林間合宿当日。
「雄英高は一学期を終え、現在夏休み期間に入っている。だがヒーローを目指す諸君に安息の日々は訪れない。この林間合宿でさらなる高みへ、Plus Ultraを目指してもらう」
「「「はい!!」」」
相澤先生が私達全員に向かって言うと、皆一斉に返事をする。
出発までまだ少し時間があるので、皆は雑談をしていた。
「デクくん! ついに林間合宿の始まりだね!」
お茶子ちゃんが至近距離で緑谷くんに話しかけると、緑谷くんは顔を真っ赤にする。
「どうしたの?」
「いやーそのー!?」
「合宿だね! ガッシュクガッシュク」
「「「ガッシュクガッシュク!」」」
お茶子ちゃんがはしゃいでいると、三奈ちゃんと上鳴くんと志村もそれに乗っかる。
するとその時、私達の前に影が差した。
「え? A組補習いるの? つまり赤点取った人がいるってこと!? ええ!? おかしくない!? おかしくない!? A組はB組よりずっと優秀なはずなのにぃ!? あれれれれえ!?」
物間くんがここぞとばかりに私達を煽ってくると、一佳ちゃんが物間くんに手刀を喰らわせて気絶させた。
「ごめんな」
一佳ちゃんが気絶した物間くんを笑顔で引きずる。
もはやB組の名物だよなこれ……
なんて考えていると、B組の女子達が話しかけてくる。
「物間怖」
「体育祭じゃなんやかんやあったけど、まァよろしくねA組」
「ん」
レイ子ちゃん、切奈ちゃん、唯ちゃんが気さくに声をかけてきた。
峰田くんは、B組の女子達を性犯罪者の目つきで見ていた。
「よりどりみどり…」
「お前駄目だぞ、そろそろ」
峰田くんがいやらしい笑みを浮かべながら涎を垂らしていると、切島くんが注意をした。
「A組のバスはこっちだ、席順に並びたまえ!!」
「いい天気でよかったね!」
「そだな」
「後で一緒にお菓子食べよ!」
「おう」
緑谷くんが大きなリュックサックを背負い直しながら近くにいた轟くんにそう言うと、轟くんはそっけなく答えた。
志村が轟くんに馴れ馴れしく話しかけると、轟くんが頷く。
「ほんと、ヤオモモ先生様様だよー! 教えてくれてありがとうね!」
「サンキューな! 冬の期末とかでも勉強会してくれよー」
「ええ、私でお役に立てるのでしたら、ぜひ!」
「……わたしは?」
「ああ、もちろん神剱先生にもお世話になったけど!」
「うんうん!」
勉強会で時に世話になった三奈ちゃんと上鳴くんが、百ちゃんにお礼を言う。
一緒に勉強会に来ていた私はすっかり忘れ去られていたので、上鳴くんの方を見ると、上鳴くんと三奈ちゃんが慌てて付け足すように言った。
そんな中、響香ちゃんが上鳴くんに軽く蹴りを入れる。
「教えてもらう前に、自分でやれ」
「ぐわっ、耳郎、お前気軽に蹴んなっつーの!」
少し離れたところでは、梅雨ちゃんがお茶子ちゃんの荷物を見て話しかける。
「あら、お茶子ちゃん、荷物少ないのね」
「うん、なるべくコンパクトにと思って。梅雨ちゃんのバッグ、大きいねぇ!」
「ええ、家にある一番大きなヤツよ。私も入れちゃうわ」
梅雨ちゃんとお茶子ちゃんは、それぞれ自分の荷物の話をしていた。
私は結局、志村の勧めたリュックを使うのは、志村に負けた気がするから最初に選んだキャリーケースを買った。
「B組のバスはこっちだよー。早くしな」
B組委員長の一佳ちゃんが声をかけると、 B組生徒もぞろぞろとバスに乗りこんでいく。
「B組も粒ぞろい……」
そんな中で、一人だけ異様なテンションなのは峰田くんだ。
バスに乗りこむB組女子生徒を涎を垂らしながら、息荒く視姦する。
手は出していないが、その顔だけでセクハラで捕まりそうな性欲の権化がそこにいた。
「峰田くん! そっちはB組のバスだぞ。早く席順に並びたまえ!」
峰田くんの視線に気づかない飯田くんが声をかける。
脳内セクハラを中断され、峰田くんはしぶしぶA組バス乗り場に集まった。
「では、みんな席順で乗りこもう!」
飯田くんの提案に、三奈ちゃんが「えー」と不満の声をあげる。
