神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。 作:スレ主
帝國軍参謀本部
外界の陽光を一切遮断した作戦会議室には、重苦しい静寂と、安価な紙巻き煙草の煙が滞留していた。長方形の無骨な会議机の端に、作戦参謀次長クルト・フォン・ルーデルドルフ准将が、不機嫌を隠そうともせず座っている。その向かいには、鉄道総局の文官たちが蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていた。
「……つまり、貴公らは『帝国軍の足が止まる』と、そう言いたいのか?」
ルーデルドルフの地を這うような低音が室内に響く。彼は手元の報告書を忌々しげに叩いた。
「新ダイヤグラムの導入により、輸送密度はかつての二倍に跳ね上がった。重い戦車や砲弾を満載した貨車が、一分の隙もなくこのレールを叩き続けている。……路盤が、物理的に悲鳴を上げているのです」
鉄道総局の担当官が、震える手でレールの摩耗写真を差し出す。それを受け取り、眼鏡の奥の細い目をさらに細めたのは、戦務参謀次長ハンス・フォン・ゼートゥーア准将だった。軍人というよりは学者に近い、静かな物腰。だが、その言葉には絶対的な理論の裏打ちがある。
「なるほど。遊び(マージン)を削り、効率を極限まで求めた結果、保守点検の『空白』までもが最適化されて消滅した……というわけか。皮肉なものだ。我々が求めた勝利への近道が、レールの寿命を削り取っていたとはね」
ゼートゥーアは淡々と、しかし冷徹に現状を分析する。
「保線区を完全に封鎖し、不眠不休で作業に当たらせて……最低で三日。その間、北への鉄道輸送は完全にストップします」
「三日だと!? 貴公、正気か!」
ルーデルドルフが激昂し、身を乗り出す。
「今のノルデンの備蓄で足りるのは、あくまで『平時』の消費量だ! 鉄道が止まっている三日間に協商連合が動けば、激化する戦闘であの備蓄など半日も持たずに空になる。防衛線が崩壊すれば、線路を直したところで運ぶ先がなくなるのだぞ!」
ゼートゥーアは騒がず、手元の書類に目を落としたまま静かに告げた。
「……ならば、その三日間の空白を、鉄道以外の物理的質量で埋めるしかない。鉄道が死ぬまでのカウントダウンの間に、ありとあらゆるリソースをノルデンへ叩き込め。トラックをかき集め、農村から馬と荷車を徴用しろ。泥にまみれても構わん、一発でも多く砲弾を積ませるんだ」
「それだけでは足りんぞ、ゼートゥーア!」
ルーデルドルフが吠える。そして、傍らに控えていたエーリッヒ・フォン・レルゲン少佐を鋭く指差した。
「レルゲン少佐! 促進将校課程の候補生どもを今すぐ呼び戻せ。彼らの長距離機動訓練の科目を今この瞬間から書き換える。内容は『ノルデン駐屯地への砲弾コンテナ直接空輸』だ!」
「……魔導師に、砲弾を直接運ばせるのですか?」
レルゲンがわずかに眉をひそめ、ゼートゥーアの方を見る。ゼートゥーアは反対せず、ただ「論理的帰結だ」と言いたげに頷いた。それを受け、ルーデルドルフが苛烈に言葉を重ねる。
「そうだ! 学生とはいえ、遊ばせている余裕など今の帝國にはない。国家の期待に応えるというのなら、まずはその肩で帝国の綻びを埋めてみせろ。 エリートを自称するなら、弾薬の一発や二発、歯を食いしばってでも空輸してみせろ!」
ルーデルドルフは乱暴に判を押すと、書類をレルゲンへ放るように渡した。
「敵が来ないことに賭けるのではない。敵が来た瞬間に撃ち返す弾を、三日分、無理やりにでも今からねじ込むのだ。……レルゲン少佐、直ちに手配しろ! 一発でも砲弾が足りず、ノルデンが抜かれるようなことがあれば、鉄道総局の首をまとめて刎ねるぞ!」
「はっ。直ちに!」
レルゲンは敬礼し、部屋を辞した。彼の脳裏には、これから重い鉄の塊を背負わされて北の空へと消えていく、若き候補生たちの姿が浮かんでいた。
帝国の意思が決定された。
最新鋭のダイヤグラムが描いた理想の影で、泥にまみれたトラックと、喘ぐ馬、そして鉄の塊を背負わされる少年少女たちの地獄が幕を開けた。
side エーリャ
