神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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第27話:『帝国の未来と地獄への招待状』

 

北方での凍てつくような戦場が、まるで遠い前世の出来事だったのではないかと思えるほどに、俺たちの日常は士官学校という「学生」の枠組みに塗りつぶされていた。

 

 あれから数ヶ月。俺たちは、北方で「英雄」と呼ばれかけた面影など微塵も感じさせない、ただの「未熟な候補生」としての日々を送っていた。

 

「随分と余裕だなオルカ候補生!! 貴様の術式構成は相変わらず精密だが、そのツラは何だ! 貴様は仲間が倒れてる時に余裕の顔で上から見守るつもりか!?」

 

「いいえ!! 仲間と共に、どこまでも泥に塗れる所存です!!」

 

 至近距離で浴びせられる教官の怒声。

 北方で演算宝珠を使い潰し、その「規格外」の実力を知らしめてしまった俺への期待は、常に論理的限界の先を求めていた。

 

「よろしい!! ならばその『余裕』を物理的に削ぎ落としてやる! 貴様は追加で訓練コースをあと三周回ってこい!!」

 

「了解!! 直ちに回ってきます!!」

 

 泥を撥ね飛ばし、加速術式を強引に起動させて駆け出す。

 ライン戦線やノルデン防衛戦を潜り抜けて分かったことがある。最大限に効率を突き詰め、知力の限りを尽くしても、最後にものをいうのは結局のところ「体力」だ。それは戦場に限った話じゃない。

 

 ……なんて、頭では理解しているし、生き残るための血肉になるんだと言い聞かせてはいるが、やっぱりきついもんはきつい!! 心臓が口から飛び出しそうだし、肺が焼けるように熱い。理屈を根性でひっくり返せるなら苦労はしないんだ。

 三周の追加を終え、吐きそうな息を整える俺の隣に、ヴィーシャが静かに腰を下ろした。

 

 以前のように「デュオ、大丈夫!?」と慌てて駆け寄るような危うさは彼女から消えている。彼女はそっと水筒を差し出すと、汚れた俺の頬を無言で拭い始めた。

 

「……デュオ、本当に大丈夫? 無理、してない?」

 

 覗き込むような瞳には、確かな心配の色が宿っている。だが、それは以前のような「壊れ物を扱う手つき」ではなく、隣を歩く者としての気遣いに変わっていた。

 ふと、彼女の手が止まる。

 拭う必要のない場所まで指先が滑り、ほんの数秒、肌が触れ合う時間が長くなった気がした。

 

(……うーん、なんか近いような……)

 

 以前よりも自然に、けれど確実に、彼女の指先が熱を帯びて肌に残る。ふとした拍子に伝わる体温に、ドクンと心臓の鼓動が跳ねるのを感じた。

 心地よさと、喉の奥が熱くなるような戸惑い。否定できないその「近さ」に、俺は誤魔化すように水筒を呷った。

 

 

 

 

 窓から差し込む陽光が、宙を舞う埃を黄金色に染めている。

 卒業を目前に控えた自習室は、微かなインクの匂いと、明日の配属内示を待つ候補生たちの焦燥に包まれていた。

 今回の課題は、ハンス・フォン・ゼートゥーア准将からの特別任務。

『今次大戦の形態と戦局予想』に対する自由意見。

 

 周囲が投げやりな言葉をペンで走らせる中、俺は顔を上げ、脳内の「精神安定剤」に逃避していた。

 

『マスター。……「エクセリオンモード」への換装を確認。……オールレンジ・フルバースト、発射準備完了です』

 

 脳内で再生される、桃色の魔砲。

 泥臭い現実と、いつ終わるともしれない戦争の狂気。そのすべてを浄化してくれるような、一点の曇りもない光の軌跡。

(……いい。この光こそが、救いなんだ。……泥沼の消耗戦に必要なのは、この光のような潔い幕引きなんだよな……)

 

 虹色の光が収束し、脳内が白く染まろうとした瞬間、柔らかい声が俺を現実へ引き戻した。

 

「──デュオ! また意識がどこかに行ってるわよ。大丈夫?」

 

「……ヴィーシャ。終わったのか。早いな」

「早いのは周りのみんなよ。……准将閣下の課題なんだから、私はちゃんと自分の考えをまとめたつもりよ。ねえ、あなたも進めないと。先生も楽しみにしてるんだから」

 

