神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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第30話:『至高の教育計画 ―― 最後に残るもの』

 

アルペン山脈、ツークシュピッツェ演習場の管理小屋。

外の猛吹雪が窓をガタガタと揺らす中、机に広げられた一冊のファイル。

「選抜訓練・事前検分実施案」を覗き込んだ俺とヴィーシャは、石像のように固まっていた。

 

「……大尉。これ、一応確認ですけど。第一段階の『高高度順応訓練』って、要は酸素が薄くて冷たい中、魔力供給を意図的に制限して、ひたすら過呼吸になるまで動けってことですよね?」

 

俺は、自分の指がわずかに震えているのに気づいた。書類には「肺機能の魔力強化禁止」「高度3000m〜4500mでの連続機動」という、航空魔導師に対する死刑宣告のような文字が躍っている。

 

「察しがいいな、オルカ少尉。空気が薄い場所で、あえて息をさせない。極限状態での判断力を測るには、これほど合理的な生存訓練もなかろう?」

 

大尉は、焼きたてのスコーンにたっぷりとジャムを塗りながら、事もなげに言った。

 

(……窒息の恐怖を「高度」で味わわせるとか、正気の沙汰じゃないぜ。前世で聞いた海軍の潜水訓練を、空の上でやるようなもんだ。一瞬の失神がそのまま墜落死に直結する……)

 

俺の脳裏には、酸素を求めて喘ぎ、白目を剥いて墜ちていく志願者たちの姿が、ありありと浮かんだ。

 

「そ、その後に続く、一週間の『非魔力依存長距離行軍』……。これ、要するに魔導師から宝珠を取り上げて、ただの歩兵として山の中を這いずり回らせるということですか……?」

 

ヴィーシャが、震える声で予定表の二項目を指差した。

そこには「睡眠時間を極限まで削り、寒さと疲労で精神を破壊する一週間」の工程が、びっしりと書き込まれている。

 

(……これ、完全に『地獄の一週間』じゃねえか。それを魔力強化なしの生身で、この氷点下の岩場と雪の中でやるのかよ。普通の兵士だって数日で心が折れるぞ……)

 

「さらに道中には『対尋問抵抗訓練』の項目が……。大尉、行軍でボロボロになった奴を捕まえて、さらに尋問までやるんですか?」

 

「ああ。敵地に墜落した魔導師が、機密を守れるかテストする必要があるからな。……で、仕上げだ。目的地まで一週間かかるところを、最終日に全装備を背負わせたまま、非魔力依存の全力行軍で締めくくる。素晴らしい締めくくりだろう?」

 

大尉が指し示した地図の終着点は、ここから見ても気が遠くなるほど遠い。

 

(……サバイバルと対尋問、さらには自衛隊のレンジャー教育も真っ青な非魔力行軍のコンボ。この人、本当に人間を壊す気だ……)

 

俺は、喉の奥から絞り出すように聞いた。

 

「……で。大尉。これを、今から『検分』として、俺とヴィーシャがやる……んですよね?」

 

「当然だ。1ヶ月かけるわけにはいかないからな。全行程を極限まで圧縮した『特別短縮版』を、今日一日でこなしてもらう。指導者が身をもって『可能である』と示さなければ、兵はついてこない」

 

「……」

「……」

 

俺とヴィーシャは、顔を見合わせた。

目の前には、優雅に紅茶を啜る「小さな悪魔」

そして机の上には、人間を廃人にするために設計された「地獄のレシピ」

 

(レイジングハート……聞こえるか。今から俺、人生で一番の無茶をする。……絶対に心臓を止めるなよ)

 

『All right, Master. 演算資源の90%をバイタル維持に固定。……幸運を。地獄へようこそ』

 

「……了解しました。検分、開始します」

「……ひ、ひぃい……了解、です……!」

 

俺たちの悲痛な返答とは裏腹に、大尉は「期待しているよ」と、実に楽しげに微笑んだ。

ツークシュピッツェの猛吹雪の中へ、俺たちは半ば引きずられるようにして足を踏み出した。

 

