神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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第15話:『白銀の推薦状。英雄の証明か、外せない呪いの装備か』

 

帝都ベルン士官学校、第一講堂。

そこは、帝国のエリートを養成する「脳髄」の保管庫のような場所だった。

重厚な石造りの壁面には歴代の英雄たちの肖像画が並び、高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、鈍い光を放って候補生たちの軍帽を照らしている。使い込まれたナラの木のデスクからは、何十年もの間、候補生たちが流したであろう冷や汗と古いインクの匂いが微かに漂っていた。

最前列に座る俺の背中には、数百人分の視線が突き刺さっている。

魔法を使い始めて一年、軍に入って一年。

基礎すらおぼつかない男が、なぜこの席に座っているのか。周囲の視線に含まれるのは、明らかな「異物」への拒絶反応だった。

教官が教壇に立ち、分厚い名簿を繰る。その指先が、ある一点で止まった。

静寂が講堂を支配し、ペンが紙を走る音さえも止まる。

 

「……次。オルカ候補生」

 

教官の眼鏡の奥の眼光が、俺の全身を品定めするように射抜いた。

その手元にある推薦状の署名を確認した瞬間、教官の眉がわずかに跳ね上がる。

 

「軍歴、わずか一年未満。……魔導適性発現から即座にライン戦線へ投入か。……ほう、推薦人に『ターニャ・フォン・デグレチャフ少尉』の名があるな」

 

その言葉が落ちた瞬間、講堂の空気が物理的な衝撃を伴って波打った。

 

「一年……? 冗談だろ、魔法のいろはも知らん新兵じゃないか」

「白銀の推薦? ああ、あの広報用の人形か。運良く戦果を拾わせてもらっただけの小娘に、一体何の権限があるんだ?」

 

失笑と軽蔑を隠そうともしないのは、東方・南方組の連中だ。

彼らにとっての戦争とは、国境警備という名の「平穏なピクニック」に過ぎない。彼らの目には、俺はコネと幸運だけで紛れ込んだ不純物に映っていた。

 

だが、それ以外の連中の反応は違った。

 

まず、北方組だ。

彼らは、デグレチャフ少尉がまさに『白銀』の称号を授与されるきっかけとなった北方の激戦を知っている。先輩たちから聞かされた「悪魔の如き指揮官」の噂。その署名を見た瞬間、彼らの顔から余裕が消え、ひそひそとした囁きが漏れた。

 

そして、西方組。

ラインの地獄を潜り抜けてきた彼らの反応は、もはや恐怖を通り越し、絶対的な不可侵領域への「畏怖」に近いものだった。彼らは言葉を失い、顔を強張らせ、まるで目の前に生きた死神が現れたかのように身を硬くしている。

 

(……おいおい、頼むからそんな目で見ないでくれ。俺はただの、中身が30過ぎた一般人なんだ……)

 

彼らにとって『白銀』は、お伽話ではなく、血の匂いのする現実の化身。

その化身がわざわざ筆を執って「推薦」した男。それが何を意味するか。彼らは俺の中に、自分たちが逆立ちしても届かない「化け物」の影を探そうとしていた。

 

『マスター。……バイタルデータの急激な変動を検知。血圧上昇、心拍数の乱れを確認。……精神的負荷の軽減のため、鎮静魔法による強制介入を開始しますか?』

 

脳内で、レイジングハートが無機質な声を響かせる。

 

(いらない、必要ない。……魔法で無理やり冷静にさせられるなんて、それこそ化け物への第一歩じゃないか。……今はただ、この針のむしろを耐え抜かせてくれ)

 

俺は奥歯を噛み締め、教官の次の一声を待った。

しかし、その沈黙はあまりに長く、周囲の視線は熱を帯びて俺の背中を焼き続けていた。

 

「……オルカ候補生」

 

教官の声は、石造りの講堂に冷たく反響した。その眼差しは、推薦状に記された「白銀」の名を疑うかのように、俺の頼りない体躯を隅々まで検分している。

 

「前線での幸運は、ここでは通用せん。軍人になって一年の新兵に、帝国を導く『脳』としての重責が務まるとでも思っているのか? 貴公がそこに座っているのは、実力ではなく、単なる人事の気まぐれに過ぎんのではないか?」

 

講堂内の空気が、教官の言葉に同調してさらに冷え込む。東方・南方組の連中からは、隠しきれない嘲笑の気配が漏れ、一方で西方組の連中は「あの白銀の推薦者にそんな口を利くのか……」と、教官の胆力に戦慄しているようだった。

 

「……自分は、与えられた職責を全うすべく、最短効率での習熟を目指す所存です」

 

前世の社畜時代、理不尽な上司の叱責をやり過ごしてきた「鋼の定型文」を繰り出す。感情を殺し、ただ淡々と、波風を立てないように。

だが、そのあまりに隙のない、諦観すら漂う「おっさん」の対応は、教官の目には不遜な余裕と映ったらしい。

 

