神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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第32話:『永遠の奮戦と大戦への歩み』

 

帝都ベルン、参謀本部講堂。

ツークシュピッツェの泥と雪を落とし、一新された軍服に身を包んだ志願者たちは、もはや数日前までの「寄せ集め」ではなかった。

彼らは今、一糸乱れぬ鉄の壁としてそこにいた。

壇上に立ったデグレチャフ大尉は、その幼い容姿に見合わぬ重圧を放ちながら、言葉を叩きつける。

 

「本日をもって、貴様らは無価値のウジ虫を卒業する!!」

 

志願者たちの背筋が跳ね上がった。

あの地獄を生き延びた自負が彼らを支え、一人一人が自信に満ち溢れた様子で、堂々と胸を張る。

 

「本日から貴様らは帝国軍魔導士である!!! 戦友の絆に結ばれる貴様らがくたばる日まで、どこにいようと軍は貴様らの兄妹であり、戦友だ!!」

 

孤立した個人から、組織という巨大な怪物の一部へ。彼らの眼差しには、魔導大隊としての自覚が静かに、だが力強く宿っていた。

 

「これより諸君は戦地に向かう。……ある者は二度と戻らない」

 

一瞬の静寂。突きつけられた「死」という現実に対し、彼らは怯えるどころか、さらに鋭く気を引き締める。

戦場に身を置くプロフェッショナルとしての緊張感が、講堂の空気を張り詰めさせた。

 

「だが肝に銘じておけ。そもそも帝国軍人は死ぬ!! 死ぬために我々は存在する!!」

 

あまりに明白で、避けることのできない真理。

大尉の言葉を受けるたび、彼らの表情からは迷いが削ぎ落とされ、この瞬間のために己を捧げるという強固な決意が刻まれていく。

 

「だが、帝国は永遠である!!! つまり、貴様らも永遠である!!!!」

 

覚悟が狂気と混ざり合い、熱を帯びて加速する。

個の消滅は、国家という不滅の概念への昇華であるというロジックが、彼らの魂を深く揺さぶった。

 

「故に、帝国は貴様らに永遠の奮戦を期待する!!!!」

 

永遠に休むな、死んでもなお戦え。

その無慈悲なまでの要求が、最大級の賛辞として彼らの魂を縛り上げた。

今、この場所に、一個の意志を持った「大隊」が完成した。

 

「――以上だ。総員、国歌斉唱!」

 

荘厳な旋律が講堂を満たし、唱和が始まる。

俺は直立不動の姿勢を保ちながら、その光景を冷静に、どこか他人事のように見つめていた。

 

(……いや、これ完全にハ○トマン軍曹やん!!)

 

ついさっきまで空の上で「あの幼女は頭のネジが外れてる」だの「クソガキ」だのと盛大に悪口を並べていた男たちが、今は一点の曇りもない覚悟を宿し、涙を流さんばかりの勢いで祖国の栄光を歌い上げている。

 

「死んでなお働け」という、ブラック企業も真っ青な呪いの言葉を、「永遠」という名誉として飲み込ませてしまう大尉のカリスマ。

隣に立つその小さな横顔を見ていると、改めて底知れない畏怖を感じずにはいられない。

 

正直、今の大尉はどこか何かに取り憑かれたかのように、異常なまでの熱量で「帝国軍人」を演じているようにも見える。

いつもの冷徹な合理主義者としては、少しらしくない気もするが……。

神なんてこれっぽっちも信じていないくせに、これ見よがしにロザリオを下げてみせたり。

これも、人心を掌握するための「敬虔な軍人」というフリなんだろうか。

 

(こういう「狂気」すらも計算ずくで使いこなすのが、あの大尉らしさなんだろうな)

 

やり口はどうあれ、この大隊が世界で最も精強な組織になったことだけは、疑いようのない事実だ。

国歌の残響が消え、式典が解散となった直後、参謀本部の伝令が俺の元へ歩み寄ってきた。

 

「オルカ少尉、ゼートゥーア准将がお呼びだ。直ちに随行せよ」

 

大尉やヴィーシャから離れ、俺一人だけへの呼び出し。

大尉はわずかに眉を動かしたが、何も言わずに俺を送り出した。

 

(……さて、准将閣下は何を考えてやがる。検分の結果かな。……そういえば、この前『少しゆっくり話をしたい』なんてことを言ってたっけな……)

 