小屋を出た瞬間、アルペン山脈の冷気が容赦なく肌を突き刺した。

先を歩く大尉の背中は、まるで散歩にでも出かけるかのような軽やかさだが、俺とヴィーシャの足取りは、これから始まる「人体実験」への恐怖で鉛のように重い。

 

 

「まずは高度4000までの急速上昇だ。繰り返すが、宝珠による酸素循環の補助は一切禁ずる。己の肺だけで、この希薄な大気から命を掠め取ってみせろ」

 

大尉の号令と共に、俺たちは雪原を蹴った。

高度が上がるにつれ、風景から色が失われていく。本来なら演算宝珠が自動で行ってくれる「快適な空」の維持を断たれた瞬間、航空魔導師の世界は一変した。

 

「……っ、は、はぁ……っ、く……!」

 

高度3500。

肺に吸い込まれるのは、ナイフのように冷たく、そして絶望的に軽い「虚無」だ。いくら深く吸い込んでも、血中に酸素が溶け込んでいかない。肺の奥が、乾いた熱を帯びてじりじりと焼け付くような錯覚に襲われる。

 

(……くそっ、これが航空魔導師版の「水中順応」かよ……!)

 

視界の端がじわじわと暗くなり、色彩が失われていく。脳が酸素不足を感知し、生存に不要な機能を次々とシャットダウンし始めているのが分かった。隣を飛ぶヴィーシャの顔色は、すでに雪原よりも白くなっている。

 

「どうした、オルカ少尉。意識を飛ばすにはまだ早すぎるぞ」

 

先行する大尉が、事もなげに振り返る。彼女だけは、この極限環境下でも平然と呼吸をコントロールしている。

 

「さあ、検分の本番だ。酸欠で朦朧とする意識の中で、私の放つ模擬弾を三十分間、回避し続けてもらう。……回避できなかった分だけ、志願者のメニューに『重力落下訓練』を一セット追加する。助教としての責任を果たしたまえ」

 

(この鬼……! 自分が動けるからって、基準が狂ってんだよ!)

 

俺は、鉛のように重くなった腕を無理やり動かし、魔導銃を構えた。

視覚がチカチカと火花を散らす。思考が霧の中に溶けていく。

 

だが、ここで俺たちが墜ちれば、後から来る志願者たちには、さらなる「不条理」が待っているのだ。

 

「――来るぞ。死ぬ気で、肺を動かせ!」

 

大尉の指先から、冷酷な魔力の光が放たれた。

酸素を奪われた極限状態での、終わりの見えない回避運動。肺を焼くような苦悶と共に、俺たちの「検分」は、最悪のスタートを切った。

 

 

高高度での「窒息訓練」を終え、地上に降り立った俺たちを待っていたのは、安息ではなく「氷の洗礼」だった。

 

「次は寒冷地適応の検分だ。この氷河の融雪水に、魔力による体温維持を禁じた状態で二十分間浸かってもらう」

 

「……大尉、死にます。これは、物理的に心臓が止まります……!」

 

ヴィーシャが震える声で異議を申し立てるが、大尉はストップウォッチを無慈悲に構えただけだった。

 

「安心したまえ。君たちの心臓が止まる前に、私が適切に蘇生処置を行ってやる。……では、入れ」

 

「……っ、クソッタレが!」

 

俺は覚悟を決め、軍服を脱ぎ捨てて水に身を沈めた。

 

――その瞬間、全身の筋肉が強張るどころか、痛みを通り越してすべての感覚が消えた。

 

(……レイジングハート……意識を、繋ぎ止めろ……!)

