神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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第33話:『それは効率的な殺戮か、あるいは人道的な解体か』

 

現在、俺たちの視界を占めているのは、南方国境を土足で踏み荒らすダキア公国軍、三個師団の軍勢である。

 

高度六〇〇〇。演算宝珠から供給される酸素に支えられながら、俺は眼下に広がる異様な光景を眺めていた。

 

そこには、近代戦の概念を嘲笑うかのような「美しすぎる」戦列があった。

鮮やかな色彩の隊服に身を包んだ兵士たちが、まるで自ら標的を買って出ているかのように、整然と大地を塗りつぶしている。

もはや何世紀も前の遺物というべき戦列歩兵。彼らは勝利を微塵も疑わず、重厚な軍靴の音を響かせて「パレード」を続けていた。

 

「……これ、本当に戦争なんですかね?」

 

俺は隣で浮遊するデグレチャフ少佐へ、全回路通信を使わず密かに耳打ちした。

 

「少佐、一言で言えば致命的です。敵軍は未だに密集隊形を維持しています。散開という概念がない。……広域爆裂術式の格好の標的ですよ。一撃で中隊規模が消失します」

 

「だろうな。組織的な対空火網を構築しようという意図が全く見えん」

 

少佐は窓の外の不快な天気を眺めるような、冷めきった目で地上を見下ろしていた。

 

「……つまり、我々に対する有効な反撃手段を、彼らは根本的に持ち合わせていないということだ」

 

少佐は無機質に断じる。

こちらが危険を感じれば、単に高度を上げるだけで射程外へ逃げられる。

一方で、攻撃に転じる際は、こちらの望むタイミングで「一方的な加害」を行える。

彼女にとってこれは、教育にすらならない「作業」なのだろう。

 

だが、そんな俺たちの「日常」とは裏腹に、背後に控える第二〇三航空魔導大隊の隊員たちの緊張は、今にも弾けそうなほど張り詰めていた。

 

「……おい、本当にやるのか。相手は数万だぞ」

 

「気合入れろ! 死ぬなよ、俺たちはあの地獄の訓練を生き残ったんだ!」

 

「戦友の絆を忘れるな! くたばる時は一緒だぞ!」

 

恐怖を打ち消すように、互いを鼓舞し、必死に声を掛け合う隊員たち。

数万という数字の暴力に対し、彼らは今、己を「不滅の帝国軍人」という虚像に押し込め、必死に勇気を振り絞っている。

彼らにとっての常識は、まだ地上の「数の暴力」に支配されたままだからだ。

 

「……少佐、準備は整いました。大隊各員、射撃準備完了を確認」

 

ヴィーシャの報告に、デグレチャフ少佐が演算宝珠に濃密な魔力を流し込んだ。

彼女の瞳が、獲物を定めた猛禽類のように鋭く細まる。

 

「各員、目標確認。……攻撃開始。帝国の領土を侵す愚か者に、相応の報いを与えよ」

 

少佐の号令一閃。

 

「各員、目標確認。――第一、第二、第三中隊、攻撃開始」

 

少佐の峻烈な号令が無線を走った瞬間、俺たちの背後に展開していた各中隊が、一斉に高度を下げて加速した。

 

ドォォォォォン!! と大地を揺らす爆震が、六〇〇〇メートルの高空にまで振動を伝えてくる。

 

各中隊が放つ広域爆破術式の弾幕は、密集したダキア軍の戦列中央でその牙を剥いた。

防護術式も散開陣形も持たない生身の兵士たちにとって、それは天災以外の何物でもなかった。

一撃ごとに鮮やかな色彩の隊服が泥と硝煙の中に掻き消え、中隊規模の生命が、まるで地図から消しゴムで消されるように文字通り消失していく。

 

(……酷いもんだな。本当に、ただの標的だ)

 

俺たち「大隊本部中隊」の十二名は、その惨劇の特等席で、静かに空中に浮遊していた。

本部の役割は制空権の維持と全体の指揮観測。敵に航空魔導師も対空兵器も存在しない現状、俺や少佐、そしてヴィーシャといった本部の面々は、銃を一発も撃つ必要すらなかった。

 

「少佐、第一から第三、各員ともに安定しています。敵の反撃……いえ、反撃と呼べるほどの抵抗は確認できません。完全に一方的な展開です」

 

