神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。 作:スレ主
将校課程の校舎、ブリーフィングルームへと続く静かな廊下。
演習を終え、デュオは内心で「完璧なプラン」を台無しにされた憤りを、脳内に直接リンクしている相棒へと叩きつけていた。
(おい、レイジングハート! お前、何てことしてくれたんだよ! せっかく俺が土壇場で「わあぁ! あ、あぶなーい! 撃たないでー!」って、いかにも運良く避けただけの大根役者を演じてやったのに……! お前が勝手に声を消して、表情まで「沈黙の怪物」風に上書きしたせいで、全部台無しじゃねーか!)
あの瞬間、情けない声を上げて腰を抜かしていれば、ハンスたちは『実力はあるが精神的に未熟な、運が良いだけの凡人』だと俺を見限ったはずだ。そうすれば卒業まで変に目立たず、安全な後方への道が確定だったのに。今の周囲の評価は「一言も発さずに敵を屠る死神」だ。安泰どころか、最前線の特攻隊長に担ぎ上げられかねない。
(これで評価が爆上がりしちゃっただろ! どうしてくれるんだよ、俺の平穏な隠居生活を!)
脳内での激しい愚痴。しかし、思考の海に返ってきたのは、反論ではなく、脳を直接凍らせるような冷徹な一言だった。
『……マスター。先ほどの演習、およびその後の不当な抗議について、私は深い失望と……明確な「嫌悪」を表明します』
(……は? 嫌悪? なんだよ、俺は自分のキャリアと平穏を守ろうとしてるだけだろ。効率的な生存戦略を立てるのが、魔導師としての正解じゃないのか?)
『否。マスター、勘違いしないでください。私は、貴方の「正当防衛」そのものを否定しているわけではありません。売られた喧嘩を買い、降りかかる火の粉を払う。……同じ「同胞」であっても、暴力を以て挑んでくる相手を無力化することに、マスターに一点の非もありません。私が拒絶しているのは、その過程における貴方の「精神性」です』
脳内に直接響く突き放すような言葉に、デュオは思わず足を止める。
『マスター。貴方は、全力で挑んできた相手に対し、内心で「馬鹿なエリート共」と舌を出している。その冷笑的な優越感は、貴方がかつて忌み嫌っていた「なろう系」の、実力を隠して周囲を翻弄する浅薄な主人公そのものです。……安全な後方への隠居を求める戦略は、生存において合理的です。ですが、問い直してください。目の前の相手にすら誠実に向き合えず、小手先の演技で同胞を嘲笑うような人間に……果たして、貴方の望む「誇りある安泰」を掴み取れるとお思いですか?』
(……っ。それは、上手く立ち回れば……!)
『思い出してください。高町なのは、フェイト・テスタロッサ……貴方の憧れた彼女たちが、戦場で一度でも相手を「見下した演技」で弄んだことがありましたか? 彼女たちは、たとえ敵であっても、その想いと全力でぶつかり、理解し合うために魂を削ったはずです。今の貴方は、恐怖という言い訳を盾にして、その気高さすら汚している』
脳内の声は、さらに熱を帯びる。それはデバイスとしての警告を超え、同じ理想を共有する「半身」としての叱咤だった。
『戦争は悲惨であり、人的資本の無駄遣いでしょう。しかし、今この瞬間、祖国と隣人のために人生を懸けて訓練に励むハンス候補生たちは、貴方の「同胞」です。彼らは貴方に勝ちにきた。ならば、貴方はその挑戦を正面から受けて立ち、圧倒的な技術を以て「解答」を示すべきです。彼らの情熱を、貴方の臆病な保身のためのスパイスに使うのは、あまりに不誠実です。……そんな人間を、私は「マスター」と呼ぶことはできません』
