転生者の手料理←※テストに出ます
6月最後の日曜日。
今日は百ちゃんの家で勉強会をする日だ。
私達は、とりあえず百ちゃんの家の最寄駅で待ち合わせをする事にした。
「お待たせー」
私は、ノースリーブのチャイナ風の白いワンピースを着て、ヒールが低めのパンプスを履いて皆と合流した。
「ごめん、待った?」
「いや、俺らも今来たとこ」
私が皆の前に立つと、皆が首を横に振る。
「ところでその手に持ってるの何?」
「ああこれ? ちょっとしたお土産」
響香ちゃんの質問に、私は手に持った保冷バッグを持ち上げながら答える。
駅から歩く事30分、だんだん景色が変わらなくなってきた。
更に歩く事数分…
「え、ここ……?」
「ウソだろ……どっかの大使館じゃねーの……??」
上鳴くんと瀬呂くんが呆然と呟く横で、尾白くんがスマホで地図を確認して言う。
「いや、住所はここで合ってるよ……」
「超~豪邸!!!」
三奈ちゃんが、簡素にそして素直に驚きを口にした。
私達6人の前にそびえ立つのは、門。
首を真後ろに倒させてしまうほどの高さと豪奢な造りをしている。
門に続いている塀も同じように高く、永遠に続くのかと思うほど果てしない。
響香ちゃんの眉が不安そうにしかめられたそのとき、目の前の門が開いた。
大きな門のわりにはスムーズに開かれ、よく手入れされているのがわかる。
「耳ろう様、芦戸様、上鳴様、瀬呂様、尾白様、神剱様でございますね」
開いた門の先には礼服を着た、柔らかい顔立ちをした少し小柄なお爺さんが立っていた。
七十代前半といったところだろうか。
でも腰は曲がっていなくて、背はピンと伸びて若々しい印象を与える。
「「「「「は、はいっ」」」」」
普段年長者から様付けで呼ばれる事のない私以外の5人は、慌てて返事をする。
それに応えるように、お爺さんは皺を刻みながら品よく微笑んだ。
「よくおいでくださいました。私、八百万家の執事の内村と申します。百お嬢様が首を長くしてお待ちしております」
内村さんは、私に目を向けると、にっこりと微笑んで話しかけてくる。
「神剱様、お荷物をお預かりしましょうか」
内村さんの視線は、私の持っている保冷バッグに向けられている。
……もしかして、暑い中食べ物を持ってるから、食べる前に悪くならないようにって事かな?
「……じゃあお願いします。これ、お菓子です。後で皆で食べるかと思って作ってきたんですけど…」
「かしこまりました。後ほど、お茶と一緒にお出し致します」
私が保冷バッグを渡すと、内村さんはにこやかにバッグを受け取る。
「さ、どうぞこちらへ」
「「「「「は、はいっ」」」」」
私以外の5人は、ぎくしゃくと内村さんのあとについていく。
「皆緊張しすぎじゃない?」
「神剱さんが緊張しなさすぎなんじゃない…?」
「そう? わたしの家にもお手伝いさんがいるからかな」
私も、尾白くんと小声でそんな会話をしながら歩く。
「執事! 本当にいるんだね、執事!」
「執事がいるってことは、もしやメイドさんもいるんじゃねえ!?」
小声ながらも興奮を抑えきれない三奈ちゃんの言葉に、上鳴くんも小声で同意する。
「はい、おりますよ」
内村さんは二人の会話に、にこやかに答えた。
優しい執事さんで良かった……
森と思うような美しく手入れされた広大な庭を抜けたところに現れた家に、私達は改めて圧倒された。
大使館どころの話ではなく、城だった。
もう一度門の外に戻ってここは日本かと確かめたくなるような、立派な西洋建築が威風堂々と建っている。
「いらっしゃいませ」
そして通された玄関ホールで私達を待っていたのは、多勢のメイド達だった。
