神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。   作:スレ主

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第38話:『凍空を裂く、ラインの悪魔と……』

 

北方艦隊司令部との調整を終え、戻ってきたデグレチャフ少佐の瞳には、一切の迷いがない。

 

全体への命令下達に先立ち、俺を含む中隊長以上の幹部は、既に少佐から個別の作戦説明を受けていた。

そこで細部を詰め、各中隊の役割は徹底的に叩き込まれている。

 

だが、その後の大隊全員を集めたブリーフィングの場において、ヴァイス中尉の立ち回りは実に周到だった。

 

少佐が地図上の峻険なフィヨルドを指し、目標となる各砲台と魚雷陣地の制圧任務を語り終えたときのことだ。

 

「これより、オース市攻略に向けた先遣降下作戦の概要を説明する。目標はフィヨルドを防護する各砲台、および魚雷陣地の制圧と破壊だ。制圧が望ましいが、困難であれば無力化、ないし徹底した機能損傷。……お前たちなら出来るはずだ」

 

少佐は淀みなく、各中隊へのタスクを割り振っていく。

 

俺たち第1中隊は反対側の「ナルヴァ砲台」。

第2中隊は「アルベルト砲台」。

第3中隊は砲台管制塔と砲台中央部。

第4中隊は魚雷発射施設。

 

「タイムスケジュールに猶予はない。降下から三十分後には、先遣の艦隊海兵魔導士が増援として到着予定だ。だが、彼らは地上からの敵増援への対処に追われる。三十分で極力全ての陣地を制圧せよ」

 

三十分という制限は、航空魔導師にとって長くはない。

だが、短すぎる時間でもない。――本領を発揮するには、十分な猶予だ。

説明が終わると、少佐が問いかけた。

 

「ヴァイス中尉、質問はあるか」

「……一点。無線封鎖の解除タイミングについて、再確認を」

 

ヴァイス中尉が、落ち着いた声で問いかける。

俺は内心で、その手際の良さに感心していた。

 

事前の会議で、中尉がこの内容を理解していなかったはずがない。

だが、あえて全員の前で聞き直すことで、聞き漏らしていたかもしれない隊員たちの記憶を上書きし、伝達事項を周知させているのだ。

 

ホウレンソウの徹底。

 

こういう細かいところに手が届く補佐がいるからこそ、この大隊は回っている。

 

「拠点制圧にしくじった場合、即座によこせ。それ以外は、友軍増援の来援まで無線は封鎖だ」

 

「敵増援はいかがなさいますか?」

 

「処理できる範囲を超えていれば泣きつけ。そうでなければ押し返せ」

 

「了解いたしました」

 

淡々としたやり取りが続く。

少佐は次に、予備の指揮権について言及した。

 

「よし。セレブリャコーフ少尉、貴官が予備指揮官だ。私とヴァイス中尉のシグナルがロストした場合、撤退を指揮しろ」

 

「てっ、撤退でありますか?」

 

ヴィーシャの顔に緊張が走る。

 

「私とヴァイス中尉がロストする時点で作戦は失敗だ。そこまで重装備の敵が出てくれば攻撃に成算がない。……全くカナリアの気分だ」

 

有毒ガス探知機代わりに鉱山へ連れて行かれる、あの鳥のことだ。

 

「では、可憐に鳴いて見せましょう」

 

ヴァイス中尉が不敵に笑って肩をすくめた。一瞬、大隊に笑いが漏れる。

 

「貴様の鳴き声など聞きたくない」

 

少佐の素っ気ない返しに、今度は明確な笑い声が広がった。

緊迫した空気のなかで、こうやってボケて空気をほぐす。

ヴァイス中尉は、本当に軍人としてのバランス感覚がいい。

 

「そして、オルカ少尉」

「はっ!」

 

少佐の視線が俺を射抜く。

 

「貴官が撤退の時の殿要員だ。一人も死なすなよ?」

 

単純明快な指示。

俺が防御能力と生存性において、大隊のなかでも特筆して「硬い」ことを踏まえた、極めて合理的な配属だ。

 