 

『警告。心拍数が危険値まで低下。自律神経系に異常。……ですが、記録は継続します。これこそが、マスターの望んだ「検分」ですから』

 

(……ああ、分かってるよ。この地獄の底を、俺たちが歩いて見せないとな……)

 

凍てつく水の中で、俺たちはただの「肉塊」になり果てながらも、大尉の冷徹なカウントダウンを待ち続けた。

 

水から上がった俺たちを待っていたのは、温かい毛布でも焚き火でもなく、大尉の冷徹な「次だ」という一言だった。

 

 

氷河の水から引きずり出された瞬間、外気の方が暖かく感じるという異常な感覚に襲われた。全身がガタガタと震え、顎の骨が鳴るのを止められない。

 

「……た、大尉。……これ、……もう、動け……ま、せん……」

 

ヴィーシャが真っ青な唇を震わせて訴えるが、大尉は彼女の肩にポンと手を置き、慈悲深い聖母のような笑顔を浮かべた。

 

「安心したまえ、セレブリャコーフ少尉。肉体が限界なら、次は『精神』の強度を測る番だ。……二人とも、あそこの『箱』に入れ」

 

大尉が指差した先には、人一人がようやく入れるかどうかの、窓もない狭い木箱が二つ並んでいた。

 

(……対尋問訓練(SERE)の検分か。このボロボロの状態から、さらに精神を削りに来る気だ……)

 

俺は重い足取りで箱に入り、扉が閉められた。完全な暗闇。そして、耳元で演算宝珠が起動する高い音が響く。

 

(……来る。大尉の直接介入だ……!)

 

暗闇だったはずの視界が、不意に鮮明な色彩を帯びる。

 

「……少尉、どうして。あなたの指示だったじゃないですか」

 

目の前に広がったのは、北方戦線の凍てつく大地だった。

そこには、俺の指示で無謀な突撃を強いられ、肉塊と化したかつての同期たちが、欠けた顔で俺を見つめていた。泥と血にまみれた彼らが、一歩ずつ、雪を噛む音を立てて近づいてくる。

 

「救えたはずだ。君が、その無能な判断を下さなければ」

 

冷徹な大尉の声が、脳内に直接響く。これは単なる幻覚ではない。俺の罪悪感の隙間に、大尉の魔力が物理的な楔として打ち込まれているのだ。

場面が暗転する。

次に現れたのは、親友のエーリャだった。だが、彼女の瞳にはいつもの温かさはない。

 

「デュオ。あなたが帝国のために尽くしている間、私はすべてを連合王国に流していたわ。……だって、あなたのような『殺人鬼』に付いていく理由がないもの」

 

彼女が手にした書類には、俺がこれまで必死に守ってきた作戦の詳細が、裏切りの証拠として並べられていた。胸の奥が、氷河の融雪水に浸かった時よりも冷たく凍りつく。

 

(……違う。エーリャは、そんなことは……っ!)

 

『警告。脳波の乱れが危険域に達しました。精神防壁、崩壊まで残り三十秒』

 

レイジングハートの警告も、今の俺には遠く霞んで聞こえる。

そして、トドメを刺すように「彼女」が現れた。

 

「……あの、失礼ですが……どなたですか?」

 

ヴィーシャが、まるで赤の他人を見るような、無機質で怯えた瞳で俺を見上げていた。

戦場を共に駆け抜け、コーヒーを分け合い、命を預け合ってきたはずのパートナー。その記憶が、彼女の中から「デュオ」という存在だけを綺麗に削ぎ落とされている。

 

「誰も君を覚えていない。君の歩んできた道に、何の意味もなかった。……さあ、口を割れ、オルカ少尉。楽になれるぞ。君の秘密をすべて話せば、この孤独から救ってやろう」

 

大尉の声が、甘い毒のように鼓膜を震わせる。

 

(……ふざけ、んな……!)

 

俺は血が出るほど強く唇を噛み切った。

痛みが、幻影の中にわずかな「現実」の亀裂を作る。

 

(……ヴィーシャが俺を忘れるわけがない。エーリャが裏切るわけがない……! 少なくとも、俺が信じている彼女たちは……俺の頭の中にしかいなくても、俺を裏切らない……!)