皆がなんと挨拶をしたものかと戸惑っていると、ホールの奥から小走りでやってくる女性がいた。
「まぁまぁいらっしゃい……! いつも百がお世話になって……百の母でございます」
「あっ、こんにちは」
私達を前にふわりと笑う顔は、百ちゃんを大人にし、やわらかくしたような印象だ。
「こんなにたくさんお友達がいらしてくれるなんて、とても嬉しいわ……あら、あなた」
「え」
百ちゃんの母親にじっと見られて、響香ちゃんは思わず自分の服を見た。
襟ぐりの大きな肩出しTシャツに、革パン、手首には革に鋲のついたブレスレット。
似合ってるけど、お嬢様の家に着て行く格好じゃないよね……
なんて考えていると、百ちゃんの母親が口を開く。
「あっ、百は今、講堂で準備をしておりますの。さっそくご案内いたしますわね」
「それでは……」
「いいわ、じいや。私が」
百ちゃんの母親は内村さんにそう言うと、「どうぞこちらへ」と私達を案内するように家の奥へ進んでいく。
私達はゆったりとした歩みについていきながら、しげしげと家の中を見回した。
花と植物の描かれた壁紙に、大理石の床。
廊下の壁にはどこかで見たことのある絵画や壺が飾ってあったり。
「ベルサイユ宮殿だ……行った事ないけど」
「だな……行った事ないけど」
「同意だよ……」
そんな会話をする男子達。
私も初めて前世を思い出して自分の家を見た時はこんな感じだったな。
するとその時、三奈ちゃんが感心したように言う。
「ここがヤオモモんちなんだねー。そりゃお嬢様だわ!」
「ヤオモモ?」
三奈ちゃんの言葉に、百ちゃんの母親が振り返る。
響香ちゃんはあわてて口を開いた。
「あっ、ヤオモモはヤオモモの……じゃなくて、えっと百さんのあだ名っていうか」
「まぁ、百はあだ名で呼ばれているのね! ヤオモモ……ヤマモモみたいで可愛らしいわ。私もつけてもらいたいくらい」
「それじゃ、ヤオモモのママだから、ヤオママだ!」
「私のあだ名? 嬉しいわ、ヤオママと呼んでくださらない?」
「ヤオママー!」
「はーい」
無邪気な三奈ちゃんの提案に、百ちゃんの母親は言葉どおり嬉しそうに笑う。
「どした? 下ばっか見て」
上鳴くんに声をかけられ、響香ちゃんは顔を上げる。
「……うっさい。別に、きれいな廊下だなって思っただけ」
「あ~、だよな。夏とかここで転がりてえよな。涼しそう」
「転がりたくはない」
「あっ、なんだよー」
能天気そうな上鳴くんの顔に、響香ちゃんはふっと小さく息を吐いた。
「あんたが一番がんばんなきゃいけないんだからね。なんせクラス最下位なんだから」
「……言うな、言うな。みなまで。すべては八百万先生にかかっているんだからよ」
「ヤオモモにすべてを託すな」
「だから、みなまでだって言ってんだろー」
それから少しして、やっと私達は講堂に着いた。
講堂というだけあってさすがに広い。
その片隅に長いテーブルと椅子が用意されていた。
「百、お友達をお連れしましたよ」
「みなさん、ごめんなさい。お出迎えもせず……さっきまでどの参考書がいいか迷っていましたのっ」
講堂で待っていた百ちゃんは、伊達眼鏡をかけ先生仕様だ。
形から入るタイプなんだなぁ。
上気した頰とキラキラとした目が、今日の日を心待ちにしていた事を物語っている。
「それじゃ、私はこれで……あとでお茶を持ってまいりますわ。百、しっかり教えて差し上げるのよ」
「はい、お母様」
扉を閉め百ちゃんの母親が出ていくと、響香ちゃんはホッと安堵のため息をついた。
そんな響香ちゃんには気づかず、八百万は鼻息荒く私達に声をかける。
