神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。 作:スレ主
「状況を説明する。敵部隊は重砲兵隊の支援を受け、我が方の防衛線を突破、侵入した。よって、これより二〇五強襲魔導中隊は、敵侵入部隊の側面に強襲をかける!」
前線の吹き晒しの指揮所に、中隊全員が顔を揃えていた。中隊長の野太い声が、地図を叩く音と共に響く。
隣では、ヴィーシャが「こんな砲弾の降り注ぐ中を……」と、顔を青くして死を覚悟したような表情で固まっている。気持ちはわかるが、戦場で迷う時間は、そのまま寿命を削ることに直結する。
俺は彼女の鉄帽を、上から強めに揺さぶった。
「飛んでみりゃわかる。空の方がよっぽど安全だぜ、ヴィーシャ」
「ほ、ホントなの……?」
「二人とも、遅れるな。しっかり付いて来い」
少尉の冷徹な号令と共に、俺たちは地を蹴り、急上昇した。
少尉が胸に下げているのは、帝国が誇る最新鋭の九五式。それに比べ、俺とヴィーシャが支給されているのは、無骨で融通の利かない旧型だ。
(RH、旧型宝珠の出力を最適化。演算ラグを予測補正で埋めろ。……機動開始!)
突撃位置までの移動だが、これがまた結構なハイペースだ。士官学校時代、速度だけは誰にも負けない自負があったが、前線の「当たり前」は次元が違う。
「……デグレチャフ少尉。セレブリャコーフ伍長が追いつけていません。少しペースを落としましょう」
「何? ……やむを得ん。速度を調整する」
「すみません……。これでも、学校じゃ次席のスピードだったんですけど」
「ふん。年季の差だな。実戦の機動力を学校の基準で測るな」
少尉が鼻で笑う。とはいえ、落とした後の速度でも学校のトップ集団レベルだ。ヴィーシャは必死の形相で、どうにか食らいついてくる。
「す、すみませんっ……!」
「学校から数えても半年も飛んでいない新兵に、この巡航速度は無理だ」
少尉は冷静だ。部下の性能を理解し、何ができて何ができないかをしっかり見定めている。無理や無茶が大きなミスを生む。それは今ではない、と彼女の目が語っていた。
本隊の列に戻ると、中隊の先輩たちがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「少尉、遅かったな」
「……はい。中尉殿、申し訳ありません」
「すいません、俺たちがもたつきました!」
俺が割って入ると、ドッと笑いが起きた。居酒屋で起きるような、暖かな笑いだ。
「ははは! 伍長たちは当分、実戦研修だな」
「……デュオは遅れてなかったのに」
ヴィーシャが小声で不満を漏らす。俺は肩をすくめて彼女に耳打ちした。
「いいんだよ。お前一人が遅れるより、新兵二人がセットで遅れる方が『ウケ』がいいだろ?」
「ウケって……」
「笑顔がないと人間、すぐに駄目になっちまうからな。……ほら、デグレチャフ少尉を見ろよ。年相応にワクワクしてるじゃないか」
「ちょっと、デュオっ!? 本気で怒られるって!」
ヴィーシャが「本当にやばいって」という顔をするが、少尉は意外にも乗ってくれた。
「まぁな。毎日がこれくらい分かりやすい掃討戦なら、いいんだがな」
暗に「今回の任務は簡単だ」と言ってくれている。上官に対する態度ではないが、こちらの意図を分かってくれているのは助かる。
「好き嫌いはいけませんよ、少尉。身長が伸びなくなりますから」
「だとしたら、被弾面積が減ることを喜ぶだけさ。……合理的な判断だろう?」
「「がはははは!!」」
中隊全員がまた笑った。
「俺が聞いた中で一番の説得力のある好き嫌いだわ!」
「今回のひよっこは随分口が達者だな。同期の嬢ちゃんにいい所見せたいだけか?」
「ちょっと先輩方、そういうのはもっと小さい声で言ってくださいよぉー」
「デュオとはそんなんじゃありませんっ!!」
「なんでも二人は昔からの幼馴染らしくて」
「デグレチャフ少尉まで!?」
中隊の雰囲気が一気に柔らかくなる。しかし、その瞬間、中隊長が鋭い声を上げた。
「ひよっこ共を揶揄うのは帰ってからにしようか」
その一言で、全員が突撃準備の態勢に入る。
「もう、皆ひどいんだから……」
頬をプクッと膨らませるヴィーシャ。よし、緊張は解けたな。
「さてと。死なない程度に、頑張りますか」
教育中に叩き込まれた突撃の姿勢を取る。
「突撃!! 我に続けぇぇぇ!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
俺たちの中隊が一斉に弾け飛ぶ。
俺も、ヴィーシャも、デグレチャフ少尉も声を張り上げる。
しかし、俺の頭の中にあるRHは、冷徹に敵の布陣をスキャンし続けていた。
「二番機、三番機、私に続け! 敵の迎撃編隊を食い破る!」
少尉の鋭い号令と共に、俺たちは加速した。
前方からはフランソワ軍の魔導師連中が、散開しながらこちらを包囲しようと動いている。
「にゃろっ……!」
(RH、敵の射線を予測。……弾道計算、完了。三、二、一、今だ!)