「席順じゃなくてもいいじゃん。適当に自由に座ろうよー」
「しかし、席順のほうがスッと座っていけるではないか?」
「だぁって、せっかくの合宿なのにいつもと同じ席順じゃつまんないじゃん」
「芦戸くん、合宿は学校行事なのだから、つまらないとかいう感情は関係ないのでは」
「俺も自由に座りてー」
上鳴くんも声をあげたのを見て、飯田くんは少し考えてから口を開いた。
「では、ここは多数決で──」
「いいからさっさと乗れ。邪魔だ」
飯田くんの後ろから言葉を遮ったのは、相澤先生だった。
その鶴の一声で、A組はさささっとバスに乗りこんでいく。
車内は左右に二席ずつに分かれている4列シートの典型的な観光バスの造りだ。
「お茶子ちゃん、一緒に座らない?」
梅雨ちゃんは席を探してキョロキョロしているお茶子ちゃんに声をかける。
「うん! 座る座るー! 離珠奈ちゃんも一緒に座ろ!」
「うん」
「俺、まーどぎわ!」
「ちょっと誰だよ、荷物邪魔ー」
「後ろの席ってヤンキー席って言わなかった?」
「──どこでもいいからさっさと座れ」
右往左往している車内も、またも地を這うような相澤先生の鶴の一声で収まった。
◇◇◇
エンジンをかけたバスがわずかに振動して、それからゆっくりと走りだす。
次第にスピードを上げ流れる景色に、鶴の一声の効果はすぐに切れた。
「音楽流そうぜ! 夏っぽいの! チューブだ、チューブ!」
「バッカ、夏といや、キャロルの夏の終わりだぜ」
「終わるのかよ」
一番前の席に並んで座った上鳴くんと切島くんがスマホ片手に話す横で、同じく並んで座っている三奈ちゃんと透ちゃんがしりとりをしている。
「しりとりの『り』!」
「りそな銀行!」
「『う』! ウン十万円!」
車内は、まるで小学生の遠足のようなウキウキした賑やかさが充満していた。
「…………」
透ちゃんの前の席で、あまりの浮かれように相澤先生が呆れたその時、委員長の使命感を帯びた飯田くんが立ち上がり叫ぶ。
席は上鳴くんの後ろで、その隣が緑谷くん、そして通路を挟んで緑谷くんの隣が轟くん、その隣が口田くん。
「おおい、皆! 静かにするんだ! 林間合宿のしおりに書いてあっただろう! いつでも雄英高校生徒であることを忘れず、規律を重んじた行動をとるようにと……!」
でも、その声はウキウキの空気にかき消される。
緑谷くんが気の毒そうになだめた。
「ま……まぁまぁ飯田くん。それより危ないから座った方がいいよ」
「ム、俺としたことが!」
相澤先生は、注意するのを諦め仮眠をとるべく目をつむった。
相澤先生がさっそく寝はじめた時、梅雨ちゃんがお茶子ちゃんに赤く細長い箱を差し出した。
「お茶子ちゃん、ポッキー食べる?」
「食べるー! 私も飴もってきたの、はい!」
「ありがと」
「離珠奈ちゃんも食べる?」
「うん、ありがと! お返しにアタシの切株食べる?」
そんな会話をする梅雨ちゃん、お茶子ちゃん、志村、そして私は一列に席に並んでいる。
そして、一番後ろの席は、尾白くん、瀬呂くん、障子くん、峰田くん、砂藤くん。
「芦戸じゃねーけど、肝試しってワクワクすんな! ワッと驚かすの楽しそうだし」
「ワッと後ろからおっぱい揉んだりな!」
「いや、それ犯罪だから」
瀬呂くんと盛り上がる峰田くんにあきれ顔でつっこむ尾白くん。
峰田の隣から砂藤が可愛らしい包み紙を広げる。
「なぁ、お前らマシュマロ食う? バニラとココアとイチゴ味だけどよ」
「わーい、食うー!」
「なに、マシュマロおっぱい!?」
峰田くんの頭は常に性に直結しているようだ。
そんな峰田くん達の前には、百ちゃんと響香ちゃんが座っていた。
「ヤオモモ、これ聴く? クラシックをアレンジしてるバンドなんだ。最近ヘビロテ」
「まぁ、興味深いですわ」
「じゃ、一緒に聴こ」
A組は、ワイワイとはしゃぎながらバスに揺られた。
◇◇◇
「ねえ、みんなで順番にしりとりしてかない?」