俺は軍靴の音を響かせ、重厚な扉の向こう、帝国の頭脳が待つ執務室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼートゥーア准将との会談を終え、執務室へと続く廊下を歩いていると、慌てた様子のヴィーシャと出くわした。

 

「デュオ? デグレチャフ大尉見なかった?」

 

「ん? ああ、なんか軍医に相談事してから執務室に戻るって言ってたよ」

 

「じゃあ、まだ帰ってきてないのかな……。公用使も来てるから、急ぎなのよね」

 

(公用使が来る? 急ぎの連絡だな……。つーことは、やっぱりか――)

 

准将との会話を反芻し、最前線への足音が近づいていることを予感する。

少しして、どこか疲れたような、それでいて憑き物が落ちたような顔の大尉が戻ってきた。

ヴィーシャが公用使を案内して大尉を執務室へ送り届けると、彼女はスルッと俺の隣に戻ってきて、下から顔を覗き込んできた。

 

「なんか難しい顔してるー」

 

至近距離。

彼女の金髪が俺の頬を掠め、柔らかに流れていく。

ツークシュピッツェから戻って以来、彼女との距離感は明らかに変わっていた。

 

「幼馴染」という境界線の、そのさらに一歩先へ。

躊躇いなく踏み込んできた彼女からは、軍支給の安物とは違う、手入れの行き届いた柔らかな石鹸の香りがした。

 

「んぁ? あー、ちょっと考え事してたのよ」

 

俺は、不自然に早まろうとする鼓動を悟られないよう、言葉を選んで答えた。

 

「ゼートゥーア准将のこと? それとも公用使のこと?」

 

「どっちもかなー、でもそのうち分かることだから」

 

「そのうち分かる? ……むー、それって私には言えないの?」

 

ヴィーシャがわざとらしく頬を膨らませて抗議する。

 

泥も硝煙も知らなかった頃、彼女が機嫌を損ねるたびに見せていた馴染みの癖だ。

だが、過酷な軍務の中で死線を潜るうちに、そんな幼い仕草はいつしか消えていた。

凛とした軍人の顔が板について久しい彼女が、今、俺の目の前でその記憶をなぞっている。

 

……やはり、近い。

 

少し背伸びをして覗き込んでくる、彼女の大きな瞳。

青空のようなその双眸に視線を絡め取られ、逸らす術を失う。

その眼差しは、以前のような無邪気な甘えとは明らかに質の異なる……。

 

「残念。軍機だからな。それに確定してないから、混乱させたくないしね」

 

「そっか! 軍機ならしょうがないね」

 

物分かりよく、彼女はスルリと離れる。

 

だが、完全に遠ざかるのではなく、肩が触れそうな距離を保ったまま、彼女は窓の外に広がる帝都の街並みへ視線を投げた。

昼下がりの強い日差しが、彼女の長い睫毛に細かな陰影を落としている。

 

「……なんかさ、デュオと一緒にいることが当たり前だったからさ。改めて、それって当たり前じゃないんだなってなったから……」

 

彼女はそこで言葉を切ると、窓ガラスに反射した自分の瞳を見つめたまま、独り言のような低さで漏らした。

 

「これから私、色んなことをデュオと共有したくなるかもだけど、いい?」

 

問いかけと同時に、彼女の白い指先が俺の軍服の裾をそっと捉えた。

かつての彼女そのままに、所在なげに、服の端をきゅっ、と、小さく握りしめる。

 

「……いいよ。いつでも」

 

少しの間を置いて答えると、彼女の肩が小さく跳ねた。

 

彼女の白い肌が、じわりと熱を帯び、赤みが頬から耳先へと広がっていくのが見えた。

 

「お互い付き合いは長いけど、意外と知らないこと多いしな」

 

俺が視線を逸らしながら言葉を継ぐと、彼女は満開の笑顔を浮かべた。

 

「うん!……ありがと」

 

これから向かう先は、泥と硝煙と、あの笑う幼女が待つ戦場だ。

「永遠の奮戦」へと戻る前に、廊下にふっと流れた、穏やかな空気。

 

俺は、まだ軍服の裾を離そうとしない彼女の指先の感触を、ただ静かに受け止めていた。

 

 

 

 

 

 

執務室の重厚な扉が開き、公用使を送り出したデグレチャフ大尉が姿を現した。

 

先ほどまで廊下で流れていた穏やかな空気は、彼女の鋭い眼光によって一瞬で軍のそれに塗り替えられる。

大尉は手にした書類を一瞥し、待機していたデュオとヴィーシャへ視線を向けた。

 

