神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。 作:スレ主
「おい、そこの……コネ伍長。ちょっとツラ貸せよ」
軍靴の底が石床を叩く不遜な音が止まり、俺の視界を三人の人影が遮った。
中心に立つ男の肩のラインには、実戦の泥を一度も被ったことがない者特有の、過剰な自尊心が宿っている。
(……ああ、始まった。テンプレすぎて胃が痛いな)
俺は内心で深く溜息をついた。
ここで殴り合えば、軍規違反で即謹慎。かと言って、無抵抗で一方的にやられれば、明日からの学園生活のQOLは著しく低下する。
(コストとベネフィットが全く見合わない。……ここは「大人の対応」一択だ)
俺は、前世で何度も繰り返した「感情を排した営業用スマイル」を顔に貼り付け、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……自分に何か御用でしょうか、同期諸君。できれば、次の講義の準備を効率的に進めたいのですが。リソースの無駄遣いは帝国の損失ですから」
「効率だと……? 貴様、白銀の尻にくっついて戦果を掠め取っただけの分際で、我ら東方軍のエリートに説教を垂れるつもりか!」
男が激昂し、顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
『マスター。対象の血圧上昇を確認。……ですが、まだ物理的接触には至りません。……あ、変動がありました。右サイドからの干渉により、対象の敵意が30%上昇』
レイジングハートが無機質に告げた直後、右腕に柔らかい感触が伝わった。
エーリャが俺の腕を自身の胸に抱え込むようにして、絡めてきたのだ。軍服越しでも分かる圧倒的な弾力と、洗練された香水の香り。
「あら、デュオ君。あんなに言われて黙ってるの? 私は、自分の身くらいスマートに守れる男の方が、頼りがいがあって好きなんだけどな」
彼女は俺に体重を預け、上目遣いで挑発的な笑みを浮かべる。
(……おいエーリャ、やめろ。それ、火に油どころかニトロを注いでるんだよ。そもそも腕、当たりすぎだ。役員接待でもこんな過激な営業はしなかったぞ!)
『マスター。対象の「嫉妬」による脳波の乱れを検知。攻撃意志がさらに50%増加。……続けて、左サイドからの干渉を確認。……生存本能の刺激により、対象が暴走状態へ移行します』
「デュオ、危な――っ!」
ヴィーシャが俺を庇おうと、必死な形相で俺の袖を掴んで前に出ようとする。だが、焦りで言葉が詰まり、結果的に俺を後ろから抱きしめるような形になってしまった。
(ヴィーシャも、そっちじゃない! その「健気な美少女に必死に守られてる無能」っていう絵面が、一番あいつらのプライドをズタズタにするんだよ!)
『報告。対象の血管が浮き出ました。もはや言語による対話は不可能です。……対象、拳を握り込みました。……物理的制裁の実行まで、0.2秒』
二人の美少女に物理的に拘束され、退路を断たれた俺。
目の前には、嫉妬と怒りで真っ赤になり、いまにも爆発しそうなエリート候補生。
「女の影に隠れて悦に浸るとは、どこまでも腐りきった男だ! 帝国軍人の矜持を叩き直してやる!」
男が怒号を上げ、俺の胸元を突き飛ばそうと、力任せに両手を突き出した。
その瞬間、俺は確信した。
(――あっ、これ詰んだわ)
社畜的な謝罪を口にしようとした俺の理性よりも早く、俺の身を守るために最適化された魔導演算機が、最悪の最適解を導き出した。
『マスターの安全を最優先。……受動的反射障壁、出力15%。座標固定――展開』
キィィィィン、という鼓膜を劈くような高周波。
男の両手が俺の軍服に触れるその寸前、空間にハニカム構造の淡い光が、まるで呼吸するように一瞬だけ明滅した。
「ぐわぁぁっ!?!?」
鈍い衝撃音と共に、男の体がまるで大型トラックに正面から撥ねられたかのように後方へ弾け飛んだ。
男は数メートル後ろのデスクをなぎ倒し、派手な音を立てて床を転がった。周囲の候補生たちが悲鳴を上げ、講堂内の静寂がパニックに塗り替えられる。
「な、何をした……!? 貴様、今、魔法を……!」
「何もしてないだろ。……手も足も動かしてないぞ、あいつ」
東方・南方組が怯えたように後ずさる中、離れた場所で静観していた西方組の連中が、冷や汗を流しながら戦慄の混じった声で呟く。
「……やはりな。白銀の推薦。魔力を練る予備動作すら見せずに、自動反撃の常駐障壁か」
「あいつ、あの至近距離で『反射の衝撃波』だけをピンポイントで叩き込みやがったぞ……。化け物め」
(違う、違うんだ。俺はただ、仲良くしたかっただけなんだ……!)
