神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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第34話 :『偽りの自由と閉ざされた未来』

 

ダキア市民

 

夜明けの微光がブカレストの街並みを照らし始めた頃、その「声」は天から降り注いだ。

日常の喧騒とは無縁の、あまりに無機質で、巨大な男の声。

魔導拡声術式によって増幅されたその音響は、街の隅々にまで染み渡り、人々から眠りを強制的に引き剥がした。

 

「ダキア公国民に告げる。こちらは帝国軍航空魔導大隊である」

 

俺は跳ね起き、窓にしがみついた。隣の家でも、同じように怯えた顔の隣人が外を窺っている。

 

「これより、郊外の第一、第二工廠を破壊する。非戦闘員は直ちに施設から一キロ以上離れよ。繰り返す。我々の目的は施設の無力化であり、市民の殺傷ではない。速やかに退避せよ」

 

街のあちこちで、誰かの悲鳴が上がった。

 

「工廠を破壊? ついに空襲が来たのか……!」

 

「嘘だろ!? 戦争が始まってから、まだ一日しか経ってないぞ!? どうしてもう首都にまで帝国軍が来てるんだよ!」

 

誰かがそう叫び、絶望が波のように街を飲み込んでいく。

昨日、国王の開戦宣言を広場で聞き、酔いしれたばかりだ。

三個師団、数万の兵が誇らしげに行進していったのは、ほんの二十数時間前のことではないか。

なのに、もう帝国の「暴力」が俺たちの頭上に手をかけているというのか。

 

「帝国軍より通告。破壊予定時刻まで、あと五分。退避を急げ。帝国軍は無意味な流血を望まない」

 

その声は、どこまでも事務的で、まるでお役所の通達のように淡々としていた。

街はパニックに陥り、着の身着のままで逃げ出す人々で溢れかえる。

だが、その恐怖の合間に、奇妙な感覚が入り込んだ。

 

「……民間人は狙わない、だと?」

 

「本当にあいつらは、勧告なんてしているのか?」

 

そして五分後。

予告通り、街の東側にある工廠の方角で、視界が真っ白になるほどの閃光が弾けた。

一呼吸置いて、大気を震わせる巨大な爆震が遅れてやってくる。

窓ガラスがビリビリと鳴り、遥か彼方で巨大な火柱が、龍のように空へと昇っていくのが見えた。

 

「ああ……なんてことだ……」

 

誰かが力なく呟く。

予告され、猶予を与えられ、そして正確に「物」だけが破壊された。

そこには、俺たちが想像していた泥沼の戦争などなかった。

ただ、圧倒的な技術と論理による、一方的な「施設解体」が行われていた。

 

「帝国軍より通告。……第一段階の無力化を完了した。これより、全市民に『真実』を配布する。空を見よ。拾い、そして読むがいい。君たちが真に恨むべき相手の名を」

 

爆炎が立ち込める空から、今度は「白」が降ってきた。

死の雨ではない。

街を覆い尽くさんばかりの、夥しい数の紙片だった。

 

爆音の余韻が消えぬうちに、ブカレストの空は「白」に埋め尽くされた。

雪ではない、風に舞い、石畳を覆い尽くさんばかりに降り注ぐ、数百万枚の紙片だ。

俺は足元に落ちた一枚を、ひったくるように拾い上げた。インクの匂いがまだ新しい。

そこに大書されていたのは、俺たちの魂を激しく揺さぶる言葉だった。

 

【勇敢なダキア国民へ】

 

悲しむべき報せを伝えねばならない。

祖国を守るべく国境へ向かった君たちの三個師団は、今この時、壊滅状態にある。

 

彼らは最期まで君たちのために戦った。

だが、真実を直視してほしい。本来、流す必要のない尊い血が流されたのはなぜか。

理由はただ一つ。君たちの「王」があまりに無能であったからだ。

 

諸君らは誠実で、真面目に働く平和な民だ。帝国に刃を向ける理由など、どこにもなかったはずだ。

諸君は、他国の領土など欲してはいなかった。ただ、今日を静かに暮らすことを望んでいただけだ。

諸君自身、戸惑っていたのではないか? なぜ急に「戦争だ」と煽られ、熱狂させられたのか。なぜ、昨日まで平和だった日常が、いきなり戦場へと変えられたのか。

 

帝国は諸君の土地を望まず、諸君の平穏を奪うつもりもなかった。

にもかかわらず、王は己の歪んだ野心のために、勝てもしない戦争を仕掛け、平和に暮らしていた諸君らを戦火へと引きずり込んだのだ

 

国民を騙し、無意味な戦いで子供たちを殺した王を、君たちはまだ許すのか?

