ何となく、直感でそう思った。

 

「そうだな……」

 

 ソラリスは考え込むように天井に視線を移す。

 

 それから五秒程経ち、今度はあんなへと顔を向けると。

 

「―――とても心が綺麗で優しい人に会えた」

 

 どこか嬉しそうな声色で答えた。

 

 

 

 

 

 

 空間が歪む。

 

 テレビのノイズのようなものがあちこちで走る。

 

 やめてくれと大気が震え、世界が泣き叫ぶ。

 

「……これが、そうか」

 

 誰もが寝静まる深夜にて、その超常現象を生み出している存在―――ウソノワールはボロボロの白い塊を手にして呟いた。

 

 ウソノワールはまことみらい市から程遠い、異国の地に足を踏み入れていた。そして現在、広大な土地の中心にポツンと一つだけ建てられた、寂れた墓石の前に立っていた。

 

 数日前、ニュースを見て違和感を覚えたウソノワールは己のカンを信じ、ソラリスに関する情報を少しでも得るためこの地を訪れた。

 

 初めは今までと同様に何も分からなかった。能力を駆使し、”ウソ”で人間を意のままに操り、情報を引き出そうとした。

 

 しかし、どいつもこいつも”太陽神”としか言わず、碌なことを言わなかった。

 

 内心この国の人間共に苛立ちを覚えながらも結局今回も空振りだったかと思い、最後に軍を退役し、田舎で余生を過ごしていた老人を”ウソ”で操った。

 

 そしたらその老人はソラリスに関する情報を持っていた。正確にはソラリスを知っている者の情報だった。

 

 遂に当たりを引いたウソノワールは歓喜しながらもすぐにその老人から全てを引き出した。

 

 そして、情報を頼りにやってきたのが人里から離れた、この墓石が一つだけある土地だった。

 

「これをやるのは初めてだが……やってみるか」

 

 ウソノワールは地面に白い塊を置くと、懐からキュアアンサーとキュアミスティックが現れるより前に入手していた、赤紫色のマコトジュエルを取り出す。

 

 本来なら”ウソで覆われた世界”の実現のため、マコトジュエルを消費したくはなかったのだが、未來自由(ミラージュ)の書に載っていないソラリスと言うイレギュラーに対抗するために、背に腹は代えられなかった。

 

「―――ウソよ覆え。そして生誕しろ」

 

 能力の発動と共に仮面の奥底の瞳を赤く光らせ、マコトジュエルをウソで覆う。

 

 輝きを失ったマコトジュエルをウソノワールは掌から零し、白い塊へと落とす。

 

 白い塊とマコトジュエルが接触した瞬間、まるで人の不安を煽るような不気味な赤紫の光が放たれた。

 

 そして光が晴れた時、そこには色が抜け落ちたような薄い黄緑色の髪と瞳を持つ二十代前半の青年が立っていた。

 

「成功、したか」

 

 ウソノワール自身、まさか成功するとは思わなかったため、改めて自分の能力の素晴らしさとマコトジュエルの力を再確認した。

 

 ウソノワールが行ったのはマコトジュエルを使い、自身の能力である”ウソ”による改変の強化。そして太古から人々が研究し、願い、実現しようとして叶わなかった大自然の法則を歪めた禁忌。

 

 死者の蘇生だった。

 

 そう、先程の白い塊は墓石に眠っていたある人物の遺骨だった。それをウソノワールが掘り起こし、死んだという事実()をウソに改変し、蘇らせたのだ。

 

「気分はどうだ?」

 

「―――ア”ァ”? 黙れゴミクズ。今オレに話しかけるんじゃねェ」

 

「……なに?」

 

 青年は自身の身体を確かめるように手で触れ、肩を回したり掌を開いたり閉じたりしている。

 

 開口一番に放たれた罵倒に、ウソノワールは仮面の奥底で困惑した。 

 

 マコトジュエルをウソで覆った際、自身に忠誠を誓うようあらかじめ設定したはずだった。

 

