神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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第28話:「それぞれの岐路 ―消えた後方勤務―」

 

教官室の重苦しい空気を引きずったまま自習室の扉を開けると、そこは一転して、人生の岐路に立つ候補生たちの熱気に満ち溢れていた。

窓から差し込む陽光が埃を黄金色に染める中、各地から集まった戦友たちが、それぞれの「未来」を手に騒いでいる。

 

「――よう、デュオ! お前もさっき内示だったんだろ? どこになったんだ?」

 

声をかけてきたのは、北方軍派遣組のゲッツだ。その隣にはヨハンとミカもいて、すでに自分の装備をまとめながら、どこか引き締まった、それでいて複雑な表情を見せている。

 

「俺たちは予定通り、北方の元の部隊に戻ることになった。……あそこはいまだに協商連合との激戦が続いてる最前線だからな。またあの凍てつく空気を吸いに行くことになる」

 

ゲッツが自嘲気味に笑いながら、俺の肩を叩く。ノルデンはいまだに帝国の喉元を狙う刃が突きつけられた死地だ。平和な後方などどこにもない。

 

「英雄殿みたいに、ラインだのなんだのとあちこちの戦場を渡り歩くほど華やかじゃないが、俺たちは俺たちの場所で泥をすするさ」

 

ヨハンがそう言って、少し寂しそうに笑った。彼らにとっての北方は、単なる戦場ではなく、死守すべき自分たちの「持ち場」なのだ。

 

「いいじゃないか。住み慣れた土地、気心の知れた仲間が一番だよ。ミカ、あっちに戻ったらまたあの不味い野戦コーヒーが待ってるな」

 

俺がそう振ると、無口なミカは言葉を返さず、ただ静かに、けれど力強く拳を握ってみせた。そして、懐から使い古された魔法瓶を取り出し、愛おしそうに撫でる。その仕草だけで、彼女が北方の厳しい寒さと、そこで飲む一杯の苦いコーヒーを、自分の居場所として受け入れていることが痛いほど伝わってきた。

そんな北方組との、どこか戦友としての絆を再確認するような会話の向こうから、今度は東方軍派遣組のハンスが歩み寄ってきた。彼は野心家らしく、手に持った辞令を噛みしめるように見つめている。

 

「オルカ、俺は東方に戻る。……だが、ただ戻るんじゃない。国境警備の最前線、即応魔導大隊への編入が決まった」

 

「東方か……。あそこは連邦との緊張が日に日に高まっている場所だろ。……ハンス、死ぬなよ」

 

「わかってるさ。……正直な、デュオ。この課程の最初は、お前の鼻っ柱をへし折ってやろうと思ってたんだが……お前と出会って、俺のプライドは完膚なきまでに叩き壊されたよ。おかげで、生まれて初めて本気で訓練に打ち込めた」

 

ハンスはそう言って、照れ隠しのように鼻の頭を掻いた。

 

「今、東方の連邦がきな臭い動きを見せている。功名心でどっかの戦場に志願するより、今は自分の生まれた故郷を守るために『蓋』をするのが俺の役割だ。……そう思えるようになったのも、お前と本気でやり合ったからだ。感謝してるぜ」

 

ハンスの言葉には、かつての功名心ではなく、故郷を守り、帝国というシステムを崩壊させないための重い責任感が混じっていた。俺が蒔いた言葉の種が、こうして誰かの覚悟を少しだけ変えている。その事実に、胃の奥が少しだけ熱くなった。

 

「……ああ。頼むぞ、ハンス」

 

そんな戦友たちとのやり取りを横目に、ずっと俺の隣で、祈るように自分の指を組んでいたヴィーシャが、ようやくといった様子で俺の持つ書類を覗き込んだ。

 

「……デュオ、その、配属先は……」

 

恐る恐る、けれど必死に文字を追う彼女。そこに並ぶ『参謀本部直轄・新編魔導大隊』の文字と、指揮官名の欄に刻まれた「ターニャ・フォン・デグレチャフ大尉」の名前。そしてその直下に、俺と彼女の連名を見つけた瞬間――。

 

「……っ! 私も、同じ部隊よ、デュオ!」

 

歓喜に弾けた声と共に、ヴィーシャが俺の腕に飛びついてきた。

そのまま俺の両手を自身の小さな手でぎゅっと握り締め、勢い余って顔を至近距離まで寄せてくる。碧い瞳をかつてないほど輝かせ、こぼれんばかりの笑顔を俺に向けて。

 

