私の名前は神剱刀華。
私の娘、芽華の話をしましょう。
「おめでとうございます…!! かわいい女の子ですよ!」
16年前の少し蒸し暑い日、30時間を超える難産の末に、私は女の子を出産した。
私に似た白銀の髪と、夫譲りのブルーの瞳を持った可愛らしい女の子だった。
「よく頑張ったな、刀華…!!」
「あなた…」
産声を上げる娘を抱く私を、夫が涙ぐんだ目で見つめる。
夫の銘慈さんとは、お見合い婚だった。
夫も由緒正しい家の生まれで、話しているうちに意気投合して、そのまま結婚に至った。
私達は、性格も、趣味趣向も、“個性”も、相性最高だった。
エネルギーを溜め込んで自在に操れる夫と、エネルギーを増幅する宝刀を生み出す事ができる私。
まさに最高のパートナーだった。
私は、夫と結婚してすぐに彼の子供を妊娠して、翌年の6月に出産した。
私達は、生まれてきた娘に芽華と名付けて可愛がった。
娘が生まれてからは、毎日が幸せだった。
「あなた、芽華が立ったわ!」
芽華が初めて立った日。
「ぱ、ぱ」
「刀華! 今、芽華が『パパ』って言ったぞ!」
芽華が初めて私達を呼んでくれた日。
今でも鮮明に覚えている。
芽華は、とても頭のいい子だった。
大人でも難解な化学や物理学の本や論文を好んで読み、教えた事はすぐに覚えて理解できた。
そして、とても優しい子だった。
「ママ、だっこして」
ある日、秋の花が咲く庭で芽華を遊ばせていたら、芽華が抱っこをしてくれと何度もせがんできた事があった。
抱っこしてあげたら、「もっと高く」とせがんできた。
「…こう?」
芽華を頭の高さまで持ち上げると、芽華は私の髪に何かをつけた。
それを見て実田さんがニコニコ笑いながら鏡を差し出してくるので、鏡を見ると、私の髪には孔雀草の小さな青い花がついていた。
ふと芽華を見ると、芽華はふにゃりと笑顔を浮かべた。
「プレゼント」
「まぁ、ありがとう芽華」
私がお礼を言うと、芽華はキャッキャと笑い声を上げて喜んだ。
すると、カメラで写真を撮っていた夫が歩み寄って話しかけてくる。
「おっ、綺麗な髪飾りつけてるな」
「あのね、芽華がプレゼントしてくれたの」
「芽華は優しいな。ママすっごく喜んでるよ」
「えへへ、パパにもあげる」
「おぉ、ありがとう」
芽華は、夫には白い蔓薔薇の花をプレゼントした。
あの子が初めて私達にくれたプレゼントは、今でも大切な宝物。
「あのね、盾平くん、とってもやさしくってね、オールマイトみたいなんだよ」
「芽華は本当に盾平くんが大好きなのね」
「うん! わたし、大きくなったら盾平くんとけっこんする!」
「おいおい、パパ寂しいぞぉ」
3歳の誕生日を迎えてすぐ、芽華にも好きな人ができた。
芽華と同い年の幼馴染みの盾平くん。
盾平くんのご両親とは家族ぐるみのお付き合いをしていて、もう少し大きくなったら芽華と盾平くんを同じ学校に通わせてあげよう、なんて話をしていた。
今までみたいに甘えてくれなくなると思うと少し寂しかったけれど、盾平くんの事を話す芽華はとても幸せそうだった。
愛する夫と、愛する娘と一緒に送る日々は、私にとって何より幸せだった。
芽華が3歳の誕生日を迎えてしばらく経った、あの日までは。
「わぁぁ、見てあなた! 芽華が“個性”を使ってるわ!」
「本当だ、今日はお祝いだな!」
ある秋の日、芽華が手からプラチナのように輝く花鋏を出した。
それだけじゃなく、芽華の髪や瞳はローズピンクになっていて、芽華の周りには色んな種類の花が咲いていた。
それは、夫が使う花の魔法と同じだった。
だけど“個性”を初めて使って疲れたのか、芽華はそのまま熱を出して寝込んでしまった。
3日間高熱を出して魘されていた芽華だったけれど、4日目の朝、今までの高熱が嘘のように熱が引いて、元気になった。
娘の回復を喜ぶ反面、芽華の様子がどこかおかしいとも感じた。
芽華は、鏡に映った自分の姿を見て、しばらくポカンとした表情を浮かべていた。
「ホントにヒロアカ世界に転生してる!! やったぁぁぁ!!」
芽華は突然、わけのわからない事を言い出した。
「さすがアニメのキャラ、メッチャ美人」だの、「金持ちの家じゃん、ラッキー」だの、普段の芽華なら出て来ないような言葉がポンポン出てきた。
その時は流石にギョッとしたけど、この状況に納得できる理屈が思い浮かばなくて、熱のせいでまだ頭がぼんやりしているのかもしれない、というお世辞にもよくできたとは言えない推論で片付けてしまった。
