「……ん? 今、なんか聞こえた?」
「……男子の声っぽかったけど」
布団に寝転がっているだろう透ちゃんの声に、近くの窓辺で涼んでいた響香ちゃんが答える。
「あ~、ご飯のとき、揉めてたもんね! B組と」
「男ってアホだよなー」
「ホントだよねぇ」
響香ちゃんの発言に、顔にパックを貼った志村が、自分の布団の上でストレッチしながら便乗する。
元はと言えば志村が原因だというのに、こいつは全然反省していなかった。
「……あ、でもさっきの、峰田の声っぽかったかも」
峰田という単語に、自分の布団でごろごろしていた三奈ちゃんがむくっと顔を上げた。
「おしおきでもされてんのかなっ? されちゃえばいいんだー!」
「ほんまやね!」
「一度痛い目に遭わないとわからないかもしれませんわね」
部屋の隅で梅雨ちゃんに背を押してもらいながらストレッチをしていたお茶子ちゃんと、その近くで荷物整理をしていた百ちゃんも憤る。
ここはA組女子部屋。
男子より人数が少ない女子の部屋は、シンプルな和室だ。
8人分の布団を敷いてしまえば、あとはわずかな余裕しかない。
それでも寝るだけなのだから、ちょうどいい広さだ。
豪邸に住んでいる百ちゃんは部屋の狭さに驚いていたけど、合宿というのはこういうものだと早々に納得していた。
「もっと深く刺しときゃよかった」
「もっと酸の濃度、濃くしとけばよかったー!」
私達は、B組女子を覗こうとしていた峰田を退治したあとだ。
「峰田ちゃんのことだから、そうそう変わらないと思うわ。今までだって痛い目に遭ったけど、相変わらずだったもの」
「それは……そうかも……」
梅雨ちゃんの言葉に、皆それぞれ峰田くんの今までの所業を思い浮かべた。
峰田くんを割ったら、100%性欲でできているんじゃないかと思うような性欲の権化だ。
女子達は、げんなりと納得してしまった。
「今回は他のクラスの女子にまで被害が及ぶところでしたわ……同じA組として恥ずかしい……」
百ちゃんが副委員長としての責任を感じているのか、深刻そうに首を振ったそのとき、ドアノックの音に続いて声がした。
「拳藤だけど、ちょっといいかな」
意外な人物の訪問に、皆はなんだろうと顔を見合わせた。
布団に寝転がっていた三奈ちゃんや志村も起き上がる。
百ちゃんが視線で全員の確認をとると、「ええ、もちろんですわ」とドアを開けて出迎える。
そこには一佳ちゃんを先頭に、同じB組の唯ちゃんと茨ちゃん、そしてレイ子ちゃんがいた。
一佳ちゃんは持っていた袋を百ちゃんに差し出す。
「さっきはありがとね、これお礼」
「お礼?」
「えー、なになに?」
お礼と言われて、三奈ちゃんが興味をひかれるまま袋を覗きに近づく。
他の皆もそれに続き、袋を覗いた。
三奈ちゃんが嬉しそうに声をあげる。
「お菓子だーっ」
そこにはいろいろな種類のお菓子が入っていた。
「持ってきたお菓子の詰め合わせで悪いんだけどさ」
「でも何の……」
と、首をかしげた百ちゃんがハッとする。
「もしかして峰田さんの件ですか? それならばそんな必要はありませんわ! むしろ、A組の峰田さんが大変なご迷惑をかけるところだったんですもの……!」
まるで出来の悪い息子を持った母親のような百ちゃんに、一佳ちゃんがきょとんとして笑った。
「そんな気にすんなよ。結果的に大丈夫だったんだから」
「それに教えてくれたからこそ未然に防げたんだし」
後ろからそう言ったのはレイ子ちゃん。
その横にいる唯ちゃんが「ん」と同意する。