俺は、悶絶する男を見下ろしながら天を仰ぎたくなった。
RHの過保護すぎる演算が、俺の「円満な学園生活」という名の資産を、物理的に粉砕してしまった。
「……あら、思ったより派手にやったわね、デュオ。やっぱり、口先だけの『おじさん』じゃなかったんだ」
エーリャが、事も無げに俺の腕から離れ、満足そうに微笑む。その目は明らかに「面白くなってきた」と言っている。
「デュオ! ……すごいけど、あ、あの……大丈夫!? 怪我してない?」
ヴィーシャが真っ青な顔で俺に駆け寄り、あちこち確認するように覗き込んでくる。幼馴染としての素の顔が漏れているが、その視線の先には、最悪のタイミングで現れた「巨大な影」があった。
ドォォォォン、と講堂の扉が重々しく開かれる。
「……何の騒ぎだ」
地獄の底から響くような声。
そこには、先ほど俺を「軍歴一年の新兵」と断じたあの教官が、冷徹な眼光をより一層鋭くして立っていた。
倒れた男、粉砕されたデスク、そしてその中心で(美女二人に挟まれて)立ち尽くす俺。
教官の視線が、俺の胸元にある『白銀の推薦状』の入ったファイルに一瞬だけ落ち、それから俺の瞳を射抜いた。
「オルカ候補生。……説明を聞こうか。まさか、実戦演習を待たずに同期を『掃除』し始めたわけではあるまいな?」
(……終わった。俺の士官学校ライフ、初日で終了のお知らせだ)
俺は、前世で何度も繰り返した「申し訳ございません。不可抗力でありまして……」という謝罪会見の準備を、死んだ魚のような目でするしかなかった。
静まり返った講堂に、教官の軍靴の音だけが冷酷に響く。
ひっくり返ったデスクと、呻き声を上げる候補生。言い逃れのできない惨状を前に、俺は前世の不祥事会見のような謝罪を口にしようとした。
だがその時、右腕に再び柔らかい重みが戻った。エーリャだ。彼女は俺の腕を自身の胸に深く抱え込んだまま、艶然とした微笑みを教官へ向けた。
「……教官、誤解ですわ。これは喧嘩などではなく、親睦を深めるための『突発的対人レクリエーション』です。ねえ、皆さん?」
(……レクリエーション!? 08小隊のシロー・アマダみたいな無茶な言い訳を士官学校で通す気か!?)
俺の戦慄をよそに、空気が一変した。
エーリャの言葉に即座に反応したのは、西方組のリーダー格だ。彼は直立不動で敬礼し、声を張り上げた。
「はっ! 異議ありません! ライン戦線を共にしたオルカ候補生の卓越した反射防衛技術、我々もその身で学びたく志願した次第です!」
(おい、西方組! 目が泳いでるぞ! 「ここで彼を売ったら白銀に消される」って顔に書いてあるぞ!)