だけど今思えば、これが全ての始まりだったのかもしれない。
芽華が目を覚ましてすぐ、実田さんは芽華の為に自家製アイスクリームを作って持ってきてくれた。
芽華の大好物の、季節のフルーツとヨーグルトを使ったアイスクリーム。
食欲が無い時でも、これならいつもペロリと完食していた。
だけど芽華は、アイスクリームを口の前まで運んで匂いを嗅ぐなり、顔を顰めた。
「うわっ…わたしヨーグルト嫌いなんだけど」
「大変申し訳ございません、お嬢様」
昨日まで実田さんのデザートを美味しそうに食べていた芽華が、露骨に嫌悪感を示すようになった。
普通に考えれば理不尽だけど、
だけどこれは芽華がおかしいと思ったのか、夫が口を出した。
「芽華、どうしたんだ? この前まで、美味しいって言ってパクパク食べてたじゃないか」
「飽きたの。次から出さないで」
「かしこまりました」
昨日まで実田さんに懐いていた芽華が、急に実田さんに冷たく当たるようになった。
高熱で気分が悪かったとしても、普段の芽華なら絶対言わないような言い方だった。
「芽華。実田さんはあなたのために心を込めて作ってくれたのよ。そんな言い方はないでしょう?」
私が芽華を窘めると、芽華は眉間に皺を寄せて不貞腐れた。
芽華は、あの日から別人のように変わってしまった。
最初は、そういう時期なのかもしれないと思った。
実際、“個性”診断の時にお医者様に相談した時も、第一次反抗期だろう、今を耐え凌げばいつか落ち着くと言われた。
だけど、芽華はいつまで経っても元に戻る事はなく、別人のような性格のまま小学校に入学してしまった。
「芽華、ご飯をグチャグチャにするのはやめて」
「えっ? あ、ごめんなさぁい」
「あと、食事中に肘を付かない」
「ごめんなさい……」
あの高熱以来、芽華は“個性”が出る前まではできていた礼儀作法ができなくなって、下品な言動が目立つようになった。
自分を世界の中心だと思い込んでお友達を見下したり、唾を飛ばして喋ったり、ご飯をグチャグチャにして食べたり。
少しでも気に入らない事があれば、否定的な発言ばかり。
昔はどんなに難しい話でも本質を理解できる頭のいい子だったのに、表面的にしか物を見られなくなった。
赤ちゃん返りとかそういう感じじゃない。
まるで、人格そのものが別人のものに塗り替えられてしまったみたいだった。
何かを抱えているのかもしれないと思って、カウンセリングを受けさせても、お医者様には「個性を大事にしてあげてください」の一言で片付けられてしまった。
特別学級に入れる事も考えたけど、そこまでする必要はないと言われた。
「芽華、盾平くんが会いに来てくれたよ」
「ああ、うん…」
芽華は、あんなに好きだった盾平くんの事も蔑ろにするようになった。
盾平くんが家に遊びに来てくれた時も、喜ぶどころかむしろ鬱陶しそうな顔をしていた。
「芽華、今度盾平くんのご両親とお食事会するの。一緒に行かない?」
「そのことなんだけど、母さん。わたし、盾平くんと結婚するつもりないから」
「え?」
「今時“個性”婚なんて時代遅れよ。わたしは愛のない結婚なんて嫌。好きになった人と付き合いたいの!」
「“個性”婚って…そんなつもりじゃ……あなただって、盾平くんのこと好きだって言ってたじゃない」
「子供の頃の価値観と今の価値観なんて、同じなわけないじゃん! いつまでも声かけてきて、しつこいのよ! ストーカーみたい!」
芽華の自分勝手な発言を、私は悍ましいと感じてしまった。
盾平くんは、今の芽華にはもったいないくらいの好青年だった。
聡明で、紳士的で、それでいて芽華の事を今でも好きだと言ってくれていた。
客観的に見れば、嫌いになる要素がない。
それなのに芽華は、自分を大切にしてくれる男の子を、あろう事かストーカー呼ばわりした。
確かに、子供の頃の価値観と今の価値観が同じとは限らない。
別に、恋愛結婚がダメだと言ってるわけじゃないし、好きな人を追いかけるのは悪い事じゃない。
だけど私には、それが今ある幸せを蔑ろにしてまで大事にすべき事だとは思えなかった。
与えられた愛情を大切にして、お互いの幸せの為に努力する。
私はそれが正しいと思っているし、そうして生きてきた。
それとも、案外芽華の考えが正しくて、私の価値観が古臭いの?