柳と同じく、一佳ちゃんの後ろにいた茨ちゃんが祈るように手を組み、一歩前に進み出てくる。
「これは私達の感謝の気持ちです。ここに来られなかった取蔭さん、小森さん、角取さんも直接お礼を言いたかったと申しておりました。ですが、ブラド先生から今日の訓練の注意点があると呼び出されてしまいまして……」
「だからさ、これもらってよ。ほんの気持ち」
再度袋を差し出した一佳ちゃん。
けれど、まだ気が咎めるのか、「でも……」と受け取ろうとしない百ちゃんの代わりに三奈ちゃんが「それじゃ、ありがたく!」と受け取る。
「芦戸さんっ?」
戸惑う百ちゃんに、響香ちゃんが声をかける。
「まーまー、ヤオモモ。せっかく持ってきてくれたんだし」
「受け取らない方が拳藤ちゃん達に悪いよ」
「そうよ、百ちゃん。気持ちを無下にするのはよくないわ」
「でも、私達は当たり前のことをしただけですし……」
それでもためらう百ちゃんを見て、考えこむような声を出していた透ちゃんが、いい事思いついたとばかりに言った。
「それじゃ、皆で食べようよ!」
「えっ?」
宙に浮かぶ部屋着の顔があるだろう部分を振り返る皆に、透ちゃんはにこっと微笑む。
「女子会しよー! 女子会! せっかくだし」
女子会。
その魅惑的な響きに女子達の顔が綻ぶ。
「さんせー! こういう機会もなかなかないしね」
「やったろやないかい!!」
「まぁ……女子会……」
「え、ほんとにいいの?」
「もちろんよ。それに、男子達も男子達で集まってるみたいだし」
「ん」
「……じゃ、やっちゃう? 女子会」
「やっちゃうー!!」
速攻で盛り上がった皆は、部屋の真ん中にお菓子を広げ、自販機でジュースを購入し、布団をクッション代わりに車座になった。
A組の皆も自分達のお菓子を持ち寄り、ジュースで乾杯をする。
甘いお菓子は口と心をゆるりと溶かしていく。
加えて合宿というシチュエーション。
百ちゃんがほんのりと上気した顔でわくわくと周囲を見回して口を開く。
「……実は私、女子会初めてなんですけど……どういうことをするのが女子会なんでしょうか?」
その言葉に、三奈ちゃんが答える。
「女子が集まって、何か食べながら話すのが女子会なんじゃないの?」
それに透ちゃんと志村がチッチッチッと指を振る。
「女子会といえば……」
「恋バナでしょうがー!」
その言葉にこれまた皆のテンションが一気に上がる。
「そうだ、恋バナだ! 女子会っぽい!」
「うわぁ~」
「恋ねぇ」
盛り上がる三奈ちゃんに、ほんのり顔を赤らめるお茶子ちゃんと梅雨ちゃん。
「えー……」
「あー、そういうノリか」
戸惑う響香ちゃんに、苦笑する一佳ちゃん。
「こ、恋!? そんなっ、結婚前ですのに……!」
戸惑いつつもまんざらでもなさそうな百ちゃんと、慈愛満ちるシスターのような茨ちゃん。
「そのとおりですわ。そもそも結婚というのは神の御前での約束で……」
「鯉バナナ?」
「んーん」
首をかしげるレイ子ちゃんに首を振る唯ちゃん。
それぞれテンションの違いはあるものの、女子会の話題は恋バナに決定した。
「それじゃ、付き合ってる人がいる人ー!」
言い出しっぺの透ちゃんが音頭を取るように話題を振る。
だが、誰も彼もワクワクとした視線を周囲に送るだけで、名乗り出る女子はいない。
そんな沈黙が数秒続いて、透ちゃんが愕然として声をあげる。
「……えっ、誰もいないの!?」
皆がワクワクとした顔を引っこめて、「え、ほんとに?」と周囲に確認する。
誰も隠しているそぶりさえない。
どうやら、本当に誰もいないようだ。
