神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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名前からしてかっこいいよね、レイジングハート


第19話:『信頼と敬愛と英雄への階段と——それと高みの静観者』

 

宿舎の硬い椅子に座り、ヴィーシャは万年筆を走らせる。

 

「……ふぅ。デュオ、もう少し手加減してくれないと、中尉に説明がつかないんだけどな」

 

傍らの冷めかけたコーヒーを一口すすり、彼女はライン戦線の泥濘に比べれば天国のような、この「充実した地獄」を綴り始めた。

 

『拝啓、デグレチャフ中尉。

帝国の最高学府たる軍大学校において、将来の参謀官として研鑽を積まれる中尉の「白銀の翼」が、変わることなく輝きを放っておられることを確信しております。

私共の促進将校課程も、戦時特例により十ヶ月へと短縮されました。五ヶ月間の共通教育では、各科の専門知識を深く学び、軍人としての地平を広げております。特にオルカ候補生は、各科において独自の知見を活かした協力を行っており、教官や技術官の方々と非常に熱気ある時間を過ごしております。』

 

 

 

「各自、輸送効率を最大化させた運行計画(ダイヤグラム)を策定せよ」

教場の机に広げられたのは、定規と多色ペンで整然と描かれた、緻密な「線」の群れだった。

それを受け取った教官は、数分間、無言でその図面を精査し続けた。

 

「……あの、すみません。やっぱり、今の帝国の設備じゃこれ、無理ですよね。忘れてください」

 

デュオは断定的にそう告げ、図面を引き取ろうとした。だが、教官の指がそれを静かに、だが力強く押さえた。

 

「……無理だと? 貴様、これほど緻密なダイヤグラムを出しておいて、今さら『無理』で済ますつもりか」

 

教官は図面の特定の結節点を指差す。その眼光は、単なる学生の課題に向けられたものではなかった。

 

「平時であれば、これほど詰め込む必要はない。だが、今は二正面作戦の真っ只中だ。……さらに、この積載スケジュール。デグレチャフ中尉の『物資集積の重要性について』の論文を参照した上での最適解だな?」

 

「ええ。中尉の理論である『梱包の規格化』と『在庫情報の計上による死蔵の排除』。これらを前提にして、さらに活かすためのダイヤグラムの最適化を考えてみたんですけど……。やっぱりこれを動かす側のマネジメントがかなりきついですよね」

 

「……面白い。この緻密な計算の上のダイヤグラムを見て、我ら鉄道科が検討もせずに終わらせるわけにはいかん。これだけの能力向上が見込めるのだ。このダイヤグラムを鉄道部に持っていき、実用化の可能性を上に掛け合ってみる」

 

教官は教場を見渡し、特に鉄道科を志望する候補生たちを鋭い眼光で射抜いた。

 

「聞いたか、鉄道科の候補生諸君。貴様らもいずれこのダイヤグラムを運用する側になる。管理・操作時間をコンマ数秒でも短縮する意識を持て。供給網の維持こそが我々の任務だ」

 

教場に、短く重い返唱が響いた。

 

『鉄道科では、彼の作成した緻密な運行計画に感銘を受けた方々が、実用化に向けて動き出しております。また兵器科においても、彼の持ち込んだ斬新な発想が技術陣を驚かせ、実験段階にまで話が進んでおります。』

 

 

 

兵器科が魔導士の候補生向けに実施した、「次世代演算宝珠への要望調査」。

多くの学生が「軽量化」や「安定性」といった現実的な回答を寄せる中で、デュオが提出した回答用紙には、魔力をあらかじめ結晶化してカートリッジに封入し、現場での魔力消費を抑えつつ連射性能を引き上げるという、特異な構想が記されていた。

それを見た技術将校は、教壇からデュオを呼び止めた。

 

「……オルカ候補生。このアンケートの回答、面白いな。魔力をカートリッジに込めて物理的に交換する……。論理的だが、現状の問題点としては、瞬間的な魔力圧に耐える専用銃身の新造、魔力の個体認証、そしてカートリッジ材料の高騰が挙げられるな」

 

「……あ、すみません。アンケートだったので、とりあえず『あったらいいな』と思って、願望込みで書いてみただけなんですけど」

 

デュオは、あくまで一学生の自由な発想としてそう答えた。だが、回答用紙を睨みつけたままの将校の唇は、すでに止まらなくなっていた。

 