 

「……全滅? まさか、一日でか……?」

 

隣の男の声が震えていた。だが、それを否定する間もなく、今度は天から「音」が降り注いだ。

街中のスピーカーや魔導拡声術式から、聞き慣れた俺たちの母国語――ダキア語の放送が重なり合う。

 

『ダキア公国民の諸君、耳を傾けてほしい。君たちの夫や息子は、平和を愛する誠実な人々だった。君たちは隣国の土地など望まず、ただ真面目に働いていただけだ。それなのに、あの愚かな王が、君たちの平穏を、君たちの命を、勝手に戦場へ投げ捨てたのだ!』

 

それは、逃げ場のない包囲網だった。

チラシを拾う余裕のない者、文字が読めない子供や老人の耳にも、帝国の突きつける「真実」が容赦なく叩き込まれていく。

 

『思い返してみるがいい! いきなり戦争をすると言い出し、君たちを熱狂させたのは誰だ!? 王宮を見てみろ! 贅沢に耽り、平和な国民を捨て石にする無能がそこにいる!』

 

「……そうだ。俺は、他国の土地なんて欲しくもなかった。ただ毎日、真面目に畑を耕してただけだ!」

 

「それなのに王様が、いきなり『聖戦だ』なんて言い出して……息子を、息子を連れて行ったんだ!!」

 

広場の隅で、一人の母親が悲鳴のような叫びを上げた。それが導火線となった。

 

「ふざけるな! 俺たちの税金で贅沢して、俺たちの子供を殺して、自分だけ助かろうなんて、そんなことが許されるか!!」

 

「帝国は逃げろと言ってくれた! なのに王様は、息子を死なせて自分だけ逃げるのか!!」

 

不安は、爆発的な殺意へと変わった。

 

その時だ。街の教会の鐘が、放送の終わりに合わせるように鳴り響いた。

 

一度。

 

二度。

 

いつも通り正午を告げるはずの音が、今日に限って、俺たちの背中を叩く鼓動のように聞こえる。

 

鐘の音が重なり、腹の底を揺さぶるほど大きくなった時、チラシの文字と放送の声が、俺の脳内で一つの意志に変わった。

 

『街の鐘が鳴り響き、その音がもっとも大きくなった時、城へ向かえ』

 

「……城だ! あの裏切り者の首を獲るぞ!」

 

「陛下を引きずり出せ! 家族の仇だ!!」

 

誰かが上げた叫びが、地鳴りのような咆哮となった。

俺も、隣人も、気がつけば手に手に鍬や石ころ、あるいは薪割りの斧を握りしめていた。

数万の足音が石畳を叩き、一つの巨大な「怒り」の塊となって、王宮の門へと殺到していった。

 

王宮の巨大な鉄門は、数万の民衆が放つ殺意の重みに耐えきれず、無残な音を立てて崩れ落ちた。

俺たちは流れ込む濁流のように、王宮の敷地内へと突き進んだ。昨日までなら、石一つ投げられなかった威厳ある白亜の城。

だが今は、近衛兵たちですら怯え、武器を捨てて逃げ惑っている。

彼らもまた、あの放送を聞いたのだ。自分たちを捨て石にして、王だけが逃げようとしているという「真実」を。

 

「国王はどこだ!」

「裏切り者を引きずり出せ!」

 

豪華な絨毯を泥靴で踏み荒らし、俺たちは謁見の間へと辿り着いた。

重厚な扉を蹴り開けたその瞬間、目に飛び込んできたのは、まさに「裏切りの証拠」とも言える凄惨な光景だった。

広大な部屋の中心で、民衆と同じボロボロの格好をした一人の男が、王宮の兵士を殴り飛ばしていた。

 

「国王はどこだ! 答えろ! 陛下はどこへ逃げた!!」

 

男の絶叫が響き渡る。

殴られた兵士は鼻血を流し、泣き叫びながら命乞いをしていた。

 

