神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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……無双しません。


第24話:『白銀の残光と集束する星 ——その輝きはまだ虚飾に過ぎずとも』

 

sideターニャ

 

水平線を真っ赤に染める朝陽が、凍てつく空気を切り裂いて昇る。

だが、その光さえも、上空を埋め尽くす協商連合・魔導大隊の威容を照らし出すための「舞台照明」に過ぎなかった。

 

(――ああ、腹立たしい。全くもって不合理だ。鉄道局の無能どもは、線路と一緒に脳味噌まで凍りつかせたのか?)

 

ターニャ・デグレチャフ中尉の内心は、極寒のノルデンとは対照的に、煮えくり返るような憤怒で満ちていた。

本来なら、今頃は軍大学の近くにある馴染みのカフェで、香りの良いコーヒーを片手に、座学の提出課題を優雅に捌いているはずだったのだ。それがどうだ。兵站部の不手際と鉄道局の無能が重なり、軍大学生が「人間輸送機」として弾薬箱を抱えて最前線へ飛ばされる羽目になるとは。

 

(無能な働き者は銃殺すべきだ。それが組織全体の厚生を最大化する唯一の合理的手段だというのに。……存在Xの試練も、度が過ぎればただの嫌がらせだな)

 

眼下の泥濘では、帝国の正規兵たちが、もはや消費し尽くされた乾電池のように転がっている。だが、その絶望的な光景の中に、見覚えのある魔力反応を見つけた瞬間。

ターニャの脳内の「資産表」に、想定外の純利益が計上された。

 

「……ほう。あの泥の中に、セレブリャコーフ候補生とオルカ候補生が埋まっているのか」

 

かつてライン戦線の地獄を共に潜り抜けた、自分にとって最も使い勝手の良い、研ぎ澄まされた「ユニット」たち。

 

(ふむ。最悪な現場だと思っていたが、幸いにも『掘り出し物』が見つかったのは幸運だな。相当に消耗しているようだが……死線を越えてどれほど成長したのか、見せてもらうとしようか)

 

彼女の口角が、ごくわずかに吊り上がる。

一方で、編隊の先頭を行く教官の内心は、ターニャとは比較にならないほどのパニックに陥っていた。

 

(――ば、馬鹿な……。ただの資材輸送任務のはずが、なぜこんな大軍と鉢合わせる!? 落ち着け、私は教官だ、醜態を晒すわけにはいかない……。だが、どう指揮を執ればいい!? 陣形は? 高度は!?)

 

後方のエリートとして順調にキャリアを積んできた彼にとって、実戦の、それもこれほど混沌とした現場は未知の領域だった。冷汗が背中を伝い、演算宝珠を握る手がわずかに震える。

その絶望的な「無能の硬直」を、ターニャは見逃さなかった。

そして彼女の脳内演算は、瞬時にこのピンチを「最高のチャンス」へと書き換える。

 

(……待てよ。ここで私が無能な教官に代わって主導権を握り、この圧倒的劣勢を覆してみせればどうなる? 兵站の維持、部隊の救出、そして敵大隊の撃退。……これは軍大学の成績どころか、私のキャリアにおける『特筆すべき功績』として、これ以上ない査定材料になるのではないか?)

 

無能を救い、同時に自分の価値を跳ね上げる。

ターニャは極めて事務的、かつ「教官の権威」を補強する体で、彼に黄金の浮輪を差し出した。

 

「教官殿、失礼ながら進言いたします。……この予期せぬ遭遇、むしろ実戦を通じた『特別選抜試験』の場として活用されてはいかがでしょうか? 現場の混乱を収拾し、リソースを最適化する能力こそ、我々学生に求められる資質です」

 

「な……試験だと? デグレチャフ中尉、君は何を……」

 

「ええ。教官殿には一歩引いた位置から、我々学生の指揮能力を厳格に査定していただきたい。……特に、ライン戦線での経験を持つ私に先鋒の指揮を任せていただければ、他の学生たちにとっても、これ以上ない生きた教材となるはずです」

 

教官にとって、それは「指揮を丸投げする恥辱」ではなく、命の恩人からの提案だった。自分が無策のまま全滅させるリスクを、ターニャが「試験」という大義名分で完璧に隠蔽しようとしている。

 

「……フ、フム! なるほど、理にかなっている! さすがは我が大学の誇る俊英だ。よろしい、デグレチャフ中尉。君の言う通り、これより先は実戦演習の場とする!」

 