俺はレイジングハートが網膜に投影する戦況図を眺めながら、淡々と報告する。

 

「だろうな。あそこを見ろ、デュオ少尉。あんな足掻きに意味があると本気で思っているのかね?」

 

少佐の視線の先。

大混乱の渦中で、一部の部隊が軍旗を中心に集まり、銃を外側へ向けてひしめき合う強固な「方陣」を形成し始めていた。

かつて地上の騎兵突撃を阻み、無敵を誇ったはずの鉄の壁。

地上の兵士たちは、空を見上げて必死に旧式の銃口を向けている。

だが、その銃弾がこの高度まで届くことは万に一つもない。

 

「……方陣、ですか。全方位防御のつもりなんでしょうけど、俺たちから見れば、ただ火力を集中させてくれって頼んでるようなもんですよ」

 

「同感だ。密集すればするほど、爆破術式の効率が上がるだけだというのに。……合理的でない組織というのは、こうも哀れなものか」

 

少佐は吐き捨てるように言い、悠然と滞空を続ける。

眼下では、第二、第三中隊が正確に「方陣」の中心部へと火力を叩き込み続けていた。

だが、そこで俺は網膜上のアイコンが不自然な動きをしていることに気づく。

 

「……? ヴァイス中尉、何をやっている」

 

ヴァイス中尉率いる第一中隊だけが、突撃の軌道を大きく逸らしたのだ。

彼らは眼下の方陣を前にして、まるで何らかの脅威を回避するかのように、大きく弧を描いて迂回し、敵との距離を取り始めた。

 

「……ヴァイス中尉! 貴官、何をしている! 叩けと言ったはずだ!」

 

全回路を叩き切るような少佐の怒声が、爆発音の響く戦域に突き刺さった。

 

第二、第三中隊が敵の方陣を蹂躙し続ける一方で、ヴァイス中尉率いる第一中隊だけが、突如として攻撃軌道を逸らし、大きく旋回を始めていた。

 

「少佐、第一中隊が後退。……いえ、敵陣形から距離を取り、大きく迂回しています」

 

俺の報告を聞く少佐の横顔に、隠しきれない不快感が走る。

眼下では、時代錯誤な色彩を纏ったダキア軍が、必死に肩を寄せ合い「方陣」を固めていた。

空を見上げ、届くはずのない旧式銃の銃口を一斉に向けるその姿は、俺たち本部中隊から見れば、ただ火力を一箇所に集中させてくれと頼み込んでいるような無防備な塊に過ぎない。

 

だが、ヴァイスたちはその「カカシの群れ」を前に、まるで猛烈な対空火網でも展開されているかのように、慎重すぎる再編を試みていた。

 

「……セレブリャコーフ少尉、ヴァイス中尉を今すぐここに連れてこい。無線では話にならん」

 

少佐の指先が、抜剣を予感させるようにサーベルの柄を弄ぶ。

本部中隊十二名が滞空する安全空域へ、逃げるように戻ってきた第一中隊。

その先頭を行くヴァイスの挙動は、明らかに何か「絶対的な規則」に縛られている者のそれだった。

 

「デュオ少尉、お前にはあの方陣がどう見える?」

 

「……そうですね。少佐の仰る通り、脅威判定はゼロ。ただの動かない標的にしか見えません。ただ……」

 

俺の言葉が終わる前に、ヴィーシャに連れられたヴァイス中尉が、気まずそうな表情で本部中隊の滞空位置まで戻ってきた。

 

少佐は抜剣すると、そのままヴァイスの元へ急加速。すれ違いざま、鋭い金属音とともにヴァイスの鉄帽を激しく叩き切った。

 

「あんな旧式単発式歩兵銃で! 帝国魔導師の防殻を抜けると考えているのかね!?」

 

全回路通信ではなく、直接響く少佐の怒声。鉄帽を飛ばされたヴァイスは、空中で姿勢を立て直しながら必死に直立不動の姿勢を取る。

 

「否定します! 『第22野戦航空魔道戦技教範規定』に基づき、敵の対空射撃隊列を確認したため、迂回・再編を判断しました!」

 

ヴァイスの弁明を聞き、俺はRHのデータベースの端に追いやっていた古い記述を思い出し、口を挟んだ。

 

「あー……少佐、ありましたね。対空火網が予想される陣地への直撃は避け、迂回を推奨するという記述が。中尉は、あの教範に従ったのでしょう」

 