 なのにこの男は敬意や忠誠心が全く感じられず、不遜な態度を取ってきた。

 

「……記憶の方はどうだ?」

 

「ア”ァ”? ……アァ……」

 

 一通り身体の具合を確かめた青年にウソノワールは尋ねる。

 

 マコトジュエルには自身の記憶の一部も込めていた。それもちゃんと受け継いでいるかの確認だった。

 

「怪盗団ファントム、マコトジュエル、名探偵プリキュア……何だこの……ゴミみたいな情報は? こんなもんオレに寄こすんじゃねぇよォ」

 

「……馬鹿な」

 

 記憶はしっかり受け継いでいる。つまりちゃんと”ウソ”で覆われている。

 

 なのにこの不遜な態度。

 

 ウソノワールは確信した。この男、自分より強いかもしれない。事実、”ウソ”による改変をまともに受けても尚、能力の一部を当たり前のように否定しているのだから。

 

「……フッ、流石と言うべきか」

 

「アァ?」

 

 クツクツと笑うウソノワールに青年は不機嫌そうに眉を歪める。

 

「……貴様、名は?」

 

「急になんだァ? てか、まず先にお前が名乗れよォ」

 

「私の名は既に知ってるはずだが?」

 

「相手の名前を聞きたい時はまず自分から名乗れって親に教わらなかったのかァ?」

 

「……」

 

 明らかにこちらを下に見た、小馬鹿にした態度にウソノワールは苛立ち、額に青筋が立つ。

 

「……ウソノワールだ」

 

「まあ知ってたけどォ」

 

「……それで、貴様は?」

 

 このまま奴にペースを握られるわけにはいかない。主導権を取り返すようにウソノワールが改めて名を尋ねる。

 

 青年はどう名乗るか考えた。

 

 この肉体の主(・・・・・・)はとうに死んでいる。そのため正確には肉体は同じだが精神は全くの別人。だから同じ名を名乗と後々厄介なことになる。

 

 しばらく頭を捻っていると、唐突に名が浮かび上がった。

 

 真実が”ウソ”で覆われ、全てが反転した存在。

 

「―――ノーレノ。それがオレの名だァ」

 

 青年―――ノーレノは怪しい笑みを浮かべながら名乗りを上げた。

 

「ノーレノ……貴様はこれから怪盗団ファントムの一員として活動してもらう」

 

 そう言ってウソノワールは懐から顔全体を覆う程大きい、目の部分が大きめのX状にくり抜かれた白い仮面を取り出し、ノーレノに手渡そうとする。

 

「断る。オレにメリットがないィ」

 

 ウソノワールの命令をバッサリ切り捨てたノーレノは、ポケットに両手を突っ込み、その場から立ち去りどこかへ向かおうとする。

 

「無駄なことはやめておけ。今の貴様の身体は私の”ウソ”で覆われているが、それも一月しか持たん。それを超えるとまたただの遺骨に成り下がるぞ」

 

 事実、ウソノワールの”ウソ”は改変する力があるが、その効果範囲は狭く短時間しか持続出来ない。マコトジュエルを使って蘇生されたノーレノであっても、その肉体を維持出来る時間はせいぜい一月が限界。それを超えるとまた骨に戻ってしまう。

 

 即ち、ノーレノがこれから生き続けるためには、ウソノワールの”ウソ”を定期的に身体に取り込み、覆わなければならない。

 

「……チッ、分かったァ」

 

 それを理解したノーレノは恨めしそうに舌打ちし、再びウソノワールの元へ戻ると仮面を奪い取る。そして顔に装着すると、目があるであろう部分が怪しく赤く発光した。

 

 ”ウソ”の一部を否定して見せたノーレノに首輪を付けることが出来た。生殺与奪の権利を握ったウソノワールは仮面の奥で静かに嗤う。

 

 ノーレノもまた、今は従ってやるがその内必ずウソノワールを殺すと心に誓った。

 