教官は、今にも裏返りそうな声を必死に整え、全回線へ向けて叫んだ。

 

「各員、これよりデグレチャフ中尉の指示に従え! 彼女を試験官代行とし、その機動を模範解答として記録せよ! 私は後方から、君たちの適応能力を厳しく査定させてもらうぞ!」

 

その宣言に、五十人の軍大学生たちの回線から、瞬時に「試験かよ!」という活気が飛び交った。彼らには、教官の焦燥は見えていない。ただ、ラインの英雄であるデグレチャフの指揮下に入れるという高揚感が、戦場を支配した。

 

『ハッ、言うじゃねえかデグレチャフ!』

『「白銀」の指揮下かよ、こりゃあサボれねえな!』

『いいぜ、お前に乗ってやる。さっさと片付けて、暖かい寝床を確保しようじゃないか!』

 

同期たちの快諾を受け、ターニャは内心で、この「不合理な茶番」がもたらした最善の結果に満足した。

 

「……感謝するよ、同期諸君。さて、オルカ候補生。後方を志望していた君が、最前線で泥を啜っているとは。神の試練も度が過ぎると思わないか? 私は心底、世界からこの不合理が消え去ることを願っているよ」

 

通信越しに、あえて慇懃無礼な皮肉を投げかける。

泥にまみれ、満身創痍のはずの男――オルカ候補生は、空に浮かぶ私の影を見上げて不敵に笑った。

 

「……はは、全くだ、中尉。……ところで、貴方はこの戦場に、まだ『神さま』がいるとでも思ってるんですか?」

 

「……ほう?」

 

「だとしたら、俺が教えてあげますよ。――『神は死んだ』ここには、俺たちと、俺たちが殺すべき敵しかいない。そうでしょう?」

 

一瞬、思考が停止した。

直後、私の胸の内で、弾けるような、心底愉快な感情が湧き上がった。

 

「ハッ、最高だよ、オルカ候補生! まったくだ、君の発言には敬服するよ! 神の機嫌を伺うほど、私は暇ではないからな!」

 

私の声から事務的な冷たさが消え、肉食獣のような鋭い歓喜が混じる。私は即座に、この不毛な戦場を「再定義」するための命令を叩きつけた。

 

「――全機、通達! 輸送任務時の小隊編成を維持せよ。私が抜けた小隊は予備隊として運用し、戦線の綻びを埋めろ。オルカ候補生、セレブリャコーフ候補生! 貴官らはこれより私のバディとして随伴せよ。……死線を共にした仲だ、阿吽の呼吸というものを見せてもらいたい」

 

「……えっ!? 中尉、指揮は執られないのですか!?」

 

セレブリャコーフ候補生が慌ててツッコミを入れてくる。

五十人の軍大学生を率いる立場でありながら、自ら最前線の「矛」として飛び出そうとする私に、彼女の常識が警鐘を鳴らしているのだろう。

だが、私は加速を緩めず、吐き捨てるように断言した。

 

「セレブリャコーフ候補生、まずは一当てして、相手の陣形を物理的に崩してやらねばならん! 指揮官が後ろでふんぞり返っていては、この不毛な残業はいつまでも終わらんのだよ!」

 

その瞬間、私の胸元で、禍々しいほどの光を放つ「エレニウム九十五式」が拍動した。

存在Xによる呪い。だが、この不条理な世界で唯一、私の意志を物理的現実に変えるための最高級のツール。

 

「主よ、救いをお与えください。……我ら迷える羊に、光り輝く道筋を。――全能なる主の御名において、不浄なる敵を撃ち払わん」

 

唇から漏れる定型文とは裏腹に、私の瞳には一切の敬虔さなどない。

九十五式の過剰な魔力が大気を震わせ、周囲に物理的な衝撃波が渦巻く。

 

「――さて、諸君。効率的な害虫駆除の時間だ!」

 

銀色の光弾と化した私は、敵大隊の真っ只中へと突っ込んだ。

私の軌跡には回避不能な魔力の奔流が走り、協商連合の魔導師たちが木の葉のように吹き飛ばされていく。九十五式の加護を得た私にとって、一個大隊の陣形など、濡れた紙も同然だった。

 

物理法則を無視した急旋回。

瞬き一つの間に、敵の最前列を三機同時に爆破する。

背後からは、オルカ候補生と、覚悟を決めた顔のセレブリャコーフ候補生が、寸分違わぬタイミングで追従してくる。

 

(ふむ。やはり、使い慣れた『道具(ユニット)』との仕事は、精神衛生上よろしい)