「了解!」

 

「基本的には第1中隊に配属するが、役目はどこか足りないところの増援をやってもらう。要するに何でも屋だ。……無事に帰ったら、また調理係にさせようか」

 

「賛成です!!」

 

ヴィーシャが真っ先に手を挙げ、それに続くように野太い野次が飛ぶ。

 

「また少尉のうまい飯が食えるなら、地獄からでも這い戻ってきますよ」

「しかも、大隊みんなの好きな味付けの好みまで覚えてるんだぜ、あの人は。ガチでシェフだ」

 

「……拝命しました」

 

隊員たちの揶揄い混じりの激励に、俺は短く答えた。

 

彼らは彼らなりに、この地獄のような冬季攻勢を笑い飛ばし、全員で生還することを誓い合っているのだ。

俺にできるのは、その「盾」となり、全員を連れ帰ることだけだ。

 

カナリアの旋律は、まだ始まったばかりだ。

 

これから始まる雪原の狂詩曲のなかで、ただ俺は――俺の役割を果たす。

 

 

 

 

 

 

場所:帝国軍大型輸送機

 

帝国空軍が誇る大型輸送機の機内は、エンジンの重低音と機械油の匂いが混じり合う、密閉された鉄の箱だった。

 

貨物室の両脇に並んで腰を下ろす大隊の面々は、既に魔導装具の最終調整を終え、彫像のように静まり返っている。

 

「可能な者は窓から眼下を見たまえ。北洋艦隊だ」

 

デグレチャフ少佐の通る声が、機内の騒音を割って響いた。

促されるまま、俺は小さな覗き窓から外を伺う。

雲の切れ間、極北の荒れ狂う海を切り裂いて進む、帝国の鋼鉄の群れが見えた。

 

「……壮観だな」

 

誰かの独り言が聞こえる。

重巡洋艦を筆頭に、無数の駆逐艦が波を蹴立てて突き進むその姿は、一つの暴力的な芸術のようでもあった。

一瞬、ここが戦地へ向かう機内であることを忘れ、観光客のような感嘆が大隊のなかに広がった。

 

だが、少佐はその隙を見逃さない。

 

「観光気分で見るんじゃないぞ。我ら第二〇三遊撃航空魔導大隊は、あれら全ての先鋒を務める」

 

少佐の鋭い指摘に、緩みかけた空気が一瞬で引き締まる。

 

「……だが、そう緊張するな。我々が仕損じても、後ろには海兵連隊が控えている。訓練通りに、やるべきことをやるだけだ」

 

「了解しました少佐殿!! 大隊長殿!!」

 

腹の底から響くような、統一された返唱。

少佐の言葉は、常に「自分たちは特別だが、組織の一部に過ぎない」という冷徹な事実を突きつけることで、過度な気負いを削ぎ落としてくれる。

 

その時、機内放送に操縦手の硬い声が混じった。

 

『――エンジンカット。これより滑空姿勢に入ります。護衛戦闘機隊離脱。以後、陽動のためのハラスメント任務に移行する。護衛戦闘機から発光信号確認……「白銀ニ武運アレ」。以上』

 

エンジンの振動が止まり、機内は不気味なほど静まり返った。

風を切る音だけが響くなか、少佐は窓の外、離れていく戦闘機隊へ向けて音もなく鮮やかな敬礼を捧げた。

その小さな背中に、大隊の士気がさらに一段階跳ね上がるのを肌で感じた。

 

「よろしい、総員! 対地制圧降下用意。各自、装具点検を怠るな」

 

少佐の号令とともに、隊員たちが一斉に装具の最終チェックに入る。

 

その慌ただしい動作の最中だった。

 

ふと、強い視線を感じて顔を上げると、少佐がじっとこちらを見つめていた。

 

暗い機内、補助灯の鈍い光の下で、その黄金色の瞳が俺を無言で凝視している。

 

(……なんだ? 装備の不備か?)