「雄英か……この成績だったら、まあ間違いなく受かるでしょうね。お母さんも鼻が高いですね」
「……いえ、そんな…ところで先生、ウチの子、クラスの子に何かご迷惑をかけていませんか?」
「いいえ? むしろクラスの中心人物として皆を纏めていますよ」
「……そうですか」
中学に入ってから、芽華は大人しくなった。
少なくとも、自分をひけらかしたりお友達を見下したり、人に害を及ぼしたりする事はなくなった。
夫は芽華も成長したんだと楽観的に考え、素直に娘の夢を応援していたけれど、私には、いい子を演じているようにしか見えなかった。
心から反省したわけじゃなくて、自分の思い通りに事が運ぶように反省したフリをしているのが透けて見えた。
だからあの子が雄英に行くのは、最後まで反対した。
あまりこういう事は言いたくないけれど、夫は気配りができるし私や娘の事を考えてくれているけれど、昔からこういう事には鈍いのは、男の人だからかもしれない。
それでも夫の言う通り、本当に心を入れ替えたんだと信じたかった。
だけど皮肉にも、あの子自身が、私の考えが正しかった事を証明してしまった。
雄英に入ってからのあの子は、問題を起こしてばかりだった。
初授業でヒーローらしからぬ行動をしたり、他科の子達を見下して暴言を吐いたり、クラスメイトの女の子を邪魔者扱いしたり、普段の努力不足が祟って体育祭で醜態を晒したり、職場体験で夫に迷惑をかけたり、期末試験でヒーロー科で唯一赤点を取ったり、あの子の失態を挙げればキリがなかった。
あの子の起こした問題のせいで私の会社の株は大暴落し、真面目にヒーロー活動をしている夫に対しても批判的な人が増えている…それはまだ百歩譲って受け入れるとして、娘の起こした問題を報告する相澤先生の声には、呆れと失望が混じっていた。
芽華は、問題行動を起こしているだけじゃなく、品性のかけらも無かった。
機嫌が悪くなると食べ方が汚くなるし、別に肌の露出が必要な“個性”でもないのに露出狂みたいな下品なコスチュームを着ているし、男の人を外見しか見ていない。
極めつけは、思い出すのも嫌気が差す彼女の趣味の悪さ。
「あら実田さん、また芽華の部屋のお掃除?」
「ええ…お嬢様、近頃寝具を汚されることが多くて…この前も、シーツに血がついていましたし…どこかお体の具合が優れないのでしょうか…?」
きっかけは、実田さんの報告だった。
私は、芽華の事が心配になって、部屋に様子を見に行った。
そこで私は、見てはいけないものを見てしまった。
「うっ…オ゛エ゛エ゛ッ…!! ゲホッ…ゲェッ…!!」
悍ましい。
自分の娘の事なのに、気持ち悪くて仕方ない。
その日から、私は体が食事を全く受け付けなくなった。
母親の私だけは芽華の味方でいてあげなきゃいけないのに、あの子を素直に愛せない自分がいる。
あの子が醜い化け物に見える。
あの子の言葉を、何一つ信じられない。
そんな自分が嫌になる。
「銘慈さん…私、もうダメかもしれない…あの子にどう接したらいいのかわからないの…!」
ある日私は、泣きながら夫に訴えかけた。
何をしてもダメだった。
あの子には与えられるだけの愛情を与えてきた。
甘やかさないように、ダメな事はダメと心を鬼にして叱った。
叱った後は、いっぱい抱きしめてあげた。
だけどあの子の心に何一つ響かなかった。
一体どうすれば良かったの?