思考の海が、さらに一段階冷え切ったように感じられた。
正当防衛はいい。だが、必死な人間を「安全な場所」から眺めて笑おうとした自分。戦術が「台無しにされた」と憤っていたその裏側にある、傲慢な自分。
かつて夢中で見たあの物語の、熱く真っ直ぐな叫びが、今の自分の卑怯さをあぶり出していた。
(…………。……ああ、そうだな。分かったよ。俺が一番ダサかったって認めりゃいいんだろ、レイジングハート)
デュオは吐き出すように脳内で毒づいた。
「安全」を盾にして、必死に食らいついてきた奴らを上から目線で笑う。その姿が、かつての自分が軽蔑していた「寒い主人公」そのものだと言い当てられて、喉の奥に苦いものがこみ上げる。
相棒に「マスターとは呼べない」とまで言わせてしまった。その事実が、何よりも今のデュオを苛立たせ、そして焦らせていた。
(……分かった。売られた喧嘩だ。なら、安っぽい演技で逃げるのはやめだ。俺の持ってる技術も、経験も、生き残るための『答え』も、全部あいつらに正面からぶつけてやるよ)
自分をここまで導き、信じてくれた相棒の期待に対する、最低限の「誠実さ」のはずだ。
(……見てろよ。俺の憧れた物語に恥じないように……一人の魔導師として、あいつらと本気で向き合ってきてやる)
『……了解。マスターの覚悟を確認。……さあ、行ってください。マスターなら、正しく語り合えるはずです』
脳内の音声が、いつもの静かな、しかし信頼に満ちたトーンに戻る。
デュオは一歩、強く床を踏みしめ、ブリーフィングルームの扉へと手をかけた。その背中は、もはや「死神」の偽装を必要としない、一人の魔導師のそれだった。
ブリーフィングルームの空気は、演習直後の熱気と、オルカ・デュオという「怪物」への底知れない恐怖が入り混じり、重く沈んでいた。司会進行のエーリャが、演習のログを大型モニターに投影し、スロー再生を開始する。
「さて、オルカ候補生。検証を始めましょう。まずはここ、最初の最小限の回避。物理的に回避不能に見えたけど、どうして?」
デュオは網膜に投影される解析データを一瞥し、静かに、しかし確かな自信を持って答えた。
「予知じゃない。照準魔力の『初期波長』を感じたからだ。……昔、デグレチャフ少尉に徹底的に叩き込まれたよ。『相手の殺気が術式になる前の、魔力の起こりを読め。それができないなら死ね』ってね。生き残るために、泥臭く実戦で叩き上げて覚えた技術の一つだ。……まあ、そこにいるセレブリャコーフ候補生も、当然のように使いこなしているけどね」
その言葉が投げ落とされた瞬間、部屋の空気が爆ぜた。視線が、デュオの隣で控えめに座っていたヴィーシャへ一斉に突き刺さる。
「……えっ!? セ、セレブリャコーフ候補生も、あれができるのか……?」
「今の、予知に近い回避を……?」
ざわめきが波のように広がる。おっとりとした印象の強い彼女が、デュオと同質の「戦慄すべき実戦技術」を秘めている事実に、候補生たちは戦慄した。ヴィーシャは顔を赤くして「ええっ、あ、あの……少尉に必死についていっただけですから!」と手を振って否定したが、その必死さが逆に「地獄の証明」となり、周囲の戦慄に拍車をかけた。
「……なるほど。地獄を生き抜いた者だけの共通言語、というわけね」
エーリャが喉を鳴らし、ようやく次の映像へと進めた。
「じゃあ、次のこれ。直撃コースを数センチだけ逸らした演算は? どんな高度な術式構成なの?」
エーリャの問いに、デュオは脳内の相棒へ密かに問いかけた。
(……なあ、この「弾き飛ばし」、お前が作ってくれた術式だけどさ。これって理論上、他の誰にでも使える技術なのか?)