「さっ、おかけになって。さっそく勉強を始めましょう!」
「わたしも協力するよ」
「おー!」
「よろしく」
「頼むぜ、八百万先生! 神剱先生!」
「先生方の肩に、俺の林間合宿がかかってんだ……!」
「だから託すなっての」
皆からの期待に、百ちゃんは感動に打ち震えながらしっかりと答えた。
「任せてください! 必ずみなさんのお役に立ってみせますわ……!」
かくして、勉強会は始まった。
……のはいいものの。
「あーもう、全然わかんない!!」
「えっ?」
私が物理基礎の熱力学の範囲を説明していると、三奈ちゃんが頭を抱えながら叫ぶ。
すると響香ちゃん、尾白くん、瀬呂くんも気まずそうに私から視線を逸らしながら口を開く。
「ごめん…それ、ウチも思った」
「俺も……」
「神剱さぁ…肝心なとこ端折って説明するからわかりにくいんだよな。何つーか、わからないってのがわからないって感じ」
「ぅぐ……!!」
三人に言われた私は、思わず口を噤んで黙り込む。
瀬呂くんの指摘は、的を得ていた。
転生者特典で天才的な頭脳を貰った私は、問題を見ただけで瞬時に解法が思いついてしまうのだ。
だけど、思いついた解法をそのまま回答用紙に書き写しているだけだから、私自身もなんでその答えになるのかあんまり分かってなかったりする。
そんな私を見かねてか、百ちゃんが微笑みながら話しかけてくる。
「あの…神剱さん。サポートはもう大丈夫ですから、ご自分のお勉強をなさってくださいな」
「…………」
百ちゃんに遠回しに「用済み」と言われた私は、端の席で大人しくしている事しかできなかった。
「なるほどねー、こうやって解けばよかったんだ」
「ええ、耳郎さん。一見こちらに引っかかりそうになってしまうんですけれど、きちんと問題を見れば大丈夫ですわ」
「さすがヤオモモ、すっごくわかりやすい!」
「まぁそんな……」
響香ちゃんが素直な感想を口にすると、百ちゃんは嬉しそうに頰を染める。
「ヤオモモせんせー! この英語の訳、どうすりゃいいのー?」
「ちょっとお待ちになって、芦戸さん……あぁここはですね……」
百ちゃんが立てた勉強プランは完璧で、それぞれの学力に合わせた問題まで用意してくれていた。
それぞれのウィークポイントの傾向と対策。
懇切丁寧なわかりやすい教え方。
初めは豪邸という環境になかなか慣れなかった皆も、百ちゃんの教え方にきちんと勉強に集中することができていた。
三奈ちゃんも、林間合宿で肝試しをするんだと猛烈に集中している。
「う……頭が破裂するぅ~……」
だけど上鳴くんは、既にいっぱいいっぱいになってしまっていた。
「xとyがイオン結合して……助動詞がシュメール人とクラウン・ショック……」
「あ、もうしてるわ、破裂」
電気も放出していないのに、アホ面になりかけている上鳴くんを見て左隣の響香ちゃんが言うと、右隣の瀬呂くんが励ます。
「しっかりしろよ! 林間合宿行くんだろ?」
「そうだよ、相澤先生も言ってただろ。もし赤点とったら林間合宿行けないどころじゃなく、学校で補習になっちゃうんだからさ」
「あああああ~……! 誰か……誰か俺の頭を交換してくれえ!」
同じく励まそうとした尾白くんの言葉に、上鳴くんは爆沈する。
その様子に尾白くんは「なんかごめん……」と申し訳なさそうに謝った。
「上鳴さん……では、そろそろ休憩を入れましょうか。適度な休憩を挟んだ方が効率も上がりますしね」
そう言うと百ちゃんは、扉の外に向かって「じいや」と呼んだ。
するとすぐに扉を開けて内村さんが入ってきた。
「お茶の用意をお願い」
「ただいま」
えっ、もしかして、ずっと待機してたの……?