「私、どこで育て方を間違えたの…?」
いつか昔のように優しい子に戻ってくれると信じてきたけど、もう限界。
あんな子産まなきゃよかった。
親として最低な考えが頭を過った、その時だった。
「お母様、泣かないで」
芽華が、部屋に入ってきた。
「お父様とお母様は何も悪くないわ。お願いだから、自分を責めないで」
「あなた……芽華……なの…?」
芽華は、目に涙を浮かべて普段の芽華なら言わないような優しい言葉を言った。
芽華は、私と夫に頭を下げてきた。
「まずは、ごめんなさい。私のせいでつらい思いをさせてしまって…でもそれは、私の意思じゃないの」
「どういうこと…?」
私が尋ねると、芽華は訳を話し始めた。
「信じてもらえるかわからないけれど…私の体に、
「芽華……」
芽華が打ち明けたのは、とても信じられない荒唐無稽な話だった。
確かに、普段の芽華より、今の芽華の方が昔の芽華に近いように思う。
芽華の性格が急に変わったのも、私が何を言っても響かなかったのも、
でも私は芽華の話を完全には信じられずにいた。
芽華は、花瓶に飾っていた孔雀草の造花に目を向ける。
「このお花…まだ飾ってくれていたんですね」
「……覚えてるの?」
「ええ、覚えていますよ……」
「このお花はね、あなたがプレゼントしてくれたのよ」
私は、造花を見つめながら芽華に言った。
いつか芽華が優しい子に戻ってくれると信じて、あの子がくれたのと同じ花を今でも部屋に飾っている。
花のシーズンじゃない時も、代わりに造花を飾っていた。
すると芽華は、花瓶から一束花を取って、私の髪に飾った。
「ええ。こうやって……プレゼントしましたよね」
そう言って芽華が優しく微笑むと、思わず涙が溢れた。
どうやってプレゼントしたかなんて言ってないのに、あの時と同じように私の髪に花を飾ってくれた。
私にはわかる。
この子は、本物の芽華だ。
「芽華ぁ…!! ごめんね、ごめんね…!!」
私は、芽華を抱きしめて泣きながら謝った。
芽華が乗っ取られている事に今まで気づけなかった事。
産まなきゃよかったなんて、親として最低な事を一瞬でも思ってしまった事。
芽華は、私の腕の中でわんわん泣いた後、私と夫に今までの卑劣な行為の数々を話した。
私達は、芽華の話を黙って最後まで聞いた。
芽華が苦しんでいるのに気づけなかった私達にできる事は、それくらいしかなかった。
「嘘だろ…!?」
「そんな……」
芽華の話を聞いた私は、自分でも顔から血の気が引いていくのがわかる。
芽華が告白した悪事は、公になればタルタロス行き…それか極刑も免れない程のものだった。
「あいつを止めるには、誰かに私ごと殺してもらうしかないと思ってた。でも最近になって、自分の意思で体を動かせる時間が少しだけできた。だから決めたの。あいつに復讐しようって。私の体を使って皆を傷つけて、私の人生をメチャクチャにしたあいつだけは、絶対に許さない」
芽華は、拳を固く握りしめながら語った。
優しい芽華からそんな言葉が出てくるなんて…
それ程までに、彼女の体を乗っ取った
私達は、自分の人生を奪った
賢いこの子の事だから、それがどういう事かを分かった上での決断だろう。
本当は、止めなきゃいけないのかもしれない。
だけど今までこの子の苦しみに気づけなかった私達が、今更「復讐しても幸せになれない」なんて虫のいい事を言えるはずもなかった。
それに私達も、これ以上娘の体で悪事を繰り返されるのを許してはおけなかった。
「芽華…すまなかった、気づいてやれなくて…」
「私達にできることがあったら何でも言って」
私がそう言うと、芽華は私の手を取って口を開く。
「お父様、お母様。お願いがあるの」
芽華が口にしたのは、私達に対する懇願だった。
その内容は、しばらくは私と夫の胸の中に留めておく事にした。
刀華ママ「オエーー!!!!」
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/ ト、/。⌒ヽ。
彳 \\゚。∴。o
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U
ごめんなさい冗談ですふざけました。
感想欄で転生者が憑依というご意見をよくいただきますが、厳密には憑依ではありません。
前世の転生者の人間性があまりにもクソすぎて、本来のメイカちゃんの人格が二つに分裂してしまい、それぞれの人格が、現実を漫画やアニメの世界だと思い込んで逆ハーを目指す事を選んだ人格(偽メイカ)と、順当に成長して現実を生きる事を選んだ人格(真メイカ)に育ってしまったというわけです。
なので真メイカちゃんも転生者で、前世の記憶はあります。
乙女ゲーで例えるなら、ひとつの体の中でストーリー分岐が起き、逆ハールートと別ルートが同時進行している状態です。
ですが真メイカちゃんは刀華ママを気遣って
◆今回の剣紹介
『
能力:花を咲かせる、花びらを操る
イメージカラー:オールドローズ
剣の形状:薔薇の模様が刻まれた花鋏