午前四時三十分。
闇が最も深く、冷気が刃のように研ぎ澄まされる時刻。寄宿舎の静寂を切り裂いたのは、優雅な起床ラッパではなく、叩きつけるような非常呼集の鐘の音だった。
「総員、広場へ集結せよ! 三分以内だ、遅れた者は除隊と見なす!」
教官の罵声が廊下に響き渡る。私は意識の混濁を無理やり引き剥がし、冷え切った軍服に身体を押し込んだ。隣のベッドでは、ヴィーシャが震える手でボタンを留めている。昨日の居残り訓練の疲労は、まだ澱(おり)のように筋肉の奥に沈殿したままだ。
広場に整列した候補生たちの吐息が、松明の明かりに照らされて真っ白な壁のように立ち上る。その視線の先で、教官が読み上げたのは「研修」という名の、あまりに無機質で、血の通わない命令だった。
「……本日より三日間、促進将校課程の追加科目として『極地長距離機動訓練』を実施する。目的地は北方、ノルデン地方駐屯地。なお、本訓練は後方兵站部との合同任務とする」
教官の声は、凍土を踏みしめるような冷たさを孕んでいた。
「候補生諸君には、現地守備隊への緊急補給物資……105ミリ榴弾砲の砲弾コンテナの空輸を命ずる」
「……は?」
誰かが、堪えきれずに間抜けな声を漏らした。だが、教官の目は笑っていないどころか、刺すような光を湛えている。
広場の隅に目をやれば、そこには昨日までなかった異様な光景が広がっていた。後方から回されてきたのであろう、無骨な鉄製のコンテナが、闇の中で巨大な墓標のように山積みにされていたのだ。
「鉄道網の緊急改修に伴い、今後三日間の物流が大幅に制限される。その穴を埋めるのは、機械ではない。貴公ら自身だ。国家の期待に応えるというのなら、まずはその肩で帝国の綻びを埋めてみせろ。……以上、三十分後に出発用意!」
「……砲弾の運び屋、ね。ずいぶんと効率的な教育方針だこと」
私は、支給されたばかりの、ずっしりと重心の低いコンテナを機動装置のハードポイントに固定しながら、小さく毒づいた。
指先が冷気と鉄の冷たさで感覚を失っていく。コンテナを連結した瞬間、機動装置のサスペンションがギチリと悲鳴を上げた。背負い込むのは、ただの鉄塊ではない。一歩間違えれば、自分たちの背中で爆発しかねない死神の抱擁だ。
駐屯地の正門に目を向ければ、そこには帝國の「誇り」が泥にまみれた地獄絵図があった。
鉄道という動脈を失った帝國が、必死にかき集めた代替手段。
黒煙を撒き散らしながら、ぬかるんだ泥濘に車輪を空転させて立ち往生する旧式のトラック。その脇を、農村から強引に徴用されたであろう農耕馬たちが、激しい鞭打ちの音と共に通り過ぎていく。
「……ひどい」
ヴィーシャが小さく声を漏らした。
彼女の視線の先では、一頭の馬が泡を吹き、激しく喘ぎながら重い荷車を引いていた。その目は、すでに生気を失い、ただ苦痛に耐えるためだけに開かれている。
「馬まで駆り出すなんてね。帝國の誇る近代化も、メッキを剥がせばこれっぽっちの余力もなかったってわけ」
私は、重心を大きく狂わせる鉄の塊に抗うように足を踏みしめ、暗雲垂れ込める北の空を見据えた。
最新鋭の演算宝珠を首に下げ、背中には前時代的な砲弾を背負う。
その歪な姿こそが、最適化を突き詰めた果てに自壊を始めた、帝國の現状そのものだった。
side デュオ
「……重い。笑えないくらいにな」
背中に連結された鉄製のコンテナ。その中には、105ミリ榴弾砲の砲弾が隙間なく、無機質な殺意を込めて詰め込まれている。
飛行を開始してから三時間が経過した。ノルデン地方特有の、針を刺すような冷気と希薄な空気が、ただでさえ重荷を背負った身体から体温と魔力を容赦なく削り取っていく。
ふと視線を落とせば、眼下には泥濘と化した街道を這う、醜悪なまでの物資の列が見えた。鉄道という文明の利器が沈黙した結果、そこにあるのは時代を逆行した光景だ。エンストを起こして黒煙を上げる旧式のトラック。その脇を、泡を吹き、激しい鞭打ちに喘ぎながら荷車を引く馬の群れが通り過ぎていく。
(おい、レイジングハート。これ、もしかして俺たちが提出したダイヤグラムの効率化が、悪い方向に働いてるんじゃないのか?)