「……いや、待て。確かに課題は多いが、もしこの規格を統一し、専用の薬室(チャンバー)を備えた銃身を開発できたなら……。現場での魔導師自身の魔力リソースを一切削らず、予備弾倉(マガジン)として魔力を携行できる。そうなれば、継戦能力は現行の数倍に跳ね上がるぞ。……それだけじゃない。この充填効率の試算通りにいくなら、全弾を一度に開放すれば、巡洋艦の主砲並みの『切り札の一撃』すら可能になるのではないか?」

 

将校の瞳に、技術者としての探究心が灯る。

 

「……面白い。高コストや個体認証の壁はあるが、技術官としてこれをただの紙クズにするのは忍びないな。専用銃身の強度計算と、魔力伝導率の高い合金の選定を始める。オルカ候補生、君のこの試算、資料として預かってもいいか?」

 

目の色を変えて図面に食いつき、すでに取り掛かるべき工程を分担し始めた技術者たちの熱量を前に、デュオはわずかに身を引いた。

 

「……ええ、もちろんです。お役に立てるなら」

 

戸惑い混じりの返答をよそに、技術者たちは難易度の高い課題に逆に火がついた様子で、すぐさま計算尺を叩き始めた。

 

 

『ですが、彼が最も周囲に影響を与えているのは、やはり魔導師としての実戦的な技術でしょう。放課後に行われる自主訓練では、もはや彼が教官の代わりを務めていると言っても過言ではありません。最初は一個分隊、次は小隊……。彼が一度も不覚を取らないものですから、周囲の期待は膨れ上がり、最終的には面白半分で「一個中隊」を相手にするという、無謀な訓練にまで発展してしまいました。』

 

 

 

 

夕刻の演習場。オレンジ色に染まり始めた空の下で、デュオは顔を引きつらせていた。

視線の先には、整然と展開する一個中隊――十二名の同期候補生たちが、銃を構えて自分を囲んでいる。

 

「……おい。流石に一個中隊を相手に単機でやれってのは、訓練の域を超えてるだろ。実際の戦場なら、迷わず後退(転進)を選択する局面だぞ」

 

デュオの至極真っ当な抗弁に対し、地上で腕を組み、不敵な笑みを浮かべるハンスが野次を飛ばした。

 

「逃げるのか、オルカ候補生? あの『白銀』は北方のノルデンで、たった一機で敵中隊を相手に、600秒の遅滞戦闘を完遂したんだぜ。……その上で、さらに4人叩き落としたって話だ」

 

「……ノルデンで、中隊を相手に10分間? しかも4人……?」

 

デュオは思わず、言葉を失った。

自分も地獄のような戦場を潜り抜けてきた自負はある。だが、記録として突きつけられたその数字の異常さに、背筋が薄寒くなった。一個中隊の火力をたった一人で受け止め、なおかつ反撃に転じて戦果を挙げるなど、もはや生存戦略の計算式が成立しない。

 

(……あの幼女、やっぱり人間じゃねえな……。どんなことをすればそんな芸当ができるんだよ)

 

ドン引きするデュオの内心を見透かしたように、脳内では相棒のレイジングハートが追い打ちをかける。

 

『……マスター。比較対象として提示された記録の正当性を確認。……挑まれますか?』

「……ああ、そうかよ。やってやろうじゃねえか、クソッタレ……!」

 

自暴自棄に近い叫びと共に、デュオは一気にスロットルを押し込んだ。背後の加速装置が、悲鳴のような高周波を上げて空気を切り裂く。

 

『了解。生存優先モードへ移行。……マスター、来ます!』

 

レイジングハートの無機質な警告と同時に、視界が真っ白に染まった。

一個中隊、十二門以上の魔導銃が一斉に火を噴く。それは「狙い」という概念を超えた、空域そのものを削り取るような魔力光の鉄槌だった。

 

「おぉぉぉぉ!!」

デュオは反射的に高度を急降下させ、地表スレスレの乱気流へと突っ込んだ。盾を張る余裕なんて微塵もない。防御に一瞬でも演算を割けば、その瞬間に弾幕の網に捕まり、空中でバラバラに解体される。

 

「おい、お前ら! さっきから狙いがエグいんだよ! 本気で同期の頭をぶち抜くつもりか!」

 

オープン回線に叩きつけるデュオの怒号が、演習場全体に響き渡る。それに対し、包囲網を絞り込み、組織的な追い込み漁を仕掛けてくる同期たちの冷徹な返唱が重なる。

 

「当たらないお前が悪いんだろ、オルカ! ほら、右が空いてるぞ!」

 

