神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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ちょっと未来の話


第13話:『プロローグと出口案内』

 

士官学校の自習室は、微かなインクの匂いと、焦燥を含んだ熱気に包まれていた。

窓から差し込む春の午後の陽光が、宙を舞う埃のダンスを黄金色に染め上げ、机に並んだ候補生たちの軍服を淡く照らし出している。

卒業を目前に控えた彼らにとって、今は人生の分岐点だった。

明日には配属先の内示が出る。前線の泥を啜るのか、後方の安楽な椅子に座るのか。その期待と不安を紛らわせるように、皆、猛烈な速度でペンを走らせていた。

今回の課題は、参謀本部の生ける伝説、ハンス・フォン・ゼートゥーア准将が直々に下した特別任務。

『今次大戦の形態と戦局予想』に対する自由意見の提出。

「若き血の、凝り固まっていない意見を聞きたい」という准将の言葉は、本来なら全候補生が心酔し、心血を注ぐべき名誉である。しかし、現実は非情だ。この課題は「成績外」のアンケート扱い。配属先が決まりかけている彼らにとって、今さら偏屈なインテリ准将にゴマをすり、難解な軍事学の迷宮に潜るメリットは皆無に等しかった。

 

「……帝国の不沈を信じ、敵都への進撃こそが唯一の解である、と。……よし、これでいいだろ」

「あぁ、俺も適当に『勝利の必然性』を書き並べておいた。早く終わらせて、街の酒場で内示の前祝いをしようぜ」

 

そんな投げやりな囁き声が聞こえる中、俺──デュオは、顔を上げながら、全く別の「戦場」に精神を飛ばしていた。

 

『マスター。……「エクセリオンモード」への換装を確認。……オールレンジ・フルバースト、発射準備完了です』

 

脳内のデバイス、RH(レイジングハート)の無機質な声が響く。

脳内に広がるのは、煤けた帝国の空ではない。虹色の魔力光が乱舞し、桃色の魔砲がすべてを浄化する、至高の救済劇。

 

(……いい。このピンクの閃光こそが、泥沼の消耗戦に必要な『救い』なんだ。弾薬の在庫も、兵站の崩壊も、この光の前では無意味なんだ……)

 

俺は、社畜時代のストレスと、この狂った戦時下の現実を、脳内の魔法少女に癒やしてもらっていた。周囲が帝国の栄光を書き連ねている中で、俺だけが「全力全開」の変身シーンをスロー再生で堪能する。

それは、絶望的な現実に対する、俺なりの、最も贅沢な「反抗」だった。

 

『マスター。……目標の「スターライトブレイカー」最大出力まで、残りカウントダウンを開始します。……5、4……』

(……くるぞ。これで、俺のメンタルもデバッグ完了だ……!)

 

脳内で虹色の光が収束し、世界が白く染まろうとしたその瞬間。

俺を物理的に揺るがす、現実からの「弾劾」が飛んできた。

 

「──デュオ! また意識がどこかに行ってるわよ。大丈夫?」

 

脳内で展開される虹色の光、その演算処理の隙間に、呆れたような、でも放っておけないといった響きの声が滑り込んできた。

俺は並列思考の片側を現実へと引き戻したが、焦点の合わない目で宙を眺めたまま、ただ「あぁ……」と生返事を返す。

 

「……ヴィーシャ。終わったのか。早いな」

「早いのは周りのみんなよ。提出期限は明日までだけど、もうほとんどの人が書き終えて席を立ってるわ。……准将閣下の課題なんだから、私はちゃんと自分の考えをまとめたつもりよ。ねえ、あなたもポケーっとしてないで、少しは進めないと」

 

視線の先では、ヴィーシャが清書を終えたばかりの解答用紙を大切そうに胸に抱えていた。成績外とはいえ、軍人として、そしてゼートゥーア准将への敬意を忘れない彼女らしい誠実さが、その背筋の伸びた姿勢に表れている。

だが、そんな俺たちの空気を、横から強引に塗りつぶす影があった。

 

「ふふ、デュオ。……さっきの独り言、面白かったわよ。……『スターライトブレーカー』……だっけ? なにそれ、中央軍が開発してる新しい魔法の名前?」

 

椅子をくるりと回転させ、当然のような顔をして俺の隣に陣取ったのは、同期のエーリャ(エレナ・ミュラー)だった。

彼女は、まるで仲の良い男友達に接するような無防備さで、グイッと俺の肩に腕を回してきた。軍服の上からでも伝わる「わがままボディ」の柔らかな感触が、俺の二の腕にダイレクトに押し付けられる。本人は全く意に介していない様子だが、現実側の俺の体温は確実に数度上がった。

 