 

私は九十五式の出力をさらに引き上げ、混乱に陥った敵陣の深部へと、死の線を刻み続けた。

 

 

 

 

 

sideデュオ

 

「――第一、第二小隊、交互躍進。第三小隊は高度を維持し、敵右翼を牽制せよ。一射ごとに座標をずらせ、弾幕の密度を落とすな!」

 

九十五式の銀光を撒き散らしながら、中尉の声が戦域に響き渡る。

その指揮は、あまりに鮮やかだった。自ら先陣を切って敵の防衛線をズタズタに引き裂きながら、同時に後続の五十人の学生たちへ、精密な指示を飛ばし続けている。

 

(……おかしい)

 

俺は脳内のデバイス、レイジングハートと意識を同調させながら、言いようのない違和感を抱いていた。

 

かつてのライン戦線での彼女なら、もっと強引に、最短距離で敵を「殲滅」していたはずだ。だが今の彼女は、敵を殺すことよりも、味方の損害を「ゼロ」に抑えることに異常なまでのリソースを割いている。

 

隣を飛ぶヴィーシャも、同じ空気を感じ取ったのか、通信越しに微かに息を呑んだ。

 

「……中尉。……あの方、あんなに必死に同期の方々を守って……。やっぱり、同期を一人も死なせたくないんですね」

 

ヴィーシャの瞳には、どこか感動めいた光が宿っている。

だが、俺は知っている。あの中尉がそんな「情緒的」な理由で動くはずがない。

 

(いや、違う。……これは『査定』だ)

 

中尉は自らこれを「特別選抜試験」と銘打った。もしここで学生を一人でも死なせれば、試験官としての彼女の管理能力に大きな瑕疵がつく。鉄道局の不手際を尻拭いさせられている今、彼女は自分のキャリアに傷をつけないよう、最も効率的な「損害ゼロ」の完遂を最優先しているのだ。

 

だが、違和感はそれだけではなかった。

俺は脳内でレイジングハートの索敵感度を最大まで引き上げ、敵の魔力波形を多角的に解析する。

 

「……中尉、聞こえますか。報告があります」

 

俺は脳内のレイジングハートと意識を完全に同調させながら、眼下の混迷を極める戦場を俯瞰した。

 

「なんだ、オルカ候補生。迅速に報告しろ」

 

「敵の魔力反応、および個々の機動に一貫性がありません。……中尉、こいつら、実力はありますが迷ってますよ。おそらく、ノルデン駐屯地攻略の『後詰』として投入された要員です」

 

通信越しに、中尉の銀色の影が一瞬だけ静止したように見えた。俺は解析データを転送しながら言葉を継ぐ。

 

「連中、手薄なはずの駐屯地に、軍大学から『増援魔導大隊』という想定外の戦力が現れたことに動揺しています。作戦を強行して全滅のリスクを負うか、それとも早期に撤退して損失を抑えるべきか……。指揮官が決断を下せずにいるせいで、士気に決定的な隙が生まれています」

 

「ほう……。無能な指揮官が最も嫌う『決断』という名の重圧に押し潰されかけている、というわけか」

 

中尉の声に、冷徹な愉悦が混じる。彼女は九十五式の光をさらに強く明滅させ、獲物を定める肉食獣のような鋭い思考を巡らせた。

 

「ならば、背中を押してやるのが親切というものだな。それも、二度と立ち上がれないほど強烈な一撃で」

 

その言葉に、俺は口角を吊り上げた。

 

「……中尉。なら、そのハリボテ共には、最高に『ハリボテ』な一撃を見せてやりましょう」

 

「ほう? 何か手があるのか、オルカ候補生」

 

「ええ。視覚的にも魔力的にも、これ以上ないほど派手な一撃を見せて、敵の士気を完全に叩き折ります。……威力についても、かつてライン戦線で中尉が見せた『あの一撃』に、比較的近いものを出すことができます」

 

「……私の九十五式に匹敵すると? 貴公、ずいぶんと大きく出たな」

 

中尉の声に、一瞬の沈黙と、好奇心に近い響きが混じる。

 

「資源の再利用ですよ。この空域に漂っている魔力の残滓を、全て私の『筒』に収束させる。……見ていてください」

 

「なるほど……。では、やってみせてもらおうか。……オルカ候補生、これより貴官の術式行使を本業務の最優先事項とする。清算してやりたまえ。利子をつけてな」

 

「了解」

 