この事実に皆はわずかな危機感を覚えた。
「中学の時は受験勉強でそれどころじゃなかったけど、雄英に入ったら入ったで、それどころじゃないもんなー」
苦笑いする一佳ちゃんに皆がうんうんと深く頷く。
ヒーロー科は月曜日から土曜日までびっしりと授業が入っている。
「うわー、でも恋バナしたい! キュンキュンしたいよー!」
「誰でもいいから弱み握っていじくり倒したいよー!」
三奈ちゃんの声に合わせて、志村も私情を剥き出しにする。
「ね、片思いでもいいから誰か好きな人いないのー?」
三奈ちゃんは身を乗り出して皆を見回す。
「好きな人……」
「あら? どうしたのお茶子ちゃん」
「あー! もしかして好きな人いるの!?」
真っ赤に染まったお茶子ちゃんの顔を見て、透ちゃんのテンションが上がる。
「おっおらんよっ!? おるわけないしっ」
「おやおやぁ?」
「その焦り方はあやしいな~?」
「誰、誰っ? 女の子だけの秘密にしとくから!」
恋バナクレクレになった志村、透ちゃん、三奈ちゃんに詰め寄られ、お茶子ちゃんはますます顔を赤くしながら焦りまくる。
「いやっ、これはその、そういうんと違くてっ」
「そういうのってどういうの ~?」
「ほらほら、吐いちゃいなよ……恋、してるんだろ?」
「YOU、言っちゃいなYO」
「っ……ほんまそういうんじゃ ~!」
まるで取り調べのようなノリの透ちゃん、三奈ちゃん、志村から出た恋という単語に、お茶子ちゃんは手をブンブンと振る。
その手が透ちゃんと三奈ちゃんに触れてしまい、二人は浮かび上がった。
「ひゃっ?」
「うわっ」
「あっ、ごめん~!」
あわててお茶子ちゃんが解除すると、二人はポスンッと布団の上に落下した。
「でもほんまそういうんと違うから! なんというか、そういう話が久しぶりすぎて動悸がしたというかっ」
「どれだけ久しぶりなんだ」
「そっかー」
「ごめんごめん」
「ごめん、冗談」
少し呆れたような響香ちゃんの言葉に、透ちゃん、三奈ちゃん、志村も軽く謝りながら、元の位置へと戻る。
お茶子ちゃんは微妙な気持ちになりながらも、なんとかごまかせたようで小さくホッと胸を撫でおろした。
でもその次の瞬間ハッとし、うんうんと何かを考え込む。
するとお茶子ちゃんを心配した梅雨ちゃんが声をかけた。
「お茶子ちゃん? なんだか疲れてるわね」
「いや、ちょっと動悸がおさまらへんだけ……」
考えすぎてぱたっと布団に倒れこむお茶子ちゃんに、梅雨ちゃんが冷静に言う。
「動悸が長引くようなら病院に行った方がいいわ」
「病院で治るといいなぁ……」
「大丈夫ですか? 恋の話が久しぶりすぎて、体に支障が出てくるなんて……神様はなんと残酷な体質をお作りになったのでしょう」
隣に座っていた茨ちゃんが、深い手つきでお茶子ちゃんの頭を慈しむように撫でる。
その様子に、三奈ちゃんがまたも奮起した。
「やっぱり女子は、適度に恋バナしなきゃダメなんだよ! 他に誰か、好きな人いないのーっ?」
「ねえ、芽華ちゃんはどうなの?」
「えっ、わたし!?」
「なんか轟くんと一緒にご飯食べに行くこと多いしさ! 実際どうなの!?」
透ちゃんが、鼻息を荒くして問い詰めてくる。
三奈ちゃんと透ちゃんに詰め寄られた私は、顔を逸らしながら答える。
「うーん…気がないって言ったら嘘になるかも…? 期末の時も、助けてくれたし…」
「「キャーーー!!」」
私が顔を赤くしながら答えると、三奈ちゃんと透ちゃんが黄色い声を上げる。
あれ…?
なんかこれ、悪い気はしないぞ…?