「二人とも、揃っているな。手間が省けた」

 

大尉の声は冷徹で、一点の迷いもない。

 

「公用使より通達だ。我が大隊の次なる任務が決定した。行き先はランシルヴァニア地方、トゥーラオ郡だ」

「ランシルヴァニア……」

 

ヴィーシャが地図を頭に描くように呟く。

 

「そうだ。南方の野外演習場にて、速やかに戦力化訓練を実施する。その後、上層部による査閲を受けることが決定した。……言わずもがな、これは単なる訓練ではない。実戦投入に向けた最終試験だ」

 

大尉の言葉に、デュオは先ほどのゼートゥーア准将との会話を思い出し、静かに納得した。やはり、喉元まで戦火が迫っている。

 

「期限は極めて限定的だ。もはや、ここでゆっくりと茶を啜っている時間は失われた。これより本官は参謀本部へ最終調整に向かう」

 

大尉はそこで一度言葉を切り、副官二人を射抜くように見つめた。

 

「デュオ少尉、セレブリャコーフ少尉。直ちに大隊員へ伝達、および移動準備を開始せよ。一刻も無駄にするな。明朝には出発するぞ」

「「了解!!」」

 

二人の返唱が廊下に響く。

大尉が翻したマントの音を合図に、これまでの喧騒とは質の違う、戦場特有の慌ただしさが動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

ランシルヴァニア地方、トゥーラオ郡 帝国軍野外演習場

 

「こののろまども!! 尻を引きずらずにさっさと高度を上げろ!!」

 

演算宝珠から、罵声が響く。

 

大尉がこれほどまでに熱心に声を張り上げているのには、それ相応の理由があった。

 

先の選抜訓練が参謀本部はおろか、作戦部、さらには居合わせた前線将校すら凍りつかせた凄惨な内容だったが故に、軍上層部は「この部隊は明日にでも前線に赴ける即応戦力である」という、あまりに楽観的で無茶な評価を下してしまったのだ。

 

デグレチャフ大尉自身は、連携訓練や応用教習課程、さらには指揮基本の合意形成すら完了していない現状を盾に、早期の戦力化を真っ向から拒んでいた。

だが、膨張し続ける戦線に対し、帝国軍にはもはや一刻の猶予もない。

「余裕がない」という軍組織特有の一言で、この第六〇一編成部隊には、特例とも言える急遽の戦力化訓練と、その練度を測るための厳格な査閲が課されることとなった。

 

悠長に訓練を続けて、その間に「帝国が滅びました」では冗談にもならない。

大尉の焦燥は、そのまま隊員たちへの苛烈な要求へと直結していた。

 

 

デュオは大隊の最後尾、最後の一人のすぐ後ろに張り付いている。

 

撤退戦であれ追撃戦であれ、背後から狙われる際に最も危険なのは最後尾の隊員だ。

一番のリスクを背負う場所を、一番の実力者が務める――それがこの大隊の最適解だった。

 

(……ただ、スリップストリームが効いてるからな。先頭で風を切り裂いてる連中よりは、体力的にだいぶ楽なんだよなぁ)

 

そんな内心の余裕を嘲笑うかのように、レイジングハートが脳内に無機質な警告を響かせる。

 

『マスター、高エネルギー反応を検知。実弾射撃に相当する魔力が後方より反応しています』

「は?」

 

デュオが聞き返す間もなく、低空で指揮を執っていた大尉からさらなる怒声が飛ぶ。

 

「単調な機動を取るなと言っただろう!!」

 

大尉がこちらへ向けて片手を突き出した瞬間、その胸元に下げられた演算宝珠が不吉な光を放った。

手に持たずとも、溢れ出す膨大な魔力が彼女の指先へと収束し、周囲の空気が震えるほどに凝縮されていく。

 

狂気的な笑みを浮かべた彼女が、狙いを定めたのは敵ではなく、自らの部下たちだった。

 

「よろしい。実戦あるのみだ。体で理解しろ、この無能ども!!」

 

直後、絶叫すら飲み込むほどの激しい弾幕が、デュオのすぐ背後から殺到した。

空気を焼き切る実弾の咆哮と、肌を焼くほどの熱量。

 

(ちょっ、おぉぉぉ!? しかも模擬弾じゃないしぃぃぃ!!!!)