なんて驚いていると、今度はメイド達がワゴンでお茶とお菓子を持ってくる。
見るからに高級そうなティーセットがスッと用意され、熱い紅茶が注がれる。
湯気とともにふわりといい香りが漂った。
休憩を邪魔しないように配慮してか、内村さんとメイド達は給仕を終えると静かに講堂を出ていく。
「さ、皆さん召し上がって」
百ちゃんの声を合図に、皆いったん勉強の手を止め、そっと紅茶に口をつける。
「メイドさんが淹れてくれたお茶……」
「ん、ホッとするぅ~」
ほへえ ~と脱力する上鳴くんと三奈ちゃん。
響香ちゃんは優雅に紅茶を飲んで息をつく百ちゃんに聞いた。
「ハロッズ? だっけ」
「ええ、勉強の時はこのブレンドされたものを愛飲しているんです。産地が違うそれぞれのフレーバーが複雑な渋みを醸し出して、疲労した脳をリラックスさせつつリフレッシュさせてくれる感じがして……」
「よくわかんねーけどうまい」
「普段、あんまり飲まないけど紅茶もいいねー」
瀬呂くんと尾白くんもどうやら気に入ったらしい。
「あ、こっちはわたしが作ってきたトフィー。お茶に合うといいんだけど」
私は、お土産に持ってきたトフィーを皆に勧めた。
バターと砂糖を溶かして固めた、イギリス発祥のお菓子だ。
皆は、私が作って持ってきたトフィーを口に放り込んだ。
「うっま!! 何だこれメッチャ美味え!!」
「甘えし美味え!」
「紅茶に合う〜!!」
「美味っ……!」
「香ばしい…!」
大好評だった。
私の作ってきたお菓子には、さっき私を用済み扱いした百ちゃんも……
「素晴らしい特技をお持ちですのね、神剱さん!」
「え、まあ……」
百ちゃんが目を輝かせながら話しかけてくる。
そんな皆を見て、私は心の中でほくそ笑んだ。
私が持ってきたトフィーはあっという間に無くなり、未奈ちゃんが、トフィーと一緒に出された茶色いクッキーに目を向ける。
「このクッキーもおいしそ~」
「こっちのクッキーも神剱の?」
「いや、そっちは違う」
「じゃあヤオモモん家のだ!」
少し形が歪な気もするけど、きっとお高いクッキーに違いないと思いながら、口に放りこんだ。
百ちゃんは、にこにこ見守っている。
やってくるのは滋味深い甘さに違いない──と、期待していた舌がまず最初に感知したのは、複雑な苦みだった。
「………?」
予期せぬ味に、思わず首をかしげる。
なんか、えぐくて辛くてしょっぱいような……
なんか口の中がピリピリする……
………うっわ、なんだこれ!?
生臭っ!?
「っ……!!」
まっっっず、なんだこれ!?
おえっ、まっっっっっず!!
これがセレブの味……なわけあるか!!
もう『
「どうかなさったの? 皆さん……」
吐き出すのをこらえるために口を押さえたり、青ざめたり、脂汗をかきはじめたりした私達の様子に、百ちゃんが気づく。
私は咄嗟に、紅茶でクッキーを胃の中に流し込んだ。
「もしかして、お口に合いませんでした……?」
「……い、いやあ、そんな事……」
「セレブのクッキーって、すごいね……」
何とか口を開いた尾白くんと三奈ちゃんに、百ちゃんは恐る恐るクッキーを摘んで口に入れた。
「───!?」
次の瞬間、百ちゃんの顔が衝撃に歪んだ。
「ちょっ……失礼しますわ……っ」
口を押えながら慌てて出ていく百ちゃん。
残された私達は、足音が遠ざかってからクッキーの不味さに打ち震えた。
「うわ~、まだ味が残ってる ~!」
「もはやクッキーじゃねーな……兵器だったな」
「おえっ、ぎぼぢわるい……お゛え゛え゛……」
味を流そうとゴクゴク紅茶を飲み干す三奈ちゃんに、訝しそうにクッキーを眺める上鳴くん。
私も思わずその場で口を押さえてえずいてしまった。
「でも、これ眠気覚ましにはいいよね。一発で目が覚める」
フォローするように言う尾白くんに真剣な顔で諭す瀬呂くん。
「その前に、もう一回食べる勇気で目が覚めるぞ」
響香ちゃんも紅茶を飲み干してから、扉を見つめた。
「ヤオモモも不味かったのかなー? 慌てて出てっちゃったけど……」
「ま、すぐ戻ってくんだろー」
しかし、その上鳴くんの言葉とは裏腹に、百ちゃんはなかなか戻ってこなかった。
「ちょっとウチ、トイレ行ってくる」
「あ、私も行くー! 飲みすぎたー」
「わたしもー」
立ち上がった私達が扉を開けると、メイドさんが一人待機していた。
何か用があった時の為に控えていてくれたのだろう。
トイレの場所を聞くと、「こちらです」と案内してくれる。
長い廊下を曲がりくねり、我慢が限界に達しそうな頃、やっとトイレに辿り着いた。