「……て、停戦だ……陛下は今さっき、帝国との交渉のために連れ出された……! それしか知らない、本当に……!」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺たちの横にいた「男」は天を仰ぎ、喉が張り裂けんばかりの声で泣き叫んだ。

 

「嘘をつけ!! 俺の家族は、もうとっくに国境に向かったんだよ! 行軍する息子を見送ったばかりなんだよ!! なのにあいつは、自分だけ助かろうと帝国に命乞いしに逃げただと!? ふざけるな!!」

 

男は涙を流しながら、俺たち群衆の方へと向き直った。

その顔には、絶望と、それを突き抜けた凄まじい怒りが宿っていた。

 

「みんな、聞け! あの王は、俺たちの誠実さを、俺たちの愛国心を利用しただけだったんだ! 戦場にすら行かず、俺たちがここで震えている間に、俺たちの国を帝国に売り渡して逃げやがったんだ!!」

 

群衆の間に、火薬に火がついたような怒号が巻き起こった。

 

「許さない……絶対に許さないぞ!」

 

「家族を返せ! 国を返せ!!」

 

男は力強く拳を突き上げ、宣言するように叫んだ。

 

「もう国王なんていらねぇ! こんな仕打ちをする王なんて、俺たちには必要ない!! これからは、俺たちが、俺たちの手でこの国を守るんだ!!」

 

「そうだ! 俺たちが国を守る!!」

 

「俺たちが国を守る!!」

 

「俺たちが国を守る!!」

 

謁見の間を揺るがすほどのシュプレヒコール。

俺も、隣にいた老人も、怒りに震えながら拳を振り上げた。

自分たちの意志で、自分たちの国を救うのだと信じて疑わなかった。

 

王宮の喧騒が、遠い地鳴りのように響いてくる時計塔の裏。

一人の男が双眼鏡を畳むと、壁に設置された無骨な電話機の受話器を取り上げた。

 

「……ああ、予定通りだ。こっちは終わった。仕込み役を回収してくれ。あとは勝手に盛り上がってくれるだろ」

 

男は一度も王宮の熱狂に感情を動かすことなく、受話器を戻すと、コートの襟を立てて暗い階段を下りた。

 

「……安いもんだな。適当な理由をつけてやるだけで、自分たちの手で国をぶち壊し始めるんだから」

 

その呟きは、怒号にかき消されて誰の耳にも届かない。

俺も、隣にいた老人も、怒りに震えながら拳を振り上げた。

 

自分たちの意志で、自分たちの国を救うのだと、自分たちが「自由」への第一歩を踏み出したのだと信じて疑わなかった。

 

 

 

帝国国境付近に設置された、臨時の特設会談場。

 

 

ダキア公国の宰相は、手元の最終文書を叩きつけ、血走った目で帝国の外交官を睨みつけた。

 

「……これで、これで満足か! 看板こそ『立憲君主制』として残したが、通貨は帝国に寄生する『固定相場制』。さらに鉄道もネジ一本のサイズまで『工業規格の統一』……。これでは国家の独立など、名ばかりの空洞ではないか!」

 

一国の政を預かってきた者としての叫びは、もはや悲鳴に近い。

 

立憲君主制への移行は王権の無効化を意味し、固定相場制は自国通貨の価値決定権を帝国に委ねるということだ。

さらに工業規格の統一は、帝国の部品なしにはこの国の機械一つ動かせなくなることを意味していた。

 

対する帝国の外交官は、表情ひとつ変えず、事務的に書類を整理しながら言い放った。

 

「宰相閣下、忘れないでいただきたい。先に国境を越え、宣戦を布告したのは貴国だ。……自分たちから喧嘩を売り、負けそうになってから吠える。それほど見苦しいことはありませんよ。最初から仲良くしていれば、こんなツケを払わずに済んだものを」

 

外交官は、最後に万年筆のキャップを締めると、冷ややかな視線を向けた。

 

「……共産主義に飲み込まれて全てを失うよりは、遥かにマシな結末だと思いませんか? 少なくとも貴方方の資産と、その誇り高き看板だけは守って差し上げたのですから」

 

窓の外、国境線の向こう側では、帝国軍の輸送部隊が地響きを立てて展開し、敷設予定のレールを積んだ貨車が重い音を立てて待機していた。

 

 

 

 

 

統一暦1925年。

 