「教範だと!? あれが『対空陣地』に見えるのか!? 銃を空に向けているだけのカカシだぞ! 私が即時襲撃を命じたのが理解できていないのか!?」

 

「はい、いいえ少佐! 密集歩兵軍の戦列射撃陣でしたので、教範通りに迂回を命じました!」

 

真っ向から教範を盾にするヴァイスに対し、少佐の瞳に冷酷なまでの失望が宿る。

 

「教範通りにやってます、などというのは阿呆の言うことだ!!」

 

デグレチャフ少佐の怒声が、真空に近い高空の空気を物理的に震わせた。

鉄帽を叩き切られ、髪を乱したヴァイス中尉は、恐怖に顔を強張らせながらも空中で直立不動を維持している。

 

「いいか、中尉。戦場にあるのは教範ではない、現実だ! 敵は我々を見上げ、届きもしない弾丸を祈るように放つことしかできぬ無能な集団なのだぞ! それを前にして、文字をなぞって勝機を捨てるなど、税金の無駄遣い以外の何物でもない!」

 

少佐の視線が、射抜くような鋭さでヴァイス中尉を貫く。俺は一歩引きつつも、現状を整理するように口を開いた。

 

「……少佐、ヴァイス中尉は忠実に教範を遵守したに過ぎません。今回の戦闘が終わった際に、今の我々の練度に見合った新しいドクトリンを確立すべきだと進言します。今の装備なら、あの方陣など、ただの障害物にもなりませんから」

 

「……なるほどな。よし、中尉、汚名返上の機会をくれてやる。二人とも私に続け!」

 

少佐は剣を鞘に叩き込むと、残忍なまでの笑みを浮かべた。

 

「少佐殿!? ……くっ、デュオ少尉、先程から少佐殿はどうされたというのだ! 無謀だ! 指揮官が先頭で対空陣地に正面からなんて、聞いたこともない!!」

 

焦るヴァイス中尉を横目に、俺は演算宝珠に魔力を流し込む。

 

「中尉、俺たちは前回の訓練で相当鍛えられています。教範が書き換わる瞬間を見ていてください」

 

デグレチャフ少佐を先頭に、俺とヴァイス中尉の三人が、矢のような速度で敵の方陣へと突っ込んだ。

 

地上から放たれる旧式銃の弾丸。それが防殻に当たって火花を散らすが、俺たちの速度と高度を殺すにはあまりに貧弱すぎる。

まるで雨粒の中を突き進むようなものだ。

 

「撃て!!!」

 

三人の魔導銃から放たれた魔力付与弾が、敵の方陣を文字通り「粉砕」した。

 

一撃ごとに肉片と泥が舞い上がり、鉄の壁だったはずの陣形は、たった数秒でバラバラの残骸へと成り果てる。

 

沈黙。

 

再び安全圏へと浮上した少佐が、ジト目でヴァイス中尉を見やった。

 

「……敵はどうなったか言ってみろ、中尉」

 

「……吹っ飛びました」

 

「だろうな」

 

デグレチャフ少佐の冷淡な肯定に、ヴァイス中尉は自分の手元と眼下の惨状を交互に見つめ、呆然と呟いた。

 

「……そうか。デュオ少尉、君はライン戦線で少佐と共に地獄を見てきたんだったな。……先ほどの言葉、身に染みるよ」

 

感慨深げに呟いたヴァイス中尉の方へ、俺はゆっくりと顔を向けた。

ゴーグル越しに彼の目を見つめ、落ち着いた、だが確信に満ちた声で返す。

 

「……ええ。軍人である以上、教範や固定観念に縛られて思考が止まってしまうのは、ある種仕方のないことかもしれません。ですが幸いなことに、この大隊には少佐の意図を完璧に汲み取り、それを現場で最適解として体現できる連中が揃っています」

 

俺は一度、後方に続く大隊の編隊へ視線を送り、それからヴァイスに向けて頷いた。

 

「的確な指示を出す側と、それを信じて完璧にやり遂げる側。この双方が噛み合っている今の俺たちは、最高に頼もしい集団ですよ。中尉、俺たちの力を合わせれば、この戦争を望む形に動かせるはずです」

 