自分が話題の中心になっている気がして、心の中でニヤニヤしてしまう。
だけど…
「あれ? でもさ神剱ちゃん、この前カッチャンのこと好きって言ってなかったっけ?」
志村が、突然爆弾発言をしてくる。
「ん…?」
「カッチャンって誰?」
「爆豪勝己。ウチのクラスの」
志村の爆弾発言のせいでB組の女子達が頭に「?」を浮かべる。
「えっと…実は…轟くんも爆豪くんもどっちもかっこいいから、ちょっと揺れてて…いっそのこと、どっちとも付き合えたらなぁ…なーんて…冗談だけどね?」
私は、両手で頬を覆いながら言った。
するとB組の女子達は、ギョッとした表情をして私を見てくる。
「んん…!?」
「まさかの逆ハー願望…!?」
「神剱、やるなぁ…」
唯ちゃん、レイ子ちゃん、一佳ちゃんが驚く。
私からキュンキュンを得られて満足したのか、三奈ちゃんと透ちゃんは、今度は志村をターゲットにした。
「そう言うリズナは!?」
「緑谷と爆豪、同じ中学だったんでしょ!? なんかそういう話無いの!?」
「無い」
「恋愛対象として見れない的な?」
「うん。あの二人に限ったことじゃないんだけどさ、恋愛してる自分ってしっくりこないんだよね。人が恋愛してるのを見るのは面白いんだけどね〜」
「あ〜ね」
「でも、ちょっとわかるかも」
志村の言い分に、レイ子ちゃんと一佳ちゃんが納得する。
「もっとキュンキュンする話が聞きたいよ!」
「そんな恋バナに限定しなくても」
「んー、でもさやっぱキュンキュンしたくないっ? だって女の子だもんっ」
「そうだねー」
行き詰まった迷える皆に、透ちゃんが提案する。
「それじゃあさ。妄想でキュンキュンしようよ!」
「妄想?」
きょとんとする梅雨ちゃんに、レイ子ちゃんも首をかしげる。
「いや、それは流石にちょっと」
「妄想っていうか、想像? 例えばA組とB組の中で彼氏にするなら誰!? みたいなの」
「それいいかも」
透ちゃんの提案に、三奈ちゃんが食いつく。
「でも、どなたか一人を選ぶというのは……」
「女子会っていっても要するに井戸端会議みたいなもんだろ? あれやこれや雑談すんのもコミュニケーションの一環だって」
「そうですわね……何事も経験ですね」
まだ戸惑う百ちゃんに、隣で慣れた様子であぐらをかいている一佳ちゃんがニッと笑う。
その表情は度量の広さを感じさせ、百ちゃんも納得する。
「じゃあさっそく……彼氏にするなら誰がいい!?」
「彼氏かー……」
そう言って、女子達はう~んと考えこむ。
「いざ彼氏って考えてみると、誰もピンとこないんだよねぇ」
三奈ちゃんがムーッと唇を尖らせる。
「そうだね、そもそもそういう気持ちで今まで見た事がなかったし」
一佳ちゃんが言うと、百ちゃんも困ったように頷く。
「同級生であり、ヒーローを目指す仲間でもあり、ライバルでもありますものね……」
「つーか、彼氏にしたい男がいないっていうのが一番大きいんじゃ?」
「それを言ったらおしまいよ、耳郎ちゃん」
「……あ」
その時、何かを思い出したように百ちゃんが声をあげる。
「なに? ヤオモモ。彼氏にしたい人いたー!?」
期待満々の三奈ちゃんに詰め寄られ、百ちゃんが少し困ったように笑う。
「私じゃなくて耳郎さんですわ」
「は? ウチ?」
驚く響香ちゃんに隣の百ちゃんが、初めての恋バナに少し照れたように話しだす。
「耳郎さんは、よく上鳴さんと仲良くお話しているなと思い出しまして……上鳴さんはいかがですの?」
「ちょ、ヤメテ! そりゃ、あいつはしゃべりやすいけどさ、チャラいじゃん。絶対浮気する」
話の先を自分に向けられ、恥ずかしそうに顔をしかめる響香ちゃんに梅雨ちゃんが口の下に指を置いて考えてから口を開いた。
「そうかしら? 上鳴ちゃんって、付き合ったら意外と一筋になりそう」
「わかる」
「えっ、梅雨ちゃん、上鳴くんが好きなタイプなん!?」
「いいえ、全然。でも上鳴ちゃんは基本女の子には優しいでしょ?」