三奈ちゃんが、唐突にそんな提案をする。
「しりとりぃ?」
「小学生じゃねーんだからさー」
不満げな峰田くんと苦笑する瀬呂くんに、三奈ちゃんが反論する。
「いーじゃん、しりとり! 暇潰しといえばしりとりじゃん!」
「暇潰しかよ」
「やろーよ、面白そうじゃん!」
「しょーがーねーなー」
三奈ちゃんの提案に志村も乗っかると、峰田くんと瀬呂くんも渋々参加した。
順番は、上鳴くんが一番最初だ。
「最初はどうする?」
「林間合宿の『く』、でいいんじゃない?」
透ちゃんの言葉に、上鳴くんは考え始める。
「『く』、なー。クッキー。どうしてもあのクッキーが頭から離れねえ……」
「んじゃ、次は俺だな。『き』……『き』……筋肉!」
「『く』……くるぶし! 一日の終わりにエンジンを点検していて、必ず見るからな」
「『し』かぁ……ん~……あ、シンリンカムイ!」
「好きだな、ヒーロー」
パッと顔を上げた緑谷くんに轟くんが言う。
「次神剱ちゃんじゃない?」
「え、わたし…? うーん…『い』…あ、一角獣」
「一角獣……?」
私が何気なく選んだワードに、常闇くんが反応する。
「じゃあ次はアタシだね。『う』……ウェイ系!」
「ブフッ!!」
志村が言うと、後ろの席の響香ちゃんがいきなり吹き出した。
「いや…ごめん、上鳴のアホ面思い出してさ…」
「おい笑うなって耳郎!」
思い出し笑いをする響香ちゃんに、上鳴くんが不満そうに文句を言う。
「じゃ、次は私ですわね。『い』……韋編三絶、ですわ。読書や勉強に熱心に励むことの例えです」
百ちゃんの次は、響香ちゃんの番だ。
「『つ』かぁ……『つ』……あ、ツーウェイスピーカー……ブッ」
「どうかしましたの?」
「上鳴が二人になって、ウェイウェイ言ってるとこ想像しちゃった……ブフォッ」
「勝手に想像して笑ってんじゃねーよっ」
響香ちゃんが笑っていると、上鳴くんがツッコミを入れる。
次は砂藤くんの番だ。
「『か』だな。『か』ー……カソナード!」
「なんだ、そりゃ」
砂藤くんのワードに、隣の席の峰田くんがツッコミを入れる。
「フランス産のサトウキビから作られる、未精製のブラウンシュガーのことだよ。ハチミツやキャラメルみたいな濃厚な香りとコクが特徴なんだ」
「「へ〜」」
砂藤くんの言葉に、甘いものが好きな志村と透ちゃんが反応する。
「じゃ、オイラの番だな。『ど』……毒婦。女はみんな性悪なんだぜ……」
爪を齧る峰田くんに、隣の瀬呂くんが真顔で聞く。
「ほんと、マウントレディんとこで何があったんだ、お前」
「もう二度と女のこと信用できなくなる覚悟があるなら、話してやってもいいぜ……」
「いや、絶対いい」
爪を齧りながら言う峰田くんに、瀬呂くんが引き気味に即答する。
次は障子くんの番だ。
「『ふ』……あっ、不織布」
障子くんは、自分のマスクに触れて思い出したように言った。
次は瀬呂くんの番だ。
「うわ、マジか、『ふ』返しかよ…ん~、どうしよっかなー……じゃあ、麩!」
「『ふ』?」
きょとんとする次の順番の尾白くんに、瀬呂くんは少し得意げに語りだした。
「お麩の麩だよ。知ってるか? 麩には、コラーゲンを生成する機能を活発にしてくれる成分が入ってんだぜー」
コラーゲンという単語に、透ちゃんがが「やばい、お麩食べなきゃ!」と反応する。
「ていうか、詳しいね」
「俺、体に良さそうな食べ物好きなのよ」
「なんかずるいよな、一文字渡し」
「へっへー、頭脳戦ですよ、しりとりは」
にやりと笑う瀬呂くんに、尾白くんは少し恨めしそうな視線をやってから考えこむ。
「『ふ』ねえ……『ふ』……あ、封筒!」
「なんだよ、普通だな」
「別にいいだろ、普通で……」
「くだらん……」
瀬呂くんに拍子抜けしたように言われ、尾白くんは解せない顔をする。
その前の席で常闇くんは静観していた。
「次、常闇くんだぞ」
なかなか答えようとしない常闇くんを飯田が促す。梅雨ちゃんも席の間から顔を覗かせた。
「『う』よ、常闇ちゃん。『う』」