 

思わず演算宝珠へ手をやったが、異常はない。少佐は瞬きもせず、射抜くような視線を数秒間俺に向け続けた。

張り詰めすぎた機内の空気が、その沈黙によってさらに硬質化していく。

 

だが、少佐はそこで僅かに目を細めてほんの少し笑うと、唐突に問いを発した。

 

「オルカ少尉」

 

「はっ!」

 

「今回の宴会のメインはなんだね?」

 

俺は即座に意図を理解して、淀みなく答える。

 

「北方で獲れた魚と貝を使ったアクアパッツァの予定です。肉は豚のみですので、家庭的にシュヴァイネブラーテン――豚のビール煮にしましょう。……あとは、今回一番戦果の低かった中隊の、最高に美味いワインですね」

 

「「「……げっ!?」」」

 

案の定、各中隊長の顔が同時に引きつった。

 

「また今回もその賭けをやるのか、少尉」

 

ヴァイス中尉が、額を押さえて呻く。

 

「全く、今回はあまり戦果が取れる場所ではないというのに……」

 

ケーニッヒ中尉が不満を漏らせば、ノイマン中尉も苦笑いしながら続く。

 

「戦う前から、魚雷発射施設が山ほどあることを神に祈ることになるとはな」

 

「はっはっ! 今回は私が第一中隊を直接率いるから、私も参加だぞ?」

 

少佐が楽しげに笑い声を上げる。これにはヴィーシャも、苦笑混じりに口を挟んだ。

 

「少佐が最下位になることは……万に一つもないかと」

 

「当然だ。私に酒を奢らせたくば、死ぬ気で私以上の戦果を挙げてみせたまえ」

 

少佐の挑発的な言葉に、機内は先ほどまでの張り詰めた緊張とは違う、戦闘への「飢え」を含んだ笑いに包まれた。

 

死ぬかもしれない。

 

不可能に近い任務かもしれない。

 

だが、そんなことはどうでもいい。

 

俺たちは、いかにしてこの不条理を食い破り、勝利し、そして美味い酒を飲むか。それだけだ。

 

「さあ、諸君。宴の準備を始めようか」

 

機体後部のハッチが、重々しく開放される。

そこから流れ込んできたのは、全てを凍てつかせる北方の突風。

 

「――帝国軍、航空魔導師! 降下!!」

 

少佐の叫びとともに、銀翼の死神たちが次々と夜の虚空へと身を投げた。俺もまた、その背中を追って一歩を踏む。

 

「敵襲!!! 帝国軍空挺部隊……小隊規模!!」

「対空射撃急げ!!!」

 

眼下から湧き上がる絶叫と、夜の帳を切り裂く曳光弾。

 

降下手段に魔導飛翔ではなく、あえて「パラシュート」を選んだ理由は三つある。

 

一つは魔導反応を接敵まで隠匿し、対空火網を避けること。

 

二つめは兵科をぼかすことで、敵の対応を誤らせること。

 

三つめは、多重展開する術式をすべて防御に回し、本来危険とされる対空砲火の壁を力尽くで突破すること。

 

『対空火力、直撃コースです』

 

レイジングハートの警告と同時に演算宝珠を起動。

防殻を多層展開し、パラシュートを切り離して一気に加速する。

 

「魔導反応!? バカな!!」

「この距離で!!」

「だ、ダメだ!! ま、魔導士を呼べ!!」

 

「……もう遅いよ」

 

加速の余波で空気を切り裂き、敵陣へ真っ逆さまに突っ込む。

ここまで来たなら、あとは一気に踏み潰すだけだ。

 

「機先を制すために目立つ砲台を破壊する!! 第1中隊、射線を開けて私を護れ!!」

 

少佐の号令が飛ぶ。

対空射撃の銃口が一斉に少佐へと向くが、そのすべてを俺の防殻が、あるいは砲撃が叩き落とす。

 

「こちとら一日以上、砲弾を叩き落とし続けたことがあったんだ!!」

「蟻の一匹も通さねぇよ!!」

 

背後で、九五式に膨大な魔力が集まっていく。

ピリピリと空間が焼けつくような圧。

魔力を持たない敵兵ですら、本能的な死の予感に顔を歪めている。

 

