神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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第25話:『不条理の清算 —— 新たなる力の胎動』

 

ベルン、帝国軍参謀本部。

 

重苦しい空気の流れる小会議室で、一人の男が脂汗を拭いながら立っていた。鉄道局の輸送計画部長、シュミットだ。彼は手元の資料を震える指でなぞりながら、正面に座るゼートゥーア准将とルーデルドルフ准将へ、必死の弁明を続けていた。

 

「……以上の通り、今回のノルデン戦域における運行遅延は、不可抗力と言わざるを得ません。我々は、将校課程から提出された『兵站最適化モデル』という名の、若きエリートたちの熱意を信じたのです」

 

シュミットは、さも無念そうに言葉を継ぐ。

 

「しかし、現場の機材や人員にとって、その理想はあまりに過激すぎました。学生の書いた過激な空論に振り回され、現場が疲弊した結果、今回の停滞を招いた……。我々も、彼らの瑞々しい才気を過信した責任は感じておりますが、主因はあくまで計画の非現実性にあります」

 

「……ほう。学生の案に、責任をなすりつけるか」

 

ルーデルドルフが低く唸るような声を出す。

だが、その隣でゼートゥーアは、表情一つ変えずにシュミットが提出した「報告書」と、自分の手元にある「解析データ」を交互に指でなぞっていた。

 

「シュミット部長。一つ、確認したい」

 

ゼートゥーアの静かな、しかし氷のように冷たい声が室内に響く。

 

「将校課程の学生たちが構築したモデルは、確かに理論上の限界値に近い、ほぼ完璧な最適化案だ。だが、私の手元にある本来の計画書によれば、これは段階的な導入を前提としたものだったはずだ。人員の習熟度、機材の疲労度を加味し、数ヶ月かけて移行すべきものだと、彼らは注釈を入れている」

 

ゼートゥーアは、ある一点の数値をペンで叩いた。

 

「だが、貴官らが実際に運用したのは、その『最終目標値』すらも生ぬるいと切り捨て、さらにその上を狙った強行日程だ。人間が弾き出した限界値を、根拠なき精神論で突破しようとした結果、線路の摩耗は臨界点を超え、全線が運行不能の一歩手前まで削り取られた。貴官は、この摩耗の進捗データすらも学生のモデルのせいに書き換えているようだが……残念ながら、私の計算とは一致しない」

 

「なっ……! そ、それは……」

 

シュミットの顔が、一瞬で土気色に変わった。

 

「学生のモデルを忠実に実行した場合、これほどの短期間で摩耗がここまで進むことは物理的にあり得んのだよ。……貴官らは、自らの功名心で帝国のインフラを物理的に食い潰し、あまつさえその責任を若者の熱意という名の『隠れ蓑』で覆い隠そうとした」

 

ゼートゥーアは感情を挟まず、事務的に、しかし決定的な断罪を口にする。

 

「組織を機能不全に追い込み、嘘を重ねて責任を転嫁する不純物など、我が軍の兵站には不要だ。――レルゲン少佐、手続きを」

 

「はっ」

 

背後に控えていたレルゲンが、既に署名済みの命令書を突きつけた。

 

「鉄道局・輸送計画部長シュミット、および関係幹部全名。本日付でその役職を解任する。……新たな配属先は、北方軍管区・氷原第十一観測拠点だ。即日、現地へ向かわれたし」

 

「そ、そんな! 第十一観測拠点といえば、あそこは……!」 

 

シュミットが悲鳴を上げるが、ゼートゥーアは既に彼を「存在しないもの」として扱い、冷めたコーヒーを一口啜った。

 

「抗議は受け付けん。鉄道局には、貴官らが歪めた数値によって生じた『物理的な損害賠償請求書』を憲兵経由で叩きつけておく。……以上だ。連れて行け」

 

憲兵の手によって、泣き喚くシュミットが引きずり出されていく。重厚な扉が閉じ、その醜い叫び声が完全に遮断されると、会議室には再び参謀本部らしい、静謐で凍てつくような静寂が戻った。

ルーデルドルフは吐き出すように紫煙をくゆらせ、ゼートゥーアは冷めきったコーヒーのカップをソーサーに戻す。

 