「…………丑三つ」
しかたないというふうに答えた常闇くんのワードに、お茶子ちゃんが感心したように頷く。
「おお~、なんかぽい。じゃ、次は爆豪くん……って、寝てる」
「勇気あるなぁ……」
我関せずで寝ている爆豪くんを、後ろの席の瀬呂くんがユサユサと揺する。
それを振り返って見ていた緑谷くんは、瀬呂くんの遠慮のなさに恐々ながらも妙に感心した。
「おーい、爆豪、起きろよ~。お前の番だぞ ~」
「……んあ?」
揺さぶられ、さすがに爆豪くんが目を覚ます。
「お前の番だって、しりとり」
「『つ』だよ。爆豪くん。『つ』!」
「カッチャンあくしろよ」
皆の視線を集めて、寝起きの爆豪くんの眉が不機嫌そうに寄せられる。
「………あぁ? しりとりだぁ?」
「うん、『つ』」
「勇気あるなぁ……」
遠慮なく催促する皆に、緑谷くんがまたしても感心する。
「つまんねーことしてんじゃねえ! ガキか!!」
「『か』、ね」
「勝手に繫げてんじゃねえ!」
「梅雨ちゃんが『か』といえば、やっぱり……」
「カエル……にしようかと思ったけど、カタツムリにするわ」
「『り』かぁ~……『り』……旅費!」
きっぱりと言いきったお茶子ちゃん。
梅雨ちゃんは、次の番の口田くんの席を覗き込む。
「次は口田ちゃんの番よ。思いついたかしら?」
「えっと……ごめん、まだ……」
「じゃあ先に轟ちゃんに答えてもらおうかしら?」
「あぁ……『ひ』だったな……『ひ』……『ひ』……『ひ』……」
指名された轟くんが考えこむ。
乏しい表情で、「ひ、ひ、ひ」と言っている様子に全員の注目が集まる。
じっくりと考えていた轟くんが「あ」と、ひらめいたように顔を上げた。
「氷点」
「……終わっちゃったよ、轟くん!」
思わず声をあげる緑谷くん。
「ええ~っ、答えたかったのにぃ!」
「あ、わりぃ」
前の席の三奈ちゃんからブーブーと不満げな声が飛び、轟くんはさして気にする様子もなくマイペースに謝る。
しりとりの後は、その場の流れでクイズ大会をする事になった。
まず最初は、飯田くんが出題をする。
「では、まず委員長の俺からクイズを出させてもらおう。では、第一問。…… (3c+2a)(3c−2a)−4b(2a+b)を因数分解しなさい!」
「そんなのクイズじゃなくてただの勉強だろうがー!!」
激昂する上鳴くんに、飯田くんは心外とばかりに驚いて言葉を返す。
「高校生らしいクイズじゃないか!?」
「クイズってのは、もっと雑学っつーか、楽しいもんなんだよ! 緑谷っ、見本見せてやれ!」
「えっ、僕!? そ、そうだなぁ……」
急に指名され驚く緑谷くんだったけど、少し考えて口を開く。
「それじゃあ簡単なのを……その昔、オールマイトが特集された情熱大陸での密着取材中に、道路に飛び出した犬をオールマイトが助けましたが、さて、その犬の名前はなんだったでしょう?」
「オールマイト自身の問題かと思いきや!!」
緑谷くんのクイズにお茶子ちゃんがつっこむと、緑谷くんは少し恥ずかしそうにしながら言う。
「だって、オールマイトのことなら皆に知られてるからさ……本当は三年前の月刊ヒーローのオールマイト特集で、『私が』って何回言ったか、とか、その時していたネクタイの柄は、とかにしようかと思ったんだけど……」
「いや、流石に知らねえよ!?」
切島くんに驚かれ、逆に緑谷くんも目を見開く。
「えっ、そうなの!? 皆、数えたりしないの!? オールマイトの服装もチェックしたりしないの!?」
「緑谷ちゃん、流石オールマイトオタクね」
「出久って昔から行動派オタクだよね」
「えへへ……」
「褒められてねーよ」
梅雨ちゃんと志村の言葉に緑谷くんが照れくさそうに笑うと、爆豪くんがツッコミを入れた。
そんな中、なにやらずっと考えこんでいた轟くんが緑谷くんに顔を向ける。そして言った。
「…………ポチか?」
「惜しい! ポンタでした!」
「なんだ、このほのぼのクイズ」