俺は手元の旧型宝珠に意識を叩き込んだ。
このモデルは魔力の排出効率が悪く、無理な機動をしようとすると演算宝珠が熱を持ち、処理が追いつかずに「固まる(ラグが生じる)」。
だが、俺はそれを待たない。ラグが発生する直前に身体を無理やり捻り、空中で「慣性」を先取りするように動く。
ズガァン! と、真横で爆裂術式が弾けた。
衝撃波が内臓を揺さぶるが、俺は防殻(バリア)を正面から展開するような真似はしない。
(防御術式、出力三〇%。ベクトルを「流し」に固定……弾けっ!)
本来、球状に展開して「面」で受けるはずの防殻を、俺はRHの制御で極限まで薄く、鋭い「楔形」に変形させた。
正面から受ければ一撃で魔力残量が真っ赤になる高威力弾。それを、俺の防殻は火花を散らしながら、ズルリと外側へ「滑らせて」逸らす。
「……オルカ伍長! その旧型で、よくもまあそれだけ振り回せるな!」
通信機越しに、少尉の驚きを含んだ声が聞こえた。
彼女の胸元で輝く宝珠は、俺たちのモデルをブラッシュアップした改良型だ。魔力排出部がスライド式になっており、連続使用しても熱がこもらず、演算のレスポンスが段違いに速い。
彼女はその性能を限界まで使い切り、一発も弾を掠らせず、敵の懐へ冷徹に潜り込んでいく。
「ギリギリですよっ! もうちょっと『遊び』が欲しいんですけどっ!」
俺は毒づきながら、少尉の背中を追う。
少尉は一瞬、俺たちを忘れたかのように加速し、敵の中央を文字通り「消滅」させたが、すぐに俺とヴィーシャがついてこられる速度までペースを落とした。
「の割には、飛行に支障なし、か。……いいだろう、オルカ伍長。貴官がどこまでやれるか、改めて計測させてもらった」
「……測ってたんですか。流石、抜かりないことで!」
喋りながらも、俺はヴィーシャのカバーに回る。
彼女は必死だ。恐怖で視野が狭くなり、敵の回り込みに気づいていない。
「ヴィーシャ! 二時方向、二枚来るぞ。……俺が逸らす、右に抜けろ! 撃てッ!」
「あ、う……了解っ、撃ちます!」
俺が敵の射線に割り込み、防殻で敵弾を弾き飛ばす。その隙間に、ヴィーシャがなりふり構わず放った狙撃術式が吸い込まれた。
「中隊長より各員! 敵魔導部隊は半壊した。残敵を掃討しつつ、地上の対空砲座を潰せ! 歩兵を前進させるぞ!」
「了解!!」
俺たちは、燃える空を縦横無尽に駆け巡る。
少尉の狙撃が、地上の砲座を次々と火柱に変えていく。改良型宝珠のスライドが激しく往復し、余剰魔力を美しく排熱しているのが上空からもよく見えた。
重力を無視したこの快感と、一歩間違えれば空中で爆ぜるという恐怖。
旧型の宝珠が放つ熱気が、胸元をジリジリと焦がしていたが、俺はその熱ささえ、自分がまだ生きている証拠だと言い聞かせて加速した。
「――掃討完了。各小隊、帰投せよ」
中隊長の低い声が通信機に響き、空を埋め尽くしていた魔力の火花が静かに消えていく。
俺は一息ついて、眼下を見下ろした。