「……エーリャ、近すぎる。……あと耳が良すぎるだろ、お前は」

「地獄耳なのは、幼年学校時代からの仕様よ。ねえ、ヴィーシャ?」

 

エーリャが楽しげに同意を求めると、ヴィーシャの眉がぴくりと跳ねた。彼女は自分の解答用紙をギュッと抱き直すと、俺とエーリャの間に物理的に割り込もうとした。

 

「……エーリャ! あんまりデュオにベタベタしないで。集中を乱されたら、彼、明日までになっても終わらないわよ。……ほら、あなたも自分の配属先に向けた準備があるでしょ?」

 

ヴィーシャの牽制は規律を重んじる優等生のそれに見えたが、その瞳には「ただの親切心」ではない、本人も気づいていないような焦燥が混ざっている。とにかく、俺の隣にエーリャが密着しているのが、たまらなく「離れてほしい」といった様子だ。

 

「あら、ヴィーシャ。……厳しいわね。……でも、いいじゃない。デュオとのこういう時間は、卒業したらなかなか取れなくなるかもしれないし?」

 

エーリャは、ヴィーシャの必死な牽制をどこ吹く風で受け流すと、俺の用紙の最上段を、獲物を見定めた鷹のような鋭い目で見つめた。

 

「……へぇ。出口(イグジット)、ね。……『黄金の橋』……」

 

その瞬間、彼女の瞳の奥で、およそ一候補生が持ち得ない「深淵」のような色が揺れた。彼女は俺の耳元に唇を寄せ、ヴィーシャにも聞こえないほど低い、冷徹な響きを帯びた声で囁く。

 

「……ねぇデュオ。これ、凄く気になるわ。書き終わったら、提出前に私に一番に読ませて。お礼に、情報部の秘蔵の紅茶をあげるから」

「……は? おい、お前……」

 

俺は思わずペンを止めて、彼女の顔を二度見した。内示も出ていない候補生が、なぜ「情報部の秘蔵品」なんて単語を口にするのか。

 

「……お前、紅茶の隠し場所が分かるくらいには、上層部(センター)の連中とズブズブなわけね……。こわ……」

 

「ふふ、おっと。……そういえば、どこかでそんな『噂』が流れてた気がするわね? ……とにかく、楽しみにしてるわよ」

 

エーリャは楽しげに俺の背中を叩くと、満足げにスッと身を引いた。

一方、ヴィーシャは二人の親密なやり取りを隣で見つめながら、解答用紙を抱えた手にぎゅっと力を込め、居心地悪そうに足をそわそわと動かしていた。

(……情報部の、紅茶……。私だって、ずっと隣でデュオが終わるのを待っていようと思ってたのに。それなのに、そんな私にはできないような約束をさらっとしちゃうなんて……)

 

彼女は、自分の胸のざわつきが「独占欲」だとは気づかないまま、耳の付け根まで少し赤くして、必死に会話の主導権を取り戻そうと身を乗り出してきた。

 

「あ、あの! デュオ、私も……私も、一緒に読むから! それで、感想を言い合いましょう?」

 

そんな喧騒の中、脳内のデバイスが冷徹な警告を発する。

 

『マスター。……進言します。現在、脳内でのアニメーション再生に演算リソースの40%を割いています。……並列思考を解除し、眼前の課題に全意識をフォーカスすべきです。……その方が、執筆効率は2.4倍向上します』

 

(……チッ、わかったよ。レイジングハート、再生を一時停止だ。……本気で書くぞ)

 

俺は脳内の虹色の光をシャットダウンし、現実に全意識を集中させた。

 

『ゼートゥーア准将著「今次大戦の形態と戦局予想」に対する自由意見──『総力戦における戦略的出口(イグジット)の数理的構築──「制限戦争」への回帰と「黄金の橋」の提供──』

 

「……ねえ、デュオ。……この『黄金の橋』って、何?」

 

ヴィーシャが不安そうに、でもどこか嬉しそうに覗き込んでくる。この時はまだ、誰も知らなかった。

現実逃避の果てに書き始められ、最終的に全演算能力を注ぎ込んで書き上げられたこの「ただの感想文」が、数年後、帝国が絶頂とも言える「勝利の渦」の中で、戦争を終わらせる術を失い、自滅への道を突き進もうとした際、唯一の「出口」を示す福音となることを。

狂乱する最高統帥会議を沈め、血塗られた歴史のレールを強引に敷き直し、帝国を正しい方向へと向かわせる最大の転換点になることなど、俺自身でさえ思いもしなかったのだ。

淀みなく紙の上を滑る羽ペンが、帝国の滅亡を回避するための「数理的デバッグ」を刻んでいく。

その第一文字が、静かに、しかし力強く紙の上に記された。

 




とりあえず続きです。
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