俺がそう締めくくると、ヴァイス中尉は信頼を込めた力強い笑みを返し、再び前方の空へと視線を据えた。

 

その様子を横目で眺めていたデグレチャフ少佐が、ヴァイスの先ほどの失態を思い出したように、冷徹だがどこか満足げな声を響かせた。

 

「ヴァイス中尉、貴官の過失は、あくまで不適切な訓練による裁定とする。……ふふ、やはり実弾演習をやって正解だったな、これは」

 

少佐の言葉に、ヴァイスは背筋を伸ばし、恐縮した面持ちで答える。

 

「はっ! 恐れ入ります!」

 

「よし、中隊に復帰せよ。オルカ少尉も私に続け」

 

少佐の命に従い、ヴァイスが持ち場に戻っていく。俺は少佐の隣に位置を占め、去っていく中尉の背中を見ながら、肩をすくめて見せた。

 

「了解です。……それにしても、成績優秀なヴァイス中尉でもあんなミスを。……いえ、優秀だからこそ、あそこまで忠実に教範を守ってしまったんでしょうか」

 

「全くだ。ライン戦線、北方ノルデンの経験がまるで生かされていない。……そういえば、似たような愚痴をオルカ少尉はラインで零していなかったか?」

 

少佐の探るような、試すような視線。俺はゴーグルを指で押し上げ、かつての泥濘を思い出しながら苦笑した。

 

「あー……航空優勢のことなら、何度か愚痴った記憶がありますね。……つまり、我々が訓練担当官となり、この新しい魔導師の運用方法を後方で教えることができれば、帝国軍はさらに強くなる。となれば……」

 

俺がそこまで言いかけた時、少佐がニヤリと、獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべて言葉を奪った。

 

「……我々自身も、その教育任務のために『後方』へ下がる正当な大義名分ができる、ということだな?」

 

「……ご明察です、少佐」

 

お互いのゴーグル越しに視線が交差する。

言葉にせずとも、「平和で安全なデスクワーク」という共通の目標を幻視した二人の間に、戦場には不釣り合いなほどの深い信頼――という名の打算が成立した瞬間だった。

 

「おー、実に喜ばしい!! さあ、オルカ少尉! 成すべき義務を遂行しようではないか!!」

 

少佐の背後から噴き上がる魔力の光が、一段と激しさを増す。

 

今や彼女にとって、前方のダキア軍は敵ですらない。自分の輝かしい「後方勤務」という名の椅子を阻む、排除すべき障害物に過ぎないのだ。

 

「加速するぞ。本部中隊に合流する!」

 

少佐の号令の下、先行して待機していた本部中隊の空域へと滑り込んだ。

 

俺と少佐が速度を落として編隊に加わると、待ち構えていたヴィーシャが、困惑を隠せない様子でこちらへと向き直った。

 

「デグレチャフ少佐、デュオ! 驚きました、すでに指揮所の候補を特定しています。……いくらなんでも早すぎますが、確実です」

 

「……何だと? セレブリャコーフ少尉、いくらなんでも早すぎる。敵は偽電を流しているのではないか?」

 

目の前で少佐が眉をひそめる。だが、ヴィーシャは信じがたいものを見るような声音で言葉を続けた。

 

「少佐、おっしゃることは理解できますが……この空域で拾えるのは原始的な通信波のみであり、それも全て平文なんです。位置情報も部隊配置も丸見えで……」

 

「……本当か? 俄かに信じがたいが」

 

少佐が絶句し、本部中隊の面々の間にも「まさか」という空気が広がる。地上を見下ろせば、時代錯誤な大行列を作って進軍するダキアの歩兵たちが、無防備な電波を垂れ流し続けている。

 

(……なあ、レイジングハート。多分だけどさ、こと暗号の解析に関しては、お前がこの世界で一番のチートだよな。今からでも暗号解析班に転属届を出した方がいいかな?)