通信が切れると同時に、俺は演算宝珠の出力を完全に「収束」へと反転させた。

 

二日間の激戦。そして今、中尉が九十五式でかき乱したこの空域には、行き場を失った莫大な魔力粒子が霧のように漂っている。

 

(――レイジングハート。集められるだけ、全部持っていくぞ)

『Yes, My master. ……集束砲撃術式、起動します』

 

俺は大きく息を吐き、空中で静止した。

激しい機動を止め、無防備な「的」と化した俺を、敵の魔導師たちが好機と見て一斉に狙いを定める。

 

「デュオ!? 何してるの、避けて! 集中砲火を浴びるわよ!」

 

ヴィーシャが通信に割り込み、幼馴染としての素の表情で叫ぶ。だが、俺の視界には、銀色の閃光を纏った中尉が、断固とした意志で俺の正面へと割り込むのが見えた。

 

「騒ぐな、セレブリャコーフ候補生! 彼は今、極めて『生産的』な作業に従事している。……諸君、彼がこの不毛な残業を終わらせる『決済印』を捺すまで、一歩も退くな!」

 

中尉の叱咤が飛び、ヴィーシャも覚悟を決めたように唇を噛んで魔導銃を構え直す。彼女と五十人の軍大学生たちが、俺を守る一糸乱れぬ鉄のカーテンを築き上げた。

 

その背後で、俺の脳内デバイス――レイジングハートは、戦場に散らばった全ての残滓を吸い込み、臨界点を超えて脈動し始めた。

空に、巨大な幾何学模様が浮かび上がる。

収束する光は夜明けの空よりも眩く、禍々しくも美しい桜色の輝きを放ち始めた。

 

空が、鳴動していた。

俺を中心に展開された巨大な魔法陣が、ノルデンの凍てつく大気から魔力の残滓を根こそぎ吸い上げ、不可視の渦を作り出している。

だが、その中心部にいる俺の脳内は、静寂とは程遠い「嵐」の真っ只中にあった。

 

(……くっ、これだけの密度を一つに固めるのは、流石に骨が折れる……!)

 

演算宝珠が過負荷で悲鳴を上げている。臨界点を示す警告アラートが視界の端で真っ赤に点滅し、脳を直接焼かれるような熱気が神経を逆撫でする。九十五式の干渉を受けたこの空域の魔力は、あまりに狂暴で、こちらの制御をあざ笑うかのように暴れ狂っていた。

 

『Master, 術式安定率、68%。……出力に対して、集束回路の強度が不足しています』

 

脳内に響くレイジングハートの声は、相変わらず冷静だが、どこか不満げな響きを帯びていた。

 

(贅沢を言うな! こっちはこの戦場の二日分の魔力を全部かき集めてんだぞ! ……これだけ注ぎ込んでも、まだ中尉の九十五式の威力に届かないっていうのかよ!)

 

『肯定。……九十五式の高純度な魔力残滓が周辺空域に残留しており、それが集束回路に干渉。波形を極めて不安定にさせています。外見上の膨張率は高いですが、実威力は理論値の6割に留まっています。……見栄えが良いだけの「粗悪品」ですね』

 

(……相変わらず辛辣だな、おい! だがな、相手は迷い始めたハリボテだ。今はその不安定な「見栄え」こそが、奴らの戦意を粉砕する致命的な心理的コストになるんだよ!)

 

歯を食いしばり、暴れる魔力の奔流を力技で一点に押し込める。

俺の演算宝珠は、すでに冷却限界を超え、外装から火花が散っていた。

 

「――っ、オルカ候補生! 演算宝珠が発火するぞ! 構わん、今すぐ放て!」

 

前衛で敵の猛攻を弾き返していた中尉が、俺の異常な魔力指数を察知して叫ぶ。その背後で、俺を守るために必死に火線を維持していた同期の学生たちからも、悲鳴に近いどよめきが上がった。

 

「デュオ、もう無理よ! 早く撃って!」

 

ヴィーシャが素の顔で叫ぶ。だが、俺はまだ引き金を引かない。レイジングハートが「及第点」と認めるその瞬間まで、一滴残らずこの空のエネルギーを絞り出す。

 

(まだだ……まだ足りない……! ハリボテに見せるなら、これ以上ないほど残酷で美しい『絶望』でなきゃならないんだ!)