「空いてるわけねーだろ、この野蛮人どもが! 痛っ! 今の誘導弾、カスったぞ! レイジングハート、防護膜の偏向を急げ! 落ちる、落ちるって!」

 

『肯定。ですがマスター、叫んでいる暇があるなら、あと0.3秒早く旋回を。……12時方向、上空より連射来ます』

 

「わかってるよ! クソッ、どいつもこいつも……ッ! そんなに俺を墜としたいなら、卒業する時に、俺のサイン入り標的でも配ってやるよ、この人殺し予備軍どもが!!」

 

デュオの精一杯の皮肉がスピーカーを通じて空域に響いた直後、通信に割り込んできたのは、弾幕の密度をさらに一段階引き上げるような、容赦のない嘲笑だった。

 

「当たり前だろうが! 俺たちは軍人だからな! 予備軍なんて生易しいもんじゃねえ、正真正銘の『人殺しのプロ』だ。光栄に思えよオルカ!」

 

「……っ、ああそうかよ! プロ根性が過ぎるんだよ、この仕事人間どもが!」

 

暴言をオープン回線で撒き散らしながらも、デュオの機動は限界を超えて研ぎ澄まされていく。飛来する魔力弾の「初期波長」を脳に直接焼き付け、回避不能な弾道だけを、極小の魔力の棒で叩くようにしてわずかに逸らす。

一発、また一発と、耳元を焼くような轟音が通り過ぎるたびに、限界まで薄く張られた防護膜が激しい火花を散らす。

 

「はぁ、はぁ……っ! 死ぬ、マジで死ぬ……! なあ、あいつら絶対『白銀』より楽しそうに撃ってきてるだろ! 性格最悪かよ!」

 

『マスター、集中を。あと300秒。折り返しです』

 

「まだ半分かよ! 誰だ600秒なんて言い出した奴は! ノルデンの悪魔に呪われろ!!」

 

肺が焼け付くような熱い呼吸を繰り返し、加速装置の異音に心臓を急かされながら、デュオの「生存」を懸けた後半戦が幕を開ける。

 

 

 

 

 

これまで遠距離からの斉射で仕留めようとしていた中隊の空気が、一変した。弾幕の網を潜り抜け続けるデュオに業を煮やしたかのように、包囲網が急速に収縮を始める。

 

「全機、クロスレンジへ移行! 物理的に進路を塞げ! 叩き落とすぞ!」

 

オープン回線に響く号令とともに、同期たちが四方八方から肉薄してくる。もはや「射撃を避ける」段階ではない。加速装置の排熱が肌を焼くほどの至近距離で、魔導師たちが弾丸となって交錯する、超高密度の圧殺戦だ。

 

「うわっ、近けーよ! どけっ、ぶつかるだろ!!」

 

『マスター、前方より二機、完全衝突コース。右15度へスライド。直後、真上から急降下による刺突が来ます』

 

「スライド……って、隙間がねえだろ! クソッ!」

 

デュオは機体を強引に捻り、二機の魔導師が作り出すわずかな「重なり」の隙間に体を滑り込ませる。だが、避けたはずの候補生の一人が空中で異様な反転を見せ、銃身を槍のように突き出し、デュオの防護膜を直接抉りにきた。

 

「逃がさねえぞ、オルカ! 空中でおねんねしてろ!」

 

「寝てろってのはこっちの台詞だ! 痛っ! 腕、掠った……!」

 

至近距離での格闘戦に近い機動。回避するたびに、同期たちの防護膜とデュオの防護膜が激しく干渉し合い、凄まじい火花と不快な金属音が鼓膜を震わせる。

 

「はぁ、はぁ……っ! どいつもこいつも……嬉々として突っ込んで来やがって! 怖くないのかよ、自分たちが墜ちるかもって考えないのか!」

 

オープン回線に叩きつけた問いに対し、返ってきたのは、何人もの声を重ねたような狂気じみた咆哮だった。

 

「当たり前だろ! お前を墜とせるなら、相打ちでもこっちの勝ちだ! 全員、刺し違えてでもオルカを捕まえろ!!」

 

「っ、この……狂犬どもが! 自分の命をチップにすんじゃねえよ!」

 

同期たちの動きには、もはや防衛という概念が消失していた。自分たちが空中で接触し、爆散するリスクすら「デュオを墜とすためのコスト」として割り切っている。その捨て身の圧に、デュオの脳内回路は焼き切れそうなほどの過負荷を上げた。