「主の右腕は力に輝かん。見よ、主は戦士である」

 

放たれた一撃は光の柱となって巨砲を呑み込み、そのまま銃身を箒のように薙ぎ払うと、溢れ出た熱光が横一線に陣地を焼き払っていく。

 

直後、弾薬庫に引火したのか、凄まじい誘爆が夜を昼に変えた。

 

(……荒い)

 

あんな出力運用、普通の魔導師なら数分で干上がる。

速攻を意識しているとはいえ、あまりにも苛烈な消費だ。

 

「進め!! 進め!! 進めぇぇぇ!! 各小隊、白兵戦用脳内麻薬術式起動!! 陣地制圧を急げ!!! 蹴散らせぇぇ!!!!」

 

狂乱に近い咆哮。

だが直後、ヴィーシャの鋭い声が割って入った。

 

「大隊長殿!! 新手です!! 敵の迎撃部隊……レガドニア協商連合の航空魔導大隊を確認!!」

 

「望むところだ!! 一機残らず撃ち落としてやる!! 成すべきことはただ一つ、殲滅だ!! オルカ少尉!!」

 

「はっ!!」

 

「私と抽出小隊と共に敵の足止めだ!! セレブリャコーフ少尉は第1中隊の指揮を執り、制圧を続行しろ」

 

「了解!!」

 

少佐は即座に無線封鎖を解除し、各中隊長へと進捗を問う。

 

「各中隊長、無線封鎖は現刻をもって解除だ!! 進捗を知らせ!!」

 

「こちら第3中隊、砲台管制塔を占拠! これより要塞中央部の砲台を押さえます!」

 

「第4中隊は魚雷施設を攻略中!! 小型艇の反撃がありますが、攻略可能です!!」

 

「こちら第2中隊。少佐殿、一個小隊は危険です。私の隊から部隊を割きますので……」

 

「ヴァイス中尉、貴様はさっさと自分の任を遂行せよ! ……案ずるな、まともに戦おうとは思ってはいない。我らの任務を忘れるな」

 

そこで一度言葉を切ると、少佐がこちらをじっと見つめ、不敵に口角を上げた。

 

「それに……こっちには大隊最強の『イージス』がいる」

 

「っ了解! ……オルカ少尉、頼んだぞ」

 

ヴァイス中尉の信頼を背中で受け、俺は隣の少尉に向き直る。

 

抽出小隊が再編される。

少佐から第1中隊の指揮権を継承された彼女が、離脱しようとする俺を呼び止めた。

 

「デュオ、絶対に生きて帰ってきてよ」

 

彼女の瞳には、かつてないほど強い光が宿っていた。

俺は一瞬だけ、ライン戦線でのやり取りを思い出し、茶化すように笑う。

 

「ははっ、ライン戦線の時にも言わなかったっけ? 『ここでは約束できないね』って」

 

だが、彼女は一歩も引かなかった。

 

「ううん、約束して。絶対に生きて帰ってきて」

 

その真っ直ぐな意志に、俺は毒気を抜かれた。

 

かつて戦場に怯えていた少女はもういない。

それでも彼女はただただ俺の生還を求めている。

 

「……約束するよ、生きて帰ってくる」

 

喉が裂けるほど声を張り上げて突撃していた頃が、遠い昔のように感じるな。

 

「よし、抽出小隊続け!! 迎撃だ!!」

 

「了解!!」

 

俺は演算宝珠を極限まで励起させた。

 

防壁の出力を前方へ傾斜させ、空気抵抗も爆風も切り裂く「楔」へと転換する。

 

全魔力を推進力へ叩き込み、加速。

 

「敵魔導反応、ライブラリで照合……ッ、ラ、ラインの悪魔ぁ!!!」

 

オープン回線から漏れ聞こえる悲鳴。

それを聞いた抽出小隊の連中が、ここぞとばかりに囃し立てた。

 

「はっ! 大隊長殿は随分といい名前をお持ちだ!!」

「ああ! センスがいい。特に『悪魔』ってところがな!!」

「そいつについては満場一致だな!!」

 