 

そんな俺の打算的な軽口に、冷静に即答した。

 

『暗号解析は得意分野ですが、お勧めしません。もしあなたが解析班に留まれば、ゼートゥーア准将と約束した「戦争の終わらせ方」に関与できず、あなたは帝国と共に沈むことになります』

 

(……手厳しいな。確かに、解析だけじゃこの巨大な滅びの車輪は止められないか)

 

俺は苦笑し、思考を現実の戦場へと戻した。

 

「少佐、真偽を確かめるにしても、とにかく指揮所と思われる地点を強襲してみることを具申します。彼らが我々と別の時代のルールで生きているのなら、話は早いはずです」

 

「……全くだな。では、現代のルールを教えてやろうではないか。本部中隊、私に続け。突入する!」

 

少佐の号令で、俺たちは一気に降下を開始した。

驚くべきことに、先制攻撃を仕掛けても地上からの対空反撃は一切ない。あまりの無防備さに驚きつつも、俺たちはそのまま敵司令部へと躍り込んだ。

 

俺たちの突入と同時に、垂れ流されていた電波がピタリと止まる。

静まり返った指揮所の惨状を見渡し、少佐が信じられないといった様子で肩をすくめた。

 

「あっけないな。諸君、我々は戦争をしているのではないのか? 本当に連中は軍隊なのか? ……もしや帝国への団体旅行客を誤射したのではないだろうな?」

 

その痛烈な皮肉に、俺も事務的な表情を崩さず、即座に言葉を合わせる。

 

「申し訳ありません、少佐殿。入管に確認を取らなかったのは失敗でした。事後、徹底させます」

 

「そうしてくれたまえ。一歩間違えれば国際問題だ」

 

二人の視線の先には、腰を抜かして震え上がるダキアの将軍たち。

埃が舞う中、少佐はゆっくりと歩み寄ると、最高に慇懃無礼な態度で口を開いた。

 

「……ああ、失礼。ご引率の方でしょうか。この度は帝国がご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありません。お恥ずかしいことに、帝国軍国境警備隊が皆様を軍隊だと誤認してしまいまして」

 

俺も隣に並び、絶望に顔を歪める彼らへ、嬉々とした声で追い打ちをかける。

 

「帝国へようこそ!! ご入国の目的は? それと、ビザはお持ちですか?」

 

「ビザ……? 入国目的だと……! 貴様ら、我々を、ダキア公国軍を愚弄するのも大概にしろッ!!」

 

怒気で顔を真っ赤にした一人の将校が、古めかしいマスケット銃をひったくるように構え、引き金を引いた。

それを合図に、周囲の幕僚たちも一斉に単発歩兵銃の銃口をこちらに向ける。

 

「射撃、開始ッ!」

 

轟音と共に、狭い指揮所内に白煙が立ち込める。だが、俺たちの数センチ手前で、幾何学模様の光が淡く輝いた。

何発もの鉛玉が魔法障壁に無力に弾かれ、床に転がる。

俺は無言で、少佐の横顔に視線を走らせた。彼女の瞳には、もはや対話の余地など微塵も残っていない。

 

少佐が短く顎を引く。それが攻撃の合図だった。

俺たちは一切の躊躇なく、魔導宝珠を介して正確な制圧射撃を放った。

 

一瞬の閃光。

銃を放った将校たちは、反撃の言葉を紡ぐ暇もなく、その場に崩れ落ちた。

白煙が晴れる中、少佐はまだ命がある残りの面々を見渡し、氷のような声で問いかける。

 

「さて。残りの皆様は、捕虜として帝国へのご入国を希望しますか?」

 

問われたダキアの将校たちは、一瞬の恐怖に凍りついた。だが、彼らは震える手で再び銃を構え、こちらを包囲しようとする。

 

「……時間の無駄だな。将官以外は射て」

 

少佐の非情な指示に、俺は「了解」と短く応じ、事務的に、かつ正確に引き金を引いた。悲鳴と怒号が交錯するが、それは長くは続かない。

抵抗勢力が静まり返った頃、タイミングを合わせたかのように、本部中隊の面々、そして外で警戒に当たっていた各中隊が集結し始めた。

 

「――大隊全機、集結完了。損耗、皆無です!」

 

ヴィーシャが凛とした声で報告を入れる。少佐は指揮所内に転がる惨状には一瞥もくれず、軍帽の形を整えた。

 

「少佐、残敵掃討を実施しますか?」

 

ヴァイス中尉の問いに、少佐は窓の外、混乱の極みにあるダキア軍の軍列を見下ろして首を振った。

「いいや、友軍の航空艦隊がすでに出撃している。残敵掃討は彼らに任せよう。我々は前進するぞ」

 

「はっ! 目標はどちらでしょうか?」

 

ヴァイスの問いに、少佐の瞳が不気味に、そして野心的に輝く。

 