「……ゼートゥーア。これで少しは血管の詰まりも解消されるだろう」

 

「左様。無能が組織を壊すのは仕方ないが、その無能を隠すために嘘を重ねる者は、我が軍の兵站には不要だ」

 

こうして、ノルデンを揺るがした不条理は、参謀本部の冷徹な計算機の上で、無能たちの「廃棄」という形で終結した。

衛兵によって引きずり出されていくシュミットの、見苦しい悲鳴が遠ざかる。

重厚な扉が閉まり、再び会議室に訪れたのは、砂漠のような乾燥した静寂だった。ゼートゥーアは隣に座るルーデルドルフと短く視線を交わすと、手元の書類を指先で叩いた。

 

そこにあるのは、あまりに凄惨な現場の記録。

 

――「協商連合魔導大隊による大規模攻勢」。

 

参謀将校たちが目を通す多くの報告書の中でも、それは一際、地獄の様相を呈していた。学生を死地に放り込み、弾薬も援護もない中で、ただただ鉄と血が入れ替わるような消耗戦。その報告書に指を置くゼートゥーアの指先に、かすかな力がこもる。

 

「――では、報告を聞こう。ノルデンの現状を、事実のみを、簡潔にだ」

 

ゼートゥーア准将の、感情を排した静かな促しが会議室に響く。

先ほどまでこの場を支配していた鉄道局員の卑屈な弁明は、既に部屋の隅にも残っていない。残されたのは、重苦しい沈黙と、参謀本部の双璧による冷徹な視線だけだった。

それを受け、ノルデン駐屯地司令、ハインリヒ大佐が一歩前へ踏み出した。

 

「ノルデン駐屯地司令、ハインリヒ大佐であります。……報告いたします。一言で申し上げるならば、当時のノルデン防衛線は、私の戦術的判断ミスにより、実質的に崩壊しておりました」

 

大佐の声は、自責の念以上に「軍事的な合理性」を欠いたことへの屈辱に沈んでいる。彼は逃げることなく、ゼートゥーアとルーデルドルフを真っ直ぐに見据えた。 

 

「第一に、前方の主戦線における敵圧力の増大に対し、私は駐屯地の予備兵力――すなわち、迎撃用の魔導士を含む全戦力を前方支援へ投入するという決断を下しました。戦線の維持を最優先とした結果であります」

 

大佐は、自らの首を絞めるような報告を続ける。

 

「第二に、その『兵力集中』が、駐屯地背後の脆弱化を招きました。……我が軍の打撃の要である砲兵陣地の周辺に警戒網の空白が生じ、そこを敵魔導部隊にピンポイントで突かれたのであります。敵の浸透に気づいたとき、駐屯地側には呼び戻せる予備戦力が皆無でありました」

 

大佐は、忌々しげに言葉を吐き出した。

 

「第三に、その絶望的な状況において、運搬任務中であったゲオルグ・フォン・バウマン大尉ら7名が独断で介入。彼らが敵魔導部隊を排除し、防衛を代行しなければ、ノルデン駐屯地の砲兵戦力は、あの瞬間に完全に消失しておりました」

 

報告が終わると、会議室には凍り付くような沈黙が流れた。

 

「……貴様、正気か?」

 

ルーデルドルフの低い声が、地鳴りのように床を震わせた。

 

「打撃力の要である砲兵を、敵の魔導士どもに明け渡したというのか! 目前の小競り合いに目を奪われ、軍の心臓部を敵のナイフの前に晒すとは何事だ。予備兵力保持の原則すら忘れたか、ハインリヒ大佐!」

 

彼の拳が机を叩く。戦術的な空白を自ら作り出した失策に、猛将の瞳には隠しきれない怒りが宿っていた。

 

「ルーデルドルフ、そのあたりにしたまえ。……彼の無策を責めても、失われた時間は戻りはしない」

 

ゼートゥーアの声は、ルーデルドルフの怒気を一瞬で冷却するほどに静かだった。

 

「ハインリヒ大佐。貴官の報告は実に簡潔で分かりやすいよ。……つまり、貴官は『兵力の集中』という基本原則を、守るべき優先順位を無視して適用したわけだ。届かぬ数字を追って実体を捨てた、実に教科書通りの破綻例だ」