「全く……幼げな子供につける二つ名ではないだろうに」

 

少佐は自嘲気味に笑うが、その瞳には冷徹な戦意が宿っている。

だが、敵の絶叫はそこで終わらなかった。

 

「そしてもう一人……ッ! 『北天の星墜し』を確認!! 」

 

一瞬、思考が止まった。

視界の端で、小隊の連中がニヤニヤしながら俺を見ているのがわかる。

 

「オルカ少尉の方は、随分と洒落た二つ名じゃないか!!」

「星を墜とすなんて、一体何をしたら貰えるんだよ。なぁ、少尉?」

「こりゃ、今回の宴会のいいネタになりそうだな!!」

 

「……はっ。昔のハリボテは、随分と高く評価されたらしいな、少尉」

「……みたいですね」

 

『マスター。現時点での称号と実測火力が一致しません。ライブラリの誇大評価を修正するため、再現によるデータ上書きを推奨します』

(……これから精進しますよ)

 

相棒の辛辣な言葉を脳内で受け流す。

敵は俺たちの正体に気づくと、即座にオープン回線を遮断。組織的な機動へと移行した。

 

「――ッ!? 大隊長殿、大規模術式反応!!」

 

「この距離で思い切ったことを! 敵も必死だな……避けきれん!! 受け流す、照準照射を受けているのは私だ、離れろ!! ブレイク!!」

 

『マスター。敵の攻撃規模を換算。九五式を使用した彼女の魔力残量では、受け流しは可能ですが後の継戦に支障が出ます』

 

(……つまり、お手伝いってことだな!)

 

「おい、少尉!! どこに行く!!」

「やめろ、あれは一個中隊の火力だぞ!」

 

背後の制止を振り切り、俺は加速する。

 

「オルカ少尉!? なぜ付いてきた!」

 

「せっかく『イージス』とお墨付きをいただいたのでね。いい格好をさせてください!!」

 

「全く……貴様が有能でなければ、今すぐトーチカ行きに処すところだ!」

 

少佐は不敵に笑うと、背後に肉薄した俺の体にその背を預けるようにして身を寄せた。

 

『魔力上昇。敵の斉射、来ます』

 

極光が視界を白く染める。

 

少佐と俺は同時に干渉術式を展開。

互いの魔力回転を噛み合わせ、一対の螺旋となって光の奔流へ突き刺した。

 

正面から受け止めるのではない。

 

相殺するのでもない。

 

力尽くで、流れそのものを捻じ曲げる。

 

「下に逸らせ!!」

「了解!!」

 

「「おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」

 

空間が軋む。

 

火花が散る。

 

巨大術式は悲鳴のような轟音を上げながら進路を歪め、無理やり下方へ折れた。

 

逸れた光柱が地表を穿ち、基地の一角を爆炎ごと消し飛ばした。

 

凄まじい熱量に、俺たちの軍装の袖が焦げ落ちる。

魔力が急速に削り取られる感覚。

 

だが、休んでいる暇はない。

 

『マスター、敵の秘匿回線を傍受。解析します』

 

レイジングハートが敵の意思を暴き出し、オープン回線からは狼狽した声が漏れ出す。

 

『中隊火力を正面から曲げやがったぞ、あの化け物ども……』

『大佐殿! 地上の救援に向かうべきでは――』

『駄目だ。あの化け物どもを放置できん! 頭を抑えろ!』

 

「敵は手強いぞ。指揮官はネームド級だ! 小隊各員、無理に戦うな。目的はあくまで足止めだ!」

 

敵の大佐は冷静だ。

数の暴力を背景に、じわじわと俺たちを追い詰めてくる。

味方を一人でも欠けば、状況は一気に悪化するだろう。

 

「頭を抑えられるな!! デコイを放出!! 防御膜を絞りシグネチャー反応を抑えろ!! 上昇!!」

 

少佐の指示が飛ぶが、敵の包囲網は的確すぎる。このままではジリ貧だ。

 

だとしたら――!!