 

視界が真っ白に染まる。脳内の魔法陣が、最後の一片をパズルのようにはめ込んだ。

 

『集束完了。……Master, 仕方ありません。この低純度エネルギーによる「妥協案」……。承認します』

 

(……よく言った。――これでこの地獄ともお別れだ)

 

俺は、限界まで圧縮された桜色の奔流を、その銃口の先へと解き放った。 

 

 

 

『――Starlight』

 

 

 

脳内のレイジングハートが、冷徹にその名を告げる。それに合わせ、俺は全神経を込めて吠えた。

 

 

 

「――ブレイカーぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

刹那、夜明けの空が反転した。

 

集束された魔力の光軸が、絶対的な質量となって敵大隊を貫く。

 

実際には威力の4割を「光の演出」に持っていかれている「ハリボテ」の一撃だが、九十五式の魔力残滓と混ざり合ったその輝きは、世界の終焉を思わせるほどに凶悪だった。

 

桜色の閃光が敵陣を呑み込み、視界の全てを塗りつぶす。

 

だが、光が収まったあとの光景は、見た目の派手さに反して「静か」だった。

 

敵大隊の三分の一が、桜色の光に呑み込まれ墜落。あるいは魔力の質量に押し潰されて高度を強制的に落とされ、成す術なく大地に叩きつけられて戦線を離脱していった。だが、決定的な「消滅」は起きていない。あの一撃に晒された魔導師たちの多くは、防護皮膜をボロボロにされながらも、五体満足で空に浮き、ただ震えていた。

 

物理的な殺傷力は、中尉の九十五式の足元にも及ばない。だが、心理的な効果は絶大だった。

 

「……あ、ああ……なんだ、今のは……」

「化け物……帝国には、まだあんな怪物がいるのか……!?」

 

生き残った者たちの瞳から、戦う意志が完全に消え失せていた。

後詰として投入された彼らにとって、この「正体不明の圧倒的な光」は、理屈を超えた死の宣告に等しかった。

 

脳内では、演算宝珠が限界を超えた排熱に悲鳴を上げ、視界の端が火花を散らすように明滅している。俺は荒い息を吐きながら、何とか高度を維持した。

 

『敵大隊の戦力減衰を確認。……ただし、直接撃墜(ロスト)を確認したのは4名のみ。残る対象は、防護魔法による減衰、および周辺魔力の干渉により軽傷、あるいは一時的な飛行不能状態に留まっています』

 

脳内に響くレイジングハートの報告は、どこまでも事務的で、どこか不服そうだった。

 

(……4人、だけかよ。あれだけド派手にぶちかましておいて、そりゃねぇだろ……)

 

『肯定。九十五式の残滓を巻き込んだことで、エネルギーの多くが「視覚情報」と「空間干渉」に変換されました。……ですが、対象のバイタルサインには著しい混乱を検知。心理的ダメージは物理的損害を遥かに凌駕していると推測されます』

 

(……なら狙い通りだ。ハリボテには、死よりも恐ろしい「絶望」を見せてやるのが一番効率的だからな)

 

「……ふむ。リサイクル資源による間に合わせにしては、悪くない『清算』だったな」

 

中尉が、焦げ付いた空を見上げながら、満足げに鼻を鳴らした。

彼女は、俺の一撃が「見掛け倒し」であることを即座に見抜いていたはずだ。だが、それで十分だった。

 

「見た目は派手だが……貴公の言う通り、確かに『ハリボテ』だったな、オルカ候補生」

 

彼女は演算宝珠を弄びながら、こちらの戦果を値踏みするように鼻で笑う。

 

「実威力の伴わない虚飾は、軍人としては三流の、あるいは詐欺師の仕事だ。……流石にこの程度の『パフォーマンス』では、貴公に銀翼突撃章を推薦するわけにはいかんな。帝国軍の勲章は、舞台装置に授与されるものではないのでね」

 

「……はは、厳しいですね。まぁ、俺もこれで銀色が貰えるなんて思ってませんよ。……今は、この不毛な残業が終わってくれればそれで十分です」

 

「全くだな。……だが、残念なことに、これだけ派手な一撃をぶちかましても、追加の残業代は出ないがな」

 

中尉が、戦場には不釣り合いなほど晴れやかに、それでいて猛毒を含んだ笑い声を上げた。その徹底したコスト意識とブラックな冗談に、俺も思わずつられて笑ってしまう。

 

俺は苦笑し、熱を帯びた演算宝珠を掌で転がした。

敵の陣形は完全に崩壊し、先ほどまでの迷いは「退却」という名の明確な結論へと変わっていた。

 

