神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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第37話:『盤上の共犯者、戦火の雪原』

 

司令部から戻ってきた少佐の足取りは、心なしか軽かった。

 

控え室の扉を開けた彼女の表情には、難解なパズルを鮮やかに解き明かした後のような、冷徹な落ち着きが漂っている。

 

俺は手元の書類を整えながら、椅子から立ち上がった。

 

「わざわざ待っていたのか?」

 

「ええ。少佐、随分とお早いお帰りですね。司令部との調整にしては、短時間で済んだようで」

 

努めて平坦な声で応じた。

 

「……まあな。私は私に期待された役割を、論理的に遂行してきただけだ」

 

少佐は満足げに外套を脱ぎ、ヴィーシャが差し出したコーヒーを受け取ると、ソファへ深く腰を下ろした。

その指先には、ようやく一息ついたような安堵が滲んでいる。

 

「世間話がてらに伺いたいのですが、会議はどのような雰囲気で? 北方の司令部は、やはり現状維持よりも前進を望んでおられたので?」

 

「北方軍が提示した非合理な冬季攻勢案の、致命的な欠陥を徹底的に指摘してやったよ。兵站、環境、戦力。どこをどう取っても、今の北方に冬を越えながら攻勢を維持する力などないことを分からせてやった」

 

少佐はカップの縁を見つめ、どこか勝ち誇ったように語った。

 

「……普通の冬季攻勢なら、確かに難しいでしょうね」

 

俺が返した言葉を、少佐は微塵も疑わなかった。

 

「難しいどころではない。第一、前線付近の軽便鉄道から二十キロ離れた瞬間、兵站は雪の中に消える。人力での物資運搬など、もはや戦争ではなく苦行だ。非合理の極みだな」

 

「わあ、じゃあ次の大きな戦闘は、雪が溶ける春になりそうですね!」

 

ヴィーシャが、春の陽だまりのような声で笑った。

だが、その声に対して俺が返せる言葉は、極めて事務的なものでしかなかった。

 

「……そうだね。もしそうなったら、いいんだけど」

 

少佐の眉が鋭く跳ね上がる。カップがテーブルに置かれる硬い音が、静かな控え室に響いた。

 

「……オルカ少尉。貴官にしては随分と、論理に欠ける玉虫色の物言いだな。帝国が私の指摘した非合理な冬季攻勢を、あえて強行するとでも?」

 

「いえ。私も少佐の仰る通り、北方軍が真正面から押し進むだけの『普通の』冬季攻勢は破綻すると考えます。補給線が維持できない以上、進軍は自殺行為です。……ただ、世の中には『普通じゃない方法』もありますので」

 

「普通ではない、だと?」

 

少佐が俺の瞳の奥を探ろうとした瞬間、タイミングを見計らったかのように扉が開いた。

参謀本部の技術部を統括する大佐だ。

全員で敬礼を捧げる。

大佐は答礼をした後、一直線に少佐の前へと進み出た。

 

「先ほどは舌鋒火を吹く勢いだったな、少佐。……おっと、部下たちの前だったか。今の話は聞かなかったことにしてくれ」

 

少佐は「職責を果たしたまでです」と答える。

大佐はそんな彼女の横顔を、値踏みするような目で見つめた。

 

「そうか。……小官も自分の職責に微力を尽くそう。では、さしあたっては冬季攻勢だな。協商連合を一閃してしまおうではないか」

 

その宣告を聞いた瞬間、少佐の動きが止まった。

 

彼女が「春季攻勢の準備ではないのか」と、震える声で問い返す。

大佐はそれを「演技は無用だ」と笑い飛ばした。

 

「貴官があの場で北方司令部の作戦を完膚なきまでに論破してくれたおかげで、参謀本部主導での『冬季攻勢』を立案できる運びとなった。閣下も、実に鮮やかな番犬だと喜んでおられたぞ」

 

「……では……ルーデルドルフ閣下も、初めから冬季を?」

 

「もちろんだ! 安心しろ、冬季攻勢の最先鋒は、貴官の第二〇三航空魔導大隊だ。期待しているぞ!」

 

大佐はそれだけを言い残すと、上機嫌で去っていった。

 

「不可能」だと断じた冬の戦場へ、最先鋒として放り込まれるという決定事項。

思考の袋小路に陥った少佐の、喉の奥で鳴るような、押し殺した息遣いが聞こえる。

 

「……オルカ少尉」

 

「はっ」

 

