神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。 作:スレ主
『各位に通達、友軍観測手は撃墜された。繰り返す、友軍観測手は……信号消失』
高度二千メートルの希薄な空気に、無機質な無線の声が吸い込まれていった。
俺たちの視界の先には、ただ碧い空と地平線が続いているだけだ。墜ちた現場の煙すら、この距離では見えはしない。だが、脳内の魔力反応図から一つのドットが静かに消えたという事実が、一人の魔導師が空から消滅したことを告げていた。
一瞬、隣を飛ぶヴィーシャの機動が小さく揺れる。だが、それを引き戻したのは、少尉の氷のように透き通った声だった。
「……聞いての通りだ、小隊諸君。間に合わなかったのは遺憾だが、間に合わなかったなりの仕事はせねばならない」
少尉の瞳には、死を悼む色も、救えなかった悔恨も見当たらない。あるのは、この最悪な状況をいかに効率的に「処理」するかという、一人の経営者のような冷徹な計算だけだ。
「敵情はどんな感じですか?」
俺はあえて、その冷たさに乗っかるように尋ねた。感情を殺し、指先の魔力循環に全神経を集中させる。
「デュオ伍長が中隊長に意見具申された時と概ね同じだ。しかも敵は、墜ちた観測手を掃討し、機密を回収するために、小隊単位で分散している」
少尉は手元の改良型宝珠をカチャリと操作し、広域スキャンの結果を共有してきた。
網膜に映し出される魔力反応のドット。それらはバラバラに散り、獲物を探す獣のように森の周辺を徘徊している。
「つまり、弱ってる敵を六回くらい倒せばいいってことですね」
「そういうことだ。……では、私が三個小隊。残りの三個小隊は君たち二人の獲物だ。そう難しくはないだろう?」
まるでパンの配分でも決めるような口ぶりに、俺は思わず口角を上げた。
「……五〇スコアの特別休暇とか、狙えそうですね」
「特別休暇?」
ヴィーシャが不思議そうに首を傾げる。
「あー、ヴィーシャは知らない? 帝国は魔導師を五〇機落とすと、特別休暇と恩賜がもらえるんだよ。……まぁ、普通はそこまで生き残る前にすり潰されるから、誰も狙わないんだけどね」
「デュオだって、この一週間半で十二機くらい落としてるじゃない」
「少尉のおこぼれだよ。……というか、このライン戦線が異常なんだ。連中、まだ『制空権』の概念を分かってない。二次元的な平面の戦術に、無理やり魔導師を突っ込んでるだけだ」
つい、現代的な不満が漏れた。
「魔導師の真価は、戦線に張り付いて面を守ることじゃない。この『速度』を活かして、敵の急所を垂直に断ち切る即応機動にあるはずなのに……上の人たちは、使い方がちょっと古臭いというか、宝の持ち腐れですよ」
『……マスター。警告。あなたの論理展開は、現地の軍事ドクトリンから三世代以上乖離しています。失言は思考の漏洩に繋がります。……黙って引き金を引くことに専念してください』
RHの平坦な、だが確実なダメ出しが脳裏に突き刺さる。……不味い、と思った時には、通信機越しに少尉の低く、楽しげな声が響いていた。
「……ほう。二次元的な平面戦術、か。伍長にしては、随分と面白い視点を持っているじゃないか。特に『垂直に断ち切る』という表現は言い得て妙だ」
「え? ……あ、いや、単なる語感ですよ。素人の直感です」
(RH、もっと早く言ってくれよ……!)
『回答。……あなたの「脳内フィルタリング」が機能していません。この世界の文明段階において、航空魔導師はまだ「空飛ぶ歩兵」の域を出ていないのです。マスターの思想は……少々、進みすぎています』
「ふん、謙遜は結構。だがその鼻が利くところは嫌いではないよ。……いいだろう、その『冴えた勘』を今は存分に戦果として見せてくれ。期待しているぞ」
少尉の視線が、一瞬だけ俺を射抜く。それは、得体の知れない同類を見つけた時のような、底寒い好奇心を含んだ、どこか楽しげな色だった。
「戦争は勝っているうちに楽しむものだからな」
少尉の言葉に、ヴィーシャは意外そうな顔をする。
「少尉ほどの方なら、絶望的な防衛線でこそ真価を発揮されるのがお好みかと思っていましたけど……」
「軍人だよ。命令ならば行くがね」
少尉の答えに、俺はニヤリと笑った。
「そーそー。出来ることなら、俺も安全な後方でゆっくり事務仕事でもしてたいんですよ。書類にハンコを押すだけの毎日。最高だと思いません?」
「デュオ伍長、気が合うな。二人で転属願いでも出そうか?」
「いいですね。この戦闘が終わったら、また上に意見具申しましょうか。ハンコを押す速さなら、俺も少尉に負けませんよ」
「「ははは(HAHAHA)!」」
戦域の境界線を越え、死が目前に迫るこの瞬間に、俺たちは乾いた笑い声を通信機に流した。
「……二人とも、そろそろ反応近いですよー!」
ヴィーシャの焦ったような声が、冗談を打ち切る。
空気が一変した。
冷たい風が風防を叩き、RHが俺の神経に直接、戦闘機動の同期を求めてくる。
『……マスター。これ以上の失言は、私の「教育能力」を疑われます。……「歓迎会」の準備は整いました。以後、不用意な発言を控え、戦闘に専念してください。……さあ、仕事です』
「おっと、そろそろ気を引き締めるぞ」
「了解。……デグレチャフ少尉、今回の歓迎会はどういった趣向で?」
俺は旧型宝珠の出力を強引に跳ね上げた。回路が軋み、熱気が胸元を焦がす。
「せいぜい歓待してやるさ。鉛玉と魔法光は私の奢りだ。……戦闘機動に入れ!!」
「パスポートとビザを提示できない不法侵入者は、どうしましょうか!」
「叩き返せッ!!!」
爆音とともに、三つの影が空を割った。
俺の視界には、RHが算出した「最短の殺戮経路」が、鮮やかな青いラインとなって描かれていた。