歯を食いしばりながら、脳内で問いかける。あの計算上では、帝國の動脈はもっと滑らかに、かつ持続的に拍動し続けるはずだった。
『……マスター。照合を完了。現在帝國鉄道網で運用されているダイヤグラムは、私が算出した「最適解」と外形的なパターンは類似していますが、決定的な差異が認められます。私が提示したモデルに不可欠だった「保線のための運用停止時間(マージン)」が、全区間において完全に抹消されています』
レイジングハートの無機質な声が、脳内に冷徹な事実を突きつける。
(……なんだって? 消したのか? メンテナンス時間を?)
『……断定は避けますが、極めて高い確率で、意図的に「余白」を運行時間へ置換したと推測されます。結果、熱を持ったレールは冷却と微調整の期間を失い、物理限界を超えて摩耗。……現在の全線停止は、論理的帰結です』
「……最悪だ」
俺は思わず、空中に真っ白な溜息とともに毒を吐き捨てた。
誰かがレイジングハートの計算を「弄った」のだ。それも、システムを維持するために最も重要な安全装置を外すという、最悪の形で。
【回想】
数週間前、帝國鉄道総局の薄暗い一室。
提出された「学生による改善案」を前に、鉄道科の古参将校たちは鼻で笑っていた。
「……計算は完璧だが、やはり学生の仕事だ。甘いな。この『保線時間』という名の空白を見ろ。ここを運行に回せば、あと十五パーセントは積載量を増やせる。戦場に『休み』などないのだよ」
彼らにとって、外部の人間……それも魔導師の若造が持ってきた正論は、自分たちの職域への侵犯であり、積み上げてきた経験を否定する無礼な越権行為でしかなかった。
「大人の実力を見せてやる」
【回想終了】
矮小な自尊心が、レイジングハートが弾き出した「持続可能な限界」を、精神論という名の絵具で塗りつぶした。結果、レールは文字通り悲鳴を上げ、修正不能なレベルまで摩耗した。
そのツケを今、泥を這う馬たちが、そして空を喘ぎながら飛ぶ俺たちが、文字通り「肉体」で払わされている。
(……効率を求めて、結局一番非効率な人力(魔力)に頼るとは。皮肉が効きすぎてるな、レイジングハート)
『……遊び(マージン)を消滅させた代償を、現在は個人の献身で埋め合わせている状態です。到着時の残余魔力は、不測の事態に対応できない危険水域に達します』
(献身、か。……そんな殊勝なもんじゃない。ただ、ここで運ばなきゃ、あっちで死ぬやつが出る。それだけだ)
ふと隣を見れば、ヴィーシャが真っ白な息を吐きながら必死に姿勢を保っていた。彼女の肩に食い込むコンテナの重みが、そのまま「大人のプライド」という名の呪いに見えて、俺は奥歯を強く噛み締めた。
side ヴィーシャ
ノルデンの空は、聞いていた通り灰色で、刺すような冷気を含んでいた。
三時間の無休憩飛行行軍。普段の訓練なら、この程度の飛行時間はさほど珍しくもない。けれど、今回は事情が違った。速度を維持したまま、一切の休止を許されない強行軍だ。
何より、背中に直結された鉄のコンテナが、私の自信を粉々に打ち砕いていた。
105ミリ砲弾がぎっしり詰まった重量は、慣性の法則を無視して私の身体を翻弄する。少し体勢を崩せば、鉄の塊が容赦なく鎖骨を圧迫し、砕けそうな痛みを訴え続けてくる。
「……っ、はぁ……っ」
首から下げた演算宝珠の光が、魔力不足で時折弱々しく明滅する。ライン戦線の地獄を潜り抜けてきた私ですら、この「重荷」を抱えての強行行軍には限界が近かった。ふと後ろを振り返れば、他の候補生たちはもっと悲惨だ。顔面を蒼白にし、今にも墜落しそうなほど高度を落としている者も少なくない。
「……あ、あれ……かな」