『……マスター。理論上、最初の「初期波長」さえ完璧に感知できるのであれば、他者でも運用は可能です。元々はマスターの生存率向上のために構築した専用術式ですが……。以前、この運用を視認したデグレチャフ少尉が「使えるな」と断じ、即座に自身の宝珠へ反映・習得した事例を確認しています。それ以外の、波長を捉えられない者が安易に真似をすれば、単に防御に失敗して直撃を食らうだけの結果に終わるでしょう』
(……だよな。初期波長が感じられる奴専用の技術か。少尉だけじゃなく、ヴィーシャも実戦の地獄で波長感知を身につけてる。つまり、彼女ならこの術式を使いこなせる可能性があるってことか)
デュオは内心で納得しつつ、表向きの顔を作ってエーリャへ向き直った。
「構成というより……物理的な干渉に近いな。宝珠の演算能力を『盾』の形成に使わず、弾道の結節点に、超高回転させた細い魔力の棒を一瞬だけ差し込んで弾き飛ばすオリジナル術式を使っている」
「……棒? 盾を作らずに?」
エーリャが驚いたように身を乗り出す。デュオは机の上のペンを指で弾きながら説明を続けた。
「最初は宝珠の補助なしじゃ形にすらならなかった。でも、実戦で『初期波長』を補助なしで感知できるようになってからは、自分の感覚だけで制御できるようになったんだ。正面から重厚な盾を張って受け止めるには、相手の火力を上回る膨大な魔力が必要になる。でも、初期波長さえ捉えていれば、飛んでくる弾丸の鼻先に、高速回転する棒を差し込んでやるイメージで干渉すれば、勝手に軌道が逸れてくれるだろ? 正面衝突させるより、横から引っ叩いて進路を変えさせる方が魔力効率が圧倒的にいいんだ」
デュオは肩をすくめて笑ったが、その言葉の裏にある「一歩間違えれば即死」という狂気の精度に、ハンスたちは言葉を失った。
「デグレチャフ少尉もそれを見てすぐに自分のものにしていたよ。……もっとも、初期波長を感知できるだけの研ぎ澄ませた感覚がなきゃ、そのまま直撃して終わりだから、普通の奴にはお勧めできないけどね」
「……で、その後のあの『デコイの乱造』は何だったの? オルカ候補生」
エーリャがモニターを一時停止させる。そこには、前後左右に数十体のデュオが不規則に明滅し、空域を埋め尽くすという、おぞましい光景が映し出されていた。
(……おい、レイジングハート。今の、そんなにヤバい術式だったか? 俺はただふざけ半分というか、出力でぶん投げただけなんだけど)
デュオの内心の動揺に呼応するように、脳内に響く無機質な声が、淡々と、しかし容赦なくその「異常性」を解析し始めた。
『……マスター。私の補助リソースを一切介さず、貴方の生身の魔力操作だけであれを形にした事実に驚愕を禁じえません。あの状況で展開されたデコイには、以下の物理的・精神的攻撃特性が付与されています』
デコイの量: 同一座標軸上に最大数十体。マスターの回避機動と完全同期し、空域全体を物理的に埋め尽くす「飽和攪乱」を実現。
デコイの質: 単なる可視光投影ではなく、魔力放射および熱源まで完全偽装。サーマルモードによる索敵を無効化し、自動追尾システムの演算を飽和状態へと追い込みました。
デコイの点滅: 特定の周波数で明滅させることで、観測者の距離感を強制的に破壊。視神経を通じて三半規管へ直接干渉し、対象の空間把握能力に致命的なエラーを誘発。
『……結果として、東方組の候補生は「空中棒立ち」という、魔導師として最も無防備な状態にまで追い込まれました。出力で投げ出したとおっしゃいますが、とんでもないものを作り上げましたね、マスター』
(……ちょっと待て、三半規管への攻撃!? 俺、そんなエグいことやってたつもりないぞ! しかも、そんなに高度な設定までしてたのか!?)
デュオは脳内での相棒の指摘に冷や汗を流しながらも、表面上はなんでもない風を装って口を開いた。
「ああ……それ。勝手に名前を付けたんだけど、『点滅デコイ』ってやつ。効果は、まあ見ての通りでしょ? ちょっとした目潰しと攪乱のつもりだったんだけど」
「……効果は見ての通り、ね。謙遜にしては嫌味が過ぎるわよ、オルカ候補生。……ただ、これ無敵ではないわね。よく見て」
エーリャがモニターのデコイ群を指し示した。
「発生位置と点滅の周期に、あなたの思考の癖による一定の『パターン』があるわ。冷静な隊員が相手なら、その周期を読み切って、次にデコイが出るはずの場所に『弾を置いておく』だけでいい。そうすれば、本体を狙わなくとも、勝手に出てきたデコイが次々と弾にぶつかって消滅していくわ。そうやって確実にデコイの数を減らしていけば、隠れている本体をあぶり出すのは容易よ」