「また、一緒にお仕事ができるのね。……良かった、本当によかった……!」

 

「う、お、おう……。ヴィーシャ、ちょっと、近い……」

 

あまりの勢いと、至近距離にある彼女の熱に、俺は思わずドギマギとたじろいだ。

心臓が妙なテンポで鐘を鳴らし、顔が熱くなるのを感じる。慌てて周囲を見渡すが、幸いなことに誰もが自分の配属に夢中で、俺たちの「近さ」には気づいていない。

 

「あ、ご、ごめんなさい! 嬉しくてつい……」

 

俺の様子に気づいたヴィーシャが、慌てて手を離し、顔を真っ赤にして数歩下がる。その様子もまた、いつもの冷静な彼女とは違って、ひどく可愛らしく見えてしまった。

 

「……ヴィーシャ。ああ、そうか。良かった。……本当に良かった」

 

俺は改めて、心の底から、重い鉛を吐き出すような安堵の溜息を漏らした。

正直に言えば、あの「白銀」の下に戻るという事実は、地獄への特急券を渡されたような絶望に等しい。だが、その地獄のような最前線において、隣にヴィーシャがいる。その一点だけが、この理不尽な運命が俺にくれた、唯一にして最大の救いだった。

 

ドギマギする俺と、顔を真っ赤にしたヴィーシャ。そのどこか甘酸っぱい空気の隙間に、軽やかな、けれど計算し尽くされたような足音が割り込んできた。

 

「うーん、私はとりあえず同じ参謀本部よ。ただ、ずっと帝都で椅子に座っているわけにはいかなそうね。あちこち飛び回って、泥臭い調整役に回されるみたい」

 

いつもの飄々とした、どこか他人事のような口調。エーリャが、自身の配属通知をひらひらとさせながら歩み寄ってきた。

 

「参謀本部か。……そっちはそっちで、現場とは違う種類の地獄だろうけど……」

 

俺は一旦ヴィーシャへのドギマギを脇に追いやり、真っ直ぐにエーリャの目を見つめた。茶化す気は毛頭ない。これは、この国を救うために必要な「設計図」の共有だ。

 

「エーリャ、俺のあの感想文を読んだだろ?」

 

「ええ、もちろん。隅々まで読ませてもらったわ」

 

「ならわかるはずだ。帝国の破滅を止めるには、お前の情報収集能力と、その立ち回りが絶対に必要なんだ。帝国を救うための『楔』になってくれ。頼むよ、エーリャ」

 

俺にとっては、偽らざる本心だった。エーリャのような、現場の空気を知り、かつ中央の論理を操れる官僚がシステムを動かさなければ、俺の描いた黄金の橋はただの妄想で終わる。

 

「……!」

 

だが、あまりにストレートに投げ込まれた期待と信頼。その「重さ」に、エーリャは一瞬だけ呆気に取られたように目を見開いた。

 

「……ふふ。相変わらず、そういうところはストレートに褒めるよね、君は。……本当に、楽しかったよ。デュオ」

 

少し寂しそうに、けれど慈しむように笑ったかと思うと、彼女は不意に、不可侵なはずの俺のパーソナルスペースを軽々と踏み越えてきた。気づいた時には、頬に柔らかく、熱い感触が押し当てられていた。

 

「え、えええ……!? エ、エーリャ……!?」

 

隣でヴィーシャが、まるで未知の魔導兵器の直撃を受けたかのような、裏返った驚愕の声を上げる。そんな彼女の動揺を余所に、エーリャは唇を離すと、いたずらっぽくペロリと舌を出して見せた。

 

「ごめんごめん。ちょっと美味しそうだったから、つまみ食い。……ヴィーシャも、あんまりのんびりしてると、先に食べちゃうからね?」

「な、ななな……何をっ……!」

 

顔を真っ赤にして反論しようとするヴィーシャを柳に風と受け流し、エーリャは軽く手を振って人混みの中へと消えていく。その後ろ姿を見送りながら、俺は頬に残る微かな体温の感触に、ようやくひとつの可能性を導き出していた。

 

「……なんだ。あいつ、しかも耳を真っ赤にして……。今のって、まさかそういうことか?」

 

去り際、人混みに紛れる直前のエーリャ。その耳の端が、隠しきれないほど鮮やかな朱色に染まっていた。それを脳内で繋ぎ合わせた瞬間、俺は思わず独りごちた。

 