「領土奪還」という大義名分のもと、総動員をかけたダキア大公国軍は、3個軍集団をもって帝国領への越境作戦に踏み切った。

 

帝国は北方ノルデンでレガドニア協商連合と、西方ラインではフランソワ共和国との戦争が継続中であり、その屋台骨は疲弊し切っているだろうという、第三国からの情報に背を押されての侵攻でもあった。

 

帝国は腐った張り子だ。背後から蹴落とせば、簡単に崩れる。

誰もがそう思った。

 

だが、そうはならなかった。

 

帝国参謀本部はこの動きを事前に察知し、新鋭の航空魔導大隊をダキア国境へ配備。

周到なことに、この大隊は正式編成前だったため、どの国の諜報機関もその実態を把握していなかった。

 

ダキア軍の越境に即応展開した第二〇三航空魔導大隊は、神か悪魔の差し金か、そのタイミングも戦力もダキア首脳陣の完全なる虚を突く形で出現したのだ。

 

そして、それは戦争と呼ぶにはあまりに一方的な、「蹂躙」であった。

 

数日後、硝煙が失せたダキアの空には、帝国の「管理」が静かに降り積もっていた。

 

結ばれた「帝国ダキア友好条約」により、この国の姿は劇的に、しかし極めて実務的に作り変えられた。

 

政治体制は、民衆が望んだ通り(あるいは、そう思い込まされた通り)に「立憲君主制」へと移行。

大公家は看板としての地位を安堵されたが、その実権は帝国の息がかかった新政府へと移った。

 

経済においては、ダキアの通貨は帝国マルクとの「固定相場制」へと組み込まれた。

自国の財布の紐を帝国に握られたことで、ダキアはもはや帝国の経済圏から離脱することなど不可能となった。

 

さらに、戦後復興の名目のもと、あらゆるインフラは帝国の「工業規格」へと強制的に統一された。

鉄道のレール幅からネジの回転方向に至るまで、帝国の部品なしには社会を維持できない、物理的な服従が完了した。

 

それから一ヶ月。

 

ダキアの民は戦争に負けたが、彼らの生活はさして変わっていない。

 

昨日と同じようにパンを焼き、昨日と同じように畑を耕している。

ただ一つ違うのは、彼らの使う通貨が、彼らの乗る列車が、そして彼らの守るべき法が、すべて「隣の巨大な機械」の一部になったという点だけだ。

 

民衆は「無能な王を追い出し、自分たちの手で平和を勝ち取った」と満足げに語り合い、今日も帝国の工場へと出稼ぎに向かう。

 

かつて数万の兵たちが誇らしげに行進した平原を、今は帝国規格の真っ黒な機関車が、ダキアの富を乗せて淡々と走り抜けていく。

 

それは、死よりも冷徹で、戦争よりも永続的な、「支配」という名の平穏だった。

 

 

 

 

 

 

sideデュオ

 

ダキアから帝国南方の軍事拠点へ移動し、そこから帝都へと向かう軍用列車。

規則的な振動とレールの継ぎ目を叩く音が、血生臭い数日間がようやく終わったことを告げていた。

 

客車の隅、窓の外を流れるのどかな景色を眺めながら、思考を巡らせていた。

 

(……なぁ、レイジングハート。もしあの時、ダキアをそのまま「共和政」にさせていたらどうなっていたと思う? 独裁を打ち倒して自由を勝ち取ったダキアを、合州国あたりは手放しで褒め称えただろうし、それを支援した帝国の介入も「人道的な協力」として高く評価されたはずだ。向こうの介入を阻む、強力な外交カードになり得たと思うんだけどな)

 

『肯定します。合州国をはじめとする列強へのプロパガンダとしては、これ以上ない材料でした。しかし、帝国のすぐ隣で「共和政」というウイルスを放置するリスクを、参謀本部は嫌ったのでしょう。自由主義の蔓延は、帝国の統治体制そのものを内側から腐敗させる劇薬になり得ます』

 

(……だよね。結局、管理しやすい「身内の看板」と、帝国規格の「首輪」を選んだわけだ。政治ってのは、つくづく血なまぐさい実務だよ)

 

心の中で肩をすくめた時、車両の喧騒が一段と大きくなった。

 

「ようし! 帝都に戻ったら、まずはしこたま酒だ! 喉が干からびて死にそうだぜ!」

 

