神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。 作:スレ主
アルビオン連合王国 首都ロンディニウム・情報部某所
換気能力の低い室内には、安煙草と淹れ直したばかりの紅茶の匂いが停滞している。
情報部ハーバーグラム少将の前には、数名の分析官が直立していた。
そのうちの一人、若手の主任分析官が、机の上に一束の統計資料を置く。
「……以上が、ダキア戦後における各国の反応です。正直に申し上げて、芳しくありません」
ハーバーグラムはパイプの吸い殻を叩き落とし、眼鏡を直した。
「合州国の世論か?」
「はい。有力紙はこぞって、今回の帝国の立ち回りを『大陸に秩序をもたらす理性的行動』と書き立てています。実利――つまり領土や賠償金を一切手にしなかったことが、向こうの無知な平和主義者どもには『高潔な正義』と映っているようです」
分析官の言葉に、ハーバーグラムは鼻で笑った。
「正義、か。笑わせるな。帝国が選んだのは、目先の土地よりも遥かに価値のある『国際的な免罪符』だ」
少将は立ち上がり、壁に掛けられた大陸全土の地図を指でなぞった。
「思えば、今までの帝国は実に予測しやすい連中だった。戦えば無敵、だが外交はあまりに稚拙。自国の安全保障を物理的に押し広げることしか能がなく、戦術的な合理性を追求するあまり、周辺諸国の恐怖を煽って自ら包囲網の火種をばら撒く。それが奴らの限界だったはずだ」
「ええ、その不器用さこそが、我々にとっての付け入る隙でした。帝国の軍靴が響くたび、我々は『怪物が目覚めた』と触れ回るだけで良かったのですから」
「だが、今回はどうだ?」
ハーバーグラムの声が一段低くなる。
「奴らはあえて利を捨てることで、周辺国の警戒心を鮮やかに中和してみせた。
戦場での『勝利の合理性』を、そのまま外交の『統治の合理性』にスライドさせおった。
野蛮な巨人が、急に法服を着て社交界に現れたようなものだ」
「その通りです。おかげで、我が国の外交官が吹聴していた『帝国拡張の脅威』は、今や古臭い被害妄想扱いですよ。合州国などは『帝国こそが大陸の安定を担うパートナーだ』とすら言い始めている」
老練な工作官が、苦々しげに付け加えた。
「連中、今まであれほど下手だった『他国からの見え方』を、完全に計算に入れ始めています。……まるで、誰かが帝国の脳を入れ替えたかのように」
「……誰であれ、その『脳』は一つ大きな勘違いをしている。いや、させなければならん」
ハーバーグラムは、机上の地図の北方――ノルデン国境付近をペンで叩いた。
「帝国が正義を標榜し、合理的な正解を選び続けるなら、その『次の一手』を導き出すのは容易い。奴らが最も効率的に兵員を投射でき、物流の摩擦が最小化する時期は、雪害から解放される春をおいて他にない」
「冬の進軍という不合理を、今の『賢明な』帝国が選ぶはずがない、と?」
「ああ。これまでの観測データから見ても、帝国の鉄道運用は極めて緻密かつ論理的だ。ならば戦術的に正しい判断を下す限り、奴らは必ず春に来る。正解を選び続ける優等生らしくな」
ハーバーグラムは冷徹な視線で部下たちを見渡した。
「その間に、我々は『民間』の皮を被って網を張る。合州国の軍需資本に対し、ノルデンは将来の巨大な自由市場だと焚きつけろ。復興支援の名目で弾薬を、個人休暇の退役兵という名目で教官を送り込め。あくまで『ビジネス』と『ボランティア』だ。国としての足は一切残すな」
部下たちが音もなく頷く。
「帝国が正義と合理を掲げて現れる春、そこを我々が用意した底なしの泥沼にしてやるのだ。……連中には、存分に春を待たせておけ。戦術的合理性という名の、心地よい檻の中でな」
窓の外、深い霧がロンディニウムの街を静かに、そして完全に覆い尽くしていった。
帝国軍参謀本部・参謀食堂
夕刻の参謀食堂は、前線の喧騒とは無縁の静寂に包まれていた。
磨き上げられた長机の片隅で、ルーデルドルフ少将は手元の報告書を一通り読み終えると、皿の上の冷めかけた肉料理をワインで流し込み、対面の男へ感心したような視線を向けた。