 

慌てて回避機動に入りながら、デュオは心の中で絶叫した。

 

大尉は低空から、あえて最後尾の俺たちに向けて正確無比な――それでいて「当てる気満々」の掃射を仕掛けてきたのだ。

 

「当たらなければどうということはない! 死にたくなければ機動しろ!!」

 

大尉の苛烈な言葉と弾幕が降り注ぐ中、突如として演算宝珠の広域通信へ割り込む、緊急優先信号のノイズが走った。

直後、演習場の監視ポストから、悲鳴に近い報告が響き渡る。

 

『緊急入電! 国境司令部より通達! 南方国境においてダキア軍が領土を侵犯! 規模は軍団規模……、繰り返す、3個師団からなる軍団規模の敵襲を確認!!』

 

その瞬間、空を支配していた実弾の雨が止んだ。

 

「――全機、査閲中止! 総員、直ちに集結せよ!!」

 

大尉の声は、先ほどまでの激情が嘘のように冷徹な、指揮官のそれに切り替わっていた。

デュオが最後尾から滑り込むように編隊へ戻ると、空中でホバリングする大尉が、胸元の演算宝珠を全周波設定に切り替えるのが見えた。

 

「現時刻をもって、査閲は終了とする。当部隊は第六〇一編成大隊を解散、これより『第二〇三航空魔導大隊』として再編、正式に任務に就く! 通信、国境司令部へ繋げ!」

 

大尉の表情には、隠しようのない苛立ちが刻まれていた。

ようやく手に入れた「訓練期間」という名の安全圏。

それを踏みにじった無能な隣国への怒りが、その小さな肩から溢れ出している。

 

「……ダキアが? フランソワに唆されでもしたのか? よほど世界平和のために、帝国に焼かれたくてしようがないと見える。とんだ国際協調もあったものだ」

 

彼女は吐き捨てるように呟き、突き出した片手に魔力を収束させた。

先ほどまでの「査閲」とは比較にならない、大気を圧壊させるほどの濃密な術式が編まれていく。

 

「よろしい! かかってこい豚野郎……。いや、相手になってやる!!」

 

大尉が高々と宣言したその瞬間、大隊員たちの演算宝珠に、参謀本部直轄の移動命令が叩き込まれた。

 

「大隊各員、私に続け! 帝国の領土を土足で踏み荒らす愚か者に、魔導師の洗礼を授けてやるぞ!!」

 

大尉の号令一閃。

再編されたばかりの第二〇三航空魔導大隊は、硝煙の匂い漂う南方の空へと、矢のように加速した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダキア大公国が、帝国に対し正式に宣戦布告。

 

 

本来なら国力で大きく劣る彼らだが、帝国が現在、北方のノルデンと西方のラインという「二正面作戦」を強いられている隙を突いた。

他国から見れば、これは帝国という巨人を引きずり下ろす千載一遇の好機に映ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

「神よ!! 千載一遇の好機を感謝しますっ!!!」

 

……あの、誰よりも神を否定し、合理的でない存在を嫌うはずのデグレチャフ少佐(再編と同時に昇進)が、天を仰いで叫んでいた。

 

その顔は、敬虔な信徒のそれではない。

あまりにも条件の良すぎる「カモ」が、向こうから勝手に行列を作って首を差し出しに来たことを確信した、残忍な狩人の笑みだ。

 

司令部からもたらされたのは、ダキア公国軍5万の侵攻という、一見すれば帝国の危機とも取れる報告。

だが、少佐にとっては違う。

航空魔導師も対空兵器も満足に持たない、近代戦の「き」の字も知らないカカシの群れが、わざわざ自分たちの射撃場(戦場)に足を踏み入れた。ただそれだけの事実。

 

「……デグレチャフ少佐はどうしたのだ?」

 

同行していたレルゲン中佐が、頬を引きつらせて問いかけてくる。

 

その視線の先では、愛らしいはずの幼女が、見る者が恐怖を覚えるほどの恍惚とした表情で独り言を漏らしていた。

 

「空に我に仇なす敵航空戦力不在? ……よっしよっし! 実に素晴らしい、理想的な職場環境だ!」

 

喜びが隠しきれないという様子で、少佐は指先を震わせている。

その後半の所作こそ幼女らしいが、前半の表情は、獲物を前にした捕食者のそれだ。

 

「……デュオ少尉。少佐に代わって、君の見解を聞かせてもらいたい。……そこまで、圧倒的な差があるというのか?」

 