 

ゼートゥーアは淡々と、しかし残酷なほど明確に結論を突きつけた。

 

「計算のできない指揮官は、敵よりも味方にとって有害である。……その『破綻した戦場』を、本来は戦闘を想定していない学生たちが独断で繋ぎ止めた。そういうことだね」

 

ゼートゥーアは淡々と、しかし残酷なほど明確に結論を突きつけた。

ハインリヒ大佐の報告によって、ノルデン防衛線がいかに脆く崩れ去り、その穴を埋めたのが本来そこにいてはならない「子供たち」であったという事実が、参謀本部の机上に曝け出された。

 

ルーデルドルフが不機嫌そうに鼻を鳴らし、ゼートゥーアの視線はハインリヒの背後に控えていた一人の男へと向けられる。

 

その男――バウマン大尉は、微塵も動じることなく、鉄の彫刻のような不動の姿勢で上官の指示を待っていた。彼こそが、その「計算外の戦力」を戦場へ放り込み、地獄の果てまで付き合った指揮官である。

 

ハインリヒ大佐が一度深く頷き、一歩退がる。代わって、軍靴の音を響かせ、バウマンが参謀たちの前へと進み出た。

 

 

「――報告を続けます。ノルデン駐屯地防衛戦における、候補生部隊の運用実態について」

 

バウマン大尉の声は、報告書を読み上げる機械のように冷徹だった。

 

「司令部機能の麻痺に伴い、私は独断で指揮権を掌握。将校課程にある候補生のうち、実働戦力として実戦経験者3名、および北方出身者3名の計6名を抽出し、『独立遊撃隊』を編成。後にこれをノルデン駐屯地の魔導大隊の予備隊に転移させました。なお、東方・南方出身者については、初陣であることおよび将来の幹部候補としての温存を考慮し、後方待機を命じております」

 

バウマンは、血みどろの防衛線の記録を提示する。

 

「戦闘2日目。断続的なスクランブルを繰り返し、防衛線の維持に寄与。正規軍の各部隊が総力を挙げて防衛線を死守する中、当該6名を機動予備として再び各所の支援に投入いたしました。しかし同日夜間、敵魔導大隊による大規模な夜襲を確認。候補生部隊を即時展開させ、夜間戦闘の末、防衛線の維持に成功いたしました」

 

報告は、3日の決戦へと移る。

 

「戦闘3日目早朝。敵魔導大隊の増援を捕捉。戦況は極めて絶望的でありました。そこへ、軍大学50名の増強魔導大隊が戦域に到達。この際、予備隊のうち、オルカ候補生およびセレブリャコーフ候補生の2名は、私の許可を得ることなく、自らの意思で当該大隊の戦闘機動に同行。追撃戦に従事しました」

 

バウマンは一度言葉を切り、参謀本部の面々を真っ向から見据えた。

 

「最終局面において、デグレチャフ中尉らの高速戦闘に追従すべく、自力でリミッターを解除し、最大出力を維持。その結果――」

 

バウマンは、机の上に「それ」を置いた。熱で歪み、内部回路が焼き切れた無残な鉄屑。

 

「損耗。戦闘終了後、セレブリャコーフ候補生を除く遊撃隊メンバーに重度の魔力欠乏症を確認。セレブリャコーフ候補生以外全員が意識を喪失。

3日間の過負荷蓄積、および最終戦闘における過度な魔力放出により、オルカ候補生の使用していた演算宝珠は物理的に焼損。『全損』であると判定しました」

 

バウマンは報告書を閉じ、最後の結論を突きつけた。

 

「防衛線は死守されました。ですが、本来なら後方の安全圏で教育を受けるべき『学生』を、私は最前線の穴埋めに送り込んだ。その結果として、オルカ候補生の演算宝珠を、たった3日間で文字通り焼き切るに至ったのです。……学生の無秩序な実戦投入。以上が、現場指揮官としての報告です」

 

報告を終えたバウマンが敬礼を解く。

そこにあるのは、現場の狂気と、それを許容せざるを得なかった組織の綻びの記録だった。

 