 彼女の誠実な瞳を見ていると、現実の重みが心地よく戻ってくる。だが、そこに割って入る影があった。

 

「ふふ、デュオ。……さっきの独り言、面白かったわよ。……『スターライトブレーカー』……だっけ? なにそれ、中央軍が開発してる新しい魔法の名前?」

 

 椅子を回し、当然のように隣に陣取ったのはエーリャだった。

「……エーリャ、近すぎる。……あとお前、地獄耳だな」

 

 エーリャが楽しげに笑い、ヴィーシャが静かに、けれど確実に俺たちの間に割って入る。その喧騒を横目に、俺は用紙の最上段にペンを置いた。

 

『マスター。……進言します。……その「黄金の橋」の提供こそが、現時点で最も合理的な救済です』

 

(……わかってるよ、相棒。……本気で書くぞ)

 

 帝国という巨大なシステムが、自滅する前に降りるための階段を。

 

 

『総力戦における戦略的出口(イグジット)の数理的構築──『制限戦争』への回帰と『黄金の橋』の提供──』

 

 帝国の自滅を防ぐための、俺なりの「デバッグ」。

 その第一文字が、今、紙の上に静かに刻まれた。

 

 

 

 

深夜の参謀本部。ハンス・フォン・ゼートゥーア准将は、執務室の窓から夜のベルンを眺めていた。

重厚な石造りの街並みを淡く照らす街灯の火影。

帝都の平穏を象徴するその光景も、今の彼の瞳には、巨大な燃料庫に灯された導火線のように見えていた。

デグレチャフ中尉との対話以来、彼の脳裏には「世界大戦」という名の不吉な予感が、拭い去れぬシミのようにこびりついて離れない。

 

帝国軍は最強だ。質においても、量においても、そして将兵の練度においても他を圧倒している。

連戦連勝……地図を塗りつぶす青い矢印は、帝国の栄光を証明し続けている。だが、その勝利の積み重ねが、なぜか国家を救済ではなく、終わりなき泥沼へと誘っているような、言い知れぬ違和感。

勝てば勝つほど敵は増え、占領地は広がり、兵站という名の血管は限界まで引き延ばされる。

 

「……誰も、その先にある『出口』を語らんのだな」

 

准将の独白は、冷え切った夜気に溶けて消えた。

視線を窓から室内の重厚なデスクへと戻す。

そこには、参謀本部が士官学校へ課した課題の束が積み上げられていた。 『今次大戦の形態と戦局予想』に対する、候補生たちの自由な感想文。

 

将来の帝国を背負って立つはずのエリートたちの、いわば「思考の雛形」を確認するための、単なる気分転換のつもりだった。

だが、読み進めるほどに彼の眉間の皺は深まっていく。

 

そこに並んでいるのは、どれも過去の輝かしい戦例をなぞっただけの、退屈な「模範解答」だった。

迅速な包囲殲滅、機動戦による敵重心の破壊、内線作戦による各個撃破。 先人たちが残した、あまりに美しい「正解」しかしそれは、国家が互いに節度を持ち、軍隊同士の決闘で勝敗を決した時代の遺物に過ぎない。

 

今の戦場は変質している。

国民が過剰なナショナリズムと思想で武装し、国家の総力を最後の一兵まで使い潰す。

一度の会戦で勝負が決まることなどなく、敗者は怨嗟を抱えて地下へ潜り、再び泥沼を形成する。

そんな変質した戦域の狂気に対し、教本に書かれた論理はあまりに無力であり、何より候補生たちの言葉には、その現実に対する恐怖も覚悟も欠落していた。

 

「戦術的な勝利の果てに何があるかを、誰も見ていない」

 

ため息と共に、最後の数枚をめくる。

万年筆のインクが染みた紙が擦れる、乾いた音だけが室内に響く。

どうせこれも、殲滅こそが平和への唯一の道だと説く、身の丈に合わない勇ましさに満ちているのだろう。

そう断じて、最後の一枚を流し読みしようとしたゼートゥーアの手が、不意に止まった。

 

その感想文の冒頭には、他の学生が使いたがる「栄光」や「殲滅」といった華々しい単語はひとつもなかった。

代わりに記されていたのは、まるで工場の運営マニュアルを思わせるような、無機質で冷徹な「終わらせ方」の設計図だった。

失望に沈んでいた准将の瞳に、鋭い、冷徹な理性の光が宿る。

彼の手元で止まったその紙の最上段には、奇妙なタイトルが記されていた。

 