 

『マスター、前方より二機、完全衝突コース。回避不能。……衝撃に備えてください』

 

「避ける隙間がねえ……! なら、こっちから抉じ開けてやる!」

 

デュオは回避を捨て、一瞬だけ加速装置を逆噴射させて制動をかけた。直後、目前に迫った候補生の防護膜とデュオの防護膜が、火花を散らして激しく衝突する。

 

「うおぉぉぉ!」

「捕まえたぞ、オルカ! 一緒に墜ちやがれ!」

 

同期の一人が、自身の機動をかなぐり捨ててデュオの体に組み付くように肉薄する。防護膜同士が凄まじい軋み声を上げ、至近距離で弾ける魔力の火花が視界を灼く。

 

「離せ、この馬鹿野郎! 痛っ! 肩、持っていかれた……!」

 

死の抱擁に近いクロスレンジ。一発避ければ、その先に別の「壁」が、肉を切らせて骨を断つ覚悟の刺突術式を構えて待ち構えている。

 

「誰が……あんなイカれた幼女の記録に負けてたまるかよ! お前ら、後で絶対奢らせるからな!」

 

残り100秒。

デュオは無理やり組み付いてきた相手の防護膜を蹴るようにして反転、剥き出しの加速装置を全開にした。過負荷で視界が真っ赤に染まるが、止まらない。背後からは、逃がすまいと躍起になった同期たちが、最早なりふり構わず魔力弾を掃射しながら追いすがってくる。

 

「オルカ、止まれえええ!」

「止まるか、クソッタレ共!!」

 

後方から迫る数多の曳光弾。その一つ一つが、確実にデュオの防護膜を削り、意識を刈り取りにかかる。だが、デュオは一度も振り返らなかった。レイジングハートが弾き出す生存の極細線を、ただひたすらに、狂ったようになぞり続ける。

そして。

演習終了を告げる無機質なタイマーの音が、静まり返った空に響き渡った。

 

その瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、デュオの体が高度を失った。制御を失った木の葉のように揺れながら、滑り込むようにして地面へ這いつくばる。

泥を噛み、肩を激しく上下させ、額からは血と混ざった汗がボタボタと滴り落ちる。喉が焼け付くように熱く、肺は酸素を求めて悲鳴を上げていた。

 

「はぁ、はぁ……っ、死ぬ……マジで、死ぬかと思った……」

 

地上では、中隊全員が呆然と立ち尽くしていた。

今の今まで、必死になって一人の背中を追いかけ、殺意に近い弾幕を浴びせ、肉薄し、相打ちすら辞さずに突っ込んでいたはずの同期たち。彼らの顔からは先ほどまでの狂気じみた興奮が引いていき、代わりに得体の知れない「戦慄」が広がっていた。

一個中隊。十二名の魔導師が、一丸となって「一機」を墜とすためだけに動いたのだ。それも訓練の域を超えた、文字通りの全力を。

それを、たった一人が「意思」と「執念」だけで潜り抜けた。

 

「……マジかよ。本当に、600秒耐えきりやがったのか」

「あの弾幕の中を……一度も落ちずに……?」

 

誰かが呟いた声が、静寂の中に響く。

ハンスも、他の同期も、信じられないものを見るような目でデュオを見下ろしていた。彼らが最も驚愕したのは、デュオが生き残ったことそのものではなく、その「目」だった。

 

デュオは泥にまみれた手で顔を拭い、ふらつく足取りで立ち上がると、視線を落としたままポツリと呟いた。

 

「……4人、倒してない」

「え……?」

 

泥にまみれた手で顔を拭い、膝をついたままデュオがポツリと呟いた。その声には、一個中隊の猛攻を凌ぎ切った達成感など微塵もなかった。

 

「……600秒耐えただけだ。4人、倒してない。……全然足りない。白銀は、この理不尽な状況で『戦果』まで挙げたんだろ」

 

周囲にいた同期たちが、言葉を失って顔を見合わせた。自分たちが死に物狂いで叩き込んだ弾幕を、たった一機で潜り抜けておいて、なお「足りない」と吐き捨てるその執念に、戦慄すら覚えている。

デュオはふらつく足取りで立ち上がると、射抜くような視線を、呆然と立ち尽くす同期たちへ向けた。

 

「おい……今の最後の追い込み、あれじゃ甘いんだよ。俺が反転する隙を与えただろ」

 

「……あ、甘い? 本気で言ってるのか、オルカ」

 