そうあきれたように上鳴くんが呟いたとき、そこに割って入る声があった。
「どいつもこいつも、まったくわかってねーなぁ」
最後列からそう言ったのは峰田くんだった。
ふんぞり返る姿勢で全員を見回す。
「オイラがとっておきの話をしてやるぜ」
「ちょっと、エロ話なんかすんなよ」
そう言って響香ちゃんが峰田くんを振り返る。
それに百ちゃんも続いた。
「そうですわ、下品な話はおよしになって」
「オイラはとっておきの話って言っただけですけどぉ?」
「あんたの口から出てくるのは、エロだけでしょーが!」
「そうだそうだ ー!」
女子たちのブーイングを峰田くんは、小馬鹿にしたような顔で聞き流す。
対立の空気をなんとかしようと飯田くんが精一杯背を伸ばして峰田くんを振り返った。
「そうだぞ、峰田くん! ここはバスの中だ。聞きたくない者がいる以上、ムリヤリ話をすることは反対する!」
「委員長……オイラだってTPOをわきまえる男だぜ。それとも何か? 恐怖政治でクラスを抑えるのが委員長なのか?」
「いいや! そんなことは決してない! 俺は皆の意見を平等に尊重するつもりだ!」
「なら、話してもねえのに止めるっていうのはおかしかないか?」
「ム……それもそうだな。ならば、とりあえず聞いてみようではないか」
「うわぁ飯田くん相変わらずチョロい」
清廉潔白な飯田くんを丸めこんだ峰田と、やすやすと丸めこまれてしまった飯田くんに志村がツッコミを入れたのをきっかけに、またも女子のブーイングが復活する。
そんなブーイングの陰に隠れながら、一部の男子が無言で期待を膨らませていた。
「……あれは、オイラが小学生の頃。レンタルビデオ屋の18禁コーナーのカーテンを潜るのを止められた、ちょうど100回目の帰りのことだった……」
神妙な面持ちで語りだした峰田くんに、瀬呂くんが呆れる。
「小学生からかよ!」
「しょっぱなからエロじゃん!」
「こんなんでエロなんて片腹痛いわ!!」
三奈ちゃんが最前列からブーイングし、峰田くんはハッと鼻で笑って続ける。
「とにかく、そのレンタルビデオ屋からの帰り、近所の河川敷を歩いているとオイラの足元に紙が飛んできたんだ。A4の真っ白の紙……エロ本でもねーし、最初は見過ごそうかと思った。だが、あとから思えば直感が働いたんだな。オイラはなんとなくその紙を拾い上げた。裏返すと、文字がびっしり書き連ねられていた。小学校では習っていないごちゃごちゃした漢字がいっぱいだ。それでもオイラは、それにただならぬモノを感じた」
「何を感じたんだよ?」
隣から聞いてくる砂藤くんに、峰田くんは答える。
「紙面からにじみ出る熱気だな。ともかく、これはえらいもんだと思い、家にこっそり持って帰ることにした。だが当然漢字は読めねえ。だから必死で漢字辞書をひいたぜ……嬲る……舐る……淫靡……そこに書いてあったのは、小説の一ページ目だったんだ。夫に先立たれた美貌の若妻が、残された借金返済のために裏社会に身を堕とす……」
「小学生で読む内容じゃないね」
苦笑する尾白くんに峰田くんはふんと鼻を鳴らす。
「バカか。文学の扉は全年齢に平等に開かれるんだぜ」
「っていうかエロ小説だろ」
軽蔑の視線を向ける響香ちゃんに、峰田くんはさらに鼻息を荒くした。
「官能文学だよ! いいか、エロと官能は天と地ほど違う。エロが陽なら、官能は陰! エロがカイロなら、官能はたき火! エロが温泉スパなら、官能は山奥の秘湯! エロがファストフードなら、官能は懐石料理! エロが──」
峰田くんには一家言あるようだ。
止めどなくあふれ出てきそうなエロと官能のたとえに、障子くんの複製腕の口が割って入る。
「わかったから、落ち着け」
「ケッ、くだらねえ」
「同意する」
苦虫でも嚙んだように苦々しい顔をして、爆豪くんはそのまままた寝に入った。
その横で常闇くんも目を瞑り、また瞑想に入る。
そんな二人を気にすることなく、峰田くんは再開する。