「……ゼートゥーア、これを確認させてくれ。本当にダキアから何一つとして賠償を毟り取らず、領土の割譲も要求しなかったのか? 我が軍が流した血に対する対価としては、あまりに空虚と言わざるを得んが。今までの帝国なら、まず資源と土地を確保するのが定石だろう」
ルーデルドルフは手元のワインボトルを傾け、ゼートゥーアのグラスに赤い液体を注いだ。
ゼートゥーア少将は、差し出されたグラスを軽く掲げて謝意を示すと、眼鏡を拭きながら穏やかに応じた。
「ああ、ルーデルドルフ少将。その通りだ。我々が手に入れたのは、鉱山でも広大な領土でもない。ダキア新政府との『友好』と、合州国をはじめとする中立諸国からの『信頼』……ただそれだけだ。しかし、これを見てくれ」
ゼートゥーアは、フォークを置いて数枚の新聞記事と報告書を机に滑らせた。
「フランソワ共和国が中立国に対して執拗に喧伝していた、『帝国拡張主義の脅威』という看板は一夜にして地に落ちた。あえて実利を捨てたことで、特に合州国の世論は今、我々を『無法な独裁者を排し、法と秩序を守った理性の守護者』と絶賛している。中立諸国の視線がこれほど好意的になったのは、帝国の歴史上かつてないことだ。オルカ少尉が描いたこの一見『損な取引』こそが、包囲網の足並みを鮮やかに乱し、我々に最強の外交的免罪符をもたらしたのだよ」
ルーデルドルフは、切り分けた料理を口に運びながら、不敵な笑みを浮かべた。
「……なるほどな。目先の土地を食らう代わりに、敵対国が中立国に吹き込んでいた『大義名分』を根底から食いつぶしたわけか。外交的免罪符を買うために実利を捨てる……。軍人としては反吐が出るほど軟弱な手法だが、戦略家としては認めざるを得ん。貴官が望んで止まなかった『戦略的余力』というやつを、これほど形にして突きつけられるとはな」
「加えて、ルーデルドルフ少将。あの二人が提出した鉄道論文だ。物流の最適化が想定以上に効いている。西方の兵站維持に割くリソースを、これまでより大幅に圧縮できる見通しが立った」
ゼートゥーアは少しだけ表情を和らげ、独り言のように付け加えた。
「デグレチャフ少佐の冷徹な現場感覚と、オルカ少尉の柔軟な大局観……。この二人の発想が組み合わさることで、我が軍の兵站はただの維持から、戦略的攻勢のための貯蓄へと昇華された。全く、恐ろしいほどに優秀な若者たちだ。我々の想定した理論を、こうも軽々と飛び越えてみせるとは。彼らのような人材を得たことは、帝国にとって最大の幸運かもしれんな」
「ああ、全くだ。奴らを見ていると、参謀本部で椅子に座っているのが馬鹿馬鹿しくなるほどだよ」
ルーデルドルフは自分のグラスにもワインを注ぎ足し、空になった皿を横に除けた。
「中立国の支持と、あの二人がもたらした兵站の『余裕』という名の武器。これがあるからこそ、我々は今、この国がかつて持てなかった選択肢を手にしているわけだ」
「その通りだ。西方の防衛線がこれほど盤石であり、国際社会が我々の行動を注視している以上、わざわざ不確定要素の多い冬の地獄に飛び込み、野蛮な侵略の再来などと揶揄される必要はない」
ゼートゥーアはワイングラスを回し、中の液体を静かに見つめた。
「鉄道網の投射能力がピークに達する『来春』を待つ。政治的な正義を保ちつつ、万全の物量で敵を粉砕する。……これこそが、我々がようやく手にした『真の合理』というものだ。冬に無理をするのは、もはや必然性のない、ただの無謀でしかないのだよ」
「同感だ。その合理的な判断、私も支持しよう」
ルーデルドルフは穏やかに、しかし軍人らしい鋭い目を向けて続けた。
「北方平定は来春。……だがゼートゥーア、一つ相談がある。春に一撃で全てを終わらせるために、あの203大隊を私の手元に置いておきたいんだ。作戦局の直轄として、冬のうちに北方へ先行配置させてくれ。現地の環境に身体を慣らさせ、『最高に鋭利な刃』として完成させておきたい。私の春の主役には、彼らの力が必要不可欠なんだ」
ゼートゥーアは一瞬、友人の並々ならぬ熱意に苦笑をにじませたが、すぐに深く頷いた。