『総力戦における戦略的出口(イグジット)の構築──「制限戦争」への回帰と「黄金の橋」の提供──』

 

その題名が視界に入った瞬間、ゼートゥーアの右眉が跳ねるように動いた。

 

「制限戦争への回帰……だと?」

 

独白は嘲笑ではなく、微かな戦慄を孕んで室内に落ちた。

制限戦争……かつて騎士道精神が辛うじて息を吹き込み、互いの王権という盤面を尊重し合った、前世紀の遺物。

熱狂した国民が隣国を根絶やしにせんと叫び、工場が二十四時間体制で殺戮の道具を生産し続ける現代において、それは最も忌避される「非効率な平和主義」の代名詞だ。

 

だが、ゼートゥーアにとって、その言葉はただの古臭い概念ではなかった。

つい先日、あのデグレチャフ中尉が冷徹な合理性の果てに突きつけてきた「講和こそが勝利」という、あの異質な主張とあまりに鋭く共鳴していたからだ。

 

「……中尉と同じことを言う者が、他にもいたというのか」

 

放り捨てようとした指先が、紙の縁で止まる。

紙の余白には、魔導師特有の極めて幾何学的で精密な筆致による、奇妙な数理モデルが描き込まれていた。

感傷や倫理、あるいは愛国心といった情緒を一切排除し、国家をひとつの「演算回路」として捉えたようなその走り書き。

そこに記された「三つの論理」が、准将の洗練された知性を、暴力的なまでの説得力で揺さぶり始めた。

 

第一の論理。──制限戦争論。

 

「戦争の目的は『敵を消すこと』ではなく『有利な条件で握手すること』である。軍事力という暴力は、外交テーブルに有利なカードを並べるための、単なるコストの高い道具に過ぎない」

 

ゼートゥーアは目を細め、何度もその一節を読み返した。

殲滅戦を当然の帰結と信じ、勝利という名の全滅を追い求める軍部において、敵を消すことを「資源の浪費」と断じる不遜さ。

それはまさに、デグレチャフ中尉が提示した「講和」という出口戦略を、より広範な、そしてより冷徹な数理モデルへと昇華させたものだった。

少佐の主張が前線での皮膚感覚から生じた「警告」だとするなら、この感想文はそれを地政学的な「設計図」にまで押し広げている。

 

第二の論理。──勢力均衡と「絶妙な寸止め」。

 

「帝国が最強の『覇権国家』となった瞬間、それは全世界への宣戦布告と同義である。我々に必要なのは、敵を全滅させる力ではなく、敵に『帝国が隣にいても生存を脅かさない』と思わせる、絶妙な寸止めである」

 

ゼートゥーアは思わず椅子の背もたれに深く身を預けた。

地政学的な鉄則だ。一国が肥大化し、既存の秩序を飲み込もうとすれば、周辺諸国は恐怖に駆られ、生存本能から同盟を組んで対抗する。

それは国家という生命体が持つ根源的な防衛反応に他ならない。

 

今、この感想文の主は、帝国の快進撃が招くであろう「未来の包囲網」を、不気味なほどの正確さで見通している。

勝利の余韻に酔いしれる参謀本部が「さらなる領土」を求めて地図を塗りつぶす中で、この書き手だけは、振り下ろすべき拳をどの地点で止めるべきかを冷静に計算していた。

 

相手の息の根を止めず、かといって反撃の牙を剥かせぬ程度の絶妙な圧力。

その「寸止め」こそが、敵対者を絶望による暴走から踏みとどまらせ、結果として帝国の安全を永続させる。

 

(……覇権という甘い毒を、これほどまでに淡々と、忌むべき障害として切り捨てるか)

 

そして、准将の視線は第三の論理、この感想文が提示する最大の「毒」へと吸い寄せられた。

 

──「黄金の橋」の提供。

 

「敵に対し『無条件降伏』を求めるのは、出口の鍵を自ら川に捨てる自殺行為に等しい。相手に『名誉ある撤退(Golden Bridge)』を用意してやる。逃げ道を与えることで敵の必死の抵抗を削ぎ、帝国の出血を最小限に抑える。これこそが『合理的勝利』である」

 

 

「……黄金の橋、か」

 