「酒もだけど、俺はとにかく泥のように眠りたい……。実戦のあとのこのダルさ、体より先にメンタルが限界だよ」

 

部下たちが口々に今の本音を吐き出している。単なる行軍とは違う、命のやり取りをした後の重い疲労が車内を包んでいた。

 

「デュオ、お疲れ。……また難しい顔して、何考えてるの?」

 

隣に座っていたヴィーシャが、温かいコーヒーを注いで差し出してきた。

幼馴染らしい気安さの中に、ふとした瞬間に見せる女性らしい柔らかさが混じる。

 

「ああ、ちょっとね。……それより少佐は?」

 

「あっち。参謀本部の食堂について、ずっと不満を並べてるよ」

 

ヴィーシャの視線の先では、少佐が書類を片手に心底嫌そうな顔をしていた。

苦笑いしながら立ち上がり、少佐の隣へと歩み寄った。

 

「少佐、どうかしました? 眉間に皺が寄ってますよ。また参謀本部の食堂の話ですか?」

 

「……ああ、オルカ少尉か。全くだ。これほどの戦果を報告しに行くというのに、あそこの不味い食事を囲んで会合をセッティングされるのは、精神衛生上よろしくない。ただの事務報告ならまだしも、食事が混ざるとなると、足が向くのも気が進まなくなる。良い報告を持ってきた時にまずい飯を出されるのは、どうにも気が滅入るからな」

 

眉間に皺を寄せ、もっともらしい理屈で「不味い飯への拒絶」を語るその姿を、どこか遠い目で見つめていた。

 

中身は徹底して合理的で、吐き出す言葉も可愛げのない大人の愚痴そのものだ。

だが、それを紡ぎ出しているのが、軍服に着られているような小さな幼女であるという事実が、どうしても脳内の認識をバグらせる。

 

(……いや、冷静に聞けばえげつない不満なんだけどな。この外見で言われると、どうにも『偏食に理屈をつけてる子供』にしか見えないというか、素直に可愛く見えてしまうのがこの少佐の恐ろしいところだよ)

 

そんな失礼極まりない思考をミリ単位も顔に出さず、ごく自然な「頼れる部下」の笑みを浮かべて言葉を繋いだ。

 

「少佐。それなら帝都に着いたらどこか寄っていきませんか? いい店ならいくつか心当たりがあります。ヴィーシャも一緒にさ」

 

「いいですね、それ! 甘いものも美味しいお店がいいな、デュオ!」

 

ヴィーシャが身を乗り出して賛成すると、少佐は不機嫌そうに呟きながらも、手元の書類を鞄に放り込んだ。

 

「……ふん。不毛な会食で栄養を損なうよりは、民間の優良店を利用する方が遥かに合理的だな。検討しよう」

 

少佐が座席に深く座り直すと、ちょうど通りかかった部下たちがニヤニヤと笑いながら冷やかした。

 

「おっ、少尉。デグレチャフ少佐とセレブリャコーフ少尉を引き連れて、なんだか『三兄妹』みたいっすね!」

 

「あはは、そうですかー?」と楽しげに笑うヴィーシャの横で、デュオは「おい、余計なこと言うなよ」と苦笑いして部下を追い払う。

直後、背後から絶対零度の殺気が放たれた。

 

「……今、誰が『一番下の妹』を想像した? 一歩前へ出ろ。私の直接指導で、その歪んだ認識能力を再構成してやる」

 

ドスの効いた声に、部下たちは悲鳴を上げた。

 

「げっ、少佐! 冗談っす、ほんのジョークですって!」

 

「総員退避! 閣下が本気で怒ってらっしゃるぞ!」

 

もちろん「怒ったフリ」なのだが、迫力がありすぎる演技に部下たちは隣の車両へと逃げ出していく。それを見送り、少佐は「ふん」と大げさに肩をすくめた。

 

「全く、弛んでいるな。……さて、オルカ少尉。帝都に着いたら店へ案内したまえ。不味い報告会の前に、まともな食事で精神を安定させねばならん」

 

「はいはい、了解です。行こう、ヴィーシャ」

 

「あはは、少佐もあんなにムキにならなくてもいいのに」

 

ヴィーシャの笑い声が混じる車内で、俺は「やっぱりこっちの方が性に合うな」と小さく笑った。

 