「ルーデルドルフ少将、貴官らしい。確信を持った時のこだわりは相変わらずだな。……いいだろう、認めよう。オルカ少尉とデグレチャフ少佐だ、北方の吹雪すら自らの味方に変えてみせるに違いない」
「感謝する、ゼートゥーア」
ルーデルドルフは立ち上がり、ワイングラスを掲げた。
「では、ささやかながら勝利を願って」
ゼートゥーアも静かに立ち上がり、自分のグラスを合わせた。
「ならば、参謀食堂の食事が美味しくなることを願って」
二人は一気にワインを呷った。
グラスをテーブルに置くやいなや、ルーデルドルフが冷徹なトーンでツッコミを入れる。
「……戦争が終わる方が早そうだな、それは」
ゼートゥーアはわずかに沈黙し、それから真顔で頷いた。
「確かに」
二人の間に、僅かながら緩やかな空気が流れる。
彼らにとって「春」を待つことは、油断でも停滞でもなく、勝利を盤石にするための、確信に満ちた「溜め」の期間であった。
「――よし、ではオルカ少尉を呼んでくれ。彼という『最高効率の刃』に、この至上の予定を伝えてやるとしよう」
場所:帝国軍参謀本部・執務室
深夜の参謀本部。磨き上げられた廊下を歩く軍靴の音だけが、不気味に響いていた。
ゼートゥーア少将の執務室は、最低限の灯りを除いて夜の闇に沈んでいる。
部屋の主であるゼートゥーアと、その傍らで腕を組むルーデルドルフ少将。二人の怪物の視線は、入室した一人の若き魔導将校に注がれていた。
「……オルカ少尉、呼び出しが遅くなったな」
ゼートゥーアは椅子に深く腰掛け、卓上の「ダキア戦後処理報告書」をゆっくりと裏返した。
眼鏡の奥の瞳は、凪いだ水面のように静かだが、その実、底知れない深淵を覗かせている。
「まずは、今回のダキア戦だ。実に見事だったよ、少尉。貴官の現場判断、そして戦後の外交的配慮……。それら全てが、以前、私と貴官との間で議論した『仮定』のラインを完璧になぞってみせた。机上の空論を現実の戦場に落とし込むその手腕、まさに期待通りの働きだ」
ゼートゥーアの口調は穏やかだが、それはむしろ、この場が「公式」ではないことを際立たせていた。
デュオは直立不動のまま、その瞳をゼートゥーアの視線から逸らさずに応じた。
「光栄です、閣下。理論が正しければ、現実はそれに従うのみ。二〇三大隊はただ、それを証明するための手足として動いたに過ぎません」
「ふふ、謙遜もここまで来ると尊大だな。だが、その自信は嫌いではないよ」
ゼートゥーアは満足げに微かな笑みを浮かべ、言葉を継いだ。
「加えて、貴官とデグレチャフ少佐が提出した兵站と鉄道論文。あれは参謀本部の地図を塗り替えるに等しい、恐るべき成果だ。物流の最適化によって生まれた『余力』という名の武器。……それが我々に何をもたらしたか、貴官には理解できるはずだ」
「は。兵力と時間の、戦略的再分配が可能になるかと」
「その通りだ。……いいか、少尉」
傍らで彫像のように佇んでいたルーデルドルフが、重々しく一歩を踏み出した。
「今から話すことは、未だ検討段階の構想であり、公式な決定事項ではない。無論、デグレチャフ少佐を含むいかなる他者にも漏らすことは厳禁だ。他言すれば、軍機漏洩として相応の処置を執らねばならん。……それを理解した上で、君という将校の知性を信頼して、特別に話しておこう」
ルーデルドルフはデスクの地図に歩み寄り、ノルデン国境からフランソワ国境へと指を滑らせる。
その動きは、まるで巨大な獲物を仕留める猛禽のようだった。
「我々にとっての真の脅威はフランソワ共和国だ。奴らを全力で叩き潰すためには、背後の協商連合を、最も確実なタイミングで排除せねばならん。冬の厳しさを無理に押し通る必要はもはやない。その期間を、春に放つ『必殺の一撃』を研ぐための猶予とする。……いいか、よく刻んでおけ」
ルーデルドルフはデュオを真っ直ぐに見据え、最後の一撃を叩き込むように宣告した。
「我々の構想では、協商連合への決戦は――『来春』だ」
帝国軍参謀本部・二〇三大隊宿舎
翌朝。食堂の隅で、デュオはひどく重い瞼をこじ開けながら、ヴィーシャが淹れてくれた熱いコーヒーを啜っていた。