ゼートゥーアの指先が、その言葉の上で静かに止まった。

慈悲などではない。これは最も冷徹な、効率の追求だ。

逃げ道を断たれた窮鼠がどれほどの出血を帝国に強いるか。その無駄な消耗を避けるために、あえて相手に「降伏という名の救い」を演じさせてやる。

誇りを守らせ、国名という看板を残してやることで、彼らは自ら帝国の用意した管理システムへと歩みを進めるだろう。

 

軍人としての名誉や伝統を重んじるならば、これは敗北主義者の妄言に過ぎない。

だが、国家という巨大な機構を維持し、次世代へ繋ぐ責任者としての視座に立てば、これほどまでに残酷で、かつ「正解」に近い設計図はなかった。

 

准将は、微かな戦慄と共に悟った。

他の候補生たちが「どうやって敵を叩き潰すか」という、盤面上の駒の動かし方を競っている中で、この書き手だけは、帝国の存続という巨大なシステムを維持するための「出口」を、冷徹な数式のように導き出している。

 

デグレチャフ中尉が地獄の到来を予見したのだとしたら、この男はその地獄の底をピタリとついて歩き、出口の扉に手をかけている。

 

ゼートゥーアは感想文を捲る手を止められなかった。

一介の候補生が記した、あまりに現実離れした理想論……本来ならば、そのまま屑籠に放り投げてしかるべき内容だ。

だが、紙の上に躍る無機質な数式の羅列と、一切の感情を排した論理の構築が、彼の「参謀」としての本能に警鐘を鳴らし続けていた。

 

その後に続く、戦慄の戦局予測シミュレーションが目に飛び込んできた瞬間、准将の呼吸はわずかに止まった。

そこには、二つの「未来」が、避けることのできない必然として描き出されていた。

 

【予想A:殲滅戦の果てにある破滅】

 

「帝国が完全勝利を掲げ、敵国に対し無条件降伏を突きつけた場合。統治機構を徹底的に崩壊させた『戦勝』の後に待つのは、広大な力の空白地帯である。その死滅した大地には、必ずや東方の連邦(赤色勢力)という名の病原体が侵入し、帝国の喉元を脅かすだろう。 加えて、帝国の肥大化に生存の恐怖を感じた周辺諸国は、理性を捨てて対帝国包囲網を結成する。帝国は輝かしい勝利の果てに、全方位との無限の消耗戦に引きずり込まれ、自滅という帰結を迎える」

 

ゼートゥーアの瞳に、鋭い戦慄が走った。

これだ。彼が夜な夜な地図を眺め、言葉にできぬまま飲み込んできた「最悪の予感」が、ここでは冷徹なまでに言語化されている。

デグレチャフ中尉が警告した「世界大戦」の正体が、数理的な必然として目の前にさらけ出されていた。

勝利すればするほど、死への歩みが加速する。

その皮肉なパラドックスを指摘するように淡々と綴っている。

そして、その絶望の裏側には、もう一つの選択肢が提示されていた。

 

【予想B:黄金の橋による安定】

 

「敵の主権を形式的に維持させ、その『看板』を盾にする。帝国の真の支配は軍靴ではなく、大陸全土に延伸させる鉄道網というインフラによって成されるべきである。 敵国の規格を帝国のそれに無理やり適合させ、経済的に完全な依存状態へと追い込む。これにより、敗戦国は東方の連邦に対する安価な『防波堤』へと再定義される。帝国は隣人を生かしたまま、その臓器を自らのシステムに統合し、最小のコストで大陸の永続的安定を手にする」

 

「……インフラによる支配、か」

 

ゼートゥーアは呟き、震える指先で葉巻を置いた。

これはもはや、戦争の感想文ではない、国家を一つの巨大な生命体、あるいはシステムとして捉え、その「生存」と「運用コスト」を天秤にかけた、極めて高度な経営マニュアルだ。

敵を殺すのではなく、帝国の機能を維持するための「部品」として作り変える。慈悲による共存ではなく、逃げ道という名の檻に閉じ込めることで、反抗の意志すらも経済的合理性のなかに埋没させる。

 

これほどまでに悲観的で、消極的な平和論があるだろうか。

だが、これほどまでに徹底して、帝国の自滅を回避しようとする執念に満ちた戦略図が他にあるだろうか。

 

准将は、感想文の末尾に記された署名に、静かに目を落とした。

 

「……オルカ・デュオ」

 

ライン戦線でも、あの「白銀」の真後ろをピタリと駆け抜けた魔導師。

ゼートゥーアは受話器には手を伸ばさず、代わりにその紙を、誰にも見られないよう丁寧に折り畳んだ。

 