「……待て。俺、あいつとどこかでフラグなんて立ててたっけか?」

 

好意なんてものは、日々の何気ないやり取りや、共に過ごした時間の積み重ねで育っていくものだ。それは理論としては理解している。だが、俺たちの積み重ねてきた時間といえば、死線を越えるための連携や、泥臭い戦略の議論ばかりだ。そんな硝煙の匂いしかしない日々のどこに、彼女が顔を赤らめるような火種があったというのか。

 

(……いや、あったのか? あの議論の最中か? それとも、ただ一緒にいただけでも、積み重なっていたのか……?)

 

自分の無自覚さに今さらながら困惑する俺の脳内で、相棒が静かに「解析結果」を告げる。

 

『……マスター。心拍数の上昇を確認。……信頼の積み重ねは、時として想定外の結末を導き出します。マスターが当然の振る舞いとして重ねてきた行動のすべてが、彼女にとってはかけがえのない大切な時間だったのでしょう。……ゆえに、彼女が好意を抱くのは必然的な帰結であると推測します』

 

「…………」

 

レイジングハートの静かな指摘に、俺は反論の言葉を失い、ただ黙って人混みの先を見つめた。エーリャの耳の端に宿っていた「熱」の意味が、今は重く、けれど確かな手応えとして胸に残る。

 

明日からはもう、学生ではない。エーリャは帝都の闇で「楔」となり、俺とヴィーシャは白銀の「剣」となって戦場を駆ける。物理的な距離は離れても、それぞれの持ち場で、俺たちの戦いは続いていく。

 

「……つまみ食い、か。勘弁してくれよ」

 

困惑を隠しきれない俺の隣では、ヴィーシャが顔を真っ赤にしたままプスプスと知恵熱を出しそうな勢いでフリーズしていた。

 

「あー……ヴィーシャ? 大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃないです! ぜんぜん大丈夫じゃないです……!」

 

地獄への招待状を受け取ったはずの最後の日。俺は、戦場での弾幕回避よりも難しい「女心」という名の乱数に翻弄されながら、慌てて彼女を介抱することになった。

 

 

 

 

 

 

 

数日後、俺たちは正式に参謀本部の敷地内、その一画にある編成課別棟へと足を踏み入れていた。

周囲には慌ただしく書類を運ぶ下士官や、厳しい表情で廊下を歩く憲兵の姿が目立つ。ここが帝国の心臓部であり、すべての戦場の運命を決定する場所なのだという実感が、肌を刺すような緊張感となって伝わってくる。

 

「……よし、これで貴重品の預け入れと部屋の確認は終わりだな」

 

憲兵の立ち会いのもと、支給された居室の鍵を受け取り、ヴィーシャとともに最低限の荷物を整理し終える。軍靴の音だけが響く静かな廊下に出ると、ヴィーシャが制服の襟を正しながら、ふと思い出したように俺を見た。

 

「デュオ、デグレチャフ大尉への着任挨拶はいつ行く予定?」

 

「もらった書面だと、先にゼートゥーア准将への挨拶を済ませて、昼頃に大尉のところへ向かうように指示されているな。……ただ、荷物整理も思ったより早く終わったし、少し早めに伺ってもいいかもしれないな」

 

「そうね。大尉のことだから、予定通りよりも『効率的』な動きを好まれるかもしれないし。……あ、でもまずは准将閣下の方ね」

 

俺たちは顔を見合わせ、一つ頷くと、重厚な石造りの本館へと向かった。

作戦局次長室。

扉の前に立つだけで圧がのしかかるようなその部屋で、俺たちは直立不動の姿勢を保っていた。

 

「……二人とも、よく来てくれた。君たちのような優秀な若者が、この新しい試みに加わってくれることを、私は心から歓迎するよ」

 

デスクに座るゼートゥーア准将は、鋭い眼光の中にも、どこか教え子を見守るような穏やかさを湛えていた。彼は手元の書類から目を上げ、俺とヴィーシャを代わる代わる見つめる。

 

「新編される魔導大隊は、これからの帝国の命運を左右する重要な『刃』となる。二人には大いに期待しているよ」

 

「はっ! 微力ながら、帝国の勝利のために精一杯努める所存です!」

 