 

「はっ! 考えることは同じか!!」

 

ほぼ同時に、少佐と俺は反転した。

 

「ええ、せいぜい足掻いてみせましょう」

 

俺たちは敵の大隊の真っ只中へと、弾丸のように突っ込んでいく。

 

「たった二人で向かってくるなんて……舐めやがって!! この悪魔共が!!」

 

迎撃部隊の絶叫を、一閃の魔力刃が切り裂く。

 

先行する少佐の銃剣が敵をバラバラに解体し、俺は追走する者の首を落とす。

二つの影が、一個中隊の陣形を内部から食い破っていく。

 

「この、錆銀がぁぁぁ!!!!」

 

敵のネームドクラスが、捨て身の突撃で少佐に肉薄した。

 

「私が引き付ける!! オルカ少尉は周りをなんとかしろ!!」

 

「了解!!」

 

反転し、群がる敵魔導師たちの前へ立ち塞がる。

 

「『星墜し』がこちらに向かってくる!!」

「たった一人だ、数で押し返せ!!」

 

「ちっ……!」

 

弾き飛ばしを連発し、少佐への加勢を遮断する。

だが、敵の波は止まらない。

 

『警告。このままでは2分しか持ちません。増援の到着予定時刻まで、猶予が不足しています』

 

(士気を落とさなきゃならんが……。少佐の方は、九五式を使わずに押されてる。……クソッタレ!)

 

俺は、腰の弾倉を銃に押し込む。

 

「カートリッジ!!!」

 

四発の薬莢が夜空に舞い、火花を散らして排出される。俺の回路が耐えうる最大値。

 

『セット。警告。カートリッジ・ロードを確認。すべての安全マージンを撤廃します。マスター、物理的な回路圧力に備えてください』

 

「薙ぎ払え!!」

 

『Setup... Divine... BUSTER!!』

 

視界が白熱する。とてつもない反動が全身の骨を軋ませ、内側から爆発するような熱が走った。

 

その極太の光の柱を、俺は力尽くで横へ――「薙ぎ払い」へと転換する。

 

身体中の筋繊維が、ブチブチと音を立てて断裂していく。

 

「ば、化けも……」

「防殻が抜けられ……ッ」

「うわああああああ!!」

 

三割近い敵を光の渦へ巻き込んだが――それでも敵は止まらない。残存兵力はなおも執拗に俺たちを包囲しようとする。

 

『身体損耗上昇。魔力圧力により、魔力回路を一時的に三割まで低下させます。これ以上のカートリッジ使用は、今後の魔力使用に……』

 

「それは後でいい!! 少佐の方は!?」

 

見上げれば、敵の指揮官が少佐のデコイを見破り、零距離まで肉薄していた。

銃床打撃が、無防備な少佐へ振り下ろされようとしている。

 

「レイジングハートォ!!」

 

『座標、空間、予想位置……固定。――今です、マスター』

 

そこまで見えてれば、十分だ。

 

振り下ろされる敵の腕が、空中で突如、不可視の鎖に縛られたように停止する。

 

「バインド!!」

 

一瞬の隙。少佐は即座に距離を取り、体勢を立て直す。

敵はすぐさま拘束を剥がし、こちらへ銃口を向けたが――。

 

『魔力反応。味方の海兵魔導士です』

 

水平線の彼方から、圧倒的な魔力反応が押し寄せてくる。敵はそれを見るや、雪崩を打って後退を始めた。

 

抽出小隊と合流するが、俺の心臓はまだ落ち着かない。

海兵隊が来たということは、北洋艦隊が湾内へ突入を開始したということだ。

要塞が機能していれば、艦隊は蜂の巣になる。

 

(……まだ制圧が終わってない箇所があるはずだ!)

 

少佐の表情にも焦りが滲む。

だが、その時、通信機が歓喜の報告を奏でた。

 

「こちら第一中隊、ナルヴァ砲台方面、全制圧!!」

「第二中隊、アルベルト砲台制圧完了!!」

「第三中隊、中央部の制圧を完了しました!!」

「だ、第四中隊、魚雷発射施設、残り四つ……!」

 

(あと四つか……!)