目の下には隠しようのない隈が刻まれ、その疲労感は隠しようもない。
「……おはよう、デュオ。顔、ひどいよ? 昨夜は全然眠れなかったんでしょ」
ヴィーシャが苦笑混じりに、隣に腰を下ろした。
彼女の手が自然とデュオの肩を軽く叩く。
「おはよう、ヴィーシャ。……ああ、参謀本部の相手は、最前線で対空砲火を浴びるよりよっぽど神経を削られる。あの方々の『仮定』とやらには、睡眠時間の概念が欠落しているらしい」
「あはは、お疲れ様。でも、参謀本部に直接呼ばれるなんて、また何か大きな作戦でもあるのかな?」
ヴィーシャが淹れ直したばかりのコーヒーを差し出そうとしたその時、背後から規則正しく、しかし鋭い軍靴の響きが近づいてきた。振り返るまでもなく、大隊長——デグレチャフ少佐だ。
「……オルカ少尉。朝から随分と締まりのない顔をしているな。昨夜は参謀本部の重鎮たちに、たっぷり可愛がられたと見える」
ターニャはデュオの隣で足を止め、冷徹な青い瞳でその隈を検分するように見上げた。
「お疲れ様です、少佐。ええ、おかげさまで。私の脳細胞がどれだけの過負荷に耐えられるか、ゼートゥーア閣下直々にテストをされた気分ですよ」
「ほう。それで? 貴官のその惨状を見るに、念願の後方勤務への誘いでも受けてきたか? もしそうなら、この私が閣下に直接抗議せねばならんな」
ターニャは皮肉げに口角を歪め、デュオのコーヒーカップを指差した。
「私を差し置いて、貴官だけが安全な後方で温かいコーヒーを啜るなど、軍事的合理性に著しく反する。二〇三大隊の『知覚』を奪われる損失は、帝国軍のドクトリンを書き換えるレベルの不利益だ。……貴官を後方へやるなら、せめて私の退役届が受理された後にしてもらおう」
その言葉には、冗談めかした響きの裏に、逃がすつもりは毛頭ないという執着が混じっていた。デュオは肩をすくめ、残りのコーヒーを飲み干す。
「ご安心を、少佐。残念ながら、提示されたのは後方の椅子ではなく、さらに冷え込みの厳しくなりそうな『空』への戦場の仮定の話でしたよ。 どうやら、まだしばらくは少佐の毒舌を特等席で拝聴することになりそうです」
「……ほう」
ターニャの瞳が、一瞬だけ鋭く細められた。
彼女はデュオの視線を数秒間だけ真っ直ぐに受け止めると、それだけで全てを了解したかのように、短く、鼻で笑った。
「そうか。ならば我々は、せいぜい防寒具の手配を急ぐ必要がありそうだな。無能な部下を抱えるよりは、寝不足でも現地の気温を読み違えない秀才をこき使う方がマシだ」
ターニャは満足げに踵を返した。
「さっさと目を覚ませ。どこへ行くにせよ、我々の牙が鈍っていては話にならん。三十分後に集合だ」
「……了解です、少佐」
去っていく少女の背中を見送りながら、デュオは立ち上がった。
窓の外には、重く垂れ込めた冬の雲が広がっている。
昨夜、参謀本部で示された「解答」。それが揺るぎないものとして、世界を動かし始めている。
デュオは、テーブルに残されたわずかなコーヒーの滴が、冷えて黒い染みになっていくのを静かに見つめた。その脳内に、無機質な囁きが届く。
『――Master。昨夜の会談の内容は、このまま秘匿されるおつもりですか?』
相棒の静かな問いに、デュオは内心で肩をすくめた。
(閣下たちからは、他言無用と釘を刺されているからね。……さてはて、どうなることやら。また北方行きだよ、レイジングハート)
『了解しました。機密保持を継続。北方環境下における全システムの最適化を開始します』
(ああ、頼むよ。北方の吹雪は、少佐の毒舌よりは冷たそうだからな)
デュオはコートを羽織り、一歩、外の寒気へと足を踏み出した。
その顔には、眠気を振り払うような、不敵で、どこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
ヴィーシャのデート回書いたり、誰得、ターニャとのデート回書いたりしたら遅くなりました。そして全てお蔵入りさせました。
感想でヤードポンドを憎む同志が多くて少し笑っちゃいました。
感想あると書くペース上がります。