俺とヴィーシャの声が重なる。准将は満足げに小さく頷くと、最後に視線を俺の方へと固定した。

 

「オルカ少尉。君とは、また時間がある時に少しゆっくり話をしたいと思っている。構わんかね?」

 

その言葉に含まれた意図を測りかねて、俺の背中に一筋の冷や汗が流れた。だが、准将を待たせるわけにはいかない。

 

「はっ! 承知いたしました。いつでもお呼び出しください!」

 

「よろしい。下がっていいぞ」

 

退室し、緊張の余韻が残る廊下を歩いて別棟へと戻る途中、ヴィーシャが不思議そうに首を傾げて俺を覗き込んできた。

 

「デュオ、准将閣下に呼び止められるなんて凄いじゃない。……何か、個人的にお話しするような心当たりがあるの?」

 

「……さあな。感想文の続きのダメ出しでも食らうのか、あるいはもっと面倒な相談事か。准将閣下の考えを読み切るなんて、俺の知能じゃまだ無理だよ」

 

俺は肩をすくめて見せたが、胸のざわつきは収まらなかった。准将がわざわざ「時間を取って話そう」と言うからには、単なる世間話であるはずがない。

 

「まあ、今は目の前の任務に集中しよう。……さあ、いよいよ本命、大尉のところだ」

 

俺たちはそのまま大尉の部屋へ向かおうとしたその時、壁に設置された内線電話がけたたましく鳴り響いた。

近くにいた通信兵が受話器を取り、驚いた顔でこちらを呼び止める。

 

「オルカ少尉、セレブリャコーフ少尉! デグレチャフ大尉からです! 『副官二名はまだか! 早くよこせ!』と……!」

 

「――えっ、もう!? まだ挨拶の予定時刻には早いはずだけど……」

 

ヴィーシャが戸惑いながら俺を見る。受話器の向こうから漏れ聞こえてくる声は、いつになく余裕がなく、切迫した響きを帯びていた。

 

「結構急ぎっぽい感じだったけど、何かあったのかな?」

「とりあえず行ってみましょう、デュオ。大尉をお待たせするわけにはいかないわ」

 

俺たちは予定を切り上げ、駆け足で指揮官室の重厚な扉を叩いた。

 

「オルカ少尉、およびセレブリャコーフ少尉、ただいま参上いたしました!」

「入れ!」

 

短く鋭い許可を得て室内へ踏み込んだ俺たちは、その光景に思わず言葉を失った。

そこは書類の墓場だった。

デスクの上はおろか、床からソファに至るまで、おびただしい数の書類の束が地層のように積み上がっている。その山に埋もれるようにして、ターニャ・フォン・デグレチャフ大尉がペンを走らせていた。

 

「……オルカ少尉、それにセレブリャコーフ少尉か」

 

顔を上げた彼女は、俺たちの姿を見ると数秒間、瞬きも忘れたように静止した。その碧い瞳が、予想だにしない来客を前にして、わずかな戸惑いに揺れる。

 

『……進言します。マスター。推測ですが、大尉は目の前の膨大な書類処理に全意識を割かれ、我々の配属時期を計算から外していた……いえ、完全に失念していた可能性が高いと思われます』

 

(……なるほどな。あの「白銀」といえど、この書類の山にはリソースを食われ尽くしていたってわけか)

 

レイジングハートの予想に心中で同意しながら直立不動で待っていると、大尉は小さく咳払いをし、少しだけ表情を和らげた。

 

「貴公ら二名の配属を歓迎する。……それと、遅まきながら二人とも、昇進おめでとう。よく生き残って、ここまで辿り着いてくれた」

 

「「はっ、ありがとうございます、大尉!」」

 

少しだけ穏やかな声音。だが、その直後にはいつもの鋭い指揮官の目に戻る。

 

「挨拶は以上だ。早速だが仕事にかかってもらう。セレブリャコーフ少尉!」

 

「はっ!」

 

「今すぐ衛兵司令のところへ行け。私の名で、憲兵をダース単位で借り出してくるんだ。この部屋の書類を仕分けさせる人手が要る。いいな?」

 

「えっ……あ、はい! ただちに!」

 

ヴィーシャが弾かれたように部屋を飛び出していく。大尉は残った俺を鋭い眼光で射抜いた。

 

「オルカ少尉。貴公は私の隣に座れ。これよりこの書類の山を、優先度順に再構築する。……地獄へようこそ、少尉。これこそが、我々の新しい戦場だ」

 