「う~ん、ただの女好きっていうだけじゃない?」
照れくさそうな響香ちゃんが言った女好きというワードに、私達の脳裏に共通の男の顔が浮かんだ。
そして能面のような表情になって口を揃える。
「…………峰田(くん、ちゃん)よりマシだけど」
「ん」
一拍遅れて頷く唯ちゃん。
あまりの揃いっぷりにみんな顔を見合わせて吹き出す。
共通の敵は、一致団結に一役買うものだ。
「峰田に比べりゃ、誰だってマシだよ ~!」
「峰田くんも、実害が無きゃ面白いんだけどねー」
「えっ、リズナあんたまさか…!?」
「いや、無いから」
「B組に峰田みたいなのっているの?」
「いないいない。ウチの男どもはわりと硬派だよ。あ、物間みたいなのもいるけど」
ひらひらと手を振りながらふと思い出したように一佳ちゃんが言う。
「物間はなー……」
「ん」
「物間だなー……」
「ん」
レイ子ちゃんの言葉に、唯ちゃんが頷く。
「顔は結構イケメンなのに、心がちょっとアレなのが残念だね!」
あっけらかんと言う透ちゃん。
「イケメンといえば、轟は?」
「そういえば」
「はああ〜♡」
三奈ちゃんの言葉に、思わず顔を赤らめて両手で頬を押さえる。
いかんいかん、つい顔がニヤけてしまう…
「あぁ、あのエンデヴァーの」
一佳ちゃんがそう言うと、皆のテンションが一気に下がった。
「……ないな」
「うん、息子の彼女に厳しそう……」
「っていうかエンデヴァー、奥さんと子供に対して愛が重すぎるからなぁ。あの中に割って入れる勇気ないよ」
「志村さん、詳しいですね」
「ママがね、雄英のOGだから。それでちょっとだけ付き合いあるんだ」
茨ちゃんが話しかけると、志村が答える。
何、『あんたらと違ってエンデヴァーとも仲良いんです〜』アピール?
うっざ、やっぱりこいつ殺そ。
「ヒーローといえばさー…飯田は?」
「あー、A組の委員長」
「飯田さんは絶対浮気はしませんわね。きっとお付き合いしても変わらず真面目そうですわ……」
百ちゃんの言葉に、皆飯田くんとのお付き合いの様子を想像する。
「……飯田って手を繫ぐまで何年もかかりそう」
「もしかしたら、結婚してからしか繫げないんじゃ……?」
「ハハッ、さすがにそこまでじゃないだろ?」
A組の冗談だと思った一佳ちゃんがそう言うと、皆は全員しごく真面目な顔で首を振った。
「飯田ちゃんならありえるわ」
「うん、飯田くんならあり得る」
「マジで……?」
「純粋ハイパー真面目だから」
そこまで真面目なのも疲れそうだと、女子達の頭から飯田くんの選択肢が消える。
「それじゃ緑谷は?」
「っ!」
三奈ちゃんからの突然の名前に、お茶子ちゃんが必死で動悸に耐える。
「あの子って、いまいちよくわかんないんだけどさ」
「緑谷?」
「体育祭の時とか、あれだけ活躍してたのに、食堂で会った時とはなんか雰囲気が違うというかさ」
「そうねぇ、緑谷ちゃんは……すごく努力家だと思うわ。日々感じるすべてをヒーローになるために活かそうとしているわ」
合ってる?
とまるで確認をとるように振り向く梅雨ちゃんに、お茶子ちゃんは大きく頷く。
そして続けた。
「……デクくん見てると、私ももっとがんばろうって思えるよ!」
必死に何かを伝えたいように見つめてくるお茶子ちゃんに、一佳ちゃんはニッと笑みを浮かべた。
「そうなんだ。周りにそういう気持ちを思い起こさせるって、いいね」
一佳ちゃんの言葉に、お茶子ちゃんが笑顔になる。
だけどその時。
「あー、でもメッチャオールマイトオタクだよ?」
緑谷くんと仲のいい志村が、付け足すように言った。
「彼女とのデートと、オールマイトの握手会だったらオールマイト取りそう!」
「容易に想像できますわね」
「いや、出久なら彼女をオールマイトの握手会に連れてくよ」
「それは……そうかもしれん」
「え? 学校で会えるのに?」
首をかしげるレイ子ちゃんに、志村が深く頷きながら言う。
「それが出久」