「とにかく、オイラは続きが気になってしかたなかったから、次の日河川敷で続きを探した。そうしたら飛ばされたみたいに所々に落ちててな。オイラは必死にその紙を拾っていた。だが、そのとき、一人の中年のホームレスが近づいてきたんだ。オイラが集めた紙を見て、『返してくれ……』と手を伸ばしてきやがった。だからオイラは『これは俺が拾ったから俺のだ!』って走って逃げた」
「えー? 本当にその人のだったらどうすんのよ」
「泥棒になっちゃうだろ」
最前列から峰田くんを見ている三奈ちゃんと切島くん。
峰田くんはまぁまぁと落ち着かせるように小さな手を大きな態度で振る。
「まぁ聞けよ。……で、オイラは家に帰って続きを辞書で調べながら読んだ。主人公の若妻は裏社会の人間相手にセクシーショーダンサーとして隠れていた才能を開花させ、頭角を現していく。ボーイとの恋、同業者とのキャットファイト、オーナーとの愛人契約……から芽生える真実の愛……」
「え、何それ」
「そういうの嫌いじゃない……」
渋々の態度で聞いていた女子達が、真実の愛というワードに引っかかった。
いや、皆食いついてるけど、今のところただのエロ話だよね?
峰田くんは食いついてきた魚を眺めるように車内を見回してから、もったいぶったように続ける。
「だが主人公の為に裏社会から手を引こうとしたオーナーを、嫉妬に狂ったボーイがボスに密告し、凶弾に倒れるオーナー……ショックを受ける主人公を囲い者にするボス。主人公は愛欲に溺れる事でオーナーの死から目をそらそうとする」
「わかる! つらい時は何かに縋りたくなっちゃうよね!」
「ボーイ、許すまじ」
頷いているらしい透ちゃんに、格闘家の目になるお茶子ちゃん。
「つーか何のボス?」と上鳴くんが首を傾げた。
「しかし、その過激さを増していく愛欲の日々に、先に戸惑ったのはボスの方だった。いつの間にか主人公に、今まで感じたことのない愛おしさが芽生えていたのだ……」
情感をこめる峰田くんの声に、響香ちゃんが訝しげに言う。
「え、愛芽生えすぎじゃね?」
「いいや、俺にはわかる! 男って純情なんだよ!」
切島くんが熱く拳を握った。
「主人公はそんなボスの想いに気づかず、自分は飽きられたのだと思い、手当たり次第に男を誘惑して自分に罰を与えるように、男達の言いなりになっていく……」
「やめてー! 自分を傷つけんなよ! 大切にしろよー!」
上鳴くんが主人公のあられもない痴態を想像したのか痛ましそうに叫んだ。
「だが、そんな主人公に意外な人物が手を差し伸べた──」
堂に入った峰田くんのトークに、一部を除きすっかり食いついた聴衆が期待して声をあげる。
「うんうん!」
「それでそれで!」
でも、そんな期待を裏切るように峰田くんは言う。
「……ってとこで紙がなくなった」
「マジかよ! どうなったんだよ、主人公!」
ぶつ切りに思わず声をあげる切島くん。
みんなの期待を一心に浴びながら、峰田くんは、その先をさらに期待させるようにニヤリと笑った。
「で、オイラは続きを探しにまた河川敷に行った。目を皿にして探したが、続きはなかなか見つからない。拾ったのはもう何日も前のことだ。諦め帰ろうとしたそのとき、あの中年のホームレスがまたいたんだ。そのおっさんが一枚の紙を差し出した。『君が探していたのは、これじゃないのかい』って。それはあの小説の続きだった。聞くと、なんとこの小説を書いたのはおっさんだっつーんだ」
予想外の展開に上鳴くんが思わず身を乗り出す。
「ええ、マジで!」
「話を聞くと、おっさんは昔から官能小説家になりたかったらしい。だが、勇気がなく一人でずっと書いていた。あるとき、とうとう脱サラして小説家になると家族に宣言した。当然家族は猛反対。おっさんはたまらず家出して、一週間前から河川敷で暮らしていたらしい」
「大人が家出するのはどうなのでしょう。現実から逃避しては、叶う夢も叶いませんわ」
百ちゃんは、峰田くんの話を聞いて正論を言った。
すると峰田くんは、二人を黙らせて話を続ける。