室内には耳が痛くなるほどの静寂が降りた。机の上に置かれた、無残に焼け焦げた演算宝珠が、ノルデンの地獄を無言で証明している。

先に口を開いたのは、ルーデルドルフ准将だった。

 

「……バウマン大尉。貴官の独断による候補生の投入、および実戦部隊への転移。軍規に照らせば、越権の謗りは免れまい」

 

その低く響く声に、バウマンは微動だにせず、ただ前を見据えた。しかし、ルーデルドルフの言葉には、冷徹な軍律を上回る実務家としての響きが混じる。

 

「だが、結果は防衛線の死守だ。貴官がその『柔軟性』を発揮しなければ、今頃ノルデンは陥落し、我々はもっと多くの、取り返しのつかない損失を数えていたはずだ。現場の判断としては、極めて高度な正解と言わざるを得ん」

 

「恐縮です」

 

「貴官のような、戦域全体を見渡し、手持ちの駒を即座に最適化できる人材は貴重だ」

 

ルーデルドルフは隣のゼートゥーアに視線を送り、わずかに頷いた。

 

「教育本部に掛け合い、貴官には引き続き将校課程の教官として、その『雛鳥』たちを……今度は地獄の穴埋めとしてではなく、帝国の盾として正しく守り、育ててもらいたいと考えている。……少佐への昇任も、遠くないうちに沙汰があるだろう」

 

バウマンの頬が微かに強張る。続いて、ゼートゥーア准将が眼鏡の奥の目を細め、焼損した宝珠を指先で示した。

 

「……オルカ候補生、だったか」

 

その名は、既に参謀本部の特別注視リストに刻まれている。

 

「軍隊という組織に英雄は不要だ。それは予測可能性を乱し、『作戦』を狂わせる劇薬だからな。だが、皮肉なことに……地獄という土壌は、往々にして我々の意図を無視し、英雄という徒花を産み落としてしまうものだ」

 

ゼートゥーアは、独り言のように静かに言葉を紡ぐ。

 

「3日目の戦闘。『白銀』という背中を追い、自力でその速度に食らいついたという事実。……そして、宝珠を焼き切ってまで出力を維持したその執念。オルカ候補生、そしてセレブリャコーフ候補生の両名は、期待の新人が育っているという認識で相違ないな?」

 

「……はっ。両名とも、学生の枠には収まりきらぬ資質を示しております」

 

バウマン大尉の答えを聞き、ゼートゥーアは薄く微笑んだ。

 

「結構だ。期待の若手たちがいるというのは、実に心強い。……バウマン大尉、貴官が現場に送り込んだ『雛』は、彼らが将来、帝国の輝かしい勝利をその手で掴み取った時、初めて羽ばたくことになるだろう」

 

それは、単なる労いではない。

「使えるものは、たとえ学生の命であろうと使い倒す」という、帝国の冷徹な合理性が、バウマンの突きつけた事実を飲み込んだ瞬間だった。

 

「以上だ。下がってよろしい。……彼らによろしく伝えておけ。『期待している』とな」

 

バウマン大尉は深く敬礼し、踵を返して退室した。

扉が閉まった後の会議室で、ゼートゥーアは再び焼損した宝珠に目を落とした。

期待の新星。

だが、その輝きがあまりに強すぎる時、組織はそれをどう扱うべきか。

静かな思考の海が、次なる戦局へと動き始めていた。

 

 

 

 

 

sideデュオ

 

「――っ!?」

肺に溜まった重い空気とともに、デュオの意識が急浮上した。

視界はまだ白濁し、網膜にはノルデンで見た魔力光の残像がこびりついている。覚醒と同時に、魔導師としての脊髄反射が彼を突き動かした。

 

(……宝珠は。……銃はどこだ!?)