「……閣下への面会を願いたい。……今すぐだ。今すぐ調整しろ!!」

 

絶叫。

 

俺は一瞬だけ、胃の奥が焼けるような申し訳なさを感じた。

……だが、それ以上に軍人としての冷徹な判断が俺を突き動かす。

 

「はっ!! 直ちに調整いたします!」

 

俺は鮮やかに敬礼し、彼女の視線を振り切るように通信機へと向かった。

背中に突き刺さる少佐の沈黙が、吹雪よりも冷たく感じられた。

 

(……申し訳ないです、少佐。でも、これが最善手なんですよ。王国を、介入させないためのね)

 

受話器を握る手には、微かな熱が宿っていた。

 

 

 

 

 

参謀本部北方派遣団の臨時司令室。

その重厚な扉の前で、俺は一つ息を吐いてからノックをした。

 

「失礼します。第二〇三航空魔導大隊、デグレチャフ少佐及びオルカ少尉入ります」

 

俺が扉を開け、少佐を中へ通してそのまま下がろうとすると、奥から低く、威厳のある声が響いた。

 

「いや、オルカ少尉もデグレチャフ少佐と一緒に聞いておけ」

 

ルーデルドルフ閣下だ。

彼は椅子に深く腰掛け、紫煙を燻らせていた。

俺は「はっ」と短く応じ、少佐の斜め後ろに直立不動で控える。

閣下はゆっくりと葉巻を灰皿に置くと、少佐を見据えた。

 

「……言わんとすることは分かっている」

 

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、少佐が口を開いた。

 

「閣下、率直に申し上げますが、目下の情勢を勘案すれば冬季攻勢など無謀です。なぜ、お止めにならないのですか?」

 

直球だった。

軍の階級構造を考えれば不敬に近い。

だが、少佐の瞳には私情ではなく、純粋な戦術的合理性に基づいた焦燥だけが宿っている。

閣下は考える素振りをし、ほんの一瞬だけ俺に視線を寄越してから、再び少佐に向き直った。

 

「少佐、私は本音で話して欲しい」

 

その問いかけは、上官としての命令というより、一人の参謀将校への誘惑のように聞こえた。

普通ならここで不満をぶちまけるところだろう。

だが、俺の前に立つこの「小さな魔王」は違った。

彼女は微塵も揺るがず、淡々と、しかし鋭く言い放った。

 

「閣下、謹んで申し上げますが、私は参謀将校であります。御諮問に対してこれ以上の事を申し上げうる立場にないと思考します」

 

その背中からは、言葉以上の「罵詈雑言」が覇気となって漏れ出していた。

参謀将校としての義務感で口を閉じているが、内心では「この非合理極まりない作戦を承認した頭の中を見てみたい」とでも言いたげだ。

 

その姿は、客観的に見れば、おねだりを我慢して頬を膨らませている孫娘と、それを楽しげに見守る祖父のようにも見えた。

 

「……ゼートゥーアが高く評価するわけだ。よろしい、では本題に入ろう。オルカ少尉、あそこにある地図と模型を持ってきてくれ」

 

「はっ!」

 

指示された棚から地図と模型を机の上に広げた。

閣下は模型の一つを指先で弄びながら、問いを投げかける。

 

「問題の冬季攻勢だが、牽制作戦としてみた場合、どう評価すべきだろうか。少佐」

 

試験官のような問いだ。

少佐の指揮官としての、あるいは参謀としての真価を測っている。

 

「……ほぼ間違いなく、助攻としては完璧なタイミングであります。失礼、別の主攻を前提とした陽動という事でありましょうか?」

 

(……早い)

 

俺は内心で舌を巻いた。

自分の仮説が否定された瞬間に、次の仮説へと飛び移る。

思考の切り替えに一切の澱みがない。

 

俺はレイジングハートによって無駄なノイズを削ぎ落とされているが、この人は地頭の速度だけでここに到達している。

 

「この冬季攻勢が、複数の戦線に与える影響について評価したまえ」

 

「少なくとも、フランソワ共和国や後方諸国の目がノルデン攻防に向く事で、ライン戦線での攻勢発揮準備が誤魔化せるというメリットが……」

 

少佐が何かに気づいたように言葉を切った。

 

参謀本部はただの無謀な冬攻めを強行するほど馬鹿じゃない。

少佐が懸念している「北方の物量作戦」は、最初からやるつもりがないのだ。

脳裏に、澄んだ相棒の声が響く。

 