 

『白銀、生きてるか!!』

 

艦隊からの、野太い通信が割り込む。

 

「艦長!! 随分とお早いお着きで!!」

 

『魚雷発射施設四つ程度なら、こちらで対処可能だ!! 海兵魔導士、発艦!!』

 

湾内を強行突破する艦隊。

放たれた海兵魔導士の手によって、残存施設は瞬く間に爆炎へ消えた。

 

『全砲門開け!! 斉射!!!!』

 

主力艦隊の巨砲が吼え、沿岸の敵施設をことごとく粉砕していく。

 

「デグレチャフ少佐、状況は?」

 

到着した海兵隊の二個大隊が、俺たちの周囲を固める。

 

「敵迎撃部隊と交戦中でしたが、現在敵は後退中です」

「了解!! 二個大隊、少佐を援護せよ!!」

 

その声を聞いた瞬間、少佐の強張っていた肩の力がようやく抜けたのがわかった。

 

「少佐、暗号電文を」

「そうだったな……。暗号電文、『白銀ハ舞イ降リタ』。繰り返す、『白銀ハ舞イ降リタ』」

 

「……ふぅ。なんとかなりましたね、少佐殿」

「あぁ……最後は助けられたな、オルカ少尉。よくあの距離から拘束術式を当てられたな」

「あはは。……『イージス』って呼ばれましたからね。最強の盾ですから。俺の目に届く範囲なら、少佐には指一本、触れさせませんよ」

 

俺が少しおどけて言うと、少佐はふっと、見たこともないような柔らかな微笑を浮かべた。

 

だが、その笑みは一瞬で消え去り、冷徹な上官の瞳へと戻る。

 

「……ならば今後も私の側で盾となれ、オルカ少尉」

 

有無を言わせぬ、軍人としての命令。

 

「了解しました、少佐殿!!」

 

俺も即座に背筋を伸ばし、淀みなく答える。

 

彼女は再び宝珠に手を当て、全隊へ向けて宣言した。

 

「大隊諸君、ご苦労であった!! 際どいタイミングではあったが、諸君の奮戦と北洋艦隊の機転により、すべて上手くいった。――諸君!! 我々の勝利である!!!」

 

空を震わせるような、大隊員たちの歓声。

この地獄のような任務を、俺たちは乗り越えたのだ。

 

「デュオ!!」

「おっ、ヴィーシャ。そっちも臨時中隊長、お疲れさ――」

 

最後まで言い切る前に、強烈な衝撃が体を包んだ。ガッと力任せのハグ。

 

(ぐぇ、装具が当たって痛い……!)

 

『マスター、安心している所を申し訳ありませんが。カートリッジの反動で、体内の魔力回路の損傷が激しいです。即座に魔力を遮断しないと、今後の活動に支障が出ます』

 

(いや、待て! まだ俺、空の上だぞ!?)

 

『戦闘終了を確認。魔力回路、強制シャットダウンします』

 

「……ごめんヴィーシャ、また落ちる」

「えっ? ちょっと待ってデュオ、私もそんなに魔力が残って……!」

 

プツン、と演算宝珠の光が消え、浮力が消失する。

 

ヴィーシャも極限まで気を張っていたのだろう。俺の重さに耐えきれず、二人して一気に高度を落とすが、その肩を力強く担ぎ上げる手があった。

 

「全く……。ノルデンで私が助けに行った時と、何も変わらんではないか」

「……面目、ありません」

「……私も、すみません……」

 

「だが……。貴公ら二人は、今回は特に、期待以上の成果を出してくれた。本当に助かった」

 

珍しく、少し照れくさそうに呟く少佐。

俺とヴィーシャは思わず顔を見合わせた。

 

……今ここで不用意に笑い声を上げれば、この合理主義の上官は即座に「緊張感の欠如は死に直結する」と断じて、明日からの訓練メニューに殺人的な調整を加えてくるに違いない。

 

俺たちは声を出さずに、ただ静かに、大隊長からの賞賛を受け止め、少しだけ口角を上げた。

 

 

 





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