「まぁまぁそう言うなよ。で、一人になったおっさんは家族からの反対を思い返し、すっかり自信をなくした。もう夢は諦めようかと思って書き溜めていた小説を捨てようとしたそのとき、いたずらな風が原稿用紙を飛ばしてしまった。で、その一枚がオイラの足元に来たってわけだ……オイラはおっさんに言った。辞書で漢字を引きながら読むほど、あんたの小説はエロ……いや面白いって!」
「今、エロっつったろ」
しっかりと聞いていた響香ちゃんのツッコミを、峰田くんは華麗にスルーする。
「オイラが熱く感想を語ると、おっさんは涙を流して喜んだ。『これで夢を諦められる』って……オイラは言ったね。泣きながら『バカヤローッ』って。こんな興奮する小説をこれからも書いて、オイラを楽しませてくれって……できれば、もっとおっぱいの描写を増やしてくれって……!」
「バカヤローはお前だよ」
瀬呂くんのツッコミも峰田くんは華麗にスルーする。
「それでおっさんは自信を取り戻した。もう一度チャレンジすると言って笑顔で握手して別れた……それから一年後、おっさんは新進気鋭の官能小説家としてデビューしたぜ」
「おおー! すげーじゃん!」
「今度、Vシネで作品が映像化もされるぜ! 18禁コーナーに入るみてーで、オイラが観れるのはまだ先なんだけどな」
おっさんの夢が叶ったと知り、一瞬車内にほんわかした空気が流れた。
だが切島くんが小さく首をかしげる。
「つ ーかエロ話じゃなかったよな……?」
「何ていうか……微妙にいい話みたいな……そうじゃないような……」
消化不良を抱えた一部の男子が、なんとも言えない顔で首を傾げている。
いや、皆なんか絆されてるけど普通にエロ話でしょ。
すると透ちゃんが、峰田くんに声をかける。
「ねえねえ! で、その小説の続きはどうなったの?」
そんな透ちゃんの声に、とたんに峰田くんの顔が性欲にまみれる。
血走った目とだらしない口もとでニヤリとゲスく笑って言った。
「……へっ、知りたけりゃ、オイラの家に来いよ。おっさんのサイン本見せてやるぜ」
「うわ、サイッテー!」
あからさまな誘いに再び女子のブーイングが蘇る。
峰田くんはブーイングを男の勲章とばかりに涼しく小憎たらしい顔で受け入れる。
そして話し終え満足したのか、勝利の美酒のように持ってきたジュースをゴクゴクと飲み干した。
「てか今度は違うジャンルの話聞きたいんだけど」
峰田くんのエロ話に途中で飽きたのか、志村がポッキーを食べながら言う。
「それじゃ、今度は私が話をするわね。この話をした時、弟が真剣に聞いてくれたの」
「おー、梅雨ちゃんが?」
「ええ」
切島くんが興味をひかれたように振り返る。
梅雨ちゃんは頷いてから、ゆっくりと話しだした。
「……私がまだ子供の頃の話よ。初めて一人で田舎の親戚のお家へお泊りに行ったの。二つ上のお姉さんがいてね、一緒にきれいな浅い川で水遊びをしたり、セミを見つけたり、ひまわり畑でかくれんぼしたりしたの」
「へえー、いいねぇ」
「うんうん」
お茶子ちゃんと志村が理想の田舎の風景を思い浮かべて、ほわわと顔をゆるませる。
そして皆も峰田くんのと違い、今度はほのぼのした話のようだと気を楽にした。
「そして遊んでいる内に、同じ年くらいの女の子が『一緒にあそぼ』って言ってきたの。私はもちろん快諾したわ。だって、皆一緒に遊んだほうが楽しいもの。それに、新しいお友達ができてとっても嬉しかった。でも、その内お姉さんは用事を思い出して、『先に戻ってて』って行ってしまったの」
「えー、梅雨ちゃんを置いて?」
「家はすぐそこだったから。でも、私とその子はまだ帰りたくなかったから、二人で遊んでいたの。その子はとっても元気な子で、私達は日が暮れるまで遊んだわ。流石にもう帰らなきゃって言ったんだけど、その子はまだ遊びたいって言うの」
「子供んときって、無限に遊べるよな」
うんうんと頷く切島くんに、飯田くんが少し眉を寄せる。
「しかし、あまり遅くなるとご親戚が心配するだろう」