「それともう一つ。貴様にはある男について喋ってもらうぞ」

 

「ある男ォ? 誰だそれェ?」

 

「ソラリスと言う男だ」

 

 それがウソノワールがノーレノを蘇生させた最大の理由だった。

 

 老人から聞かされたソラリスを知る人物、それこそがノーレノ。

 

 ソラリスとノーレノの関係性も聞いている。これ以上、ソラリスを知る人間として適任はいないと確信していた。 

 

 ノーレノはウソノワールからソラリスの名を聞いた瞬間、赤く発光した目が大きく揺れる。

 

 そして―――。

 

「―――ア”ァ”?」

 

 周囲の気温が急激に下がっていると錯覚する程の、憎悪と怒りに満ちたドスの効いた低い声がノーレノから零れ落ちた。

 

「アイツ、生きてんのかァ?」

 

「あぁ。今は日本のまことみらい市と言う地にいる」

 

「……そうかァ」

 

 ノーレノは俯き、ウソノワールの言葉を噛み締めるように何度も頷く。

 

 そして、狂気に満ちた赤い瞳をウソノワールに向けながら右の人差し指を指す。

 

「ウソノワール、協力してやる。だが覚えておけ。オレはソラリスを殺す。これは優先事項だ。邪魔するなら直ぐにでも殺すぞォ……!」

 

「クククッ……それで良い……!」

 

 駒は揃った。これでソラリスの意表を突ける。弱点が判明する。あの出鱈目な強さにも対抗出来る。

 

 ウソノワールは事が上手く運んで思わず嗤いが零れた。

 

「……待て、どこへ行く?」

 

 用を終え、ソラリスに関する全てを聞き出すため本拠地に戻ろうとしたウソノワールだったが、ノーレノは明後日の方向に歩き出した。

 

「ソラリスを殺すと言ったが、今のオレじゃどうやっても勝てねェ。奴はこの世の理の外を生きる正真正銘の化物だからなァ。だから奴の”力”をより理解するために読むんだよォ」

 

「読む?」

 

 一体何を読むというのだ。

 

 理解出来ず聞き返すと、離れゆくノーレノは振り返ることなくウソノワールに答えた。

 

「奴の”力”の根源。その全てが記されている、この国に太古から伝わる”伝説の書”、その原典だァ」

 

「それを読み、オレなりに解釈し、落とし込む。そして奴と戦い、経験を血肉に変えればオレはァ……」

 

―――ソラリスと同じ、神に成れる。

 

「あぁ、安心しろォ。明日の夜には戻る。それまで何もねぇこの国でも観光してろォ」

 

 そう言ってノーレノはその姿を闇の中に溶け込ませた。

 

(ククッ、思わずキレちまった。この感情はオレの物じゃねぇのによォ)

 

 肉体にまで染み付いている負の感情にノーレノは驚きを隠せないが、同時に愉しくもあった。

 

 ソラリス。

 

 全てを焼き尽くす、太陽の如き者。

 

 お前はニッポンと言う知らぬ土地で何をしている?

 

 どんな生活を送っている?

 

 また人を照らしているのか?

 

 会いたい。だがもう少しだけ待っていてくれ。

 

 そしたらお前を。

 

「―――必ず殺してやるゥ……!」

 

 ノーレノは抑えきれない殺意を全身に滾らせながら、ソラリスの”力”に関する全てが記されている”伝説の書”の原典が保管されている国立図書館へと向かった。

 

 

 

 




Q.ねぇ……次はいつ会えるの?(byるるか)
A.気が早いね。まぁ、アニメ6話の話が終わってから会えるかもね。

Q.何でアイス食べてこなかったのよ?(byマシュタン)
A.お金がなかった。あと食に興味がないので同様にアイスにも興味がなかった。
 でも今回の件でアイスに興味を持った。バニラアイスはるるかとの大切な思い出になったよ。
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