管理された平穏が降り積もるダキアを背に、彼らはまた次の、もっと過酷な戦場へと向かうための「束の間の日常」へと足を進めていった。

 

 

 

 

 

レガドニア協商連合評議会議事堂

 

ダキアの王宮が、自分たちが煽り立てたはずの民衆によって内側から崩壊した。

 

その「事実」は10人評議委員会の会議室を、戦場以上の冷気で凍りつかせていた。

 

窓を閉め切った薄暗い部屋。

国家の舵取りを任された10人の官僚たちは、ダキアから持ち出された「白いチラシ」の写しを囲んでいる。

かつてこの国を戦争へと駆り立てた政治家たちはもういない。

 

「……結局、あいつらは逃げ切ったというわけか」

 

委員の一人が、血走った目で紙を睨みつけ、吐き捨てるように呟いた。

 

「前政権の連中だ。この戦争の火種を撒き散らしておきながら、『責任を取る』という耳当たりのいい言葉で議席を放り出し、さっさと隠居しおった。だが、奴らがやったのは単なる政治家としての幕引きだ。帝国との停戦という、最も重い実務を我々に丸投げしてな!」

 

握りしめた拳がテーブルを叩く。

だが、その音は虚しく響くだけだった。

彼らの怒りは、帝国よりもむしろ、自分たちにこの泥舟を押し付けた「前任者」たちに向けられている。

 

「我々が今さら何を言おうと、民衆には届かん。奴らが煽り立てた『愛国心』という名の火薬庫の上に、我々は座らされているのだ。……もし、ダキアに降ったあの『情報の雨』が、このオスロの空に降ったらどうなる? 帝国は必ずそこを突いてくる。たとえ我々が亡命政権を立てて海の向こうへ逃げたとしても、帝国は残された民衆にこう囁くのだ。『君たちの新しいリーダーも、自分たちだけ助かるために君たちを見捨てた。あの無責任な前政権と同じようにな』と。……そうなれば、我々に帰る場所は永遠に失われる」

 

かつての彼らなら、「亡命してでも戦い抜くのが英雄だ」と信じて疑わなかっただろう。

だが、ダキアで見せつけられた「論理」による蹂躙は、その英雄的自己満足すらも「国民への裏切り」という罪名に書き換えてしまう。

 

「……正当性など、もはやどこにもないのだ」

 

議長を務める老官僚が、ダキアから持ってきたチラシを見つめたまま、深い溜息を吐き出した。

 

「本当にこの戦争に正当性があるのなら、前政権のまま帝国を倒せばよかったのだ。それをせず、自分たちの身の安全のために政権を投げ出した。その事実こそが、この戦争がただの『政治の道具』であったという何よりの証左だ。……我々は今、正当性のない手段で維持し、正当性のない死を兵士に強いているのではないか?」

 

窓の外では、まだ何も知らない若い兵士たちが、前政権が作った愛国歌を歌いながら行進している。

 

だが、今の彼らには分かる。

 

その歌声は、帝国の「論理」という刃にかけられるのを待つ、処刑台への賛美歌にしか聞こえない。

 

「……徹底して警戒しろ。帝国は合理的だ。ダキアで見せたあの『賢い勝ち方』、論理で内側から国家を崩壊させるあの手法こそ、奴らの真骨頂だ。……空を監視しろ。白い紙片一枚、電波一つ通すな。奴らの『言葉』さえ防げば、まだこの国は形を保てる」

 

彼らは確信していた。

帝国は、あの洗練された「情報の雨」で、自分たちの後ろめたさを突いてくる。

だからこそ、彼らは盾を掲げ、空を仰ぎ、帝国の「声」を拒絶するために全神経を研ぎ澄ませた。

 

だが、彼らはまだ知らない。

 

その「論理」の盾が、全く別の方向から飛来する、狂気じみた「暴力」に対しては、ただの薄紙に等しいということを。

 

暗雲立ち込める北方の空。

 

「情報の雨」を警戒する彼らの頭上に近づいていたのは、言葉など一文字も持たない、純粋な「暴力」そのもの――。

 

雲を切り裂き、音速で迫る帝国の「牙」が、すぐそこまで来ていることを、この時の彼らはまだ、知る由もなかった。

 





戦争と政治は切り離せないですね。
たまに質問きますが、基本的に登場人物は漫画版です。
感想あると書くペースが上がります。
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