 

無意識に右手が空を掻き、枕元にあるはずの魔導銃を探り、胸元にあるはずの演算宝珠の重みを求めて指先が彷徨う。だが、掴めるのは頼りないシーツの感触だけだ。

焦燥に駆られて周囲を見渡すが、そこは硝煙が渦巻く泥濘の戦場ではなかった。

目に飛び込んできたのは、汚れ一つない白い壁。窓から差し込む穏やかな光。

その色彩の暴力的なまでの静けさに、デュオの思考が数秒、凍りつく。

 

「……デュオ?」

 

すぐ傍らから、震える声がした。

見れば、そこには椅子から立ち上がり、目を見開いて呆然と自分を見つめるヴィーシャがいた。

あの戦場での泥にまみれた姿ではなく、今は清潔な制服に身を包んでいる。髪も整えられ、野戦特有の獣のような匂いは消えていたが、目の下に落ちた深い隈だけが、彼女がどれほどの時間をこの病室で過ごしたかを物語っていた。

 

「ヴィー……シャ……? ここ、は……」

「よかった……っ。本当に、本当に……」

 

デュオが言葉を発した瞬間、彼女の瞳に一気に涙がせり上がった。

安堵が限界を超えたのか、彼女の白い頬がじわじわと赤く染まっていく。感情を抑えきれなくなったヴィーシャは、そのまま吸い寄せられるように、デュオの身体を強く抱きしめた。

 

「心配したんだから……っ! 本当に……!」

 

彼女の胸の中に顔を埋める形になり、デュオはその体温と、清潔な石鹸の香りに触れる。

――ああ。

その鼓動の響きが、戦場の喧騒をようやく遠ざけていく。本当に、終わったのだと。

その静寂のなかで、脳内に聞き慣れた、けれどこれ以上なく待ち望んでいた響きが届いた。

 

『――Good morning, My Master』

(……レイジングハート?)

『バイタルチェック終了。全項目、正常値へ復帰中。魔力経路の再構築、および肉体の修復プロセスを継続します。……おかえりなさい』

 

いつもの、無機質で頼もしい電子音声。

その声を聞いて、デュオはようやく全身から戦士としての強張りを解いた。

 

「……悪い、ヴィーシャ。ちょっと、混乱した。……あれ? 演算宝珠は?」

 

抱きしめられたまま、習慣的に胸元を探る。だが、そこには何もない。

 

「……あ、あのね、デュオ。心配しないで。宝珠は……その、壊れちゃったけど、大丈夫。無くて色々と不安だと思うけど、新しいのが来るまで私がずっと助けてあげるし、側にいるから。本当に、不安にならなくていいんだよ?」

 

ヴィーシャは、デュオの手を壊れ物を扱うように、けれど逃さないように力強く握りしめた。

魔導師にとって、宝珠を失うことは半身を失うも同然の恐怖。それを知っているからこその、彼女なりの、必死なまでの献身的な決意だった。

だが――その「前提」を、デュオは知らない。

なぜ彼女がこれほどまでに悲壮な覚悟を決め、必死に自分を繋ぎ止めようとしているのか。目の前の幼馴染が向けてくる、過剰なまでの心配と庇護欲に、彼は純粋な疑問を抱いてしまっていた。

 

(……レイジングハート。なんかヴィーシャがえらい心配してくるんだけど、なんでだ?)

 

デュオは脳内で相棒に問いかける。

 

『Master、魔導士は演算宝珠というインターフェースを失えば、本来は一般人と変わりません。出力の喪失、自己のアイデンティティの欠損……それらによる精神的不安定は、既存の魔導工学上、極めて一般的な反応です。あるべきものがないという不安は、通常、回避不能なストレスとなります』

 

(いや、でも……お前がいるからなぁ、俺は別に不安でもなんでもないんだけど)

 

『……Master。その「感覚」を他者に説明するのは、非常に高コストな作業になります。今は彼女の好意に甘えておくのが合理的かと』

 

ヴィーシャの決死の優しさと、デュオの「RHがいれば問題ない」という平熱の安心感。

二人の間に生じた、小さな、けれど温かな「すれ違い」が、病室の静寂を包み込んでいた。

 

病室の静寂を切り裂くように、扉が力強く開かれた。

 

「――失礼する」

 

入ってきたのは、教官のバウマン大尉だった。

軍服には皺一つなく、磨き上げられた軍靴が床を叩く硬い音が部屋に響く。いつもの厳格な風貌ではあったが、ベッドの上でヴィーシャに抱き抱えられているデュオの姿を認めると、その鋭い眼光がわずかに和らいだ。

 

「バウマン……大尉」

 