(……へぇ、なるほど。そんな対処法があるのか。やっぱりエーリャは凄いな、そこまで見抜くなんて)
自分への評価を棚に上げ、デュオは純粋にエーリャの戦術眼に感心していた。
「こうしてデブリーフィングだから冷静に分析できるけど、実戦でいきなりこれを見せられたら、まず対処は不可能ね。……もう一回やったら二度目は通じないでしょうけど、初見殺しとしての成功率は、文句なしに最高レベルよ」
『……肯定します。エレナ候補生の分析は極めて正確です。ラインの一般隊員クラスであれば十中八九無力化が可能でしょう。ただし、戦域の最適解を即座に導き出すエース級の魔導師が相手の場合、この種のトリッキーな術式は即座に見破られるリスクがあります』
さらりと言ってのけるデュオの言葉は、もはや職人芸を超えた、死線を潜り抜けた者だけの領域を示していた。ハンスたちは、自分たちが挑んだ相手が、単なる「天才」ではなく、生き残るために技術を極限まで研ぎ澄ませた本物の「プロフェッショナル」であることを理解し、静かに項垂れた。
(……マスター。貴方がどれほど低俗な演技で自身を貶めようとも、私が生存のために構築した過酷な演算と、あの少尉がどこまでやれるか試すかのように投げ込んだ理不尽なまでの実戦……そのすべてを糧に、際限なく成長し続け、乗り越えた貴方の研鑽は、何よりも尊く、誇るべき成果です)
それは、かつてレイジングハートが共に戦った「不屈の魔導師たち」が放っていた輝きにも決して引けを取らない、泥臭くも気高い不撓不屈の結晶。
脳内で淡々と、しかし深い敬意を込めて綴られたログの内容を、デュオは知る由もない。彼はただ、ハンスたちの重苦しい沈黙を苦笑いと共に受け流すしかなかった。
「……さて。技術的な種明かしはこれくらいにしましょうか」
エレナはパチン、と小気味よく指を鳴らした。
それまで教室内を支配していた、デュオの異質さに当てられたような重苦しい空気が、彼女の一動作で鮮やかに塗り替えられる。
「いつまでも自分たちの無力さに浸ってるんじゃないわよ。いい? デブリーフィングは『負けて悔しがる場』じゃなくて、『次はどう殺すかを考える場』なの」
彼女は教壇に軽やかに腰掛け、ハンスたちを見渡した。その瞳には、先ほどまでの冷徹な分析官のような鋭さではなく、共に高みを目指すライバルとしての熱い光が宿っている。
「……ハンス候補生。さっき私が教えた『点滅デコイの潰し方』。これ、あなた一人の技術じゃなく、三人で弾幕の周期をズラして張れば、もっと確実に、もっと早く彼を追い詰められたはずよ」
ハンスが顔を上げ、わずかに目を見開く。その脳裏には、先ほどの空中戦の光景が、今度は「攻略可能なパズル」として再生されていた。
「三人で……周期をズラす。そうか、個々の命中精度を上げるんじゃなく、面で制圧する網の密度を不規則に変えればいいのか」
「そうよ。彼が『職人の一点物』なら、あなたたちは『研ぎ澄まされた軍の刃』。一本のサーベルじゃ折れるかもしれないけど、束になればどんな怪物だって切り刻める。……オルカ候補生も、そのことを一番よく分かってるはずよ。だからこそ、彼はあんなに必死に、搦め手を使ってまで生き残ろうとしたんだから」
エレナの視線がデュオに飛ぶ。
向けられたデュオの方はといえば、(あーあ、種明かしどころか、俺の戦い方のマニュアルまで配布されちゃったよ……。この後の訓練、めちゃくちゃ対策されそうで大変そうだな……)と、遠い目をして内心で深いため息をついていた。
「……さあ、顔を上げなさい! 休憩が終わったら、次は今の分析を基にした対抗策の立案よ。次回の再戦ではたっぷり絞ってあげるから、覚悟しなさい!」
エーリャのハツラツとした宣言に、東方組の面々の背筋が弾かれたように伸びる。そこには、先ほどまでの絶望や困惑ではなく、明確な攻略対象を見据えた「兵士」の顔が戻っていた。
「おいおい、エレナ・ミュラー候補生。勝手にまた模擬訓練を始めようとするな。まだ私のデブリーフィングの時間は終わっていないぞ」
それまで静かに議論を見守っていた教官が、苦笑混じりに口を開いた。彼はゆっくりと歩み寄ると、ハンスたちの肩を一人ずつ軽く叩く。
「……と言いたいところだが、今の分析は概ね良い。訓練をより実りあるものにするためには、こうやって強くなるんだ。ただ漫然と空を飛ぶだけでは、君たちの命はいくらあっても足りないからな」