私の震える声に、隣を飛ぶエーリャが鋭い視線を向けた。雲の切れ間に、ようやく目的地である『ノルデン駐屯地』の無骨な輪郭が見えたのだ。
だが、そこは私が想像していた近代的な軍事拠点とは似ても似つかない、泥の海に沈んだ「砦」だった。
着地した瞬間、衝撃で膝の力が抜け、あやうく前のめりに倒れそうになる。
視界に飛び込んできたのは、文明の敗北を象徴するような光景だった。
「……ひどい、泥だらけ……」
本来なら帝國軍の規律を象徴するような、整然としたアスファルトや硬い土面が広がっているはずの駐屯地。それが今や、底なしの
外からかき集められたトラック、農村から徴用された馬、そして焦燥に駆られた人間たち。彼らが運び込んだ街道の泥が駐屯地中にぶちまけられ、すべてを茶色く染め上げている。
「おい、魔導師! 中身は105ミリか!? 助かる、すぐに砲兵隊へ回せ!」
着陸の余韻に浸る間もなかった。私の背中のコンテナは、まるで獲物を狙うハゲタカのような手際で、血走った目の整備兵たちに「強奪」されていく。彼らは私たちの労をねぎらう暇さえ惜しみ、泥の中を必死に駆けていった。
駐屯地内の空気は、針のようにピリピリと張り詰めている。
「早くしろ!」「馬を立たせろ!」
怒号が飛び交う中、泥まみれになったトラックがエンストを起こし、その脇では一頭の馬が力尽きて横たわっていた。その主人が泥に膝をついて首を抱きかかえる姿が、この場所がいかに限界を超えているかを物語っていた。
「……効率化、か。数字の上では綺麗に流れてるはずの物流が、現場じゃこれだ。大人が削り取った『余白』を、現場の命で塗りつぶしてる」
少し離れたところで、デュオが感覚のなくなった肩を回しながら、虚空に向かって独り言を吐き捨てた。彼の背負っていた荷物も、すでに整備兵たちの手で泥の彼方へ消えていた。
「……ヴィーシャ、大丈夫? 顔色が真っ白よ」
エーリャが私の肩を支えてくれた。空になったはずの背中の軽さに、逆にめまいを覚える。
「え、エーリャ……。うん、なんとか……でも、指が動かないの……」
私たちは、駐屯地の片隅に積まれた土嚢に腰を下ろした。冷たいはずの土嚢が、今はどんな高級なソファよりも心地よく感じられるのが、悲しいくらいに滑稽だった。
だが、安らぎは一秒も与えられなかった。
不意に、駐屯地の中央に据えられた旧式の警報機が、耳をつんざくような音で鳴り響いたのだ。
地を這うような重低音。それはノルデンの山々に反響し、絶望的な予兆となって私の鼓膜を震わせた。
「……嘘でしょ。このタイミングで?」
エーリャが呟くのと同時に、前線の観測所から魔導通信が飛び込んでくる。
『――国境線突破! 協商連合、大隊規模の魔導師部隊を確認! 繰り返す、国境線突破!』
駐屯地内の空気が、一瞬で凍りついた。
整備兵たちの手が止まり、倒れた馬の傍らで泣いていた男が顔を上げる。
そして、私は見た。
灰色の雲が割れ、その向こう側から、帝國の領空を蹂躙するように現れた無数の光点を。
「……ヴィーシャ。どうやら、本当の居残り訓練が始まるみたいよ。……それも、三日間ぶっ続けのね」
エーリャが、感覚を失った指先で無理やり魔導銃を引き寄せ、銃身を撫でた。
デュオはすでに立ち上がり、冷徹な眼光で空を睨んでいる。
「三日間、この場所を死守しろってことか。……はは、笑えないな。ライン戦線を思い出すよ、本当に……」
吐き捨てた彼の横顔は、学生のそれではなく、戦場の泥を舐め尽くした兵士のそれだった。
自分たちが血を吐く思いで運んできた砲弾が、今、自分たちを守るための火蓋を切ろうとしていた。
私は震える手で演算宝珠を握りしめ、泥にまみれた大地を、重い体を引きずって蹴り上げた。
やっぱり土日が捗ります。
感想あるとモチベ続いて書くペース上がります。