「首都だ。着いたならば、作戦を説明する」

「首都……! 了解です。各中隊、転進準備! 指揮官に続け!」

 

首から下げた演算宝珠が、加速のための術式展開を始めて高周波の唸りを上げる。俺はその振動を肌で感じながら、少佐の隣で空へと舞い上がった。

 

帝国最強の魔導大隊が、文字通り「国家を終わらせる」ために、ダキアの心臓部ブカレストへと牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

時を少し戻し。ダキア宣戦布告前。

 

俺はゼートゥーア准将に呼び出されて執務室に入室する。

参謀本部の執務室には、高い窓から春の柔らかな日差しが差し込んでいた。

だが、その明るさとは裏腹に、室内の空気は密度を増し、重く沈んでいる。

 

ゼートゥーア准将は、デスクの上で眼鏡を丁寧に拭き取り、それをゆっくりとかけ直した。視界の端には、俺が提出したあの感想文が置かれている。

准将はあえてその内容には触れず、代わりに、未知の数式を解くのを心待ちにする学者のような「にっこり」とした笑みを俺に向けた。

 

「……少し、仮定の話をしようか、オルカ少尉」

 

「?……はい。お聞きします」

 

俺は直立不動のまま、短く応じた。昼の光に照らされた准将の瞳は、穏やかさの裏に底知れぬ知的好奇心を湛えている。

 

「もしも、だ。南方のある小国が、二面作戦中であるはずの大国に攻撃を仕掛けようとする。戦力は旧式な歩兵が中心で、およそ三個師団程度。対する大国は……そうだな、主力を動かすまでもない。後方に控えている予備戦力を動かし、航空魔導師を一つ回すだけの、いわば『片手間』の力で、これを物理的に消滅させることができる。……さて、君なら、別の選択肢を提示してくれるかね?」

 

試されている。俺は即座に、准将の頭の中にある「ダキア公国」の輪郭を読み取った。

 

「……仮定の話、ですね」

 

俺は一度だけ瞬きをし、脳内の演算回路を冷徹に回した。

 

「まず前提として、その大国が勝つこと自体は容易です。予備戦力を国境に展開させ、航空戦力で指揮系統を叩き潰せば、その小国の軍隊は文字通り消えてなくなるでしょう。……その上で、私なら、あえて滅ぼさない程度に、勝ちを止めます」

 

「ほう?」

 

准将の眉がぴくりと動く。

 

「侵略者を野放しにするというのかね? 国民の感情が許すまい」

 

「いいえ。許す必要はありませんが、殺しすぎる必要もないのです。准将、その大国には、二面作戦下でも戦線を維持できるだけの強固な地力があります。予備戦力を投入して正面から踏み潰すことなど、それこそ造作もない。……しかしながら」

 

俺は一歩、デスクへと歩み寄った。

 

「力による支配、力による決着を、果たして諸外国が許すでしょうか?」

 

その問いに、准将の瞳から「にっこり」とした温度が消え、鋭利な理性が剥き出しになった。

「……世界大戦、だな」

 

「その通りです。なので大国は、最初から『講和』で終わることを目的としなければならない。隣にいる国々に『この大国が隣にいても大丈夫だ』と思わせるための試金石こそが、この小国への勝ち方です」

 

俺は、感情を排した事実のみを突きつける。

 

「もしこの小国を力任せに地図から消してしまったら、諸外国は確信するでしょう。『やはりこの大国は危険だ、力を合わせて滅ぼそう』と。

……それでは、戦術的な勝利が、国家の破滅を招くことになります」

 

准将は満足げに、しかし獲物を追い詰めようとする肉食獣のような鋭さで身を乗り出した。期待に満ちた、知的な愉悦がその瞳の奥でギラリと光る。

 

「して、その方法は? 君なら、どうやってその『終わらせ方』を組み立てるのかね?」

 

准将はワクワクとした様子で問いかけてくる。俺は、国家という巨大なシステムを再構築するための、具体的かつ冷酷な手順を提示し始めた。

 

「徹底した情報戦です。まずは、無線通信網をすべて掌握します。同時に、制空権を確保した上で空から大量のチラシを撒布する。無線という『音』と、チラシという『物理的な紙』。この二面から、彼らの日常生活のすべてに大国の意思を侵入させるのです」

 