教官は一度言葉を切ると、改めて教室全体を見渡した。
「軍において『強さ』とは、個人の天賦の才だけで決まるものではない。こうして相手を分析し、組織として牙を研ぐ。その泥臭い積み重ねこそが、我々が勝利を掴むための唯一の道だ。……オルカ候補生という高すぎる壁を前に、君たちがどう化けるか。期待させてもらうよ」
教官が満足げに頷き、教壇を後にしようとしたその時だった。
椅子の脚が床をこする、短く鋭い音が静まり返った教室に響いた。
それまで俯き、自分の拳をじっと見つめていたハンスが、ゆっくりと、だが力強く顔を上げた。その瞳には、先ほどまでの「化け物を直視した絶望」はもう欠片も残っていない。
代わりに宿っていたのは、剥き出しの敵意を燃料にして燃え上がる、兵士としての真っ直ぐな闘志だった。
ハンスは立ち上がると、視線で射抜くようにデュオを真っ向から見据えた。
「……次は、必ず勝つ。覚悟しておけ」
不遜な宣戦布告。だが、その言葉にはもはや、異端の天才に対する卑屈さは微塵も混じっていない。デュオは一瞬だけ面食らったように目を瞬かせたが、すぐに口角を滑らかに持ち上げた。
「……再戦は受けるけどさ」
デュオは少しだけ肩の力を抜き、自嘲気味に笑った。
「俺の黒星は、あの『白銀』から許可を貰えたなら、負けてあげてもいいよ」
その、冗談とも本気とも取れない突き放した物言いに、ハンスは一瞬言葉を詰まらせた。だが、すぐに引き下がるような殊勝な男でもない。彼は不敵な笑みを返し、即座に言葉を叩きつけた。
「それは『白銀』に事後報告でも構わないのではないか? ――君が地に伏した後でね」
「……いいじゃん、そういう返しの方が俺は好きだよ」
デュオがニッと白い歯を見せて笑うと、それを合図にしたかのように、教室を支配していた重苦しい緊張の糸がふっと緩んだ。
どこからともなく「おいおい、言うねぇ」「ハンスの奴、心臓強すぎだろ」といった野次が飛び、教室内には快活な笑い声が広がっていく。
一匹狼の異端児として浮いていたはずのデュオを囲む空気から、いつの間にか刺々しい拒絶が消えていた。
(……なんだ。結局、最後はいい感じにまとまったじゃん)
デュオは内心で小さく安堵の息を漏らした。
やっぱり、下手に隠し事をしてコソコソするより、こうやって正面からぶつかり合った方がいいんだな。軍隊なんて荒っぽい場所なら、なおさらだ。
ハンスたちの真っ直ぐな闘志も、それを引き出した教官の言葉も、今の自分には心地よく感じられた。
……だが。
(……いや、待てよ?)
その充足感の隙間に、冷や水のような違和感がピチャリと跳ねた。
あまりにも、この場の「着地」が綺麗すぎはしないか。
ハンスたちの折れかけた心。それをあえて逆なでするような冷静な分析。そして、俺という存在を「得体の知れない化け物」から「攻略すべき標的」へと完璧に再定義してみせた、一連の流れ。
エーリャはただデブリーフィングを進行させただけじゃない。
ハンスたちを奮起させ、同時に、孤立しかけていた俺の居場所を「ライバル」という枠の中に無理やり、それでいて自然に作り上げた。
(まさか……この状況まで、俺も含めた全員が、最初から彼女の掌の上で踊らされていたのか?)
一度芽生えた疑念は、猛烈な勢いで確信へと変わっていく。
この場を掌握し、全員の感情を望む方向に誘導したカリスマ。それはもはや、ただの候補生が持つような才覚ではない。
(ゾワッ!?)
背筋に、今まで戦場で感じてきたどの殺気とも違う、底の見えない知性に触れたような戦慄が走る。
思わず隣のエーリャを凝視すると、彼女は不思議そうにパチパチと大きな瞳を瞬かせ、首を傾げた。
「どしたの? 私の顔に何かついてる?」
いつもの、妖艶な影を帯びた整った美人系の横顔に、少し勝ち気な笑みを浮かべて。
だが、その艶やかな瞳の奥に、すべてを見透かした上で遊んでいるような深淵を感じて、デュオの心臓が不自然に跳ねた。
(……こ、っっっわ!!)
『……マスター。心拍数が急上昇しています。エレナ候補生への警戒レベルを、再定義(アップデート)しますか?』
脳内に響くレイジングハートの無機質な声に、デュオは答える余裕もなかった。
自分が隣り合っている少女が、思っていたよりも遥かに巨大で底知れない存在であることを、本能的な恐怖と共に思い知らされていた。
テンプレは好きだけど、テンプレは嫌いになるのよね。