「……光栄です、大尉。ようやく大尉と一緒に、安全な後方でハンコを捺くだけの優雅な仕事にありつけるというわけですね?」

 

俺が少し肩の力を抜いてそう返すと、大尉は口角をわずかに上げ、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふっ、いい度胸だ。……そんな余裕があるなら、この書類をすべて捌ききってから言うことだな。私のペンに追いつけなくなっても知らんぞ」

 

「望むところです。……それにしても、大尉。この異常な書類の山は一体何なんです?」

 

俺が周囲を埋め尽くす「紙の地層」を指差すと、大尉は忌々しそうに手元の束を放り投げ、机の上に一枚の紙を叩きつけた。

 

「……これらはすべて、我が新編魔導大隊への『入隊願書』だ。そして――これがその元凶(募集広告)だ」

 

そこには、およそ軍の公文書とは思えない、狂気すら感じる文言が踊っていた。

 

帝国軍参謀本部 戦務課通達

 

常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈せず、常に戦場にある。

 

全ては勝利の為に。

 

求む魔導士

 

至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々。

耐えざる危険、生還の保証なし。

生還の暁には名誉と称賛を得る。

 

参謀本部第六〇一編成委員会

 

俺は思わず目をパチパチさせて、その紙面を二度見した。……これ、どこの南極探検隊だ? あるいは確実な死地への片道切符か。

 

『……マスター。解析結果を報告します。将校課程の際、同期を含め、現場の魔導士たちの救国の志は極めて高いものでした。特に東部や南部に配備されている魔導士たちは、膠着した戦況の中で活躍の機会を渇望していると感じます。この広告は、彼らの心理的トリガーを正確に射抜いたようです』

(……だよなぁ。このブラックすぎる条件が、逆に連中の『愛国心』と『選民意識』を激しく揺さぶっちまったわけだ)

 

「大尉。将校課程の同期も、結構な連中が活躍の機会を求めて飢えていましたからね。この広告、志願者の心に火をつけるという意味では、これ以上ないほど素晴らしい出来だと思いますよ?」

 

俺が極めて真面目に賞賛を贈ると、大尉は背後で「ズガーン」と効果音がつきそうな顔をして、そのまま彫像のように固まった。

 

「……つまり貴公は、私がこれ以上ないほど『効果的』な募集を出したと……そう言うのか? オルカ少尉」

 

「そうだと思いますよ? ……個人的には、後方でゆっくりハンコを押していたいところですが、これだけの志願者が殺到しているとなれば、参謀本部も早急な編成を突っついてくるでしょう。早めに仕事を片付けないと、それこそ休みがなくなりますよ」

 

「…………」

 

大尉はスッと両手で頭を抱え、深いため息を漏らした。

……うん、この反応で確信した。この人は多分「こんな地獄みたいな条件なら誰も来ないだろう。そうすれば編成に時間がかかって、その分、安全な後方勤務が長引くはずだ」と踏んでたな。

打算と合理性が、愛国心という名の非合理に完敗した瞬間だった。

 

「まぁでも、いくらなんでも多すぎますしね。適当な理由をつけて三ヶ月くらいかけてじっくり吟味して……」

 

俺が少しでも時間を稼ごうと提案したその時、大尉がバッと顔を上げた。その瞳には、絶望の淵から這い上がろうとする執念の火が灯っている。

 

「いや、この部隊は早急な戦力化を求められている。……デュオ少尉の言った通り、もたもたしていれば間違いなく上から突かれるだろう」

 

そこまで言うと、大尉はスッと視線を落とし、何事かをぶつぶつと呟き始めた。

 

「……そうだ、むしろこれほど応募者がいることを逆活用しよう。ここから更にハードルを上げ、選考の全行程を苛烈極まるものに作り直す。編制に時間をかけつつ、かつ私の責任ではなく『志願者が基準に達しない』という体裁を整えれば……」

 

後半になるにつれ、彼女の声は小さくなり、完全に行き先のない自分の世界へと没入していった。その口角が、計算高くも不敵に吊り上がっていく。

 

「…………」

 

俺はそれ以上、口を挟むことができなかった。

ただ一つ、レイジングハートを介さずとも確信できる事実がある。

この後、何らかの「とんでもなく良くないこと」が、志願者たち、そして俺たちを待ち受けている。それだけは間違いなさそうだった。

 




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