「……ふん。口だけは達者なようだな。その効率とやら、精々ここでの演習で証明してみせろ」

 

教官が視線を外し、次の候補生の名を呼ぶ。ようやく肺に空気が戻ってきた感覚があった。

 

『マスター。……精神的緊張の緩和を確認。ですが、後方セクターからの視線熱源が上昇中。……「妬み」および「反感」のパラメーターが閾値を超えています』

 

脳内でレイジングハートが淡々と警告を発する。

(わかってるよ……。でも、今はこれ以上の目立ちは御免だ。静かに、石像のように座らせてくれ)

 

休憩を告げる鐘の音が、皮肉にも開戦の合図のように響き渡った。

講堂内に充満していた緊張の糸が切れ、ざわめきが広がると同時に、俺の周囲には物理的な「真空地帯」が出来上がった。

 

「デュオ、大丈夫? 教官、あんなに厳しいこと言わなくてもいいのに……」

 

隣から、心配そうに上目遣いで覗き込んでくるのはヴィーシャだ。

柔らかい金色の髪と、潤んだ大きな瞳。ラインの地獄を潜り抜けてきたとは思えない、その「誰もが守りたくなる」可憐な佇まいは、殺伐とした士官学校において一輪の癒やしの花のようだった。周囲の男たちの視線が彼女に向く時は、どこか柔らかく、庇護欲に満ちている。

 

「ふふ、いいじゃない。初日からこれだけ注目を浴びるなんて、さすが『白銀』のお気に入りね」

 

そして、反対側から軽やかに肩を寄せてきたのが、エレナ・ミュラー――エーリャだ。

ヴィーシャが「静」の美しさなら、彼女は圧倒的な「動」の華やかさだった。洗練された立ち振る舞い、軍服越しでも分かる、非の打ち所のない四肢のライン。初対面の相手すら手玉に取るような不敵な微笑みは、男の視線を計算ずくで受け流す「完成された才女」の空気を纏っている。

 

正直、これが一番まずい。

 

俺たち三人は、この士官学校において極めて特殊な「異物」だった。

 

俺と同じく、ヴィーシャもエーリャも軍歴は一年未満。本来なら、基礎教育すら終わっていないはずの「ポッと出」の新人だ。

 

だが、ヴィーシャはそのひたむきさと可憐さで、エーリャはその圧倒的な美貌とコミュ力の高さで、周囲の反感をなかば無効化――あるいは、羨望へと変えている。

 

翻って、俺はどうだ。

「白銀」のコネ、軍歴一年の新人、そのくせ士官学校でも指折りの「華」である二人を左右にはべらせている。

 

客観的に見て、これほど効率的にヘイトを集める役職(ロール)もそうそうないだろう。

 

(……頼むから、少し離れてくれ。俺の背中が嫉妬の視線で焼け焦げそうだ)

 

「……笑い事じゃない。俺は円満に、同期全員と協力して卒業したいんだ。大学のゼミみたいに、みんなで助け合ってさ……」

 

「ゼミ? また変な言葉使って。……でもデュオ、無理よ。あそこの西方組の連中なんて、あんたが動くたびに直立不動になりそうな勢いだわ。彼らにとって『白銀』の推薦状は、英雄からの信任状と同じ意味なのね。ほら、あんなに熱い視線を送ってるんだから、手でも振ってあげたら?」

 

エーリャが俺の耳元で、楽しげに囁く。

その小悪魔的な距離の近さと、微かに漂う洗練された香水の香りが、講堂の隅で俺を睨みつけている東方組の嫉妬に、文字通りガソリンを注いでいた。

 

『マスター。……急速接近する熱源を確認。東方組三名。……「教育」と称した物理的干渉、および名誉棄損の蓋然性、92%。……各員、魔力障壁の展開準備を開始しますか?』

 

脳内のレイジングハートが、戦う気満々の無機質な声を響かせる。

 

(やめろ! 喧嘩を買うな! ……はぁ、胃が痛い。安全な後方への道は、思っていたよりずっと険しそうだ……)

 

俺の溜息をかき消すように、軍靴の足音が荒々しくこちらへと近づいてきた。

石床を叩く不遜な音が止まり、三人の候補生が俺たちの行く手を阻むように立ちふさがる。

 

「おい、そこの……コネ伍長。ちょっとツラ貸せよ」

 

中心に立つ男の声には、明確な悪意と、実戦を知らぬ者特有の傲慢さがべったりと張り付いていた。

ヴィーシャが不安げに俺の袖を掴み、エーリャは「さて、どうするの?」と言いたげに、面白そうに目を細めている。

元30代の社畜根性でやり過ごせるレベルを、どうやら早々に超えてしまったらしい。

俺はRHの演算ノイズを抑え込みながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

 

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