ハンスが引き気味に問い返すが、デュオの指摘は止まらない。

 

「最初の弾幕の連携は良かった。だがな、クロスレンジに入ってからが雑すぎる。相打ち覚悟で突っ込んでくるのはいいが、そのせいで互いの射線を塞いで、肝心の網に穴が空いてたぞ。だから俺が外に出られたんだ」

 

デュオは空を指差し、冷静に、かつ容赦なく「詰み」への欠落を突きつける。

 

「そもそも全機で突っ込んでくるのが間違いだ。何機かクロスレンジの外で待機させて、俺が網の外に逃げた瞬間に仕留める一手を忘れてる。……あからさまな判断ミスだ。実戦なら、俺みたいな運の良い奴に逃げられて、後でまとめて逆襲されるぞ」

 

あまりに的確なダメ出しに、さっきまで「人殺しのプロ」を自称していた候補生たちが、ぐうの音も出ずに黙り込んだ。

 

「……難しいか? 悪い。じゃあ、もう一回だ。次は俺も撃つ。……付き合え。今のミスを修正して、本気で俺を殺しにこい。白銀に届くには、これじゃ全然足りねえんだよ!」

 

「……っ、上等だ! 誰がミスったままで終わるかよ! 全員、再展開だ! 次は外周に予備機を置くぞ! オルカを今度こそ墜として、あの世まで奢らせてやる!!」

 

極限まで削り合った末の、狂気じみた再戦の宣言。

 

空にはもう、綺麗な「訓練」をこなす優等生など一人もいなかった。

 

ある者は恐怖に顔を引きつらせ、ある者は獲物を狙う猟犬のように目を細める。

理不尽な神話の数字に叩き伏せられ、それでもなお、泥を啜りながらその背中に指をかけようとする。そんな、正気と狂気の境界線上を這いずる兵士たちの群れだけが、そこにはあった。

 

 

 

『……デグレチャフ中尉。

ライン戦線から将校課程に入り、こちらにはこちら特有の大変さも多々ございますが、私たちがこうして折れずにやってこれたのは、やはり中尉と共にライン戦線を過ごした日々があったからこそだと、今さらながら強く実感しております。

 

今日、演習場で泥にまみれながら空を見上げていたオルカ候補生の目は、あの日、中尉の背中を必死に追っていた私自身の記憶とも重なるものでした。

 

あのノルデンでの戦果……一個中隊を相手に600秒耐え抜き、さらに4機を撃墜するという数字。それを単なる「奇跡」として諦めるのではなく、本気で超えようと足掻く彼の姿を見ていると、私も負けてはいられないと身が引き締まる思いです。

 

彼は、デグレチャフ中尉のように、この帝国を、愛する祖国を守るための「盾」になりたい……。その一念だけで、今の過酷な訓練を耐え抜いています。

 

彼らが一日も早く、実戦の空で帝国を支える柱となれるよう、私も共に研鑽を続けてまいります。

 

追伸。

最近の候補生たちは、放課後の過酷な演習の影響か、学食での食事量が異常に増えております。特に肉料理の消費が激しく、補給担当が悲鳴を上げていました。

やはり、しっかりと食べ、しっかりと戦うことが、軍人としての基本ですね。

中尉もどうか、コーヒーの飲み過ぎには注意し、お体をご自愛ください。』

 

彼女は丁寧に手紙を折り畳むと、その横に置かれた、自分たちを「教育」したあの上官との写真を、ほんの少しだけ懐かしそうに、けれど誇らしそうに見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手紙を読み終えたターニャは、淹れたてのコーヒーを一口啜り、ふっと口角を緩めた。それは教え子の成長を喜ぶ慈愛などではなく、自らの「将来の安全」を担保する優良な資産が順調に育っていることを確認した、投資家のような薄ら寒い笑みだった。

 

「……ふん、相変わらずだな、セレブリャコーフ。私が教えたのは『効率的な生存』であって、泥遊びの精神論ではないんだが……。まあいい、部下が勝手に研鑽に励み、組織の維持コストを肩代わりしてくれるのは非常に合理的だ」

 

彼女は手紙を机に置くと、満足げに喉を鳴らした。

 

「せいぜい死ぬ気で足掻け、候補生諸君。君たちが立派な『帝国の盾』となって最前線に並んだ暁には……。この私は、君たちの影に隠れて、安全な司令部で美味しいコーヒーを啜らせてもらうとしよう」

 




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