つい数分前まで地獄の様相を呈していた戦場では、砲兵が耕した泥の上を、帝国の歩兵たちが蟻のように這い回り、奪還した陣地に杭を打ち込んでいる。
「今回は楽な仕事でしたね」
俺が隣を並走する少尉に声をかけると、彼女は改良型宝珠のスライドをカチャリと戻し、淡々と答えた。
「ああ。砲兵が耕し、魔導師が押し寄せ、歩兵が前進する。まさに戦術基礎理論の最初のほう、教科書通りの運用だな」
「眠くなるような話でしたが、現実に目の当たりにすると説得力がありますね」
俺たちは悠々と高度を下げていく。
地上の連中からすれば、俺たちは「空を優雅に飛ぶエリート」に見えるかもしれないが、実際は身体強化で無理やり内臓を固定し、希薄な酸素と極寒に耐えている。
魔導師になる前の初期教育でやらされた、フル装備20キロ行軍からの陣地構築……。あの時の「死んだ魚の目」をした同期たちを思い出すと、まだ空にいるほうがマシだと思えてくる。
「少尉、装具異常なしです」
「……こちらも、異常なしです」
ヴィーシャが震える声で報告を上げた。どうにか最後まで付いてこれたようだ。
「よし。なら呼集があるまで待機だ。無駄な体力は使うなよ」
少尉はそれだけ言うと、泥だらけの指揮所へと颯爽と去っていった。
その後姿が見えなくなった途端、ヴィーシャが糸の切れた人形のように、泥の上にペタンと座り込んだ。
「はぁぁぁぁぁ……終わったぁぁ……」
「随分とお疲れだな。……ほら、さっさとテント入って寝ろよ」
「うぅぅ……デュオぉ、お風呂入りたいよぉ……」
ヴィーシャが半泣きで訴えてくる。
彼女の額には、緊張と恐怖でかいた汗がべっとりと張り付き、美しいはずの金髪が泥を吸って重たそうに垂れていた。
「汗がエグいからな。お前、規定通りの服しか持ってきてないからだぞ」
「ずるいずるい! デュオ、なんで4着も替えの服持ってきてるのっ! 私なんて2着だよ、2着っ!!」
「状況把握が甘いんだよ。戦場じゃ、銃より替えの靴下とタオルの方が大事な時もあるんだ」
俺は自分のザックから、RHで「除菌・防臭」……とまではいかないが、せめて清潔に保っていた大きめのタオルを一枚、彼女の頭に放り投げた。
「ほれ。さっき一枚貸しただろ、これで二つ目だ。さっさとテント戻って体でも拭いてこい。風邪引いたら、次こそ少尉に置いていかれるぞ」
「……ありがと。デュオって、たまに本当にお母さんみたいだよね……」
「誰がお母さんだ。ほら、行け行け」
ヴィーシャはタオルを抱きしめるようにして、よろよろと女子用テントへ消えていった。
俺は自分の胸元の旧型宝珠に触れる。
熱は引いたが、まだ微かに震えている気がした。
(RH、今日の戦闘ログを保存。……旧型の限界値は分かった。次はもう少し「遊び」を作れるように術式を組み替えるぞ)
『了解、マスター。……ですが、まずはあなたも「お母さん」の言う通り、汗を拭くことをお勧めします。衛生管理は生存率に直結しますから』
「分かってるよ。……さて、俺も着替えるか」
鉄と泥の臭い、そして火薬の煙。
それらが充満する最前線での「日常」が、再び静かに始まろうとしていた。