「ノルデン防衛戦でも、無理してついていって宝珠を破壊したのだったな。……くっくっ。この二人は、近くに置いておいた方が帝国の未来は明るくなりそうだ」

 

暗い執務室で、准将は一人、静かに笑みを漏らした。 白銀という「剣」と、オルカという「楔」。 この二人が揃うことで、帝国が奈落へ転落する未来を回避できるかもしれない。

 

その期待は、彼が抱いていた暗雲を、わずかに、だが確実に払い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

将校課程の修了を目前に控えた、重苦しい静寂が支配する教官室。

対面に座るゲオルグ・フォン・バウマン大尉は、手元の書類を見つめたまま、言葉を選びかねるように沈黙を保っていた。

その視線の先にあるのは、一人の候補生の「未来」を記した配属希望調査票だ。

 

「……オルカ候補生。君のこれまでの功績、および適性は、参謀本部も高く評価している。配属先については、上層部からも『出来る限り本人の希望を考慮するように』との通達が来ている」

 

「考慮、ですか。それは……身に余る光栄です、教官」

 

デュオは、表情筋を鉄の意志で固定しながら応じた。

軍隊における「希望の考慮」という言葉が、どれほど空虚な響きを持っているか。

それは「お前の能力を最も効率的に使い潰せる死地を選ばせてやる」という通告に他ならない。

バウマン大尉が、数枚の書類を机に並べる。

 

「これが現在、君に提示されている選択肢だ」

 

デュオは、その「よりどりみどり」なリストに目を落とした。

 

『ライン戦線・魔導中隊』

『ノルデン駐屯地・魔導大隊』

『北方国境警備・即応魔導大隊』

 

そこにあるのは、硝煙と泥にまみれた最前線の名前ばかりだった。

 

「……なるほど。これはまた、目移りしてしまいますね」

 

皮肉な言葉が口を突いて出る。

ラインでも、ノルデンでも、自分はそこそこの結果を残してしまった。

軍隊という巨大な歯車にとって、結果を出す駒を安全な後方に遊ばせておく理由など、原子一個分も存在しないのだ。

 

(ラインでは『白銀』に振り回され、ノルデンでは死に物狂いで宝珠を焼き切った……。その報酬が、これか)

 

どんよりとした諦念が脳内を支配し、一番マシな「地獄」はどこかと考え始めたその時、バウマン大尉がためらいがちに、引き出しの奥から最後の一枚を取り出した。

 

「……ああ、それと。今朝、参謀本部から直接、君宛に届いた内示がもう一枚ある」

 

「参謀本部から、ですか。……有難いことですね」

 

デュオはその言葉を口にしながら、内心の絶望を押し殺した。

(実質、これだ)

これまでの「よりどりみどり」なリストは、単なる形式上の飾りに過ぎない。

 

差し出された封筒から中身を取り出し、記載された「内定先」と「部隊編成案」に目を走らせる。

そこには、自分を散々こき使ったあの「白銀の大尉」の名と、さらに規模を拡大させた新編魔導大隊の計画案、そして──部隊構成の要となる人員として、自分の名前が太字で刻まれていた。

 

「…………」

 

部屋を、数秒間の痛いほどの沈黙が満たした。

 

バウマン大尉は、数多の選択肢を机に並べながらも、結局のところ、この候補生に用意された道が最初から一つしかなかったという残酷な事実に、声を失っていた。

参謀本部の意向という名の巨大な意志を前に、教育官としての助言など、何の意味も持たないことを悟っていたのだ。

 

「オルカ候補生……」

「教官……」

 

デュオは、教官の沈黙を遮るように短く応じた。 その瞳からは既に、淡い期待などは消え失せ、冷徹な諦観だけが残っていた。

 

「分かってます。言わないでください」

 

抗えない濁流に飲み込まれたことを、彼は誰よりも早く理解していた。 デュオは数ある「死地」のリストを脇へ除けた。

そして、参謀本部からのたった一枚の指示書を、静かに、そして確かな動作で教官の前へと押し戻す。

 

「……これを、希望します」

 

それが、後の「二〇三魔導大隊」を巡る、最も不憫で、かつ最も合理的な内定が確定した瞬間だった。

 

 




土日は考える時間が増えるけどペースが落ちますね。
感想あると書くペース上がります。
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