「ふぁ~、間に合った~」
「広いと大変だなー」
出すもの出してスッキリして、手を洗って出てきた私達は、ふと足を止めた。
「……あれ? どっちから来たんだっけ?」
「ん~……?」
右と左、どっちを見ても、長い廊下が続いている。
道案内してくれたメイドさんはもういない。
トイレ前で待機しているとのメイドに、気恥ずかしかった響香ちゃんが帰りは大丈夫ですと言って戻ってもらったのだ。
「……とりあえずこっちっぽくない? 行ってみよ」
「あっ、ちょっと」
「待ってよ三奈ちゃん」
少し考えた三奈ちゃんは、直感で右に歩き出した。
それに続けて、私と響香ちゃんも歩き出す。
左だったような気がするけど……まあいいか。
そんな事を考えながら歩いていると、案の定道に迷ってしまった。
「やっぱ、メイドさんに待っててもらえばよかった……」
「ま、歩いてればそのうち着くって!」
眉をわずかに寄せて落ちこむ響香ちゃんに、三奈ちゃんはあっけらかんと笑う。
「こんな機会めったにないじゃん!? 講堂探しながら探検しよー!」
「ええ?」
「たんっけん♪ たんっけん♪」
「ちょっ、待ってって芦戸」
スキップでもするように楽しげに歩く三奈ちゃんとは対照的に、響香ちゃんは呆れ気味に三奈ちゃんのあとを追いかける。
「ねー、あとでヤオモモの部屋も見せてもらおーよ」
「あぁうん……」
しっかし、さっきから同じような景色だな…
何、この家迷路?
「……ねえ、ウチの服、変かな」
「服? カッコかわいいよ!」
「……うん、響香ちゃんに似合ってると思う」
この場に合ってる服だとは思わないけど。
「……ん? ライブラ……あ! ここ図書室だって!」
ひときわ大きい扉のプレートを見て「へえ ~!」と珍しそうに声をあげる三奈ちゃんを見ながら、響香ちゃんは小さく息を吐いた。
「耳郎様、芦戸様、神剱様、こちらにいらしたんですね」
「あ、執事さん……」
後ろから声をかけられて、振り向くといつのまにか内村さんがやってきていた。
「申し訳ありません。ちゃんとご案内するように申し付けておいたのですが……」
「あっ、ウチが戻ってくださいって言っちゃって」
「なんか恥ずかしかったから……ね」
「しかし迷わせてしまったのは私どもの責任です。大変申し訳ありません」
「全然大丈夫だよ! 探検できておもしろかったし」
「それはそれは……では講堂の方に……」
そう言うと、内村さんは少し考えこんでからまた口を開いた。
「講堂に戻る前に、百お嬢様の元へ参りましょうか」
そうして内村さんの後をついていくと、なにやらうっすらと変な匂いが漂ってきはじめた。
歩いていくにしたがって、その匂いは濃くなっていく。
うわ、くっさ。
「うう、これなんの匂い!?」
我慢できず鼻をつまみながら声をあげた三奈ちゃんに、内村さんは足を止め、振り返った。
「……さきほどのクッキーの匂いでございます」
「え? あのクッキー?」
「どうぞあちらへ……」
内村さんは私達に先へ行くよう促す。
戸惑いながらも、何となく足音を忍ばせて私達は突き当たりにあるだろう目的地へ進んでいく。
「……お母様、それもちょっと……やめておいた方がよろしいのでは……?」
「まぁどうして?」
聞こえてきたのは八百万母娘の声だ。
私達は、そっと中をのぞく。
「流石に青魚とチョコレートは合わないのでは……」
「でもね、百。青魚に含まれている油は脳にいいのよ? それにカカオも。大丈夫よ、牡蠣と一緒にミキサーにかけてしまえば魚の形は残らないわ。さっきのクッキーにも入れたけれど、わからなかったでしょう?」
そこは厨房だった。
本格的な設備はレストランのものと変わらない。
平台を前に二人が話している。
二人の前には、新鮮そうな魚や、キャベツやほうれん草、ナッツ類に、香辛料などなど、さまざまな食材があった。
話の内容からすると、どうやらさっきのクッキーは百ちゃんの母親…ヤオママさんのお手製らしい。
「……ヤオママ、料理は苦手みたいだね~」
「コーヒーとめんつゆ間違えたことあるって、前百ちゃんが言ってたよ…」
「「まじか……」」
私が言うと、三奈ちゃんと響香ちゃんが顔を引き攣らせる。
私達に見られている事など気づかず、百ちゃんは言いにくそうに続けた。
「……ですが、その生臭さは……その、お母様はお気づきになりませんの……? この匂い……」
「え? あぁ、そういえばしばらく前から何も匂わないの。いつのまにか鼻風邪でもひいてしまったのかしら?」
それって鼻が麻痺してるんでは……?