俺は、窓から差し込む陽光を背に受け、淡々と戦略のフェーズを進めていく。

 

「無線と紙。その両方が大国の手に握られているという事実は、民衆に『もはや逃げ場はない』という無力感を植え付けるに十分でしょう。その絶望の隙間に、甘い毒を流し込むのです。『君たちの兵士は勇敢に戦った。だが、上層部があまりに無能であったがゆえに、国境で虚しく散っていったのだ』と」

 

「……心理的な包囲網か。物理的な破壊はどうする?」

 

ゼートゥーアの問いに、俺は微かに頷いた。

 

「当然、並行して軍事拠点の無力化も行います。ただし、国際条約に則り、武器を製造する工場などの軍事目標に対しては、事前に徹底した『攻撃勧告』を実施します。無線とチラシ、あらゆる手段を使って、そこで働く民間人に退避を促すのです」

 

ゼートゥーアの瞳が、面白そうに細まる。

 

「勧告、か。わざわざ手の内を明かして、敵の防空体制を整える隙を与えるというのかね?」

 

「いいえ。これは『大国はルールを守る、人道的な軍隊である』というアリバイ作りです。勧告に従わず工場に留まった者がいれば、それは無能な上層部が民衆を見捨てた証拠として利用できる。逆に勧告に従って工場が空になれば、我々は最小限の被害で敵の戦争継続能力を奪える。どちらに転んでも、大国に有利な『広報材料』にしかなりません」

 

「ふむ……。あくまで、正当性の旗印を掲げ続けるわけだ」

 

「はい。そうして民衆の抱く恐怖を、内側への怒りへと変換させます。サクラを混ぜて暴動の火種を投げ込めば、自浄作用という名の瓦解が始まるでしょう」

 

「……内側から瓦解させるわけか。だが少尉。民衆の怒りを煽りすぎれば、既存の秩序は完全に崩壊する。そうなれば、不満の受け皿として共産主義が流れ込むリスクがあるぞ。それは大国にとって、制御不能な毒を隣に抱えることにならないか?」

 

ゼートゥーア准将の懸念に、俺は微かに頷いてから言葉を継いだ。

 

「左様です。ですから、彼らが思想に染まりきる前に、一手を打ちます。敵の国王、あるいは宰相クラスといった国家の『看板』を、迅速に……拉致します。そして、王を確保した直後に『共和政への移行』を宣言させるのです。もちろん、大国主導の民主化という形で」

 

「拉致、そして共和政だと?」

 

ゼートゥーアは低く、声を殺して笑った。軍人が正規の軍事行動の延長線上に「誘拐」と「体制変換」を組み込んでいる事実に、彼はこの上ない悦びを感じているようだった。

 

「拉致した後は、民衆には『陛下は大国と極秘で停戦交渉中である』と触れ回ればいい。怒りの矛先を宙に浮かせ、空白の時間を作るのです。同時に、いきなり全てを民衆に委ねるのではなく、『制度を整えるための準備期間』として5年、10年という猶予を設ける。その間に、大国の密偵を政治の中枢へ紛れ込ませ、親大国派の勢力を確実に固めていくのです」

 

ゼートゥーアの瞳が、驚きと愉悦で細められた。

 

「なるほど……。10年後に国会を作る、その日までは大国の指導の下で歩もう、というわけか。民衆には『自分たちが選んだ未来』という幻想を与えつつ、中継ぎの王を使い捨て、中身は大国の規格で塗り替える。実に行政的で、合理的な解決策だ」

 

「はい。そして連れ帰った当人には、大国の安全な執務室で究極の二択を迫ります。『今すぐ、怒り狂った民衆が君の首を求めて待ち構えている祖国へ放り出されるか。それとも、ここで大国の提示する条件を飲み、民主化の功労者として静かに隠居生活を送るか』……とね」

 

俺は、デスク上の地図の一点を指で叩いた。

 

「このスキームの絶対条件は、敵上層部の亡命阻止です。他国へ逃げ、亡命政府という『正統性』を維持されては計画が瓦解します。ですから、逃げ道を塞ぎ、逃げて冷遇されるか、ここに残り帝国の庇護下で余生を過ごすかを選ばせる。死を待つ王にとって、それは逃げ道という名の、檻へと続く『黄金の橋』に見えるはずです」

 