『マスター、仮に北方の作戦を強行した場合、帝国の兵站線は完全に破綻します。推奨行動として、即時戦域離脱。国外退避を提案します』

 

「(亡命を勧めるな)」

 

『訂正します。推奨行動は戦略的撤退です』

 

「(同じ意味だろ、それ)」

 

思わず口元が緩みそうになるのを必死に堪える。

だが、隣に立つ少佐の横顔には、一切の余裕も迷いもなかった。

 

「加えて上手くいけば、義勇軍などの敵増援をノルデンに拘束できる見通しもあるわけだ」

 

ルーデルドルフ閣下が言葉を重ねる。

 

「閣下、お言葉ですが、北方戦線に対しフランソワ共和国がラインを手薄にするほどの増援を出すとは思えません」

 

(そこまで見るか……)

 

少佐は示された利点に飛びつかない。

前提条件から疑い、論理の綻びを探し続ける。参謀としての冷徹な眼と、現場を知る指揮官としてのリアリズム。

その両輪が、彼女を怪物たらしめている。

 

「逆説的に、冬季攻勢はノルデンにおける戦略目標を担うための……陽動作戦と見るべきでしょう」

 

「続けたまえ」

 

「率直に申し上げます。敵戦力後方を扼するおつもりではありませんか? 我々に命じられたのは空挺作戦の準備。北方軍主力である種の陽動を行い、その後方に……後方に?」

 

少佐の視線が地図上を彷徨う。

 

その時、閣下がチラリと俺を見た。

この人なら気づく、そう確信しているような視線だ。俺は微かに頷いて見せた。

 

「閣下!! 敵主力が前線にひしめいている状況下にあっては、敵後方への上陸作戦は一つの解決策ではありませんか? 敵の主力を文字通り『完全包囲』に持ち込み、かつ敵の兵站線を利用して我が方の兵站問題を解決するのです。北方方面主力軍で敵を拘束し、航空魔導師による後方……」

 

彼女の指先が、地図上の一点を鋭く指し示した。

 

「そう、オース市への空挺降下! オースフィヨルドの沿岸砲台を沈黙させ、大規模揚陸作戦を敢行する。つまり、北方方面軍の冬季攻勢を、上陸部隊のための陽動となさるおつもりですか!?」

 

ルーデルドルフ閣下は深く葉巻を吸い込み、ゆっくりと紫煙を吐き出した。

 

その口元には、老獪さと満足げな笑みが浮かんでいる。

 

「……見事だ、少佐」

 

一拍の沈黙。

 

「そこまで読めるとは思わなかった」

 

閣下は葉巻を灰皿に置き、静かに問いかける。

 

「では確認しよう。――その構想を、そこの少尉から聞いたか?」

 

少佐の思考が、一瞬だけ停止したのが分かった。

そして、極めて珍しく――素で困惑した声が漏れる。

 

「……は?」

 

数拍遅れて、いつもの鉄仮面に戻る。

 

「閣下。おっしゃっておられる意味が、分かりかねます」

 

少佐の視線が、鋭くこちらへ突き刺さる。

……だが、俺は微動だにしない。表情筋を一切動かさず、ただの直立不動を貫く。

 

「それは、貴様の発意か?」

 

「はい。情勢判断から導いた、一つの合理案であります」

 

「結構」

 

短い一言。

だが、その一言だけで司令室の空気の密度が、物理的な重圧を伴って跳ね上がった。

 

「デグレチャフ少佐。貴様の隊を使う」

 

迷いのない断定。

少佐が一歩進み、鋭く敬礼を捧げる。

 

「はっ! 拝命いたします。重大任務、光栄の至りであります!」

 

声音は規律正しく張っている。

だが、ごく僅かな硬直が彼女の本音を雄弁に物語っていた。

その完璧な敬礼の奥に、一瞬だけ諦観にも似た影が差した気がした。

 

理想の安穏とした後方勤務は、またしても地平線の彼方へと遠のいたのだから。

 

だが、俺の目には、厳格な祖父が「よし、お前に決めた」とばかりに孫娘へ面倒事を押しつけている光景にしか見えない。

問題は、その「お使い」の行き先が敵陣後方ということだけど。

 

「揚陸戦に際しての先遣空挺降下だ。全軍の先鋒として、貴様の第二〇三航空魔導大隊には大いに期待しているぞ、少佐」

 

少佐の背筋が、定規で引いたかのようにさらに伸びる。

 

「……光栄の至りであります」

 