「……では、少しお休みになられたほうがよろしいのでは」
「いいえ、休んでなんかいられないわ。私はこのクッキーを作らなくては。だって、百のお友達の期末テストのためですもの! 赤点をとっては、林間合宿に行けないのでしょう? 百はお勉強のサポートを、私はせめて、この脳を活性化するクッキーでサポートしたいのよ。せっかくのお勉強会ですものね」
あっ……
そういえば、脳にいい食材ばっかだな。
「お母様……お気持ちは、その、とてもありがたいのですけれど……」
「大丈夫よ。さっきはお塩とお砂糖を間違えてしまったけれど、今度は間違えないわ。それに緑茶を入れると匂いがきっと中和されるはずよ。それよりカレー粉のほうがいいかしら? あ、両方入れてしまえばいいわね!」
えぇ………
いや、気持ちはありがたいんだけど正直ありがた迷惑……
「ヤオママ、優しいね!」
「……うん」
「だね」
私達が頷くと、百ちゃんが三人の存在に気づいた。
「お三方、どうしてこんなところに」
「私がご案内しました」
内村さんがやってきてそっと頭を下げる。
「お三方、その、あのクッキーは無理しなくてけっこうですから……」
百ちゃんが私達にそっと耳打ちする。
百ちゃんは百ちゃんで、お母さんを傷つけたくないらしい。
「……大丈夫。まぁ……独特の味だけど、食べたら頭良くなりそうだし」
「うん! 勉強はかどりそうな味!」
「確かにね……よく目が覚めた」
「上鳴にいっぱい食べさせた方がいい」
目を丸くする百ちゃん。
私達の言葉を聞いたヤオママさんは、満面の笑みを浮かべた。
「それじゃ、これも急いで焼き上げますわね! 上鳴くんには、特別に大きなのを用意しますわ」
「それがいいです」
そう答えた響香ちゃんに、ヤオママさんはとりかかろうとした手をふと止めて、響香ちゃんの服装をまた見つめた。
気づいた響香ちゃんは、居心地悪そうに身を捩る。
でも…
「……やっぱり素敵ですわ、その服」
「え?」
響香ちゃんは思いがけない言葉にきょとんとヤオママさんを見た。
「ごめんなさい、まじまじと見てしまって……昔ね、一つ上の先輩がバンドを組んでいらしたの。その方の服装に似ていたものだから、さっきもつい見つめてしまって……」
「お母様、女子高でしたわよね?」
「ええ、ボーイッシュでみんなの憧れの先輩だったわ。私も真似したかったのだけれど、どうしても似合わなくて……あぁ懐かしい」
少女のように頰を染めるヤオママさんに、響香ちゃんは「……なんだ」と拍子抜けした。
「ごめんなさい、耳郎さん。もしかしてお気を悪くなさった……?」
心配そうに見つめてくる百ちゃんに、響香ちゃんは笑った。
「ううん、逆」
「逆? ですか?」
「うん。悩んで損した」
響香ちゃんは、安心したように笑みを浮かべる。
不思議そうに首をかしげる百ちゃんの後ろで、ヤオママさんが「そうそう」と思い出したように声をあげた。
「忘れるところでしたわ、ケーキも用意してありますの」
そして大きな冷蔵庫から取り出したケーキに、私達は目を見張る。
美しくデコレーションされたチョコレートケーキだ。
「わぁ、キレイ……」
「美味しそう……」
「これ、ヤオママが作ったのー!?」
「いいえ、うちのシェフに頼んでおきましたの。味は保証しますわ」
その言葉に、百ちゃんが安堵したように肩をおろした。
「……では、このケーキを食してから、もうひと頑張りしましょうか」
「おー! がんばるー!」
ケーキにわかりやすくテンションが上がった三奈ちゃんがぴょんっと跳ねるのを見て、百ちゃんと響香ちゃんが顔を見合わせ苦笑する。
その様子を、ヤオママさんと内村さんが微笑ましく見守っていた。
「あいつら、勉強してんのかなー?」
「していていただかないと困りますわね。特に上鳴さんは……」