レルゲン中佐は、これ以上デグレチャフ少佐の狂気(高揚)に触れるのを諦めたのか、助けを求めるように俺へと視線を向けた。

 

その瞳には「せめてまともな感性を持つ人間と話したい」という、悲痛なまでの期待が込められている。

レルゲン中佐の問いに対し、俺は思考を深める。

 

だが、その「まともな感性」を代行するはずの相棒は、俺の脳内に向かって無慈悲な事実を次々と淡々と突きつけてきた。

 

(……RH、現状の敵軍データの分析、頼む。中佐に説明しなきゃならない)

 

『了解。比較データを網膜に投影。……一言で言えば「演習」以下です、マスター』

 

脳裏に、RHが弾き出した冷徹なグラフと、絶望的な予測数値が展開される。

俺は、RHが提示する「軍事的欠陥のリスト」をなぞるように、溜息混じりに口を開いた。

 

「中佐、まず第一に移動形態が致命的です。敵軍は未だに密集隊形を維持しています。散開という概念がない。……これは広域爆破術式の格好の標的です。一撃で中隊規模が消失すると予測されます」

 

俺の淡々とした指摘に、レルゲン中佐は信じがたいものを見るかのように、眉間に深い皺を寄せた。

 

「デュオ少尉、それは無理な注文というものだ。軍隊が統制を維持するためには、あの戦列こそが常識だよ。散開しては指揮官の号令が行き届かなくなる。……それに、君は敵の規模を忘れたわけではあるまい? 相手は三個師団だぞ。たった一個大隊でその『強固な壁』を相手にするんだ。遅滞戦闘すら、我々には過分な要求だというのが司令部の共通認識だ」

 

「……今の戦場では、その数こそが仇となります。そして第二の問題は、致命的なまでに対空意識が欠如している点です」

 

俺は網膜に投影されたRHの予測数値を、冷徹な言葉へと変換していく。

 

「敵の布陣には、組織的な対空火網を構築しようという意図が全く見えません。彼らにとって魔導師は、あくまで地上の延長線上の脅威に過ぎない。……つまり、我々に対する有効な反撃手段を、彼らは根本的に持ち合わせていないということです」

 

俺はさらに、RHが弾き出した高度別の安全圏データを脳内でなぞる。

 

「こちらが危険を感じれば、単に高度を上げるだけで射程外へ逃げられる。一方で、攻撃に転じる際は、こちらの望むタイミングで一方的な加害を行える。……戦列を組んで整然と大地を歩く彼らにとって、我々は観測不可能な位置から一方的に死を振りまく死神も同然です」

 

「……一方的な加害、か。君とデグレチャフ少佐は、時折同じような恐ろしい効率を口にするな」

 

中佐は眼鏡を指先で押し上げ、困惑と、そして一抹の危惧を隠さないまま手元の書類に視線を落とした。

 

「同感だ。オルカ少尉の見立ては極めて合理的だよ。……それで、レルゲン中佐。我々はどこまで進んでよろしいのでしょうか?」

 

いつの間にか背後に立っていたデグレチャフ少佐が、不敵な笑みを浮かべて会話に加わった。

 

「……なっ、何を言っているのだ?」

 

中佐の困惑も無理はない。数万の軍勢が迫り来る中、迎撃ではなく「どこまで進軍していいか」を問うているのだから。

 

「敵の抵抗が脆弱すぎて、勢い余って我々の兵站限界を超えてしまっては問題ですから」

 

少佐は、まるで散歩の距離を気にするような口ぶりで兵站の心配を口にする。

それを受け、俺も脳内のシミュレーション結果を提示した。

 

「敵の混乱に乗じれば、おそらく本日中にでも首都まで前進できると考えられます」

 

「おぉ、そしたら世界初の航空魔導大隊による首都攻撃になりそうだな」

 

少佐は愉快そうに、喉を鳴らして笑った。絶好の職場環境を前に、その機嫌は最高潮と言っていい。

 

「――少佐。仮に首都まで前進できた場合についてですが、私に考えがあります」

 

「ほう? 面白い、述べてみよ」

 

少佐はなおも愉快そうに、それでいてこちらの言葉を吟味してやろうという、好奇心に満ちた視線を向けてきた。

俺が、この状況でどんな盤面を描こうとしているのか。

その合理性の先に期待を寄せるような、余裕のある態度だった。

 

「はい、それは……」

 

俺の唇から漏れた「提案」に、少佐の瞳の奥で、思考の火花が静かに、しかし激しく散り始めた。

 

 




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