軍人としては満点の回答だ。

内心の阿鼻叫喚を鉄仮面で覆い隠す彼女の横顔を、閣下は楽しげに見つめる。

そして、その視線が静かに俺へ移った。

 

「……オルカ少尉。結果として、貴官の見立て通りになったな」

 

その短い言葉に含まれた含みに、俺の背筋を冷たいものが走る。

閣下はそれ以上の説明をせず、ただ紫煙を吐き出した。

 

少佐の呼吸がほんの少しだけ止まったのが見えた。

 

驚愕か、警戒か、それとも盤上の外にいたはずの駒が、いつの間にか自分と同じ盤面に立っていたことへの困惑か。

 

俺には分からない。

 

ルーデルドルフ閣下は、愉悦を隠さずに笑う。葉巻の火が、赤く灯った。

 

「結構。ならば払うとしよう――帝国の未来に必要な代価を」

 

窓の外では、雪が静かに舞っていた。

 

――帝国はこれより、血を代価に時間を買う。

そんな予感だけが、降り始めた雪よりも冷たく胸に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

side デグレチャフ

 

司令部を出て、薄暗い石造りの廊下を歩く。

 

先頭を行く私の半歩後ろを、オルカ少尉が規則正しい足取りで付いてくる。

 

無言。

 

だが、その沈黙が妙に鼻につく。

 

脳裏から離れないのは、先ほどルーデルドルフ閣下が放った最後の一言だ。

 

『……オルカ少尉。結果として、貴官の見立て通りになったな』

 

閣下がわざわざ個人の名を呼び、その先見性を認めるなど、あってはならない事態だ。

 

つまり――この男は、私という上官の頭越しに、直接「中央」へ自らの有用性を誇示したも同然なのだ。

 

(……非常に、不愉快だな)

 

私は歩速を緩めることなく、内心で苦い唾を飲み下す。

 

こんな「掘り出し物」を参謀本部が放っておくはずがない。

閣下たちの脳裏には、彼の名前が「使える駒」として刻まれた。

このままでは中央が彼の価値を勝手に査定し、いずれ私の手元から効率的に引き抜かれるだろう。

 

それは困る。非常に困る。

 

私の意図を即座に察し、先回りして泥仕事を片付けてくれる「便利な盾」を失うのは、今後の生存戦略において致命的な損失だ。

 

さらに言えば、もっと許しがたい問題がある。

 

中央勤務。

安全圏。

暖房の効いた執務室。

前線よりも遥かに高い生存率。

 

私を差し置いて、先にそこへ辿り着くような気配を見せている?

 

軍隊において、階級相応の苦労を飛び越えて報酬を掠め取ろうとする行為は、万死に値する背信だ。

順番が違う。

極めて面白くない。

 

「オルカ少尉」

 

「はっ」

 

私は少し後ろを向き、冷徹な声を投げた

 

「一つ、忠告しておく。……私より先に、後方へ行けると思うな」

 

私の生存戦略を乱すような「抜け駆け」は許さない。

だが、少尉は少しだけ目を丸くしてから、淡々と答えた。

 

「ご安心ください。私一人で後方へ行くつもりはありません」

 

「……ほう?」

 

私は足を止め、振り返って彼を射抜いた。少尉は表情を変えず、淀みなく続ける。

 

「少佐ほどの能力を持つ方が前線で消耗する方が、帝国にとって損失です。私が道を拓けるなら、その先頭に立つのは少佐であるべきだと考えています」

 

私は、僅かに目を細めた。

打算か、おべっかか。――いや、違う。

 

この男は、本気でそういう最適解を口にしている。

 

そして厄介なことに、その理屈は合理的だった。

 

「……つまり、自分は露払いに徹すると?」

 

「結果として少佐の生存率が上がるなら、それが最善かと」

 

(……馬鹿げている)

 

自分の価値を理解していない。

 

だからこそ、厄介だ。

 

だが同時に、妙に腑に落ちるものがあった。

こいつは、自分だけ助かろうとしているのではない。

最初から盤面に『私を含めて』計算しているのだ。

 

それが、ほんの少しだけ――不快ではなかった。

 

「そうか」

 

私は前を向き、再び歩き出す。

 

「ならば、せいぜい私を失望させるな」

 

「はっ」

 

背後から返る声は、どこまでも実直だった。

 

……まったく。

 

こういう部下ほど、手放せなくなる。

 

――少なくとも、私が安全圏へ辿り着くその日までは、絶対に手放してやるものか。

 

 

 

 





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