「絶対、だらだらサボってるよ~」
ケーキの用意より先に、私達は講堂へと戻った。
「ね、驚かせちゃおーよ!」
三奈ちゃんの提案で扉をそっと開いた女子達は、これまたそっと中を覗く。
中ではだらだらしている様子はなく、意外にも何事か真剣に話し合っていた。
「……K計画の勝負は一瞬だ。一瞬で全てが決まる」
「いや、でも問題は音だと思うよ。流石に気づかれるって」
いつになくシリアストーンの上鳴くんの言葉に、眉を寄せて答える尾白くん。
「……こういう時のためのサポート科じゃねえ? 音が出ないような、アイテムを作ってもらうんだよ」
「音が出なくなるのは、確かにいろいろ便利だな……」
上鳴くんの提案に、まんざらでもなく考えこむ瀬呂くん。
まるで
「……いったい何の話をしてんだ? あいつら。K計画……?」
「新しいコスチュームの事??」
「なんだろうね……」
「なんだか、入りづらい雰囲気ですわね……」
ヒソヒソと話す私達にも気づかず、上鳴くん達は話し合いを続ける。
「まず課題は瀬呂のテープを出す音の無音化だろ。そして俺と瀬呂のタイミング……そしていざというときのため、証拠隠滅に芦戸の“個性”の酸も欲しいな。いや、いっその事神剱に頼んで消音と証拠隠滅ができそうな剣を創ってもらうってのは…!?」
え……? わたし…?
今までの話の内容からすると、上鳴くんが瀬呂くんの“個性”のテープを使って、何かをしようとしているらしい。
しかも、証拠を隠滅しなければならない何か。
なんて考えていたその時、上鳴が自信満々に頷きながら言った。
「よし、俺はこれで林間合宿に行ける……このK計画……カンニングがうまくいけばな……!」
「はぁ!? 何を仰ってますの、上鳴さん!!」
「ゲッ!? ヤオモモ!?」
思わず叫んだ百ちゃんに、男子が気づいて青ざめる。
瀬呂くんのテープに答えを書いて、テストの時にサッと伸ばしてカンニングするつもりだったのだろう。
「証拠隠滅ってなによー! 私と芽華にもカンニングの片棒担がせるつもりだったの!? サイッテー!!」
「そうよ!」
「アホじゃなくドバカだな。つーか、尾白も瀬呂も乗ってんなよ」
「面目ない……」
「上鳴があまりに真剣だったから、つい……」
それぞれに詰め寄られて、上鳴くんは涙目で訴える。
「だって、これ以上頭入んねーんだもん!! そしたらもうカンニングしかねーと思って……!」
「上鳴さんっ、あなたはカンニングして雄英に入ったのですかっ?」
「ち、違う! ギリギリだったかもしんねーけど、そこは正々堂々受験したぜ!」
必死に訴える上鳴くんを、百ちゃんは真剣な眼差しで見つめた。
「……なら、今回だってできるはずです。あなたはやればできる人です。私はそう信じています……!」
「……八百万先生ぇ……!!」
百ちゃんの慈愛あふれる先生オーラが、上鳴少年の荒んだ心の氷を溶かした。
茶番のような展開を呆れた顔で見ていた響香ちゃんだったけど、上鳴くんはすっかり改心したようで涙を拭い机にむかった。
「俺、がんばるよ、先生!」
「その意気ですわ、上鳴さん!」
「そうだ、一緒にがんばろうぜ!」
「頑張って、上鳴くん」
「みんなで林間合宿で肝試しだ!」
「とりあえず、赤点回避だね」
勉強会はまだまだ続く。
響香ちゃんは自分なりの励ましをしようと、ヤオママさんが作ってくれたクッキーをつまみ、上鳴くんの口に放りこんだ。
もう少しすれば、甘いケーキがやってくる。
☆破滅まで、残り55日───
転生者が国内最難関のはずの雄英のテストで満点を取れる問題について、作品の中で答えを出してみました。
転生特典で脳内にカンペが浮かび上がる仕様になっていて、脳内カンペを書き写しているだけだとしたら、頭の悪い転生者でも雄英のテストで満点取れるのも納得いくんすよね。