 

俺は自分という存在の核を、無理やり一つに束ねた。

 

「俺は帝国軍航空魔導師、デュオ・オルカ少尉だ」

 

その一点の事実だけを、暗闇の中で叫び続けた。

カチャリ、と扉が開いた。

外の光が、網膜を激しく焼く。

這い出した俺の目に映ったのは、同じく箱から崩れ落ち、涙を流しながら呆然としているヴィーシャの姿だった。

 

「……合格だ、二人とも。精神防壁の耐久値、およびストレス下での自己同一性維持能力……良質なデータが取れた」

 

大尉は、まるで天気を語るような軽さで手帳を閉じ、満足げに微笑んだ。

 

「これで確信が持てた。この負荷ならば、志願者のうち『真に強靭な精神』を持つ者だけを選別できる。……壊れるか、あるいは超えるか。ボーダーラインを見極めるには最適のメニューだ」

 

(……壊す気満々じゃねえか、この悪魔。……俺たちがその『基準』になったってことかよ……!)

 

俺は、震える手で地面を掴み、何とか立ち上がった。心はボロボロで、さっき見た「ヴィーシャの拒絶」が、まだ胸の奥に鉛のように居座っている。それでも、隣で膝をついたまま動けないヴィーシャのもとへ、這うようにして近づいた。

 

「……ヴィーシャ」

 

俺の声に、彼女がびくりと肩を揺らす。怯えた瞳が俺を捉える。

 

「……デュオ……?」

 

その声は掠れ、今にも消えそうだった。俺は彼女の手を、あえて強く握りしめた。

 

「……行くぞ。……俺が、覚えてるからな」

 

彼女が何を言われたのか、幻影の中で何を失ったのか、俺には分からない。

だが、その時だけは、彼女が俺を忘れた幻影を、この現実の温もりで上書きしたかった。

 

「……あとちょっと、がんばろう。ヴィーシャ」

 

俺は、精一杯の笑顔を浮かべて、彼女の瞳を見つめた。

ヴィーシャは一瞬、呆然とした顔をしたが、やがて、その瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出した。

 

「……ぅん……! ……っ、デュオ!」

 

彼女は泣きながら、何度も、何度も、強く頷いた。軍人としての返事ではなく、震える声で俺の名前を呼ぶその響きには、幼い頃から知っている彼女の、飾らない心がこもっていた。

 

「――よろしい。美しい戦友愛を確認したところで、最後の仕上げだ。非魔力依存による長距離行軍を開始する」

 

大尉の朗らかな声が、俺たちの間に割り込む。目的地まで一時間。遅れた分だけ、志願者の背嚢に重りを追加するという非情な通告。

 

(……このタイミングで、それかよ!)

 

俺は、背嚢を背負い直しながら、涙を拭うヴィーシャに視線を送った。

彼女は、まだ泣きじゃくりながらも、魔導銃をしっかりと握りしめて立ち上がろうとしている。

 

「……行くぞ、ヴィーシャ。あいつらを……助けるんだ」

 

「……うん! ……デュオ!」

 

夕闇が迫るアルペン山脈。

二人の影が、もつれる足を交互に前に出し、雪深い斜面を登り始めた。

 

一歩踏み出すごとに、視界が白く飛ぶ。

それでも、俺たちは歩みを止めなかった。

後ろで、ヴィーシャが俺の背中を、まるで唯一の道標のように見つめながら、必死に足を動かしている。

 

1時間後。

 

管理小屋のストーブの前で、俺たちは泥のように眠りについていた。

ソファに座ったまま、互いに寄り添うようにして深い眠りに落ちた二人のバイタルデータを見つめながら、大尉は満足げにペンを走らせる。

 

「……よし。オルカ少尉とセレブリャコーフ少尉が完遂できた以上、このメニューに不可能な点はない。……明日の志願者たちの顔が、今から楽しみだな」

 

大尉の小さく、けれど残酷な独り言が、パチパチと燃える暖炉の音に混じって消えていった。

 




キリが悪かったので短いです。
感想あると書くペース上がります
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