志村は、ジュースを飲みながら真顔で言った。
「彼氏としてはナイ」
「ん」
ばっさりと切るレイ子ちゃんに頷く唯ちゃん。
かくして緑谷くんも選択肢から消える。
「じゃあ爆豪は?」
「ないな」
今度は響香ちゃんがばっさりと切る。
「成績優秀、将来有望……だけど、たまにキレ散らかすからなぁ」
「えー、それが面白いんじゃん」
「志村、まさかの爆豪?」
「いやいや、カッチャンってちょっとからかったらキレるからさ? 延々イジリ倒せるオモチャとしては最適なんだよ、カカカ」
「……素敵な趣味をお持ちで」
響香ちゃんの言葉に対して、志村がケタケタ笑いながら言うと、一佳ちゃんが顔を引き攣らせる。
爆豪くんに続き、次々と男子の名前が浮かんでは、女子達の厳しい審査にシャボン玉のように消えていく。
キュンキュンせずにすべての男子が全滅してしまった。
結局、これといった男子は出てこず、話は振り出しに戻ってしまった。
「それじゃ、逆で考えてみるっていうのは? 私達が男子で、男子がもし女の子だったら彼女にするなら誰! みたいな」
「目線を変えるのね」
女の子達は「う~ん……」とそれぞれ身近な男子たちを女の子に変換しようとするが、筋肉質な体つきそのままに、ロングヘアを被せただけのような想像しかでてこない。
「なんか違う……」
「そもそもキュンキュンする? 彼女選ぶ目線って……」
「それもそうか!」
てへっと透ちゃんが笑う。
しかし、その隣の柳が少し離れた拳藤を見て口を開いた。
「でも、一佳が男ならモテそう」
「へ? 私?」
目を丸くする拳藤に、レイ子ちゃんの隣の唯ちゃんも「ん」と頷く。
「B組で一番カッコいいのは一佳だよ」
「確かに。拳藤さんの一言でクラスがピシッとまとまりますしね。誰にも公平で、厳しくそれでいて温かい……なかなかできることじゃありません」
同意する茨ちゃんの言葉に、百ちゃんも「そういえば……」と続けた。
「職場体験の時、さりげなくフォローしてくださいましたわ」
「あん時はお互い様だよ。つーかやめて、テレんじゃん」
みんなに注目され、わずかに恥ずかしそうに顔をしかめる一佳ちゃん。
「頼りがいがあるのはわかる気がするわ。さっき、峰田ちゃんをふっ飛ばした時とか」
「わかる!」
「うむ…女同士なのにホレざるを得ない」
頷く梅雨ちゃんとお茶子ちゃんと志村に、三奈ちゃんも次第にノッてきた。
「チカンなんかにも、バシーッと言ってくれそう! 彼氏だったら、『俺の彼女になにしてんだよ?』とか言っちゃってー!」
三奈ちゃんの言葉に、男子バージョンの一佳ちゃんが自分を守りつつチカンを退治するシチュエーションを思い浮かべ、皆は黄色い声をあげる。
「……って、女子同士でキュンキュンしても!」
「いや、勝手にキュンキュンされても」
はたと我に返った三奈ちゃんに、苦笑いする一佳ちゃん。
「やっぱさ、恋愛目線で見るからしっくりこないんだよ。相棒目線とかなら、意外とキュンキュンしそうなとこも見えてくるかもよ?」
「相棒ねえー」
「もしくは、一日入れ替わるなら、とか?」
一佳ちゃんの提案に、全員考えこむ。
「それなら私は爆豪くんかなぁ」
「ええっ、そうなの?」
お茶子ちゃんが出した意外な名前に、響香ちゃんが驚く。
お茶子ちゃんは少し照れくさそうに笑った。
「うん。体育祭で直接戦って完敗したやん? そんとき、素直に強いなーって思ったんだ。あの強さを一回味わってみたい!」
「確かに爆豪さんは強いですわ。戦闘センスもありますし」
「だから爆豪くんになって、一回思いっきり戦ってみたい!」
ピシッと拳を突き出すお茶子ちゃんに、三奈ちゃんが「なるほどねー」と頷く。
「そういうので言ったらあたしは瀬呂かなー。テープを出すっていうの、やってみたい! シュルルーッてさ。いつも酸ばっかりだし。ヤオモモは?」
「私は……しいて挙げるなら口田さんですわね。生物を操れるというのは、とても興味深いです」
「ん」
唯ちゃんも実は口田くんと代わってみたいらしい。