すると、吹っ飛んでいた東方組の男までもが、屈辱に顔を歪めながらも立ち上がった。彼にとっても、手も足も出ずに転がされたのが「ただの喧嘩」では末代までの恥だ。「不意を突かれた実戦訓練」だったことにする方が、まだメンツが保てる。
「……そ、その通りです。少々、熱が入りすぎました」
「静かにしろ」
教官の短く鋭い一喝が、講堂を切り裂いた。
全員が背筋を凍らせ、口を閉ざす。教官はゆっくりと歩を進め、俺の目の前で足を止めた。
「本来なら、貴様ら全員を連帯責任で日没までの体力錬成に叩き込むところだ」
その言葉に、候補生たちの肩が「ビクッ」と大きく跳ねた。士官学校のしごきを予感し、絶望が広がる。
「だが……」
教官の口角が、凶悪なほど不敵に吊り上がった。
「実際問題、たった一年で『白銀』にその実力を認められた男が、一体どんな手品を使うのか。長年魔導師として前線を張ってきた俺としても、興味がないと言えば嘘になる。……いいだろう、その『レクリエーション』とやら、俺も混ぜろ」
教官の瞳の奥に、教育者としてではなく、一人の「武人」としての熱が宿る。
「午後の演習は、本来俺が模範を見せる予定だったが、予定を変更する。まずはオルカ候補生、貴様の『実力』をこの目で見せてもらおう。俺は特等席で見物させてもらう。……オルカ対、さっきの東方組ユニットだ。正式な模擬演習としてな」
東方組の男が「はっ、もちろんです!」と血走った目で俺を睨む。次は不意打ちじゃない、本気で叩き潰してやると、その全身から殺気が漏れていた。
「……話は決まったな。全員、解散だ。各自、昼食を済ませて午後の模擬演習の準備をしておけ。遅れるなよ」
教官が背を向け、大股で講堂を去っていく。その瞬間、張り詰めていた空気が一気に弛緩し、代わりに好奇と嫉妬の混じった視線が俺に突き刺さった。
「デュオ! ……すごいけど、あ、あの……大丈夫!? 怪我してない?」
真っ先に駆け寄ってきたのはヴィーシャだ。真っ青な顔で俺のあちこちを確認するように覗き込んでくる。周囲の目はあるが、今は幼馴染としての心配が勝っているようで、その瞳は潤んでいた。
「……ああ、平気だ。俺は何もしてないしな」
「何もしてないって……あんなに派手に飛ばしておいて。もう、無茶ばっかり! 午後の演習だって、あんなに睨まれてるんだよ?」
ヴィーシャが不安げに東方組の連中を盗み見る。彼らは屈辱に震えながら、再戦に向けて殺気立った打ち合わせを始めていた。
「ふふ、いいじゃない。初日からこれだけのステージを用意してもらえるなんて。ねえ、デュオ君?」
反対側から、エーリャが楽しげに肩を並べてくる。満足そうに俺の腕から離れ、優雅に髪をかき上げたその目は、完全に「面白いオモチャ」を見つけた子供のそれだ。
「やっぱり、ただの『真面目君』じゃないわね。午後の演習、あなたの『本気』を特等席で見せてもらうわ。期待してるわよ?」
(……本気、ね。できれば目立たず、定時退社するように卒業したかったんだがな)
俺は遠くを見つめ、今日何度目か分からない深い溜息を吐き出した。
平和な学園生活という名の「円満なプロジェクト」は、開始一時間で炎上案件へと姿を変えていた。
『マスター。……模擬演習用の最適化シークエンスをバックグラウンドで開始。……対象の魔力出力から推測される生存率を算定中。……「手加減」の難易度は、前世の徹夜続きの予算交渉以上に困難であると判断します』
脳内で響く、レイジングハートの無機質で、どこか好戦的な声。
(分かってるよ、RH。……はぁ、胃が痛い。午後の演習は、相手のプライドを適度に満足させつつ、こっちの底は見せない……。前世の「取引先の重役相手の接待ゴルフ」より、何倍も難易度が高い接待になりそうだな……)
俺は、午後のさらなる波乱――いや、「処刑場」へのカウントダウンを聞きながら、重い足取りで食堂へと向かった。
レクリエーションって言い張れば通った世界が悪い。
感想書いてくれるとモチベ上がって早く文字書けます。