「全機、追撃は不要だ。……彼らには、我々という『恐怖』を抱えたまま本国へ帰ってもらう。それが最も安上がりな抑止力になるからな」

 

中尉の冷徹な命令が飛び、戦場に奇妙な静寂が訪れる。

俺は遠ざかっていく敵の背中を、ただ黙って見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

協商連合の魔導師たちが、散り散りになって北の空へと消えていく。

かつては大隊としての威容を誇っていたその背中は、今や追い払われた羽虫の群れのように無様だった。

俺は、掌の中でようやく熱を失い始めた演算宝珠を握り込んだ。指先にはまだ、臨界点を超えた時の痺れが残っている。

 

「……終わったな」

 

ポツリと漏らした言葉に、隣のヴィーシャが深く、本当に深い溜息で応えた。

 

「はい。……本当に、死ぬかと思いました。でも、デュオも中尉も……やっぱり凄いです。あの光、ノルデン駐屯地からも見えたみたいですよ」

 

彼女が指差す先、遠くの防衛線から、帝国軍の正規兵たちが呆然とこちらの空を見上げているのが見えた。彼らにとって、俺たちがもたらした光は「救済」に見えただろうか。それとも、理解不能な「恐怖」に見えただろうか。

 

「……ふん。救済などという高コストな慈善事業ではない。ただの労働の結果だ」

 

いつの間にか背後に滞空していたターニャ中尉が、冷たく言い放つ。

彼女の九十五式はすでにその禍々しい輝きを潜めていたが、彼女自身の瞳には、まだ戦場をチェス盤のように見下ろす冷徹な光が宿ったままだった。

 

俺は、自分の演算宝珠に視線を落とした。外装は熱で変色し、内部の魔法陣は過負荷で煤けている。かつてライン戦線で、中尉が九十五式を用いて「主の御名」を叫んでいた時の、あの狂気的な光景が脳裏をよぎった。

 

(……あの一撃に比べれば、俺のはまだ可愛いもんだが、それでも……)

 

演算宝珠の異様な熱気が、掌を通じて俺の焦燥を煽る。

 

「ヴィーシャ、悪い。ちょっと限界だ。……おぶってくれないか」

 

冗談めかして言ったつもりだった。だが、その言葉が唇を離れた瞬間、掌の中の宝珠が、ぷつりと糸が切れたように完全に沈黙した。

 

「えっ……? デュオ!?」

 

高度を維持するための魔力が消失し、俺の体は重力に引かれて真っ逆さまに落ち始める。視界が急速に遠ざかる中、ヴィーシャの悲鳴が聞こえた。

 

「デュオ!!」

 

墜落の衝撃を覚悟した瞬間、柔らかな、だが力強い腕が俺の胴を抱きしめた。ヴィーシャが全力の加速で俺を空中で受け止めたのだ。

 

「もう……! 無茶しすぎよ! 演算宝珠が完全に焼き付いてるじゃない!」

 

ヴィーシャに抱えられながら、俺は力なく笑った。脳を直接焼かれるような負荷の反動で、指一本動かすのも億劫だ。

その様子を、中尉は冷徹な、だがどこか愉快そうな目で見下ろしていた。

 

「ふむ、ポテンシャルは認めるが、まだまだ粗が目立つな。自己の出力管理もできんようでは、銀翼突撃章までは、それこそ神に祈らねば届かぬほど遠いぞ」

 

「……厳しい、なぁ……」

 

「だが」

 

中尉は一度言葉を切り、九十五式を懐に収めると、戦場を去る背中を見せて言った。

 

「私との掛け合いは、非常に合理的で……心地よかったぞ。――『神は死んだ』、か。くく、全くだ。これほどまでに不条理な戦場で、まだあのような偶像を信じている者がいるとすれば、それは精神の怠慢以外の何物でもないからな」

 

彼女は、俺たちの言葉がこの絶望的な空に風穴を開けたことが、心底愉快だと言わんばかりに、低く、楽しそうに喉を鳴らした。

 

「期待しているぞ、オルカ候補生。貴公がその『ハリボテ』の威力を、エレニウム九十五式を使わなくとも、真に帝国軍の資産として計上できるほどに磨き上げる日をな!」

 

中尉の晴れやかな笑い声が、冷たいノルデンの風に乗って響く。

俺はヴィーシャの肩に頭を預け、遠ざかっていく銀色の影と、ようやく訪れた静寂を、薄れゆく意識の中で見つめていた。

 

 




タイトル1番悩みます。
感想あると書くペース上がります。
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