「わたしは轟くんかな。強いし、かっこいいし」
「おお〜、恋する乙女だねぇ」
私が頬を赤らめながら言うと、三奈ちゃんがニヤニヤする。
ほんとに恋バナ好きだな……
「志村は?」
「アタシ? う〜ん…峰田くんかな」
「えっ、志村あんたマジで!?」
「ほら、アタシ背デカいじゃん? だからあのマスコット体型で過ごしたらどんなもんか気になっててさ」
「ちょっと待って! 一日入れ替わるってことは、峰田くんがリズナちゃんの体に入るってことだよ!?」
「あー、そっか。それはちょっと嫌かも」
響香ちゃんと透ちゃんが言うと、志村がゲンナリする。
「ウチは上鳴かな。放電して、あのウェイ状態を体験してみたい。一回で十分だけど」
「私は……常闇ちゃんかしら。
「私は砂藤くんかなー! 甘いものいっぱい食べても、それがエネルギーになるでしょ。食べすぎても太らないから罪悪感もないし!」
「いや、透明なんだから太ってるのとかバレないじゃん」
「バレるよ! 服の膨らみの感じで」
ワイワイと盛り上がる皆を見て、一佳ちゃんがあきれたようにため息を吐いて笑う。
「恋愛抜きだとスラスラ選べるんだけどね」
キュンキュンうんぬんより、自分が体験したい“個性”になってしまった。
「だめだぁ~、あたしたち恋バナの一つもできないよ!」
そう言って三奈ちゃんが布団の上でジタバタする。
すると梅雨ちゃんが、「でも……」と続けた。
「恋に落ちる、って言うでしょ? だから、気がつくと落ちてしまっているものなのよ。きっとその時になれば、誰かに気持ちを話したくてたまらなくなるんじゃないかしら。恋バナはそのときにたくさんしましょ」
「……でも、やっぱり今キュンキュンしたいよぉ~! ちょびっとだけでもいいから!」
一瞬ほんわかした三奈ちゃんだったけど、すぐキュンキュンクレクレに変化した。
「てっとりばやくキュンキュンするっていうと……理想のタイプの話とか?」
「三奈ちゃんはどういう人がタイプなの?」
「んーとね……まず強そう! でもね、たまに子供っぽい一面もある人がいいなー。やんちゃな感じで、それでいて、ずっとそばにいてくれるの~!」
ふんふんと聞いているなか、皆が「……ん?」と何かにひっかかったような顔をする。
強そうでいて、子供っぽい一面、それでいてずっと一緒……
「それって
「……それだ!」
梅雨ちゃんの指摘に、三奈ちゃんを抜かした皆が納得する。
「
「そうだよ! そうだけど! 人じゃないじゃん!」
きょとんとする一佳ちゃんに三奈ちゃんが反論するように言う。
ぶーっと口を尖らせる三奈ちゃんに、梅雨ちゃんが続ける。
「あらでも、
「でも明るいときはかわいいよね! アイヨ! とか返事するんだよ」
「そうそう、期末の演習試験で常闇ちゃんと組んだんだけど、
「何それ、メッチャ萌える」
梅雨ちゃんとお茶子ちゃんが、
さらに志村まで乗っかってきた。
「かわい」
「ん!」
「子供っぽい一面!」
レイ子ちゃんと唯ちゃんもその様子を想像したのか、乏しい表情がわずかにゆるむ。
透ちゃんもゆるんだ声で続けた。
「いいじゃん、
一佳ちゃんが素直にそう言うと、他の皆も「うん、いい」と、まるで今まで気づかなかった新しい男子の一人を思い出したように頷く。
三奈ちゃんも「……アリかな?」と思ったその時、響香ちゃんが口を開く。
「で、“個性”だから常に一緒」
「いや! 常に一緒なのは常闇じゃん!」
響香ちゃんの言葉に叫ぶ三奈ちゃん。
「じゃあ、
「お〜、それだ!」
「それだ! じゃないよ!」
からかうような透ちゃんと志村の楽しげな声色に、三奈ちゃんが鼻息荒く意気ごむ。
「もうこうなったら意地でもキュンキュンしてやる! 次は……現役ヒーローの中で、もし結婚するなら誰!?」
「ええ~?」
そう声をあげながらも、皆がはしゃいだ。
まあ、私はその後相澤先生に呼び出されて補習地獄を受けたんだけど……
☆破滅まで、残り22日───