ゼートゥーア准将は、窓から差し込む陽光に目を細めながら、短く吐息を漏らした。

 

「……逃げ道を断ち、自ら檻へと歩ませるか。物理的な殲滅よりも、遥かに残酷で合理的な包囲網だ。だが少尉、その『器』を壊さずに手に入れることに、どれほどの価値を見出している?」

 

准将の問いに、俺は一歩も引かずに頷いた。

 

「はい。自ら橋を渡らせることで、相手の主権という『器』を壊さずに手に入れる。これが私の考える、最も安上がりな決着です」

 

俺の声は、春の昼下がりの穏やかな陽光を切り裂くように、淡々と執務室に響いた。

 

「くく……。それで、その橋を渡った先に待つ『条件』とは?」

 

ゼートゥーア准将は、声を押し殺して笑いながら問いかけてくる。

その瞳は、未知の戦略体系を紐解く喜びに潤っている。

俺は表情ひとつ変えず、卓上の見えない盤面を指し示すように言葉を継いだ。

 

「賠償金はいりません。小国の敗戦国から小銭を毟り取っても、恨みを買うだけで費用対効果が悪すぎる。代わりに、貿易の完全な自由化、および共産主義の徹底した廃止を求めます。その他、鉄道の規格統一や資源の優先供給といった細かい実利は確保しますが、ミソは『小国の看板はそのまま』にすることです」

 

「……土地は、取らんというのかね?」

 

「ええ、一寸たりとも。我々は大国の威厳を示すために領土を広げるのではなく、実益という名の血流を支配するのです。『土地はいらない』というスタンスを貫くことで、帝国の領土欲に対する周辺諸国の警戒心を、劇的に引き下げることができます」

 

ゼートゥーアは再び、くっ、と喉を鳴らした。領土という維持コストばかりがかかる「重荷」を捨て、経済とシステムという「実利」を吸い上げる。

 

「……前例、ということか」

 

准将の言葉は、確信に満ちていた。俺は静かに頷く。

 

「その通りです。大国は力による殲滅ではなく、対話と共栄による解決を求めている――という巨大なプロパガンダを世界にばら撒くのです。准将、現在大国が直面している二面作戦も、元を正せば敵側から攻め込んできたものではありませんか?」

 

「……あくまで、仮定の話だがな」

 

「ええ、仮定の話です。ですが、この前例があるからこそ、他の交戦国も思うはずです。本当に負けそうになった時、死に物狂いで抵抗して焦土と化すよりも、『この大国が相手なら、なんとかなるかもしれない』と、交渉の席に着く方が得策だと」

 

俺の言葉には、敵の「生存本能」さえも帝国の計算式に組み込み、最小のコストで最大の結果を導き出そうとする執念を込めた。

 

「……追い詰められた窮鼠に、死に物狂いの抵抗ではなく、生存という名の『黄金の橋』を渡らせるための餌か。なるほど。それは銃火器による制圧よりも、遥かに確実な無力化だ」

 

ゼートゥーア准将は、感嘆を隠しきれない様子で深く椅子に背を預けた。

 

「参謀本部の連中には、こう説明すればいい。『土地を占領して反乱分子を鎮圧し続けるコストを払うか。それとも、親帝国派の政府に管理を丸投げして、実利だけを吸い上げるか』。……理屈が通っていれば、彼らも首を縦に振るだろう」

 

准将の言葉は、単なる同意ではなかった。

それは、軍部内に根強く残る「領土こそが勝利の証であり、地図を自国の色に塗り替えてこそ軍功である」と信じて疑わない『領土こそ全て派』の将校たちを、いかに論理という名の暴力で黙らせるかという算段でもあった。

 

武官にとって、目に見えない「システムによる支配」は本来理解しがたい概念かもしれない。しかし、占領地の泥沼化した治安維持がいかに兵力を削り、予算を食いつぶすかという「コスト」の数字を突きつければ、その頑迷な連中の首を縦に振らせることは容易だと、准将は見抜いている。

 

窓から差し込む昼の光の中で、准将は俺をじっと見据えた。

 

そこには、同じ「地獄の予感」を共有し、それを演算でねじ伏せようとする知の共犯者への、狂おしいほどの期待が宿っていた。

 

 

 





書いてて1番頭使いました。
ヴィーシャといい感じになる方が妄想膨らみます。

感想あると書くペース上がります。
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