「ええ、私もそう思ってまた明日って言ったんだけど、その子は遊びたいって泣いちゃったのよ。だから、私、もうちょっとだけ遊ぶ事にしたわ。そうしたら、その子、とっても嬉しかったみたいで、秘密の場所に連れていってあげるっていうのよ。蛍がいっぱい見られるんだって」
「蛍か~、幻想的だね」
透ちゃんがうっとりとして言うと、梅雨ちゃんは続ける。
「それでね、その子に手を引かれて山の方へ入っていったの。細い小道。小さな赤い鳥居を潜ったわ。辺りはどんどん暗くなるけど、一人じゃなかったから怖くなかったわ。それでね、しばらく歩いて着いた、その秘密の場所にはとってもたくさんの蛍が舞っていたの。まるで光の雨かと思うくらいだったわ」
「うわぁ見てみたい~!」
緑深い山の中に舞う、月を凝縮したような幽玄な光がそこかしこで消えては現れ、現れては消える。
瞬きするのも忘れるだろう光の乱舞。
そんな光景を皆それぞれ心の中で思い浮かべ、うっとりとする。
「──あんまりキレイでしばらく眺めていたと思うわ。そのうちに私を探す親戚の人の声が聞こえてきたの。だから二人で急いで山を下りたの。急ぎながら『秘密の場所、教えてくれてありがとう』ってその子に言ったら、『絶対に秘密ね』って笑ったわ。二人の約束にしたの。それでね、山を出て親戚の人の元へ駆け寄ったわ。お姉さんも泣きながら心配してくれていて……それでお姉さんに聞かれたの。『今まで一人で遊んでたの?』って。私は『この子と一緒だったわ』って振り返ったの。そうしたら……そこには、誰もいなかったのよ」
「え?」
最後の一言で一変した空気に、皆の顔が固まる。
「いつのまに帰っちゃったのかしらって思ったんだけど、お姉さんにその子の事聞いたら知らないっていうのよ。ずっとお姉さんと私の二人だけで遊んでたって」
「それってもしかして……」
「あとから聞いたんだけど、その地域って昔からよく子供が神隠しに遭うんですって。もしかしたら、山で亡くなった子供がお友達を探しているのかもしれないわね。一緒に蛍を見ている時に捕まえようと思ったら怒ってこう言われたわ。『あなたも蛍になっちゃうよ』って……そうそう、次の日にあの場所を探そうとしたんだけど、小道も、小さな赤い鳥居も見つけられなかったわ。あの場所はいったいなんだったのかしら……?」
淡々とした梅雨ちゃんの声が逆に恐怖を煽り立てる。
ホラー系が苦手な響香ちゃん、透ちゃん、お茶子ちゃんが絶叫する。
「……ひぃ!!!」
「ひぎゃー!!」
「怖い話なら、怖い話って先に言ってぇー!!」
女子だけじゃなく、ほのぼの系かと思いきやの怪談展開に男子達の顔も青ざめていた。
「これから林間なのに……」
「山、やべぇ……神隠されちゃう……」
「あら? そんなに怖かった? 弟は面白がって聞いてくれるんだけど」
「アタシは面白かったよ」
皆が怖がって阿鼻叫喚の嵐の中、志村は真剣に梅雨ちゃんの話を聞いていた。
「……お前ら、うるさい。もうすぐバス止まるぞ」
さすがに目の覚めた相澤先生が不機嫌そうに振り返ると、車内は一瞬で授業前の教室のように静まった。
そしてバスに揺られる事一時間後。
相澤の言葉どおり、少しして休憩所も何もないパーキングスペースにバスが止まる。
窓から見える景色は建物など見当たらない、見渡す限りの山ばかりだ。
「さっさと降りろよ」
「おしっこしてえ」
相澤先生に促され、みんなそれぞれ休憩かと伸びをしたりしながら立ち上がる。
ジュースを飲みすぎた峰田くんが、ぶるりと体を震わせた。
のどかな遠足気分に浸っていた1ーAの面々は、数分後、まさかそこに自分たちが放りこまれるなんて欠片も想像していない。
いよいよ、試練を与えられまくる林間合宿が始まろうとしていた。
ちなみにバスの席順はこうです。
相澤
上鳴 切島 芦戸 葉隠
飯田 緑谷 轟 口田
神剱 志村 麗日 蛙吹
八百万 耳郎 爆豪 常闇
砂藤 峰田 障子 瀬呂 尾白