デュオは反射的に身体を起こそうとしたが、バウマンが手掌を向けてそれを制した。

 

「構わん、そのまま聞け。……まずは、意識が戻ったことを祝しておこう。オルカ候補生」

「ありがとうございます。……体は重いですが、異常なしです」

「……そうか。ならばよし」

 

バウマンはベッドの足元に立ち、一呼吸置いた。その表情には、上官としての威厳と、一人の教育者としての苦渋が入り混じっている。

 

「オルカ候補生、およびセレブリャコーフ候補生。私の独断で貴官らを砲兵陣地の防御、および敵魔導大隊との接敵という死地に投入した。これは、教官としての失策であり、私の独断だ」

 

バウマンは、学生である二人に対し、軍人としての深い敬礼を捧げた。

 

「だが、あえて礼を言わせてもらいたい。貴官ら6名があの防御線を死守し抜かなければ、ノルデンは確実に陥落していた。帝国の盾として、貴官らの果たした役割は極めて大きい。……感謝する」

 

「……こちらこそ、ありがとうございます。信じて任せてくださって」

 

デュオの言葉に、バウマンは少しだけ口角を上げた。だが、すぐに元の厳しい教官の顔に戻り、言葉を継ぐ。

 

「勘違いするな。どれほどの戦果を上げ、軍人として評価されようとも、貴官らが卒業するまでは私の預かりだ。私はこれまでの戦いぶりを認め、同時に、貴官らがまだ『未完成』であることも認めている。これから卒業までの間、私が持つ知識のすべてを貴官らに叩き込むつもりだ。覚悟しておけ」

 

「はっ……これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 

背筋を伸ばして応えるデュオの姿に、バウマンは満足げに頷いた。そして、傍らで小さく控えていたヴィーシャにも視線を向ける。

 

「セレブリャコーフ候補生、貴官もだ。よく彼を支えた。……さて、最後に一つ、通達がある」

 

バウマンは懐から一通の封筒を取り出し、デュオの枕元に置いた。

 

「焼き切れた演算宝珠の代わりに、新しい支給品の手配が進んでいる。……ただの代替品ではない。オルカ候補生、貴官が以前に書き綴った論文……『カートリッジシステム』の理論を元に、技術局が急造した試作機だ」

 

「……俺の、システムが?」

 

デュオの視線が、枕元の封筒へと吸い寄せられる。その中には、自分の理論が軍の正式なプロジェクトとして動き出した証が記されている。

 

「製作者……アーデルハイト・フォン・シューゲル博士がこう言っていた。『怪我が治ったら、開発中の宝珠を手に取り、ぜひその手で確かめてみてほしい』とな。……期待しているぞ、オルカ候補生」

 

バウマンはそれだけ言い残すと、踵を返して病室を後にした。

 

 

 

 

 

side シューゲル

 

場面は変わり、帝都ベルン近郊。エル・プロセッサ技術研究所の最深部。

 

「――素晴らしい!! 素晴らしいぞ、これは!!」

 

狂乱の叫び声が、冷たい石造りの部屋に木霊していた。

アーデルハイト・フォン・シューゲル博士は、乱れた髪を振り乱しながら、試験管の中で不気味なほどの高密度な魔力を蓄えた「小さな筒」を、愛おしそうに眺めていた。

 

「我が至高の演算回路と、この『カートリッジシステム』……! これらを混ぜ合わせることによって、魔導師はもはや人間を卒業する! 常識という名の鎖を断ち切り、さらなる力、さらなる高みへ……!」

 

博士の指が、設計図の上に踊る。

そこには、デュオが記したカートリッジシステムの理論を余すことなく反映し、博士の魔導工学がその実用性を極限まで高めた、次世代演算宝珠の完成形が描かれていた。

 

「もはやこれは、単なる演算の補助具ではない。凡百の魔導師には扱えぬ、真に選ばれし者への福音となるのだよ!!」

 

博士の哄笑が、暗い研究所の壁を震わせる。

新たな力の胎動。

それがデュオの手に渡る日は、もうすぐそこまで迫っていた。

ノルデンの白い天井を見上げるデュオの耳に、その歓喜に満ちた笑い声はまだ届かない。

 

 




カートリッジはロマン。
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